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番外編 ~家族の時間~
橘家の黒一点(3)
しおりを挟む「りっちゃんはさぁ、お兄ちゃんのことどう思ってるの?」
12月30日の夜に帰ってきたお兄ちゃんとりっちゃんだけど、三が日の終わりと共に、再び元の生活に戻って行ってしまう。
今回の二人の帰省でお兄ちゃんのりっちゃんに対する想いの強さを改めて実感させられた私は、二人が帰る前に、どうしてもりっちゃんの気持ちも聞いておきたかった。
向こうに帰る前にうちに挨拶をしに来たりっちゃんを捕まえ、単刀直入に聞いてみると――。
「どう……とは?」
りっちゃんは私からの質問に戸惑ったと同時に赤くなり、大きな瞳を更に大きくして私を見てきた。
赤くなるりっちゃんは普通に可愛いし、こういう反応をすること自体、私的には非常に萌える。
「私ね、この帰省中で如何にお兄ちゃんがりっちゃんのことを好きなのかがよくわかったんだけど、りっちゃんはどうなのかな~って」
「どうって言われても……。そりゃ普通に好ましく思ってるよ?」
「幼馴染みとして?」
「ほっ……他にどういう意味があるっていうの?」
「うーん……」
りっちゃんは嘘をついている。とまで、確信を持てるような反応ではない。でも、私にお兄ちゃんのことをどう思っているのかを聞かれたりっちゃんは明らかに動揺しているし、聞かれたくないことを聞かれたって顔に書いてある。
それは、仮に幼馴染み相手でもそういうことを聞かれるのが恥ずかしいからなのか、何か別の意味があってのものなのかはわからない。りっちゃんは恋愛音痴みたいだし恋愛経験もないだろうから、こういう話自体が苦手なんだろう。
「なんていうか、お兄ちゃんとりっちゃんって普通の幼馴染みとはちょっと違う感じがする。幼馴染みの域を超えてるような気がするんだよね。お兄ちゃんはこれからもずっとりっちゃんと一緒にいるつもりみたいだけど、りっちゃんもそれでいいの?」
ちょっと突っ込み過ぎた質問をしてしまったとは思ったけれど、お兄ちゃんがりっちゃんを手放す気がないのは事実で、元旦にみんなでトランプをしながら、お兄ちゃん本人が私達の前で言ったことでもある。
あの時、りっちゃんは特に何も言ってこなかったし、お兄ちゃんの気持ちを拒む様子もなかったけれど、実際はどう思っているのかが知りたい。
そこまで勉強に熱心なわけでもないお兄ちゃんが、りっちゃんと一緒に大学進学を選んだことを受け入れたのも――最初は反対したらしい――、りっちゃん自身もお兄ちゃんと一緒がいいと思ったからなのかな?
りっちゃんの性格なら、たいしてその気もないのに自分が進学するからという理由で、お兄ちゃんが安易に進学を選んだら怒りそうなものなのに。
最初は止めようとしたりっちゃんを、どう言ってお兄ちゃんが説得したのかも気になる。
「普通じゃない……かな。僕は海以外の人とあまり親しくしたことがないからよくわからないんだけど……」
「お兄ちゃんのりっちゃんを想う気持ちが強すぎるなって思う。私の学校にも幼稚園の頃から一緒の子はいるし、小学校からずっと仲良くしてる子もいるけど、お兄ちゃんやりっちゃんみたいに固い絆で結ばれてるって感じにはなってないよ。仲はいいし好きだけど、お兄ちゃんほど強い感情も持ってないもん」
「そうなんだ……」
自分達が普通じゃないと思われたことがショックなんだろうか。りっちゃんは急に難しそうな顔をして俯いてしまった。
お兄ちゃんと違って、りっちゃんにこういう話は早かったのかもしれない。もしかして私、りっちゃんの気分を害しちゃった?
いくら恋心は消えたといっても、りっちゃんに嫌われたくない私は、余計なことを言ってしまったことを後悔し、すぐさま自分の発言を修正しようと思ったけど――。
「僕が周りの人とちょっとズレてるから、海が気を遣って過保護にし過ぎた結果なのかもしれない。僕が周囲の人間から浮き過ぎず、それなりに上手くやっていけてるのは海のおかげだし。僕も海に甘えてしまうところがあるから、普通の幼馴染み以上に見えちゃうのかもしれないね」
意外にもりっちゃんはそう答えてくれた。
「りっちゃんってお兄ちゃんに甘えてるの?」
りっちゃんが答えてくれたのも意外だったけど、りっちゃんの口から自分がお兄ちゃんに甘えていると認める発言をしたのも意外だった。
私にはりっちゃんがお兄ちゃんに甘えているようには見えないんだけど。どっちかっていうと、お兄ちゃんがりっちゃんに甘えてるっていうか、りっちゃんにウザ絡みしているようにさえも見えていて、りっちゃんはそれを涼しい顔して躱してるって感じ?
「うん……多分……」
りっちゃんの発言に疑問を抱く私に、りっちゃんは自信がなさそうに、それでいて照れ臭そうに頷いた。
(りっちゃんもこういう顔するんだ……)
お兄ちゃんの話をしながら、照れ臭そうな顔をするりっちゃんは初めて見る。
その表情、非常に萌えポイントが高いし反則だよ。りっちゃんのこんな表情見せられたら、りっちゃん大好きなお兄ちゃんなんてイチコロだよね。
「海とは一緒に過ごしてきた時間が他の人と比べて圧倒的に長いから。他の人には見せたことのない姿も沢山見せてきただろうし、見られてると思う。僕のことを誰よりも知っている海には僕の強がりなんて通用しないから、海に甘えることもあるよ」
「そうなんだ」
「海と一緒にいるのは落ち着くし、当たり前にもなってる。海が僕とずっと一緒にいたいって言うなら、僕もそれで構わないと思ってるよ」
初めて聞くりっちゃんの本音。ちゃんと私の質問にも答えてくれたりっちゃんに、私は心の中でガッツポーズを取る。
これよこれ。こういう展開を待ってたんだよね。勇気を出してりっちゃんの気持ちを聞いてみて良かった。
お兄ちゃんの一方通行なんかじゃなくて、りっちゃんもお兄ちゃんと同じ気持ちなんだってわかると、私も安心して二人のことを推していける。
「って……こういう風に思ってしまうこと自体、華ちゃんの言う“普通じゃない”になっちゃうのかな。でも、僕には何が普通で何が普通じゃないのかよくわからない。海とはずっとこんな感じだから、これが普通だと思ってたんだけど……。華ちゃんの目から見たら変だと思う?」
「ううん。全然。お兄ちゃんとりっちゃんはそのままでいいと思うよ」
私の返事次第では、お兄ちゃんとりっちゃんの関係に変化が起こってしまいかねない。そんなことはさせて堪るか。お兄ちゃんとりっちゃんには、もっともっとラブラブになって欲しいんだから。
「私が心配してたのは、お兄ちゃんのりっちゃんに対する気持ちが強すぎて、りっちゃんが迷惑してるんじゃないかってことだったから。りっちゃんもお兄ちゃんと同じ気持ちなら、私は安心して二人を送り出せるよ」
「そ……そうなの?」
「うん」
不安そうなりっちゃんに満面の笑みで頷くと、りっちゃんはホッとした顔になり、次第にいつも通りの顔に戻っていった。
そっかそっか。あまり感情が表に出てこないだけで、りっちゃんもお兄ちゃんのことが大好きで、一緒にいたいって思ってるのか。今後、お兄ちゃんやりっちゃんをテレビで見る際は、そういうところもよく注意して見ておかなくちゃ。
今のところ、お兄ちゃんとりっちゃんの関係は“仲の良すぎる幼馴染み”の域を超えていないと思われているけれど、注意深く観察してみれば、司君や悠那君に負けないくらいのカレカノっぷりを発揮しているかもしれないよね。そんな二人を見つけるのが、これからの私の楽しみになりそう。
「っていうか、海は華ちゃんと家でどういう会話をしてるの? まさか華ちゃんから海のことを聞かれるなんて思ってなかったんだけど」
「え? そうだねぇ……。私からお兄ちゃんにりっちゃんの話を振ることもあるけど、ほっといてもお兄ちゃんがりっちゃんの話を嬉しそうにしてくるよ。お兄ちゃんが言うには、りっちゃんの話をしてると惚気たくなるんだって」
「ああ……そうなんだ……」
うちでのお兄ちゃんがどんな風なのかを教えてあげると、りっちゃんはちょっとだけ不満そうな顔をした。自分のいないところで自分の話ばかりされるのはお気に召さないらしい。
でも、それって昔からなんだよね。昔からお兄ちゃんが家で話すことと言えばりっちゃんのことばかりだったもん。「今日は律が〇〇だった」とか、「今日は律と〇〇した」とか。こっちが聞かなくてもそんな話ばかりしていた。
今回に関しては、私からお兄ちゃんにりっちゃんの話を振った回数も多かったとは思うけど、そうじゃなくてもお兄ちゃんは私達家族の前でりっちゃんの話を沢山してくれた。
家族としては、現在共同生活を送っているメンバーとは上手くやっているのか、アイドルとしての仕事はどうか、学校生活は順調なのか……というところが気になって色々聞き出そうとするんだけど、最終的にはりっちゃん中心の話になっているお兄ちゃんは、自分でもその自覚がないくらい、りっちゃんの話をしたくて仕方ないんじゃないかと思われる。
私としては、せっかくだから他のメンバーの話も聞きたいというのが本音だったりもするんだけれど、昔からりっちゃんの話になると夢中になっちゃうお兄ちゃん相手だと、それは無理ってものだよね。
それに、もしお兄ちゃんが“いくら身内でもアイドルのプライベートをペラペラと話せない”と思って、わざと話さないようにしているのであれば、こっちから色々聞きたがるのも迷惑になっちゃうもんね。お兄ちゃんとりっちゃんの話がいっぱい聞けるだけでも良しとしよう。
「あーあ。それにしても、四日間のお休みなんてあっという間だね。せっかくお兄ちゃんとりっちゃんが帰ってきたと思ったら、もう帰っちゃうなんて残念。もうちょっといてくれたらいいのに」
りっちゃんの気持ちを聞けた私は、もう少ししたら向こうに帰ってしまう二人のことが名残惜しくなってそう言った。
二人がアイドルとして活躍するのはもちろん嬉しいけど、実家で過ごす時間が四泊五日しかないなんて短過ぎない? せめて一週間くらいはいて欲しいよ。
だけど、休暇が明けてすぐにライブがあるし、年明けからの仕事も沢山入っているFive Sだから、四日間でも休みを貰えただけマシなのかもしれない。年末年始休暇も今年が最後かもしれないって言ってたし。
「そうだね。もう少しゆっくりできたらいいんだけど、なかなかそういうわけにもいかないね」
あからさまに残念がる私に、りっちゃんは慰めるように優しく笑った。
昔はこういう“優しい近所のお兄ちゃん”の顔を見せてくれるりっちゃんにときめいて、無邪気に喜んでいたものだよね。りっちゃんに純粋な恋心を抱いていた頃も、それはそれで楽しかった。
「近くで応援してあげられないけど、入試頑張ってね。海といい報告を待ってるから」
「任せて。私にはFive Sから貰ったお守りがあるもん。絶対志望校に合格して、二人に合格報告するね」
「うん。待ってる」
りっちゃんファンの子からしてみれば、今の私達のやり取りは羨ましい限りだろう。同じりっちゃんファンの立場として申し訳ないけれど――言っても、私はFive Sのメンバー全員のファンだけど――、これは身内の特権だから仕方ない。それに――。
「ねえ、りっちゃん」
「うん?」
「これからもお兄ちゃんのことをよろしくね」
「え?」
私とりっちゃんが恋仲になるなんてことも絶対にないんだから、ここはメンバーの妹ということで大目に見て欲しい。
「ぅ、うん。何をどうよろしくしたらいいのかわからないし、今まで通りの付き合い方しかできないけど……」
きっと世界中のどこを探してもいないと思う。自分の初恋の相手に自分の兄を託すという経験をした女の子なんて私くらいのものだろう。
急にお兄ちゃんのことを託されたりっちゃんは、不思議そうに小首を傾げたりもしたけれど、そこに隠された本当の意味には気付かなかったようである。
「ごめん、律。荷物纏めるのに手間取っちゃった」
そこへ、ようやく荷造りが終わったお兄ちゃんが現れ、私とりっちゃんの間に流れるなんとも言えない微妙な空気は掻き消された。
お兄ちゃんときたら、りっちゃんがうちに挨拶しにきた時、まだ向こうに帰る準備ができていなかったんだから。ほんと、もうちょっとしっかりしてよね。
家族の前では多少だらしなくても構わないけど、お兄ちゃんにはりっちゃんの前では頼れる彼氏役であって欲しい私は、いつもちょっと残念なお兄ちゃんにがっかりしてしまう。
「もう……どうして帰る直前に慌てて準備することになるの? 今日帰るってわかってるんだから、昨日のうちに準備しときなよ」
ほら。りっちゃんも呆れてるじゃん。
「だって、午前中に買い物行ったりお土産買ったりしたじゃん。詰める荷物が増えると思って、荷造りを後回しにしちゃったんだよ」
でもって、しっかり言い訳をするお兄ちゃんもなんだかなぁ……。そこは男らしく「ごめん」の一言で済ませてよ。
「待たせてごめんね、りっちゃん。海ったら荷物詰めるだけなのに部屋の中ぐちゃぐちゃにするから、帰る前に片付けさせてたんだ。ほら、立つ鳥跡を濁さずってね」
「そんなことだろうと思った」
どうやらお兄ちゃんの荷造りを手伝っていたらしい月姉ちゃんが、お兄ちゃんに遅れて玄関に現れた。
更に、お父さんやお母さんもお兄ちゃんの部屋にいたのか、月姉ちゃんの後から玄関に現れたから、私も手伝うべきだった? と、ちょっと思ってしまったりもした。
でも、私がお兄ちゃんを待つりっちゃんの相手をしていたから、りっちゃんとお兄ちゃんの話ができたんだもんね。お兄ちゃんの荷造りなんて本来は一人でするものなんだから、私まで手伝う必要はなかったはず。
「それじゃみんな元気でね。また帰ってくるから」
大きな荷物を持って靴を履いたお兄ちゃんは、玄関を出る前に私達に向かってそう言った。
「二人とも身体には気をつけるんだぞ」
「時間ができたらいつでも帰ってきてね」
「二人のこと応援してるからね」
「たまには連絡してね」
ドアの前に並んで立つお兄ちゃんとりっちゃんに、私達は口々に別れの言葉を投げた。
「うん」
「はい」
私達の言葉に頷くお兄ちゃんとりっちゃんの顔を見ると、たった四日間の休みでも、生まれ育った地元で過ごせて良かったと書いてある。
帰り際にバタバタするお兄ちゃんのせいで慌ただしい感じになってしまったけれど、お兄ちゃんとりっちゃんの休暇はこうして終わっていった。
これから今度はお兄ちゃんがりっちゃんの家に挨拶に行って、その足で二人は東京に向かう電車に乗るのである。
家の外まで出て二人を見送る私は、ぴったり寄り添って歩く二人の後ろ姿に、なんだかやる気が漲ってくるのを感じた。
今年もお兄ちゃんとりっちゃんは私の中で一番の注目株だ。
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