僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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番外編 ~家族の時間~

    如月家のお姫様(2)

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 悠那を魔の手から守るための三種の神器……というものが俺にはある。
 一つは俺。俺自身。俺そのものである。
 幸い、俺は悠那と違って立派な体格の持ち主だし、小学校から始めた空手のおかげで、一目見ただけで「何か格闘技でもやってますか?」と聞かれるほどに逞しい身体つきをしている。やや目つきが悪いのが玉にきずだが、悠那を守るためであれば、多少目つきが悪い方が好都合である。
 その証拠に、悠那が家に連れてきた軟弱な男共の大半は俺の一睨みにビビッてしまい、二度とうちに遊びに来ることはなかったんだからな。
 二つ目は下剤。
 あまり使うことはなかったが、中には俺の脅しが効かない鈍感な奴もいるから、そういう相手を追っ払う時は、そいつの飲み物の中に下剤を仕込み、腹を下させて追い払うという手段を取ったこともある。
 効果が現れるまでに多少の時間は有するが、薬の効きやすい奴なら二時間ほどで家から飛び出して行ったから、それなりに役に立ったと思う。
 今思うと陰険なやり方だと反省している。だから、悠那が恋人だと言って連れてきたあいつには使っていないし、今後も使うつもりはない。
 もし、俺があいつに下剤を盛ったと知られたら、悠那だって黙っていないだろうしな。
 そして三つ目。
 これは悠那を魔の手から守るというより、悠那を監視するために役立つ道具であり、今でも悠那が帰ってきた時なんかには使うこともある。
 何かというと、子供の頃、悠那とお医者さんごっこをする時に使っていた玩具の聴診器だ。
 本当は盗聴器や隠しカメラを使いたいところだが、“盗聴”やら“盗撮”という言葉が犯罪めいているから気が引けるし、万が一、悠那に盗聴器や隠しカメラを仕掛けていることがバレたら、絶対に怒られるし嫌われてしまう。
 その点、玩具の聴診器なら足が付かないし、これが案外よく聞こえる。俺が未だにそんなものを持っているとも思われていないだろうから、聴診器の胸に当てる部分を部屋の壁に押し付け、すぐ隣りの悠那の部屋の様子を俺が盗み聞いているとは、悠那も夢にも思うまい。
「えー? じゃあ祐真は大学に好きな人がいるんだ」
「うん」
「どんな人? 写真とかある?」
「えっと……あるにはあるんだけど……」
「見せて見せて」
 久し振りに会った幼馴染みと、一体どんな会話をしているのかと思いきや、ただの恋バナだった。女子か。
 悠那と違って普通に大学に進学をした祐真は、現在大学一年生。
 悠那が実家で暮らしていた頃は、二人の浮いた話なんて聞いたことがなかったが、悠那には彼氏ができ、祐真も好きな人ができたらしい。
 なんたって大学生になったんだもんな。恋も遊びも思いきり楽しみたいお年頃だろう。
 悠那とは幼稚園からの幼馴染みだから、俺も祐真のことは小さい時から知ってる。
(祐真が惚れた相手とは、一体どんな奴なのか……)
 それが気にならないと言ったら嘘になるが、どうしても知りたいとまでは思わない。
 とりあえず、今から写真を見せてもらうであろう悠那の反応を窺うことにしよう。
 まさかとは思うが、祐真まで「男を好きになった」とは言い出さないだろうな。いくら二人が似た者同士だからって、そんなところまで似る必要は全くないんだが。
「この人なんだけど……」
「へー……って、これ、いっ君じゃん」
「え?」
 ちょっと待て。誰だ? その“いっ君”とやらは。初めて聞く名前なのだが?
 というより何より、“君”がつくってことは祐真の好きな奴も男なのか?
 何故そうなる。どうしてそうあちこちで、男が男を好きになる現象が起きるんだ。俺には理解できないぞ。
 悠那ならまだわかる。悠那に恋人ができたことは面白くなくても、悠那はきっと女性とお付き合いなんてしないだろうと、俺は心のどこかでずっと思っていた。
 そのへんの女より断然可愛いんだ。女の方が遠慮するに決まっている。
 だが、祐真はまだ普通だ。可愛いは可愛いが、普通に可愛い男の子って顔をしているだけだから、女性とお付き合いしたところで、違和感も何もないはずなんだが?
「え? え? 悠那、郁也先輩のこと知ってるの?」
「知ってるも何も司の友達だよ。昨日まで会ってたよ?」
「えぇっ⁈」
 そうか。あの男の友達か。確か、そいつがあいつを「うちの旅館に泊まりに来い」と誘ったから、今回の蘇芳家との合同旅行が決行されることになったんだっけ?
 フルネームは忘れたが、あいつがそいつのことを“郁”と呼んでいたのは憶えている。悠那がいつの間にそいつのことを“いっ君”と呼ぶようになっているのかは知らないが。
「凄い偶然。こんなことってあるんだね。司に報告しちゃおうかな」
「待って待って! そんなことしたら、郁也先輩に俺の気持ちがバレちゃうよっ!」
「大丈夫だって。司は“言わないで”ってお願いしたら言わないし、いっ君ともそんなに頻繁に連絡取ってる感じでもないから。むしろ、俺の幼馴染みの祐真と、司の友達のいっ君が同じ大学だってわかったら、祐真といっ君の仲が進展するかもしれなくない?」
「そ……そうかなぁ……」
 祐真がいっ君とやらのことを好きなことにも驚きだが、祐真は悠那とあいつの関係を知っているのか? 二人の会話を聞く限り、ナチュラルにあいつの名前が出てくるんだが……。
「でも俺、悠那みたいに可愛くないから、悠那みたいに男の人に好きになってもらう自信なんてないよ。そもそも、郁也先輩ってノーマルだもん。俺の気持ちなんて絶対に迷惑だよ。もし、悠那や司さんを通じて郁也先輩と仲良くなれたとしても、仲良くなったぶん余計に辛くなっちゃうかもしれない……」
 やはり二人の関係については知っているようだ。何故俺の弟は自分の一般的ではない恋愛を隠す気がないんだ?
 いくら祐真が幼稚園以来からの幼馴染みだからって、普通はそう簡単に言えないだろう。“引かれるかもしれない”とか“軽蔑されるかもしれない”って不安はなかったのか?
 まあ、その祐真も悠那と同じく同性を好きになっているわけだから、お互いいい相談相手が見つかっただけのようだが。
「何言ってるの? 祐真は可愛いよっ! それは俺が保証するもんっ! それに、いっ君がノーマルかどうかなんてわかんないじゃんっ! 俺だって自分が男を好きになるなんて思ってなかったんだよ? もちろん、司も俺のことを好きになるなんて思ってなかったんだからねっ!」
「悠那……」
「だから、いっ君が祐真を好きにならないだなんてこと、何もしないうちからは決めつけられないんだよ?」
「うん……」
 聴診器など必要ないくらい、力強い声で祐真を励ます悠那は健気で、微笑ましくも可愛くもあるのだが、自分の身に起こった予想外に対し、あまりにも順応性がありすぎたところには閉口したい。
 できれば悠那には一生涯、色恋沙汰とは無縁であって欲しかった。可愛い悠那に邪な感情を抱く輩がどんなに群がろうと、悠那本人はそんな視線に気づきもせず、俺に守られるお姫様であって欲しかった。
 どうでもいいけど、こうして懐かしい聴診器を取り出し、秘密裏に悠那のプライベートを盗み聞きしていると、幼い頃にした悠那とのお医者さんごっこを思い出すなぁ……。
 演技派の悠那が目を潤ませ
『先生……お注射するんですか?』
 なんて言ってきた日には、俺は身体の底からゾクゾクしたものだった。
「それに、いっ君って今フリーなんでしょ? それって絶好のチャンスでもあるじゃん」
 こらこら、悠那。いくら自分が彼氏持ちだからって、気弱な祐真をけしかけるような真似はよせ。祐真は悠那ほど大胆じゃないんだぞ? さっきだって、自分の気持ちなんて相手の迷惑にしかならないと言っていたほどに、極々一般的な感覚の持ち主でもあるんだからな。
「大学が一緒なのはいいとして、祐真といっ君ってどれくらい親しい間柄なの?」
 って……俺の心の声なんて、当然悠那には届かない。祐真の恋を実らせてあげようと、やる気になった悠那は、まずは情報収集から始めることにしたようだ。
 意外と世話焼きな一面もあるんだな。散々甘やかされて育ってきた悠那だから、人に世話を焼かれるのが当たり前で、誰かの世話を焼く側に回るとは思ってもいなかったが。
「そんなに言うほど親しいってわけでも……。たまたま同じ講義をいくつか取ってて、近くの席に座ったのがきっかけで、少しずつ喋るようになったって感じで……」
「一緒に遊びに行ったこととかないの?」
「ないないっ! 学食で一緒にお昼食べたことはあるけど、一緒に遊びに行くなんて……」
「そっかぁ……。じゃあ、やっぱり協力者は必要だよね。司に頼んだら上手いことデートの計画とか立ててくれるかもよ?」
「デっ……デートぉ⁈」
「したくないの? いっ君とデート」
「そっ……そりゃしたいけど……。でもっ、郁也先輩といきなり二人で遊びに行けって言われても、俺、どうしたらいいのかわかんないよっ!」
 どうやらかなり強引な世話の焼き方をするらしい。やはり、もともと世話を焼く側にいなかった人間だから、世話の焼き方は上手くないとみた。
 今、悠那が共同生活を送っているメンバーの中には、悠那より年下の人間が二人ほどいたけれど、その二人に対しても、悠那は変な世話の焼き方をしていないだろうか……。
 あの男とのことばかりを気にしていて、他のメンバーのことなど眼中になかったが、今更ながらにちょっと心配になってきた。
 でもまあ、テレビで見る限りではあの二人の方が悠那よりしっかりしていそうだから、悠那がわざわざ世話を焼く必要はないだろう。むしろ、悠那があの二人から世話を焼かれているに違いない。
 特に、律って子はかなりのしっかり者のようだから、悠那がお節介を焼く隙もないだろう。
「安心して。いきなり二人っきりになんてしないから」
「え? それ……どういう意味?」
「俺と司、祐真といっ君の四人でダブルデートしようよ」
「えぇ⁈」
 可哀想なことに、さっきから祐真は驚きっ放しである。
 そりゃそうもなる。俺だって思わず声を上げてしまいそうになるくらいの突拍子もない発言だ。
 ダブルデートってなぁ……。悠那やあの男は一般人じゃないんだぞ。いくら幼馴染みの恋を実らせるためとはいえ、白昼堂々とデートする気でいるのか? 人前で腕とか組んで歩くつもりか? どう考えてもそれは不味いだろ。
「作戦はもう考えてるよ。俺も司も大学生になったことがないから、それぞれ大学生の友達を誘って遊びに行くことで、ちょっとした大学生気分を味わおうって作戦。どう? これなら祐真といっ君が一緒に遊びに行ってもおかしくないでしょ?」
「そ……そうなのかなぁ?」
 一体いつの間にそんな作戦を考えたんだ。変なところで頭の回転の速さを発揮する悠那に脱帽する。
 というより、そんなもので大学生気分なんて味わえるのか? 普通に友達と遊びに行ってるだけじゃないか。現役大学生を含んだ友達同士で遊びに行くだけで大学生気分が味わえるとなると、大学生も随分お手軽なアイテムだな。
「俺はいっ君と面識あるし、祐真もいっ君と同じ大学に通ってるわけだから、“なんで俺が誘われるの?”って疑問にも難なく答えられるよ。全く面識のない相手だと向こうも警戒するかもしれないけど、知ってる相手が来るのであれば、いっ君だって“だから俺に声が掛かったのか”ってなるよ。四人の中で面識がないのは司と祐真だけだけど、面識を作ろうと思えば今すぐにでも作れちゃうし」
「今すぐにでも作れるって……。まさか悠那、俺と司さんを会わせるつもり?」
「司が暇してれば、呼んだらすぐ来てくれると思うけど」
 何? 今からあの男がここに来るのか?
「そっ……それは悪いよっ! 司さんだってせっかくのお休みだからゆっくりしたいんじゃないの?」
「でも司、俺に会えなくて寂しいって言ってたよ? 俺も司に会いたいし。司の家から俺の家って車だとそんなに時間もかからないみたいだから、“会いたくなったらいつでも呼んで”って言ってくれてるよ?」
「そうなんだ……」
 くっ……あの野郎。随分と悠那の前では彼氏面しやがるな。実際に彼氏ではあるものの、そんな話を聞くと面白くはない。
 大体、四日しかない休みの二日を一緒に過ごすことができたんだから、残りの二日は俺に寄越せ。たった二日間会えないくらいで“寂しい”ってなんだ。俺なんて、悠那がこうして帰って来てくれない限り悠那とは会えないんだぞ? 寂しさで死んでしまうレベルだ。
「司何してるかな~」
「え⁈ 悠那⁈ ほんとに電話しちゃうの?」
「うん」
「待ってよ。まだ心の準備が……」
「あ。もしもし? 司?」
「悠那ぁ~っ!」
 こうと決めたら突っ走るらしい悠那は、祐真の制止の声も聞かずにあの男に電話をしてしまった。そして――。
「うん、そう。司に会いたい。でもって、司に紹介したい子がいるんだよね」
 いとも簡単に、あの男をうちに呼びつけるのであった。



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