僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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番外編 ~家族の時間~

番外編 如月家のお姫様(1)~如月克己視点~

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 俺が小学校に入学して間もなく、弟の悠那が生まれたことは今でもよく憶えている。
 最初に弟ができると聞いた時の俺は、正直“面倒臭い”と思ってしまった。何故ならば、周りの友人達の話を聞く限り、弟という存在はあまりいいものではない、という印象を持っていたからだ。
 煩い。我儘。生意気。可愛くない。そんな感想しか聞かない弟という存在に、物心ついてだいぶ経った後の俺は、両親には申し訳ないけれど、あまり喜ぶ気分にはなれなかった。
(せめて妹だったらなぁ……)
 なんてことも思った。兄にとって妹の存在は可愛いらしく、どうせ新しく家族が増えるなら、弟じゃなくて妹が欲しかったとも思った。
 ところが……だ。いざ生まれてきた俺の弟は、この世に生を受けた時点で尋常じゃなく可愛い存在で
(弟が可愛くないって言ったのはどこのどいつだ?)
 と、俺は完全に騙された気分になったものだ。
 《悠那》という女の子のような名前を付けられた俺の弟は、その名の通り、女の子と見紛うほどの可愛らしい容姿で、日ごとにすくすく元気に育っていき、その可愛さも倍増していった。
 俺は悠那が可愛くて仕方なかったし、弟だとわかっていても、まるで妹のように優しく丁寧に扱い、学校に行っている時間以外は悠那の傍から離れないくらい、悠那と一緒にいたがった。
 それはもう、親に叱られるほどに悠那の傍から離れようとしないから、両親は揃って俺の心配をするくらいだった。
「どうして克己はそんなに悠那が好きなのかしら?」
「可愛がってくれるのはありがたいけど、ちょっと異常じゃないか?」
 そんな両親の言葉など一切気にせず、ただ寝ているだけの悠那でさえ、幸せそうな顔で見詰める俺の姿を、何度呆れた顔で見られたことか。
 そして、初めて俺のことを「にーに」と呼ばれた時の喜び。それはもう、言葉で言い表せないくらいの喜びであり
(悠那は一生俺が守る!)
 と、幼いながらに固く心に誓ったのであった。
 あれから時は過ぎ――。





「おいっ! 悠那っ! このパンツはなんだっ!」
「え? って……ちょっと! 洗濯物の中から勝手に俺のパンツ引っ張り出さないでよっ!」
「ピンクってなんだっ! ピンクって!」
「別にいいじゃんっ! ピンクのパンツくらい穿くよっ!」
「ピンクはダメだっ! 悠那がピンクなんか穿いたら、あの野獣が興奮するだろっ!」
「野獣って誰のこと? もしかして、司のこと言ってるの?」
「当たり前じゃないかっ!」
「別にピンクのパンツくらいで興奮なんかしないよ。紐パンとか透けパンなら話は別だけど。普通のボクサーパンツなんだから、色なんてなんだっていいでしょ?」
「なんてこと言うんだっ! 紐パンだの透けパンという言葉を遣うなっ! はしたないっ!」
 今やすっかり美少女男子に成長した悠那は、昔に比べるとやや俺に対して反抗的な態度を取るようになり、俺の言うこともあまり聞かなくなっていた。
 悠那が俺に反抗的な態度を取り始めたのは中学生になってからだ。
 その頃に第二反抗期でも迎えたのかもしれないが、親には全く反抗しなかった悠那が、何故俺にだけ反抗的な態度を取るのかはよくわからなかった。
 反抗期が終われば、昔みたいに素直で可愛い悠那に戻ってくれるだろうと期待していたのに……。悠那はそれ以来、俺に結構手厳しい。
 もちろん、昔のように素直で可愛い弟に戻ってくれることもあるけれど、俺の小言や説教には容赦なく反発してくるようになった。
「まさかとは思うが……そういう下着を身につけたりなんかしていないだろうな」
「ん~……」
「つけてるのかっ⁈」
「……たまに?」
「~っ‼」
 しかも、いつの間にやら人としても成熟してしまい、紐パンや透けパンまで穿くようになっている。
 一体どういう時に、そんないかがわしい下着を身につけるというのだ。俺の悠那はそんないかがわしい下着なんかをつけてはいけないというのに。
 あいつか? あいつのせいか? あの蘇芳司という、いけ好かないぼんくら男の影響で、悠那がいかがわしいことに興味を持ってしまったのか?
 だとしたら、許すまじ、蘇芳司っ!
「だぁぁぁ~っ! 俺の目がないのをいいことに、あの野郎っ!」
「煩いなぁ。別に司に穿けって言われたわけじゃないからね。俺が自分で穿いてるの」
「な……なんだと?」
「だってほら。たまにはそういうエッチな下着とかつけて、司を興奮させてあげたいじゃん」
「……………………」
 今のは俺の聞き間違いか? 今悠那、とんでもなく破廉恥な発言をしなかったか?
「ま、穿いてる俺も恥ずかしくはあるんだけどさ。その恥ずかしさが、逆に初々しい気持ちを思い出させてくれたりもするから、マンネリ防止にもなっていいんだよね」
「……………………」
 待て待て。ちょっと待て。俺は悠那の身の潔白を信じて疑っていなかったんだが、もしかして悠那、あの男と経験済みなのか?
「悠……悠那?」
「なあに?」
「お前……もしかして……」
「うん」
「あいつとシてるのか?」
 悠那が生まれてきた時から悠那を溺愛し、悠那に伸びてくる魔の手を容赦なく叩き落してきた俺は、俺の日常から悠那がいなくなった途端、あっさり悠那を他の男に奪われてしまったことがショックでならなかった。
 ただでさえ、悠那に恋人……それも男の恋人ができたことが面白くなくて仕方がないのに、そいつとセックスまでしている仲だなんて、俺にはどうあっても許されることではない。
「やだなぁ。付き合ってるんだから当然でしょ?」
「あぁぁぁーっ!」
 殺すっ! 蘇芳司っ! 今度会ったら絶対殺すっ!
 あの野郎……ちょっとばかし背が高くて顔がいいからって、これまでの俺の努力を悉く無駄にしてくれやがって。
「と、と、と、父さんや母さんは知っているのか? お、お、お前とあの男がそういう仲だってこと……」
「ううん。言ってないよ。さすがにちょっと……ね。そのうち言おうとは思ってるけど」
「親に言えないようなことをしちゃダメだろっ!」
 一体いつからあの男とそういう関係になっているのかは知らないが、こんな話、父さんや母さんが聞いても卒倒するに決まっている。
 なんたって、悠那はその愛らしい容姿故、我が家では蝶よ花よと褒めそやされ、お姫様のような扱いを受けて育ってきたんだ。
 悠那の我儘は基本的に許され、叱る時も俺なんかよりずっと優しい怒られ方しかしていない。親に手を上げられたことなど一度もないし、悠那に何かあったなら、家族一丸となってその障害を取り除こうとする団結力も発揮した。悠那に対する俺の溺愛っぷりに呆れる両親も、俺のことを言えないほどに悠那を溺愛して育ててきたんだ。
 そんな両親が、まだ二十歳にもなっていない悠那が男とセックスしているだなんて知ったら、いくら悠那に好き勝手させてきた親でも、さすがに激怒するんじゃないかと思われる。
「別に悪いことしてるわけじゃないもん。ただ、言うタイミングを先延ばしにしてるだけだもん。言えって言うなら言ってもいいけど?」
「いや……それはやめとこう」
「でしょ? 今は言わない方がいいと思ってるから言わないだけだも~ん。わかった?」
「ああ……」
 とはいえ、そのことを親に告げ口するのは憚られるし、今は実家を離れている悠那のことで家庭内がゴタゴタしてしまうのは避けたい。
 それに、それを知っても尚、あの男との関係を認めると言われてしまったら、俺にはもうなす術がなくなってしまうような気がする。
 うちの親はちょっと呑気だし、世間ズレしているところもあるから、あの男と悠那の関係を知ってしまったら、最初は激怒したとしても
『これはもう、何がなんでも司君に責任を取ってもらうしかないな』
 ってことになりそうだ。
 何せ悠那はうちのお姫様だ。一度手を出したのであれば、責任をもって一生添い遂げてもらわなくては困る、と思っているに違いない。
 案外、あの男との関係をあっさり認めたのも、そこを考慮してなのかもしれない。
 性別は同じでも年頃の恋人同士だ。ただ仲良くしているだけで満足するはずがないと、誰だって思うだろう。
 遅かれ早かれそういう関係になるのであれば、早々に二人の仲を認めてしまい、一生かけてうちのお姫様を幸せにしろ。ってことなのかもしれない。
「っていうか、いつまで俺のパンツ握り締めてるの? いい加減離してくれない? 気持ち悪い」
「気持ち悪いっ⁈」
 俺が頭の中で必死にあれこれ考えているというのに、そんな俺に対する悠那は冷たかった。
 今はこんな悠那でも、昔は「お兄ちゃん、お兄ちゃん」って俺にべったり甘えてきてくれてたのになぁ……。時の流れとは残酷なものだ。
 俺の手から自分のパンツを取り上げた悠那は、くしゃくしゃになったパンツを見下ろし
「もっかい洗濯しよっと」
 と、とどめのような一言を放った。
 何も洗濯し直すことはないだろ。別に汚してなんかいないし、匂いを嗅いだりとかもしてないのに。俺はただ健全な気持ちで、もう少しおとなしい色のパンツにしろと訴えただけだぞ。
「あ、そうそう。今日これから祐真ゆまが遊びに来るからね。お兄ちゃんは絶対邪魔しないでね」
「は?」
 俺からパンツを取り返したことで、多少は機嫌も直ったらしい悠那は、奪い返したパンツを洗濯機の中に放り込むと、俺に向かって釘を刺すように言ってきた。
 ビシッと人差し指を突き出し、ちょっとだけ怖い顔をしてみせる悠那が可愛くて、怖い顔をされているというのに俺の顔はにやけてしまいそうだった。
 どんな表情をしても可愛くなる俺の弟が罪過ぎる。この可愛い悠那が、あの男にいいようにされていると思うと腹立たしさしかないが。
 そんなことより、昨日旅行から帰ってきたばかりだというのに、今日はこっちの友達と会う約束をしているのか。
 祐真というのは悠那の幼稚園からの友達で、いわば悠那の幼馴染みという奴である。俺が今まで悠那が連れて来た友人の中で、唯一害がないと認めた人間でもある。
 他の連中は悠那に邪な目を向けていたから、二度とうちの敷居を跨がせないように追っ払ってやったが、祐真だけは例外だった。
 それというのも、悠那と祐真は似た者同士で、どんなにじゃれ合っていても、友達以外の何物でもないと思えるからだ。
 名前もよく似ているが、雰囲気も似ている二人は気も合うらしく、しょっちゅうお互いの家を行き来する仲だったから、悠那が地元を離れた後も、祐真との友達付き合いは続いていたのだろう。
 しいて言うなら、悠那に比べて祐真の方が控えめな性格で、少し冴えない感じではある。顔も悠那には見劣りするが、まあ可愛い顔をしていることはしている。
 悠那が実家を離れた後も付き合いが続いているのは祐真くらいだろう。他の奴らは悠那と“あわよくば……”という下心を持って接していたから、俺がちょっと脅してやれば、尻尾を巻いて逃げ出すような腰抜けだったしな。
 悠那の方は、友達を家に連れてくるたび、連れてきた友達に俺が絡むのが嫌で、最終的には祐真以外の人間を家に連れてこなくなったけど、それで良かったんだと気付いて欲しいものである。
 俺が悠那を付け狙う輩を追っ払わなかったら、悠那の貞操はとっくに奪われていたに違いないんだからな。
 結局、その貞操は蘇芳司という人間に奪われてしまったようだが、悠那が好きでもない相手に奪われるよりはマシだ。
 というか、他の奴に奪われるくらいなら俺が真っ先に奪いたかった。
 もちろん、俺は悠那を弟として溺愛しているだけで、悠那に邪な感情は抱いていないわけだが、弟愛が強すぎる俺は、可愛い弟の貞操が他人に奪われてしまったことで、我を忘れてしまいそうなほどには苛立っている。
 子供の頃、小さな悠那を抱き締めて頬擦りなんかをしていると、愛情が爆発して何度かキスをしたいと思ったこともあったけど、悠那の将来を考えて我慢してやっというのに。
 悠那のファーストキスを奪わないでいてやった俺に対して、運命というやつは酷い仕打ちをしてくれる。同じ男に奪われるなら俺が奪っても良かったじゃないか。今更後悔しても遅いが。
「ただいまー」
「あ、おかえりなさーい」
「もう凄い人だったー。やっぱ福袋ってみんな買いにくるのね」
「お目当てのお店の福袋は買えたの?」
「もちろん。真っ先に飛んでったから無事にゲットできたわよ」
「良かったね」
「悠那にも可愛いジャケット買ってきてあげたわよ」
「わーい。見せて見せて~」
 悠那のパンツの話から始まり、悠那とあの男との関係についての話までしていた俺だが、それは家の中に俺と悠那しかいないからできた話である。俺達の両親は朝早くから、今日が初売りとなるデパートに福袋を買いに出掛けていたのだ。
 俺は福袋なんかに興味がないし、人でごった返すデパートにアイドルの悠那を連れていくわけにはいかない母さんは、荷物持ちのため、父さんを一緒に連れていったから、今日の午前中は俺と悠那の二人っきりでお留守番だったというわけだ。
 せっかく悠那と二人っきりだったんだから、もっと仲睦まじい兄弟の時間を過ごせば良かったものを……。ふと目に入ってきた悠那のパンツが、俺を誘惑するように物干し竿の下で揺れていたから、思わず手に取り、悠那を問い質そうとしてしまったのが間違いだった。
「わ、可愛い~。俺、こういうの好き~」
「でしょ? 見た瞬間、悠那が好きそうって思ったのよね」
「ありがと、お母さん」
 母さんが悠那に買ってきたというジャケットを、早速広げてみる悠那は、自分の好みがわかっている母親に満面の笑みだった。
 しかし、だ。ジャケットが入っていた店の袋は女性用のブランド店のもので、それを買ってきた母親も、それを受け取る息子も、それを着る人間が男であるということをまるでわかっていない感じであった。
 まあ、悠那は小柄で華奢だから、サイズ的には女性物でも充分だ。服の好みも男性より女性寄りだから、悠那が普段着ている服の大半は女性物だ。
 むしろ、男性物を着ると妙にダブついて、着ている服が全部萌え袖になってしまったりもするから、却って危険度が増す。悠那には女性物がちょうどいいのだ。
「二人ともお昼は食べたの?」
「ううん。まだ」
「なら良かった。デパ地下で美味しそうなお弁当も買ってきたから、みんなでお昼にしましょ」
「うん」
 どうやら祐真が来る前に、我が家では少し遅めのお昼になるようだ。



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