僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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番外編 ~家族の時間~

    蘇芳家の長男は私の弟(2)

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「どこ行ってたの?」
「尊さんとお散歩~」
「変な人に絡まれなかった?」
「ううん。誰にも会ってないよ」
「ならいい」
 一時間近く散歩を楽しみ、旅館に帰ってきた私達は、部屋に戻る前に司に見つかり、三人一緒に部屋に戻った。
 最近知ったんだけど、司は結構心配性で過保護なところもあるみたい。
 それが恋人の悠那君限定のものなのかどうかはわからないけれど、私が知る司の姿ではないことは確かだった。
 他にも、悠那君と一緒だとよく喋るし、表情も実家にいた頃とは全然違うって感じがするから
(この子も随分と変わったのね……)
 と、姉としてはしみじみ思ったりもする。
「悠那~っ! どこ行ってたんだっ!」
「うわっ……うん……ちょっと散歩に……」
 私達が部屋に戻ると――ちなみに、部屋は蘇芳家と如月家の二部屋用意されているけれど、現在は蘇芳家が親部屋、如月家が子供部屋みたいになっている――、悠那君の帰りを待ち侘びていたかのように、悠那君のお兄さんの克己さんが悠那君に飛びついてきたから、悠那君が明らかに迷惑そうな顔をした。
「散歩に行くなら兄ちゃんと一緒に行けばいいじゃないかっ!」
「だってぇ……お兄ちゃんと行くより、尊さんと一緒に行きたかったんだもん」
「だからって、俺から逃げることはないだろっ! 心配して探し回ったじゃないかっ!」
「やめてよっ! 恥ずかしいじゃんっ!」
「何言ってるんだっ! 悠那に何かあったらどうするんだっ!」
「何があるって言うの? ただ普通に散歩してただけだもんっ!」
「わからないじゃないかっ! こんなに可愛い悠那がふらふら出歩いてたら、“さらってやろう”と思うやからが現れるかもしれないじゃないかっ!」
「そんな人いる? お兄ちゃんってば心配し過ぎ」
「悠那のことは心配しても心配しても心配し足りないっ!」
「ごめん。それ、凄く迷惑」
 まあ……司の心配性と過保護具合も、この兄には負けるとは思うけど。
 悠那君は克己さんを鬱陶しそうに押し退けると、克己さんから逃げるように司の腕にしがみ付き、司と並んで腰を下ろした。
「悠那っ! 俺の前でそいつにベタベタするなっ!」
 悠那君に冷たくあしらわれてしまった克己さんは、司にぴったりとくっつく悠那君に目を吊り上げたけれど、悠那君は克己さんからぷいっと顔を背けると、これ見よがしに、より一層司に密着したりする。
「お茶でも淹れるわね」
 自分の弟が恋人とイチャつくシーンはあまり見たくないし、弟に絡む恋人の兄に関わるのも面倒臭いと思った私は、散歩した後で喉が渇いていたのもあるから、お茶でも淹れることにした。
 こういう時、自然と身体が動いてしまうところが女よね。自分だけじゃなく、四人分のお茶を淹れようとしてしまうところも。
「俺も手伝う」
「いいのよ、悠那君。お湯はポットに沸いてるし、お茶って言ってもティーパックだから、お湯を注ぐだけだしね」
「じゃあ、お菓子出しとく」
「お願い」
 まるで弟が実家に嫁を連れて来た時の、嫁と小姑の会話みたいになっているけれど、これもあながち間違いではないのよね。なんたって、司にとっての悠那君は間違いなく自分の嫁だし、私も悠那君は弟の嫁だと思っているわけだから。
「お茶菓子三種類もある。どれがいいかな?」
「悠那が食べたいの選びな」
「わーい」
 で、うちの弟は旦那さんとしてはまずまずってところかしら。ちゃんとお嫁さんを大事にしてるみたいだし。
 正直、司が恋人をちゃんと大事にできる人間かどうかは心配なところもあったけれど、悠那君と一緒にいる時の司を見る限りでは、その心配はなさそうだからホッとした。
 面倒臭がりで頼りない司だから、彼女ができたとしても、放置したり、全てを彼女任せにして彼女に負担を掛けそうだと思っていたのに。
「くっ……俺の目の前でイチャイチャと……」
 もっとも、義兄の方は自分の義弟が気に入らなくて仕方ない様子だけれど。
 悠那君の恋人がどんなに気に入らなかったとしても、自分が悠那君と結婚できるわけでもないんだから――それを言ってしまうと、司と悠那君だって結婚できるわけじゃない――、いい加減諦めればいいのに。
 私だって、最初は反対する気持ちもあったし、司については色々思う所もあるけれど、だからといって、他人にどうこう言われるのは家族として面白くないとは思うのよね。特に、自分の弟を異常なまでに溺愛しているような変人には。
 とはいえ――。
「どうぞ」
「ああ、すまん」
 お茶を淹れ終わった私は、一応立場というものを考慮して、一番最初に克己さんにお茶を差し出した。
 私にお茶を淹れてもらった克己さんは、吊り上げていた眉毛を少しだけ下げ、決まり悪さを隠すかのように、淹れたてのお茶にすぐ口をつけた。
 司のことは気に入らないみたいだけれど、蘇芳家の人間全てを恨んでいるわけではなさそうね。
 その後、一瞬悩みはしたけれど、司、悠那君の順にお茶を出し、最後に自分の前にお茶を置き、そこでようやく一息入れることにした。
 これ、本当に親戚付き合いしてるみたいな気分になるわ。なんで私が立場とかを気にして、克己さんなんかに気を遣わなきゃいけないのかしら。
 そりゃ克己さんは年上だし、気を遣ってしまうのは仕方ないけれど、この人、もう少し付き合いやすい性格になってくれないものかしら。
 まあ、悠那君を溺愛しているから、悠那君が恋人を作ったこと自体が面白くないのはわからなくもないけれど。
 だけど、もう少し理解を示すとか、弟の幸せを願うくらいのことはしてもいいと思うのよね。
 悠那君の七つ年上ってことは結構いい歳だと思うし、もうちょっと大人の対応、心の余裕というものがあっても良さそうなものなのに。
「そうだ。二人に報告することがあるんだよ」
「報告?」
 私の淹れたお茶と一緒に、自分の選んだお菓子を食べる悠那君は、急に思い出したように口を開いたから、私は小首を傾げながら聞き返した。
 悠那君に“報告”って言われると、とんでもないことを言い出しそうでちょっと怖いわ。
「俺と司、今度一緒の映画に出るんだよ」
「そうなの?」
 悠那君の報告が、私が心配するようなものではなかったことに安心する。
 あまり実家に連絡をしてこない司も、「今度○○に出る」とか「今月の○○って雑誌に載ってるから」という報告をしてくれるにはしてくれるけど、その報告ときたらいつもギリギリ。酷い時は、放送日当日だったり、雑誌の発売日を過ぎてから連絡してくることもあるくらい。
 家族にアイドルとしての自分を見られることに抵抗がある現れなのかもしれないけれど、そういうことは事前に報告して欲しいと思うわ。別にからかったりなんかしないんだから。
 正直に言うと、司がドラマなんかで女の子とキスするようなシーンがあると恥ずかしいと思ってしまうし、思わず目を逸らしてしまったりもするけれど、家では見せなかった司の表情を見られるのは新鮮だから、結構楽しみにしてるところもあるのよね。
 ああ、この子ってこんな顔もできるんだ……なんて、今更ながらに感慨深く思うこともあるし。
「年が明けたら撮影も始まるんだよ。俺、すっごく楽しみにしてるんだ」
「そう。それは私も楽しみだわ」
 司と一緒に仕事ができることが本当に嬉しそうな悠那君に、私も釣られて笑顔になってしまうけど、悠那君の隣りにいる司が、なんだか微妙な顔をしているのが気になる。
「で、どんな映画なの?」
「俺と司の甘くて切ないラブストーリー」
「ぶっ……!」
 流れのついでで映画の内容を聞いた私は、笑顔のまま答える悠那君に一瞬フリーズしてしまったし、克己さんは口に含んだばかりのお茶を吹き出した。
 そういうことね。だから、司が変に気まずそうな顔をしていたわけか。
 にしても、ついにそういう仕事まできちゃうとなると、司と悠那君って業界の人にもそういう目で見られているの? それとも、業界には二人が付き合っていることが知れ渡っていたりするのかしら。
 悠那君は可愛いから、そういう役が回ってくるのも仕方ないと思うけど――悠那君の初主演ドラマもそんな内容だったけど、私はあまり違和感を感じなかった――、司にまでそういう役が回ってくるようになったとなると、二人の関係が世間にバレるのも時間の問題なのでは?
 そもそも、この二人に自分達の関係を隠す気があまりなさそうなところが、私は常日頃から怖いと思っている。
「なっ……そっ……悠那っ! なんでそんな仕事を引き受けたんだっ⁈」
「だって、司と一緒に出る映画だよ? なんで断らなくちゃいけないの?」
「おまっ……世間の目というものがあるだろっ! そんな映画に出て、お前達の関係がバレたらどうするんだっ!」
「その時はその時だも~ん」
「そもそも、どうして悠那にくる仕事は毎回そんなのばかりなんだ? どう考えても、悠那を男からそういう目で見られるように仕向けているとしか思えないっ!」
「そんなことないよ。俺にだって普通の仕事はくるもん」
「そうかもしれないけどっ! 基本的にいつも可愛いらしい仕事ばかりさせられているじゃないかっ! 俺は気が気じゃないぞっ!」
 自分の弟を可愛い以外の何物でもない目で見ている兄がよく言うわ。あんただって、製作者側に回ったら、可愛い悠那君に可愛い仕事をさせたいって思うクチでしょ。自分のことを棚に上げて、人を非難するってどうなのよ。
 それに、悠那君の魅力を最大限に引き出そうと思うなら、悠那君の可愛らしさを全面的に押し出す仕事が多くなるのも当然じゃない。誰の目から見ても、悠那君の可愛さは尋常じゃなく、可愛いの塊なんだから。
 第一、悠那君は何をやっても“可愛い”にしかならないから、狙って可愛い仕事をしなくたって可愛いになっちゃうでしょ。悠那君に男らしさを全面的に押し出すような仕事がくる方が、逆に「え?」ってなるわよ。
「でも、よく事務所もオッケーしたわね。そういう仕事って事務所の方が嫌厭しそうなのに」
「マネージャーは俺達の関係を知ってるし、俺が司と一緒の仕事ならやりたがるってわかってるから」
「そ……そう……」
 まあ……マネージャーさんなら知ってるでしょうね。この子達のただならぬ関係も。でも、だからこそ、二人の関係が怪しまれそうな仕事は避けると思ったのに。どうやらそういうことにはならないらしいわ。
 普段から仲睦まじさが滲み出てしまう二人だから、陰でコソコソ関係を詮索されるより、おおっぴらに仲良しアピールをしておいた方が、却って誤魔化しが利くと思っているのかもしれない。
「公開したら見にきてね。公開がいつになるのかはよくわからないけど」
「ええ、そうするわ」
 ぶっちゃけ、自分の弟の男の子との恋愛映画を見るだなんて、気まずさの極みって気がしなくもないけれど。一体どんな映画なのかが「気にならない」と言ったら嘘になる。
 それに、私はFive Sファンでもあるから、Five Sのメンバーが出ているものには一通り目を通すようにしている。
 CDなんかは発売されたら司が送ってきてくれたりもするけれど、私は私でちゃんと買っていたりするくらい。
 だから、頼まれなくても映画が公開されれば、映画館に足を運ぶつもりだったでしょう。
「俺は見ないぞっ! いくら俺の可愛い悠那が出ていると言っても、そいつとイチャイチャするシーンがあるんだとしたら、俺は絶対見ないからなっ!」
 で、このブラコン兄はブラコン兄でお決まりの反応っていうか、予想通りの反応ね。自分の弟がアイドルという道を選んだんだから、弟に仕事がくること自体を喜べばいいものを……。
「あっそ。じゃあお兄ちゃんは見なくていいもん」
 悠那君の方も、克己さんの反応は予測していたのか、自分の出る映画を「見ない」と言い張る克己さんに、さほど腹を立てる様子はなかった。
 多分、見たら見たで面倒臭いと思っているからなのよね。映画の内容がどこまでのものかは知らないけれど、私だって見終わった克己さんを想像すると、“面倒臭そう”って思うもの。
 でも、そんなことを言いながらも、絶対見に行くんだろうとは思う。悠那君を溺愛している克己さんが、悠那君が出演する映画を見に行かないわけがない。「見ない」と言っておきながら、公開初日に見に行きそうだし、公開中に何度も映画館に足を運ぶに違いないわ。
 結局見に行くんだから、「見ない」なんて言わなきゃいいのに。ほんと、面倒臭い兄貴ね。
 なんだったら
『一緒に見に行きます?』
 とでも言ってやろうかしら。
 もし、この人と一緒に見に行ったら、映画を見るどころの騒ぎじゃなくなりそうだけど。
「悠那が冷たい……」
「だって、お兄ちゃんが俺と司のことを全然認めてくれないから面倒臭いんだもん」
「面倒臭いって言うなっ! 俺としてはそう簡単に認めるわけにはいかないんだぞっ! 俺の可愛い悠那なのにっ!」
「俺、お兄ちゃんのじゃないもんっ!」
 司との関係を反対されるたびに、不愉快な思いをすることになる悠那君は、克己さんに優しくしてあげる気は更々ないようだった。
 克己さんが悠那君を溺愛するのと同じように、司を溺愛しているらしい悠那君は――もちろん、司も悠那君を溺愛している――、“いい加減反対されることにもうんざり”と言った顔で、克己さんを冷たくあしらうばかりだった。
 愛想が良くて人懐っこい悠那君しか知らない私からしてみれば、悠那君のこういう小悪魔っぽい一面を見るのは新鮮だったりする。
 それにしても、司にも悠那君にもちゃんと仕事の話が絶えず来てくれることはありがたいわよね。芸能人なんて人気商売だから、人気が落ちて仕事を貰えなくなったらやっていけないし。
 司がアイドルという道を選んだことにはまだ不安が残っているけれど、こうしてアイドルとして上手くやっていけているのであれば、できるだけその状態を維持させて欲しいと思うわ。
 もし、アイドルを辞めてしまったら、司に何ができるのかなんて見当もつかないし。
 ある意味、司はアイドルになって良かったとも思うのよね。不安はあるにせよ、他に司が生きていく道を思いつかないし。
 もちろん、アイドルにならなかったらならなかったで、それなりにやっていたとは思う。普通に大学に進学して、就職して、平凡な毎日をのらりくらりと過ごしていたと思う。
 でも、それだと今みたいにイキイキした司にはならなかっただろうし、私も司のことを“冴えない弟”だと思い続けていたでしょう。
 司がアイドルになったから、私の司を見る目も少し変わったっていうか……見直したところも多少はあるのよね。
 相変わらず頼りないし、ぼやぼやしている子だとは思っているけれど。
 それでも、アイドルとして頑張っている姿や、悠那君のことを真剣に考えている司を見ると、姉としては嬉しく思うし、誇らしく思える時もあるのよね。
 本人には絶対に言ってやらないけど。
「お兄ちゃんももっと尊さんを見習うべきだよ。尊さんは俺と仲良くしてくれるのに、お兄ちゃんは全然司と仲良くしてくれないじゃん。司のこと悪く言うお兄ちゃんなんか嫌いになっちゃうからね」
「はうっ!」
「せっかくみんなに仲良くなって欲しいと思って旅行しにきたのに……。そんなんだったらお兄ちゃんを連れてこなきゃ良かったよ」
「悠那ぁ~……」
 悠那君を溺愛している克己さんは、悠那君が本気で機嫌を損ねると弱いらしい。「嫌い」とか「連れてこなきゃ良かった」と言われると、急に勢いを失ってしまうのが滑稽だった。
 克己さんにあまり歓迎されていない司はというと
「まあまあ悠那。そんなこと言わないであげなよ」
 悠那君から愛されている余裕なのか、わりと大人の対応だった。
 余裕ぶっている司の姿というものも、姉の私からしてみれば、なんだか癪に障るものもあるけれど。
 でも、自分に対して大人気ない態度を取る克己さんにも、大人気ない態度で返さないところは素直に感心する。
 私の知っている司なら、そういう人間は完全にスルーするか、関わらないようにと逃げ出していたと思うから。
 今の司は克己さんに何を言われようと、悠那君の傍から離れる気はないみたいだから、そのうち克己さんの方も折れてくれる日がくると思う。
 仮に折れなかったとしても、この二人は“一向に構わない”って顔もしてるけど。
 もともと司はメンタルが強い方だと思っていたけれど、芸能界に入ったことで、その強度が更に増したのかもしれない。
 どうやら頼りないと思っていた私の弟は、少しずつ頼れる男に成長しているようである。



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