僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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番外編 ~家族の時間~

番外編 蘇芳家の長男は私の弟(1)~蘇芳尊視点~

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 私の名前は蘇芳尊。蘇芳家の長女であり、今、世間をそれなりに騒がせているFive Sというアイドルグループのリーダー、蘇芳司の三つ年上の姉でもある。
 正直、自分の弟がアイドルになるなんて思っていなかったし、グループのリーダーを任されるとも思っていなかった。
 そして、アイドルとしてデビューした後、世の女の子達からキャーキャー騒がれるようになるなんて……とも。
 姉の私から言わせてもらえば、司は抜けているうえに面倒臭がりで頼りなく、男としてはイマイチ。背が高くて、見てくれも悪くはないけれど、家族でもなければわりとあっさりスルーしてしまう存在だったんじゃないかと思う。
 司は子供の頃から背が高くて目立つ子ではあったけれど、どちらかと言えば引っ込み思案で地味。目立つようなことも好まない子だった。
 だから、その司が家族に内緒でアイドルオーディションを受けに行き、更には合格したという話を聞いた時は、司がアイドルになることを全力で阻止しようともした。
 絶対に向いてない。間違ってアイドルなんかになってしまっては、数年後に確実に後悔することになるに決まっている。
 そう決めつけていた私は、思いの外、司がアイドルとして順風満帆な日々を送っていることがどうにも信じられなかったりもした。
 しかも――。
「あ、いた。ねえ、尊さん。旅館の周り探検しに行こ~」
 こんな可愛い恋人まで作って、人生そのものを謳歌しているだなんて、私は認めたくもない。
(司の癖に……)
 心の中で何度そう思ったことか。
「いいわよ。っていうか、悠那君のご家族と一緒じゃなくていいの?」
「うん。お父さん達は司のご両親と色々お話してるし、俺、尊さんともっと仲良くなりたいもん」
「くっ……!」
 可愛いっ! 可愛すぎるわっ! なんでこんな可愛い子がうちの司をっ! 一体あれの何がいいって言うの?
 司の恋人である如月悠那君は、司と同じFive Sのメンバーであり、司と同じアイドルグループの一員ということは、当然男の子でもあるわけなんだけど、悠那君の可愛さと言ったら女の私でもまるで太刀打ちできないと思ってしまうほど。
 小柄で華奢な身体つきはとても男の子だとは思えないし、お肌もつやつやで物凄く綺麗。一体どんなお手入れをしたら、そこまでうるうる、つやつや、もちもちのお肌をキープできるのかしら。
 私が日頃、付けまつげやビューラーを駆使して必死にボリュームを出している睫毛も、悠那君にはそんなアイテム必要なさそうだし、くりくりとした愛らしい瞳なんて、目が合っただけでイチコロってくらいに母性本能を擽られる。おまけに髪も長めにしているせいで、ちょっと可愛い服なんて着ようものなら、最早女の子以外の何物でもないレベル。
 だから、司が好きになる気持ちはわからなくもない。こんな可愛い子と毎日同じ部屋で過ごしていれば、そりゃ間違いも過ちも起こるってものよね。
 蘇芳家のぼんくら息子が愛らしい悠那君にときめいてしまったのはいいとして、どうして悠那君がうちの司を好きになってしまったのかは永遠の謎。もし、私が悠那君なら、司なんかより絶対陽平君を好きになっているのに。
 ま、陽平君と悠那君に付き合われてしまったら、それはそれでちょっとショックでもあるんだけれどさ。
「司はどこ行ったの?」
「なんか昔の同級生に捕まってる。邪魔しちゃ悪いと思ったから尊さんとお散歩しようと思って探してたんだ」
「あいつ……。自分の恋人をほったらかしにして何やってるのかしら」
「ちょっとくらいなら構わないもん。司も久し振りに昔の友達に会ったんだろうから、積もる話もあるかもしれないし」
「悠那君はいい子ね。うちの司には本当にもったいないわ」
「そう? 尊さんにそう言って貰えると嬉しい。でも俺、結構ヤキモチ焼きだから、あんまりいい子でもないんだよ」
「悠那君もヤキモチなんて焼くのね」
「うん」
 大晦日と元旦の二日間を利用して、如月家と一緒に司の元クラスメートの両親が始めたという旅館に来ている私は、来たのはいいけど特にすることもなく、ちょうど暇をしているところだった。
 暇潰しにロビーのお土産コーナーを眺めていたところに、私の姿を見つけた悠那君が駆け寄ってきたから、私は悠那君と一緒に旅館の外に出ることにした。
 旅館としてはまずまず。部屋は綺麗だし、窓から見える景色も悪くない。こじんまりとした隠れ家的な感じがする旅館だから、のんびり寛ぐにはもってこいって感じ。
 しいて言うなら、周りに遊べるようなところが何もなく、森林浴くらいしかすることがないのがもったいないって気もするけれど、散歩コースみたいなものはあるし、のんびり寛ぎたい人には却ってそっちの方がいいのかもしれないわよね。
 あとは料理の味と、大浴場や部屋に付いているお風呂がどうなのか……って感じではあるけれど、そちらはまだ体験していないからなんとも言えない。
「お兄さんは?」
「面倒臭いから撒いてきた」
「ああ、そう……」
 私を探していた、と言った悠那君だけど、悠那君には七つ年上のお兄さんがいて、そのお兄さんもこの旅行に参加しているわけだけど、悠那君からはどうも鬱陶しがられている様子。
 確かに、あの弟への溺愛っぷりを見せられると、悠那君が逃げ出したくなるのもわからなくはないわ。傍から見てても暑苦しいし鬱陶しいもの。
 悠那君が尋常じゃなく可愛いから、兄としても溺愛せざるを得ない気持ちはわかるけど、あれじゃむしろ逆効果。下手すると嫌われかねないレベルよね。
 悠那君のお兄さんだから、顔は悪くないと思ったけれど、あの性格じゃね……。お付き合いするのはご遠慮したいって思われそうなタイプ。
「それより尊さん。ここの旅館の息子さんって、司とはいつからの友達なの? 尊さんも会ったことある? 司とは仲良しだった?」
「え? えーっと……そうね。中学の頃からの付き合いかしら? 何回か家に遊びに来たこともある子だと思うわ。見覚えあるし」
「そうなんだ。司ってどんな子だったの?」
「そ、そうね……」
 旅館の周りの散歩道を並んで歩く私は、実家で暮らしていた頃の司のことを聞かれ、思わず声が裏返ってしまいそうだった。
 司は私の弟に間違いないけれど、そんなに仲のいい姉弟でもなかったから――だからって、仲が悪いというほどでもない――、一緒に住んでいたとはいえ、司のことなんてあまりよく知らないのよね。司って口数が多い方じゃなかったから、自分のこととかもあんまり話さなかったし。
 司は引っ越しするついでに通っていた高校を中退してしまったから、司の学生時代を知らない悠那君からしてみれば、学生だった頃の司がどんな風だったのかが気になるのかしら。
「背の高さだけが目立つ子で、それ以外で目立つような子ではなかったかしら。友達も地味でおとなしい子が多かったと思うわ。みんなでどこかに遊びに行くっていうよりは、誰かの家に集まってゲームしたり、漫画読んでまったりしてるような子だったわよ」
「インドア派だったってことだね」
「そうね。休みの日なんかは“面倒臭い”とか言って、ちっとも外に出たがらないし。将来は引き籠りになるんじゃないかと心配したこともあったわ」
「そうなんだ。なんか俺の知ってる司とはちょっと違うかも」
「無気力っていうの? やる気とか覇気とか全然感じられなくて、何を考えているのかもよくわからないし、何がしたいのかもよくわからない子だったわ。だから、司が家族に内緒でアイドルオーディションを受けたって話を聞いた時は本当にびっくりしたのよね」
「へー。そうだったんだ」
「ま、実際アイドルとしてそれなりに上手くやっているみたいだから、私達が知らないだけで、司はずっとアイドルに憧れていたのかもしれないわよね。司の日常を見ている限り、そんなことを考えていたとは思えないけど」
「でも、おかげで俺は司と出逢えたし、今すっごく幸せだよ」
 ああもう……心底幸せそうな顔なんかしちゃって……。悠那君ってよっぽど司のことが好きなのね。
 私に司の良さはさっぱりわからないけれど、こんなに可愛い子から愛されて、司の方もさぞ幸せなんでしょうね。
 それにしても、意外と話せてしまう自分にびっくりした。“よくわからない”を前提にした話ではあるけれど、司の話になると、意外と私の口は軽やかに動いてくれた。
 やっぱり家族だからかしら。見ていないようでちゃんと見てるっていうか、気になる存在ってことなのかしらね。
「じゃあさ、尊さんは司の彼女にも会ったことある?」
「は? 彼女? あいつ、彼女なんかいたことあるの?」
 何それ。初耳なんだけど。一体いつ、あいつに彼女なんていたっていうのよ。
「中学と高校の時に付き合ってる子がいたらしいんだけど……。尊さんは会ったことないんだ」
「ないわ。司に彼女がいたことも初耳よ」
 しかも、二人もいたみたい。
 言われてみれば、出不精の司が中学、高校の一時期、わりと頻繁に出掛ける時期があったような気もするけれど、二、三ヶ月したらまた出掛けなくなったから、たまたまその時期は新作ゲームでも出て、友達の家でゲーム三昧しているんだと思い、特に不審に思わなかった。
 なるほど。あの頃に彼女がいたってことなのね。生意気な。
 っていうか、彼女がいたこともある癖に、どうして男の悠那君に走っちゃったのかしら。私はてっきり、恋愛経験のない司だから、色々拗らせて男の悠那君を好きになっちゃったのかと思ってたわ。そういうことじゃなかったのね。
「尊さんが知ってたら、どんな子だったのか聞きたかったのに」
「ごめんね。教えてあげられることが何もなくて」
「ううん。聞けなくてホッとしてるところもあるからいいの。気になるのは気になるけど、俺と出逢う前の話だし。聞いたら絶対ヤキモチ焼いちゃうと思うから」
「悠那君……」
 か……可愛いっ! これ、本当に男の子なの? っていうか私、さっきから男の子と話してる気が全然しないんだけど?
 如月家の長男は極度のブラコン入ってる暑苦しい男なのに、どうして次男がこうも殺人的に可愛いの? 悠那君のご両親は二人の息子をどうやって育てたのかしら。同じ家の中で育ってきて、ここまで見た目や性格に差が出るもの?
 性格に関しては、私と司も正反対の性格をしているから、あまり人の家のことはとやかく言えないけど。
「それに、尊さんからは俺と出逢う前の司の話がいっぱい聞けるもん。それだけで俺は充分嬉しいよ」
 あえて言うなら、こんなに可愛いのに一人称はちゃんと“俺”なんだ、という違和感がなくもないけれど、悠那君の“俺”は、他の男が言う“俺”とはなんか違ってるような感じがして、あまり気にはならなかった。
「この旅行中にいっぱい聞かせてね。もちろん、尊さんの話も」
「ええ。いいわよ。でも、悠那君は私の話なんかより、司の話だけでいいんじゃないの?」
「そんなことないよ。尊さんの話も聞きたいもん」
「そう?」
 暇を持て余していた私だけど、悠那君とのお散歩はとても楽しかった。
 よくよく考えてみれば、私って凄いラッキーなことをしているのよね。弟がアイドルだからって理由で、世間を騒がせている人気アイドルのメンバーと一緒に旅行ができて、こうして一緒にお散歩なんかもしているんだから。
 こんなところ、万が一ファンに見られでもしたら、年明け早々、私の私生活が大荒れになってもおかしくないわ。
 幸い、私達が歩いている傍には他の人間の姿はなく、どっからどう見ても女の子同士にしか見えないであろう私と悠那君は、仮に見られたとしても、その関係を疑われる心配もなさそうではあるけれど。
「それにしても、長閑でいいところだね。こういうところでのんびりしてると、癒されてるって気分になるよね」
「そうねぇ」
 昼下がりの木漏れ日が差す散歩道は気持ち良く、普段散歩も森林浴もしない私からしてみれば、地球からエネルギーを貰えている気分にもなれて、ちょっと新鮮だった。
 最初は何もないところだと思っていたけれど、何もないのが逆にいいこともある、と知った私だった。


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