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Season 3
終わり良ければ総て良しっ!(6)
しおりを挟む「なあ……お前、気持ち悪いんだけど……」
「え~? 何が~?」
一晩中司とイチャイチャできた俺は、元気もたっぷりチャージできて、朝から上機嫌だった。
朝の8時過ぎには俺達を迎えにきたマネージャーに、一度家に連れて帰ってもらい、着替えと荷物の詰め替えをしてから、今度はメンバー全員でマネージャーの運転する車に乗り込んだ。
始終嬉しそうな顔が止まらない俺を見て、陽平は軽く引いているようだった。
「いいじゃないですか。きっと昨日は司さんといっぱいイチャイチャできてご機嫌なんですよ。ね? 悠那君」
「うんっ!」
どうして俺がこんなに上機嫌なのかは、説明しなくてもみんなわかっているみたい。それがわかったうえで、陽平は俺を気味悪がっているのだ。
こっちは幸せのお裾分けをしてあげてるのに……。失礼な話。
陽平だって、湊さんとラブラブになったら、こんな風に浮かれるようになっちゃうんだからね。そんなことで陽平の浮かれる姿は全然想像できないけど。
海の言葉に元気良く頷く俺に、陽平は
「はぁー……」
と大きな溜息を吐いた。
俺が朝からご機嫌なのは、一晩中司とイチャイチャできたことはもちろんだけど、もう一つ理由があった。
その理由とは……。
『今度の年末年始休暇なんだけど、俺と悠那の家族で旅行に行かない?』
という提案を、司からしてもらえたこと。
今まで、司の実家に俺が行ったり、俺の実家に司が来たりはしたことがあるけれど、家族同士の交流は俺達の初ライブの時の一回きり。
そういう機会でもないと、俺の家族と司の家族が交流する機会なんてないのはわかっていても、生涯司と一緒にいるつもりの俺は、もうちょっと家族同士の交流ってものを望んでいたりもする。
だけど、これといった用もないのに、どうやってお互いの家族を呼び寄せていいのかがわからない俺は――そもそも、司の両親は俺達の関係を完全に認めてくれていないみたいだし――、もっとお互いの家族に仲良くなって欲しいな~……と思いながらも、なんの行動も起こせなかった。
それは司も一緒だったとは思うけど、どうやら司の元にちょうどいい話が舞い込んできたみたいだから、その話を口実に、お互いの家族を誘って「旅行に行こう」って提案をしてきたみたい。
今年の年末年始休暇は大晦日から三が日までと、去年よりは一日短い休暇になっているけれど、特に予定があるわけではないし、旅行も近場の旅館に一泊二日の予定だから、急な誘いでもなんとかなりそう。
早速家族に話を振ってみると、うちの親はあっさりオッケーを出してくれた。
司の方もなんとか話をつけてくれたから、この年末年始休暇で、俺と司の家族で旅行をするというプランが実行されることになった。
どう考えても、テンションが上がらずにはいられない。プライベートで司と旅行ができるだけでも嬉しいのに、家族まで一緒なんでしょ? それってもう、家族ぐるみの付き合いってやつじゃん。
俺、今まで恋人ができたことなんてないから、家族に自分の恋人を紹介することもなかったけど、恋人がいない時から、“恋人ができた時は家族ぐるみの付き合いをしたいな”って思ってたんだよね。
その願望に少しでも近づけるとなれば、俺が朝からニヤニヤしちゃって、それが止まらなくなるのも仕方ないってものだよね。
「悠那。イヤモニは?」
「あれ? さっきまでちゃんと付けてたはずなんだけど……」
「おいおい。どこやったんだよ」
「えっとぉ……」
「浮かれるのはいいけど、仕事はちゃんとしろ」
「ごめんなさい……」
司の誕生日の翌日には、ツアー三カ所目の福岡に来ている俺達は、到着したその日の夜にはもうライブを控えていて、今はリハーサルの真っ最中。
ツアーも三カ所目になると、ライブの流れみたいなものはわかってきているから、リハーサルもそれほど苦ではなかった。
セットリストも一緒だし、振り付けも一緒だから、あとはステージの広さを確認しながら、この会場に適したパフォーマンスを調整していくくらいのもの。
だから、気を抜いていたってわけでは決してないんだけれど、浮かれ気分が少し出てしまったのか、自分のイヤモニをどこにやってしまったのかがわからなくなってしまった俺は、陽平に怒られて素直に反省した。
楽しい予定に心躍るのは仕方ないけど、その楽しい気持ちはライブで出せばいいよね。仕事は仕事でちゃんと熟さなくちゃ。
「ここにありましたよ、悠那さん」
「ありがと~っ!」
「衣装替えの段取りを確認中だったから、無意識のうちに外しちゃったんでしょうね。僕のところに置いてましたよ」
「本番は気をつけるっ!」
まだ本番じゃなかったのが救いだった。本番中は身に付けているものにも気を配らないと。
「そうしてください。ま、一応僕も注意はしておきますから」
「律……優しい……」
「ライブの成功のためです」
「う……」
「ほら。付けたらさっさと行きますよ。まだリハーサルは終わってないんですから」
「うんっ」
もっとも、俺は自分で気を付ける以上に、他のメンバーから気を付けられているような気もするけれど。さっきだって、陽平に言われなかったら、イヤモニをなくしていることにも気付かなかったと思うし。
何かとメンバーに手を焼かせてしまうことも多い俺だけど、来年はちょっとでも頼られる側の人間になりたいと思っている。
今日と明日。そして、一日空けてまた二日ライブをしたら、残りの一日はテレビの仕事があって年内の仕事は終了する。かなりハードなスケジュールにはなっているけれど、不思議と身体は元気だった。
それは、どんなにハードなスケジュールを組まれても、司と一緒にいられるからだと思う。司は俺にとっての元気の源みたいなものだから、同じ空間にいるだけで、疲れなんて忘れちゃうくらいに力が漲ってきちゃうんだよね。
(これが愛の力ってやつなんだろうな)
ただ単に、単純ってだけなのかもしれないけど。
でも、好きな人と一緒にいられるだけで、毎日が楽しくてしょうがない、だなんて最高だよね。
そんな最高な毎日を送っている俺だから、この一年はとても充実していたし、心の底から楽しかったとも思える。
反省点が全く無いわけではないし、来年はもっと頑張らなきゃいけないところも沢山あるけれど、司がいればオールオッケーっていうの? 結局はいい思い出しか残らないから、来年に不安なんてものは一切感じていなかった。
「悠那、身体はどう? 疲れてない?」
「ううん。平気だよ。全然元気。元気全開」
「ならいい」
本番を迎え、ステージに上がる前の司にそう聞かれ、俺は満面の笑顔で頷いてみせた。
ライブが始まる直前の数分間。緊張した表情と、ライブでしか着ないような派手な衣装に身を包んだ司は、いつもより少しだけ凛々しく見えるから、俺はそんな司を見るたびに、ファンと同じ気持ちになれるような気がする。
こういう司を見て、みんな司のことを“格好いいっ!”って思うんだろうな。俺が大好きな司のことを、俺と同じように想っている人間だって沢山いるに違いない。
そう思うと、そんな司を独り占めしていることに、多少の罪悪感を覚えることもあるけれど、こればっかりは仕方がないし、俺も司を譲る気はない。
「さあ。みんなと最高の時間を作りに行こう」
「うんっ!」
でも、ファンを大事に想う気持ちに嘘はないし、こうしてライブに来てくれたお客さんとは、最高の時間を一緒に過ごしたいって気持ちもある。
ファンの前で司との関係を公にできないのは心苦しくもあるし、騙しているような気持ちになって申し訳ないとも思うけど、それも俺と司の選んだ道だから、今更うだうだ悩んでもしょうがないよね。
それに、いつかはみんなの前で公表できる日がくればいいと思っているから、今は司との関係を隠していることを許して欲しい。
そう簡単に公表できる日が来るとも思えないけれど、少なくとも、俺はいつかは言いたいって思っているから、その時は、一人でも多くの人に祝福される二人でいたいと思っている。
沢山の歓声に包まれる中、オープニングが流れ始め、会場内の歓声が一際大きくなったと同時に、俺達は自分達だけのステージへと飛び出していった。
司の誕生日の翌日。年内最後の一大イベントでもあるクリスマスの夜は、今年最後のイベントに相応しく、熱気の籠った最高に楽しい一時を過ごすことができた。
「今年もお疲れ様」
「お疲れ~……」
「いやもう……さすがに疲れましたね。特に後半」
「立て続けにライブでしたからね」
「でも、楽しかったよねっ」
12月30日。
今年最後の仕事であるテレビ番組の出演を終えた俺達は、夕方過ぎに帰宅すると、これまでの疲れが一気に押し寄せてきた感じがして、しばらくはみんな動く気にもなれないようだった。
それでも、今日中にみんな実家に帰る予定だったから、いつまでも家でダラダラしているわけにもいかない。
「悠那は俺が家まで送ってってあげる」
「ほんと?」
「うん。ついでに悠那の家族にも挨拶したいし、旅行の話もしとかないと」
「そっかぁ」
今年に入ってからマイカーを購入した司は、単独の仕事には自分の車で行くようになったし、俺を何度もドライブに連れて行ってくれた。
司の車で俺の実家に帰ったこともあるから、司的には苦でもなんでもないのかもしれない。
「は? 何? お前ら、この休暇中に旅行すんの? それも、二家族一緒に?」
俺達が休暇中に家族旅行をするなんて話は初耳だった陽平は――陽平だけじゃなく、律や海にも言ってない――、“一体いつの間にそんな話に?”って顔をした。
「うんっ!」
「なるほどな。それで悠那が司の誕生日以降、ずっと浮かれっぱなしだったってわけか」
「そりゃそうもなっちゃうよ」
「だろうな」
で、ここ最近の俺の浮かれ具合にようやく合点もいったようで、酷く納得した顔もした。
「いいですね。二家族一緒の家族旅行」
「でも、よく予約が取れましたね。年末年始って旅行する人も結構多いじゃないですか。いい宿は既に予約で埋まってそうなのに」
陽平の隣りで、律と海もやや驚いた顔をしていたけれど、二人が驚いている理由は、そんな急な話がよく通ったな、ってことらしい。
確かに、この時期に急に旅行をしようと思っても、なかなかいい宿泊先は取れないと思う。
でも、そこは心配ないっていうか、司がそう言い出したのにも、ちゃんとした当てがあったからなんだよね。
「そこは俺の人脈っていうか……。高校でわりと仲良くしてた子がいて、そいつの親が脱サラして、新しく旅館を始めたから是非泊まりにきて欲しいって。この秋にオープンしたばかりでお客さんがまだ少ないから、一度泊まって口コミでも書いてくれれば助かるってさ」
俺が司と出逢う前の話だから、俺はその“仲良くしてた子”っていうのが、どういう子なのかは知らない。
俺が未だに連絡を取り合っている地元の友達がいるのと同様に、司にも地元の友達っていう存在がいるってことだよね。
司の場合、メンバーの中で唯一都内出身の人間だから、新しく引っ越した先も、地元といえば地元になるのかもしれないけど。
「なるほど。アイドルという立場をいいように利用されたわけだな」
「人聞きが悪いな。そういう奴じゃないよ。それに、俺としても知り合いがやってる旅館だと助かることもありそうでしょ?」
「確かに。融通利かせてくれそうだし、お忍び旅行とかに使えそうだもんな」
「つまり、お互いに利害が一致するわけですね」
「そういうこと」
こうした司の伝のおかげで、俺の家族と司の家族との旅行が実現することになったわけだ。
しかも、宿泊料も半額にしてくれるって話だから、俺達としては物凄くラッキーな話だよね。
「いい宿だったら、今度はみんなで行こうね」
「いいですね」
「来年にでも行けたらいいですね。プライベートでメンバーと旅行」
俺達の家族旅行話が出たおかげで、来年には仕事抜きでメンバーとの旅行計画が持ち上がった。
「んじゃま、予定もあるみたいだからそろそろ帰るか。律と海は俺が駅まで連れてってやるよ」
「え? いいんですか?」
「さすがに実家までは連れて帰ってやれねーけど、東京駅までなら構わねーよ」
「助かります」
司同様、車で実家に帰るつもりの陽平は、ここからは一番離れた場所に実家がある律と海に、少しでも楽をさせてあげるつもりらしい。
帰宅した直後はしばらく動く気にもなれなかった俺達も、休暇の話が出ると、急に地元が恋しくなったりするのかな?
「旅行もいいけど、あんま家族の前でイチャイチャすんなよ」
「わかってるもん」
律と海の前でいいお兄ちゃんっぷりを発揮した陽平は、俺と司に注意を促すことも忘れなかった。
いくら俺でも、家族の前で司とこれ見よがしにイチャイチャなんかしないよ。さすがに俺だってちょっと恥ずかしいし。
律と海は実家に帰っても家同士が近いから、休暇中も寂しくないだろうけど、陽平は湊さんに会えなくて残念だよね。
そのぶん、溺愛してる陽菜ちゃんとずっと一緒にいられるから、陽平はそっちの方が嬉しいんだとは思うけどさ。
「それじゃ、また四日後に会おう」
「みんな良いお年を」
戸締りを確認して、五人一緒に部屋を出た俺達は、地下の駐車場で別れの挨拶を交わすと、俺は司の車へ、律と海は陽平の車へと乗り込んだ。
今年もいろんなことがあって、あっという間の一年だったけど、こうしてみんなと過ごした一年は凄く楽しかった。
明日で今年も終わっちゃうけど、今の気分なら、気持ち良く新年を迎えられそうな気がする。
終わり良ければ総て良し、とは良く言ったものだよね。結局、この一年はどうだったか……なんて感想は、年末を迎えた時の気分次第でいくらでも変わっちゃうんだから。
「悠那。シートベルト締めた?」
「うん」
「じゃあ帰ろう」
「うんっ!」
そして、俺は司と一緒にいる限り、たとえどんなことがあったとしても、最終的にはいつも大満足な結果を得られると信じているから、俺の人生もきっと大満足になるんだと思う。
「ねえ、司。コンビニがあったら寄って」
「え? 早速?」
「飲み物持ってくるの忘れちゃったんだもん」
「あ、そう言えばそうだね」
「ついでにお菓子も買いたい」
「はいはい。わかったよ」
でもって、今年も司と一緒にいられて大満足な俺は、最後の最後まで司と一緒にいられることに、最早喜びしかなかった。
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