僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Season 3

    終わり良ければ総て良しっ!(3)

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 律と海が学校から帰って来るなり、俺達は二泊三日分の荷物を持って、マネージャーの運転する車に乗り込んだ。
 そして、その車は空港へと向かい、俺達はライブツアー二カ所目になる大阪へと向かったのだった。
 大阪に到着した足で会場入りし、すぐさまリハーサルを行い、その夜は大阪のホテルで過ごした。翌日からの二日間でライブを行い、三日目の日が変わる頃には都内に帰ってきた俺達は、更にその翌日、今度はクリスマスライブに出演するため、去年と同じ会場にやって来ていた。
 怒涛の三日間だった。ゆっくりする時間なんて全然なかったし、せっかく大阪まで行ったのに、観光するような時間も全くなかった。
 唯一、大阪らしさを感じられたのは、マネージャーが買ってきてくれた有名店のたこ焼きを食べた時くらいかな? 本当はお好み焼きも食べたかったけど……。
 悔いの残る大阪遠征だったから、“今度はプライベートでゆっくりこよう”と思ったりもした。もちろん、その時は司と一緒に。
「そっかー。そりゃ疲れたな。悠那」
「ぅ……うん……」
「でも、ライブは大成功だったらしいじゃん。良かったね」
「うん……あのー……」
「そっかそっか。悠那もツアーを回るようになったか。でもま、こうしてクリスマスイブには俺のところに帰ってくるわけだから、今日はもう悠那のこと離さないでいようかな~」
「それはダメっ! っていうか、いつまで俺を抱っこしてるつもりなの⁈ 朔夜さんっ!」
 で、今日はその司の誕生日だったりするんだけれど、愛しい恋人の誕生日だというのに、どうして俺は朔夜さんに抱っこされていたりするんだろうか……。
 三日間のバタバタからのクリスマスライブのせいで、俺はまだ司の誕生日をちゃんと祝ってあげられていなかった。「誕生日おめでとう」は言ったし、いっぱいイチャイチャもしたんだけど、俺的にはまだまだ……全然足りてないって感じなんだよね。プレゼントも渡してないし。
 早く司と二人っきりになりたいなぁ……と思っている俺は、クリスマスライブを行っている会場の楽屋にて、椅子に座った朔夜さんの膝の上に跨って座らされ、朔夜さんの腕に包み込まれている状態だった。
 かれこれもう10分くらいはこんな状態が続いているわけだけど、あいにく俺を助けてくれるような人間は今ここにいなかったりする。
「待って待って! そうくる⁈ そこに置く⁈」
「残念でしたね、琉依さん。こっちには律がいますから。この勝負は貰ったも同然ですよ」
「陽平っ! 次どこに置く? どこがいいと思う?」
「えー……どこかなぁ……」
 楽屋内にいるのは司以外のFive Sのメンバー四人と、俺達の楽屋に遊びに来たAbyssのメンバーである琉依さんと朔夜さんの二人。
 まるで、司が楽屋を出て行ったタイミングを見計らったかのように現れた朔夜さんに捕まってしまった俺は、そこからずっと朔夜さんの腕の中にいる。
 そして、そんな俺と朔夜さんを完全にスルーしている後の四人は、二組に分かれ、仲良くオセロなんかを楽しんでいる。
 その折り畳み式のオセロ、一体どこから持ってきたの? 琉依さんが持ってきたということは、わざわざ会場に持ち込んだ琉依さんの私物ってこと?
 このクリスマスライブは楽屋で過ごす時間が長いから、暇潰しができるものを持ち込む出演者も多いって聞いたけど、Abyssですら待ち時間で遊ぶ気満々じゃん。
 この時間、ステージ上はAbyssのメンバーが進行役を務めるスペシャルコーナーの真っ最中で、司もそのコーナーに参加しているから、今ここにはいなかった。
 Abyssのメンバーが進行役を務めるのに、どうして琉依さんと朔夜さんがここにいるのかというと、そこには色々な事情があると言いますか……。
 今Abyssのメンバーがやっているコーナーでは、いろんなグループの代表を集め、ちょっとしたゲームをしたり、今年の感想、ファンへのクリスマスメッセージ、来年の抱負なんかを話したりするみたいなんだけど、熱狂的なファンが圧倒的に多いこの二人がステージに出ると、客席が騒がしくなってコーナー自体が成立しなくなる可能性があるという理由から、二人はお留守番になってしまっているらしい。
 誤解がないように言っとくけど、他のメンバーの人気がないわけでは決してない。ただ、琉依さんと朔夜さんのファンはリアコ(リアルに恋しているの意)が非常に多く、女の子と一緒のステージに立とうものなら、隣りに立っているだけでも物凄いブーイングが飛んできて、傍にいる女の子が泣き出すほどだと聞いた。
 そんなわけだから、他の共演者に迷惑を掛けないためにも、二人はお留守番になってしまったってわけ。
 他のメンバーがいないのがつまらなくて、俺達のところに遊びに来てくれるのは嬉しいけど、どうして俺と朔夜さんだけほったらかしにされてるの? せっかく遊ぶならみんなで遊ぼうよ。オセロは苦手だけど……。
「いつまでって、煩い彼氏が帰って来るまでに決まってるじゃん。司がいるとすぐ悠那を取り上げられちゃうから」
「当たり前じゃん。司は俺の彼氏なんだから」
「そりゃそうだけどさ。俺と悠那ってそんなに頻繁に会えるわけでもないんだから、会った時くらいは心置きなく可愛がらせて欲しいわけよ。別にやらしいことしようってわけじゃないんだから」
「さっき散々お尻揉んだよね? 俺のお尻、鷲掴みにして揉みしだいたよね?」
「それはまあ……俺と悠那の間での挨拶みたいなものだから。悠那のお尻が元気に育ってるかな? って、毎回確認してるんだよ」
「お尻が元気に育つって何? お尻が元気に育ったら怖くない?」
「わかってないなぁ、悠那。自分のお尻が年々エッチなお尻に育っていってるのがわからない?」
「知らないっ!」
 朔夜さんに会ったらお尻を揉まれる、というのは、最早お決まりになってしまっているのは事実だった。朔夜さんときたら、俺の姿を見つけるなり、まず最初に俺のお尻に手を伸ばしてくるから、そういう時の対処法をまだ見つけられていない俺は、大騒ぎしながらお尻を揉まれることになってしまうのだった。
 ほんと、一直線に人のお尻に向かってくる相手って、どうやって躱せばいいの? 躱し方を知っている人がいるなら、是非教えてもらいたい。
 司がいないからといって、朔夜さんに好き放題されるわけにはいかないと思った俺は、必死になって朔夜さんから逃げようとしたんだけれど、俺の全力の抵抗を物ともしない朔夜さんは、俺のお尻をひとしきり揉み倒した後、俺のお尻を掴んだまま椅子に座り、すっかり落ち着いてしまった。
 こうなる前に散々暴れた俺も疲れ果ててしまい、しばらくはおとなしく朔夜さんの膝の上に座っているわけだけど、そろそろ離してもらいたくなってきた。
 とはいえ――。
「ねえ、朔夜さん」
「んー?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「どうぞ」
 なんだかんだと座り心地のいい朔夜さんの膝の上に落ち着いてしまっているのは俺も同じで、どうせ解放してくれないのなら……と、俺が今気になっていることを朔夜さんに聞いてみることにした。
 幸い、朔夜さんの手は俺の腰に巻き付いているだけで、エッチなことをしてくる気配はなさそうだし。
「エッチはしたのに、付き合わないってどう思う?」
「ん? それって俺と悠那の話?」
「違うっ!」
 しまった。俺は陽平と湊さんのことを言うつもりだったのに、今の言い方だと自分と朔夜さんにも当て嵌まることを忘れてしまっていた。
 あれは俺の黒歴史だから、朔夜さんには一刻も早く忘れてもらいたいのに……。
「俺と朔夜さんのことじゃなくて、俺の友達の話っ!」
「友達? 悠那ってメンバーや俺達以外に友達いたの?」
「失礼だね。確かにあんまり多くはないけど、それなりに親しくしている人はいるよ。友達っていうよりは、仕事仲間って感じなのかもしれないけど」
 気を取り直したいのに、余計な口を挟んでくる朔夜さんにちょっとだけムッとした。
 悪かったな。友達いなさそうに見えて。実際、俺は司さえいれば満足な人間だから、あえて友達作りをしようとは思っていないし、この世界に入ってから、友達と呼べるような存在ができたかどうかは微妙なところだ。
 でも、地元の友達とは未だに連絡を取り合っている子は何人かいるし、高二の途中から転校した高校で知り合った子なんかは、ある意味友達みたいなものじゃん。現場で会ったら普通にお喋りしてるし。
 あんなにライバル視してたありすちゃんだって、飲み会の後からはすっかり打ち解けて、友達と呼んでも過言ではない関係になっていると思う。まだ警戒はしているけれど。
「わかったわかった。怒るなよ。可愛いなぁ。それで?」
「~……」
 なんだろう……なんか物凄く子供扱いされてる気分なんだけど……。朔夜さんって俺のこと、最早オモチャか何かだと思ってない? 朔夜さんを振った俺に対する仕返しのつもり? 
 もしかしたら、自分を振った俺の相談なんて、朔夜さんは真面目に聞いてくれないかもしれない。
「俺の友達を仮にAとして、Aには恋仲になりそうなBって存在がいるの」
「うんうん」
「BはAが大好きで、AもBのことは嫌いじゃないの。AとBはエッチもした仲なんだけど、付き合うってなると、Aは嫌だって言い張るんだよね。それってどういうことだと思う?」
「うーん……そうだなぁ……」
 あまり真剣に話を聞いてくれないのかと思ったけど、そういうことではないらしい。俺の話を聞いた朔夜さんは、少しだけ考え込むような顔をして天井を仰ぐと
「ちなみに、AとBは男同士ってことでいいのかな?」
 なんて聞き返してきたから、俺は内心ギクッとした。
 ど……どうして今の内容で男同士ってわかったの? 俺が司と付き合ってるから、俺の口から出る恋愛に関する話は、全て男同士とでも思われてる?
「ま……まあ、それはどっちでも……」
「そうなの? そこ、結構重要じゃない?」
「~……」
「ま、そう言うってことは、男同士ってことなんだろうけど」
「わかってるなら聞かないでっ!」
 うー……意地悪。その質問をしてきた時点で、朔夜さんには答えがわかっていた癖に。
 でもま、そこを白状したところで、陽平と湊さんのことだとまではバレないだろうから、バレたらバレたで仕方ないか。
「Aは気が多いタイプ?」
「え? いや……そんなことはないと思うけど……」
「じゃあ他に付き合ってる子、もしくは他にいい人やセフレがいるとかは?」
「ううん。それもない……はず」
「友達のわりにはAのことをあんまりよくわかってないんだな」
「う……」
 朔夜さんからの質問に曖昧な返事しか返せない俺は、それに対する突っ込みにも、朔夜さんを納得させる返事なんて返せなかった。
 陽平が変に秘密主義だから、陽平のことを聞かれた時に適当な返事を返せないじゃんか。
 俺、陽平が気が多いかどうかなんて知らないし、“過去に二股経験がある”とか、“セフレがいたことがある”なんてことも知らないもん。
 でも、なかなか湊さんと付き合おうとしないってことは、そういう面があるからだったりする? 恋人関係を結んで、一人の人間に縛られるのは嫌だから、湊さんとは頑なに「付き合わない」って言い張るのかも?
 いやいや。それはない。俺の知っている陽平から考えると、陽平はそんな自由奔放な恋愛をするような人間には思えない。
 いくら俺が陽平のことをよく知らないって言っても、二年以上一緒に暮らしてきた仲なんだから、聞かなくてもわかることはあるよね。俺の知らない陽平が、俺の知ってる陽平と180度違う面を持っていたら、俺にも想像のしようがないけれど。
「俺の知っている限り、Aは浮気や二股掛けをするような人間じゃないし、快楽に身を任せるようなタイプでもないと思うんだけど……」
「恋愛に真面目なタイプってこと?」
「うん。そう思う」
 陽平の全てを知っているわけではない俺には自信がないし、憶測でしかないけれど、司の口から「陽平は浮気性だ」とか「二股を掛たことがある」って話は聞いたことがない。陽平の普段の生活を見ても、夜な夜な遊び歩き、外で悪さしてるようには見えないし。
(でも、湊さんとはエッチしたんだよね?)
 時々、帰りが遅かったり、帰ってこない日がある陽平だから、そういう時はどこで何をしているのかは定かではない。
 本人は「実家に帰ってた」もしくは「湊と遊んでた」としか言わないけど、それだって実際に見たわけじゃないから、本当のところなんてわからないかもしれない。
 ……って、そこを疑い出したらキリがないし、陽平が適当に遊んでいるような人間なら、湊さんのことで一々悩んだりなんかしないよね。
 それに、陽平がどんな人間だろうと、俺は陽平に湊さんと付き合ってもらいたいわけだから、この際、朔夜さんから陽平と湊さんをくっつけるためのいいアドバイスが貰えるなら、それに越したことはないんだよね。
「じゃあまあ……単に戸惑ってるだけとか、同性と付き合うことに踏ん切りがつかないだけじゃない? 司と悠那はあっさりくっついちゃったけど、普通はもっと苦悩するし、戸惑いや迷いがあるものだから」
「あっさりって……」
 俺と司だって、恋人同士になるまでには色々あったと思うのに……。傍から見ると“あっさり”って思われちゃうんだ。
 ま、自分が司を好きだと気付いた時や、司と恋人関係を結ぶことに対して、俺が一切迷わなかったのは事実なんだけどさ。
 でも、それって当たり前っていうか、仕方ないことじゃない?
 確かに、“男同士”っていうのは問題になるんだろうけど、好きって気持ちに性別なんて関係ないし。相手が同性だろうと異性だろうと、好きな相手となら“付き合いたい”ってなるじゃん。そこ戸惑いや迷いがあったとしても、好きって気持ちがなくなるわけじゃないんだから。
「でもま、本当に好き合ってるんだとしたら、ほっといてもそのうち引っ付くよ。悠那が心配することはないんじゃない?」
「やっぱり。朔夜さんもそういう考えなんだ」
「俺もそういう考え?」
「本人達のペースがあるから、温かい目で見守ってあげよう……的な。司もそう言うんだよね」
 話は真面目に聞いて貰えたけれど、朔夜さんから俺が求めているようなアドバイスは貰えなかった。
 恋愛経験が豊富そうな朔夜さんなら、もどかしい二人をさっさとくっつけてしまう方法を知っているかもしれないと思ったのに。
「うーん……普通はそうなると思うけどな。悠那はその二人に早くくっついて欲しいの?」
「うん」
「どうして?」
「だって……」
 そりゃ俺だって、周りがとやかく口出しすることじゃないのはわかってるし、本来なら、“もどかしいな”って思っていても、温かい目で見守ってあげられる心のゆとりもあるよ。
 だけど、陽平と湊さんが上手くいってくれないと、そのぶん司と陽平の絡みが増えるっていうか、司と陽平がどんどん親密になっていきそうなのが嫌なんだもん。
 どうやら陽平は司にしか湊さんのことを話さないみたいだから、陽平と湊さんの間に問題が起こるたびに、陽平は司を頼りそうだし。
「俺がヤキモチ焼きになるから」
「え? なんで?」
「なんでもっ! とにかく、二人に早くくっついてもらわないと俺が困るのっ!」
 相談を持ち掛けておいて、随分勝手な言い分であることはわかっているけれど、そこの説明をすると、AとBが誰なのかがわかっちゃいそうだよね。
 正直、俺としては周りの人間も巻き込んで、陽平と湊さんをくっつける手助けをして欲しいと思っているくらいだけど、そんなことをして俺と陽平の仲が険悪になっても困る。
 いくら陽平の元先輩、湊さんと同じ事務所の先輩だからといって、自分達が今どういう関係になっているかなんてことを、陽平や湊さんも尊敬する朔夜さんに知られたくはないよね。
 そうじゃなくても、俺は他のメンバーから“口が軽い”と思われているみたいだから、その汚名を払拭するためにも、ここで口を割るわけにはいかない。
「おやおや~? 悠那は俺に隠し事をするつもりかな?」
 なんて、俺が自分の口の軽さを警戒するのと同時に、腰に巻き付けられていた朔夜さんの腕が、俺の腰をグッと締め付けてきたから、俺は不意を突かれたように慌ててしまった。
「せっかく悠那の話を聞いてあげたのに、それはちょっとつれないってものじゃない?」
「で……でもっ……朔夜さんは俺にアドバイスくれなかったじゃん……」
「したでしょ? ほっといてもそのうち引っ付くから、悠那が心配する必要はないって」
「そうだけどっ……それは俺が求めてたアドバイスじゃないもん……」
 朔夜さんの大きな手が俺のお尻を掴んできて、むにゅって横に引っ張ってくるのを感じた。
 この体勢でお尻を揉まれるのは不味い。不味い気がする。
「俺からのアドバイスが欲しいなら、それなりに代価を払ってもらわなきゃ」
「だ……代価……?」
 嘘でしょ? アドバイス料金とか取られるの? どんなサービスだよ。朔夜さんってケチなの? それとも、これも俺に対する仕返しの一つ?
「そうだなぁ。俺にお尻揉まれて感じちゃう悠那が、俺とエッチなキスしたらアドバイスを授けてあげる」
「なっ……!」
 どういうエロ報酬だよっ! いくらアドバイスが欲しいからって、俺がそんなことをするとでも?
 大体、ここ楽屋だよ? 司とだって楽屋でエッチなことなんかしたことないのに、なんで朔夜さんとしなきゃいけないんだよ。絶対嫌っ!
「あはは。真っ赤な顔して泣きそうになってるの可愛い~」
「からかわないでっ! って……ゃっ……お尻っ……お尻揉んじゃ嫌ぁ~んっ!」
「んー?」
「んんっ……ダメっ……そんなエッチな揉み方しないでよぉ……」
「悠那はこうやって揉まれるのが気持ちいいんだよね」
「違っ……違うもん……っ」
 ひぃぃ~っ! 朔夜さんがエロモード全開で俺のお尻揉んでくるよっ! いつもとは全然違う手つき、全然違う雰囲気でお尻を揉まれると、どうやって抗っていいのかが全然わからないっ!
 一度は雰囲気に飲まれてエッチしそうになったこともある朔夜さん。あの時、朔夜さんに翻弄されっぱなしだった俺は、エッチなことに免疫ができた今でも、朔夜さんに翻弄されっぱなしになりそうだった。
「ダメダメっ! お触り禁止っ! 触っちゃダメぇ~っ!」
 っていうか、俺がこんなことになっているのに、未だに誰も助けに来てくれないのはどういうこと? みんなそんなにオセロに夢中なの?
「ほらほら、後はちゅーするだけで俺からのアドバイスが貰えるよ~?」
「嫌っ! ちゅーなんかしないもんっ! 離してぇ~っ!」
 俺との距離を縮めてくる朔夜さんを、両手を突っ撥ねて阻止する俺は、朔夜さんが手を離したら、そのまま床に落っこちてしまうくらいに身体を仰け反らせていた。
 少し離れた椅子の上で奇怪な体勢になっている俺達にようやく気付いたのか
「何やってんの? 朔夜。悠那君落ちそうだよ?」
 律達との勝負がついたらしく、盤上の石をケースに戻していた琉依さんがその手を止め、俺達に向かって声を掛けてきた。
「ん? いやね、悠那から報酬を頂こうかと」
「報酬? でも、なんか凄い嫌がられてない?」
「そう見える?」
「うん」
 やや天然が入っている琉依さんは、俺と朔夜さんがどうしてこうなっているのかがわからないようだし、かといって、朔夜さんを止めるつもりもないようだった。
 そこは止めてよ。理由がわからなくても、俺が危険な状態なのは見てわかるでしょ。
「さっきまでおとなしくしてたじゃないですか。なんでいきなりそんなことになってるんですか?」
 憧れの琉依さんとオセロができて上機嫌なのか、いつもはあまり俺と朔夜さんのことに口を出してこない律が話し掛けてくれたから、俺はちょっとだけ安心することができた。
 律ならこんな俺を放置したままにはしないよね。少なくとも、俺が朔夜さんの魔の手から解放されるまでは、俺から目を離さないでいてくれるに違いない。もっとも――。
「俺がいないのをいいことに、悠那に何してるんですか?」
 それより先に、楽屋に戻って来た司の手によって、俺は朔夜さんから無事解放されることになったわけだけど。
「わぁーんっ! 司ぁ~っ!」
「全くもう。どうして悠那はそう簡単に朔夜さんに捕まっちゃうの?」
「だってぇ~……」
「変なことされてない?」
「うん。お尻揉まれただけ」
「そう」
 俺と遭遇するたび、俺のお尻を揉んでくる朔夜さんに、以前は物凄い形相で怒っていた司も、若干慣れてきたところがある。
 俺としては、そんなことに慣れて欲しくない気もするんだけど、何度言っても俺のお尻を揉むのをやめてくれないうえ、防ぎようもない朔夜さんの暴挙に、いちいち目くじら立てて怒るのも疲れてきたのかもしれない。
 それでも
「何度も言ってますけど、悠那のお尻を揉むのはやめてください。悠那のお尻は俺専用ですよ」
 一応文句は言ってくれるから、俺が朔夜さんにお尻を揉まれることを面白くないとは思ってくれているみたい。
「ちっ……もう帰ってきた」
「“もう”って……。30分は留守にしてましたよ。その間、朔夜さんはずっと悠那にそうやってベタベタしてたんですか?」
「いいじゃん。たまにしか会えないんだから。たまに会った時くらいは大目に見ろって。別に司から悠那を取り上げようなんて思ってないんだからさ」
「だとしても、俺としては面白くありません」
 やや険悪なムードに包まれそうになったところに――。
「陽平~っ! 遊びに来たよ~っ!」
 今度は馬鹿みたいに明るい湊さんの声が楽屋内に響き渡ったから、司や朔夜さんもそっちに気を取られてしまったようだった。
「あれ? 琉依さんと朔夜さんも来てたんですか? 今スペシャルコーナー終わったんで、みんな楽屋に帰って行きましたよ」
 湊さんも司と一緒にステージに出ていたから、湊さんはここに来たというより、楽屋に戻る司についてきたのかもしれない。
 ステージが終わったことを湊さんが琉依さんに報告すると、琉依さんは楽屋に戻る準備を始めた。
 そのスペシャルコーナーなんだけど、朔夜さんのせいで全然見ることができなかった。俺は見る気満々だったのに。
 ま、録画はしてるから後で何回でも見れるんだけどさ。せっかく部屋にテレビがあって、リアルタイムで見られたのに残念だよ。
「ねえねえ、陽平っ。ちゃんとテレビ見ててくれた?」
「あ? いや……みんなでオセロしてたから、ちゃんとは見てない。特に、お前が喋ってるところは全然見てなかったかな?」
「はあ⁈ ちょっとちょっと! なんで見てくれないの⁈」
「どうせ後で録画したやつ見るからいいかな~って」
「酷いっ! 陽平に向けたメッセージもあったのにっ!」
「はあっ⁈ 何言ってんの⁈ やめろよっ! そういうのっ!」
 最初はみんなテレビを見るつもりでいたのに、琉依さんと朔夜さんが遊びに来たことで、それが変更になってしまった。
 でも、今の陽平と湊さんの会話を聞く限り、見なかった方が良かったってことかな?
 湊さんが陽平にどういうメッセージを送ったのかはわからないけれど、場合によっては陽平の機嫌が大変なことになっちゃって、この後に出番が来る俺達のステージに影響が出てたかもしれないもんね。
「何言ったんだよっ! 変なこととか言ってねーだろーなっ!」
「大丈夫だって。物凄ぉ~っく遠回しな言い方にしてるから、陽平に向けたメッセージだってことさえ気付かれないよ」
「本当だろうなっ!」
 言っても、見ていなかったことにより、陽平はそのメッセージとやらを聞き逃し、それがどんなものだったのかが気になって仕方ない様子だけど。
 湊さんの胸倉を掴んでまで問い詰める陽平の姿を見た朔夜さんは、司の腕を抱き締めてホッとしている俺に向かって
「ひょっとして……AとB?」
 なんて聞いてきたから、俺は危うく悲鳴を上げそうになった。
 自分の蒔いた種ではあるけれど、俺は自分達のステージに上がる前に、今の朔夜さんからの問いを誤魔化す、上手い返事を考えなくてはいけなくなった。



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