僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Season 3

    脅しに乗ったら大惨事⁈(3)

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 12月も後半に差し掛かると、さすがにちょっと疲れが溜まってきたような気がする。
 ドラマの撮影、ライブの準備や練習、その他諸々の仕事に追われる俺は
(たまには家でゆっくりしたい……)
 と、珍しく消極的なことを思ってしまったりもした。
 しかし、そこはさすがマネージャー。俺がそろそろ疲れる頃だと見越したのか、オフではないものの、比較的楽なスケジュールもしっかり組んでくれていた。
「今日は午前中に雑誌の撮影一本のみで、明日は昼過ぎからドラマの撮影だけか。ちょっとのんびりできるな」
 目が覚めてから自分のスケジュールを確認した俺は、今日から明日にかけて比較的のんびりできるスケジュールに、朝からテンションが上がりそうだった。
(今日は絶対湊に捕まらないようにしなきゃな)
 湊のスケジュールがどうなっているかは知らないけど、湊だって俺のスケジュールを把握しているわけではないはずだ。いつ帰ってくるかわからない俺を、そう何度も駐車場で待ち伏せできるほど、湊も暇じゃないだろう。
「どうしたんですか? 朝からご機嫌ですね」
「ん? まあな」
 顔を洗いに部屋から出ると、既に制服に着替えて活動を始めている律に言われ、思わず顔が嬉しそうになってしまった。
 ドラマの撮影で帰りが遅くなることが多い俺は、今月に入ってからというもの、律より遅く起きる日が増えていた。
 それでも、まだ起きていない海や、起きてくる気配のない司や悠那に比べたら、随分と早起きだと思う。
 司や悠那はいいとして、なんで律と同室の海が起きていないんだか……。律と海のスケジュールはほぼ一緒のはずだから、起きる時間も一緒になりそうなものなのに。
 ま、律と違って早起きは苦手なんだろう。休みの日なんかは昼近くまで寝ていることもあるし。律も律で、自分が起きるついでに海を起こそうって気はないみたいだしな。
「海はまだ寝てんの?」
「ええ。学校や仕事に遅れないのであれば、無理に起こす必要もないかと。もちろん、そろそろ起きなきゃいけない時間になったら起こしますけどね」
「まるで女房だな」
「って言うか、下手に起こして早起きすると、朝御飯作るね、って言い出されても困るので……」
「ああ……なるほど……」
 今時の高校生にしては出来過ぎなほどの良妻っぷりだと感心してみたら、単純に海に朝っぱらから余計なことをして欲しくないだけだった。
 共同生活も二年以上になるってのに、海の料理の腕だけは未だに壊滅的だからな。最初の頃は我慢して食べられていた海の料理も、他のみんながレベルアップした今じゃ耐えられないのかもしれない。
 ま、たまにはあの独特な味付けを味わってみたいという気がしなくもないが、律に禁じられているのか、今年の夏あたりから海が台所に立つ機会はほとんどなくなっている。テーブルセッティングや食器洗いならしてるけど。
 ひょっとしたら、愛する律の手料理が食べたいから、あえて自分から作らなくなってしまったのかもしれない。
 どっちにしろ、海が台所に立つと一騒ぎ起こってしまうから、立たないなら立たないでいいんだけど。
「朝飯何?」
「しじみの味噌汁と卵焼きとめざしです。陽平さんのめざしも一緒に焼きますね」
「サンキュー。顔洗ってきたら手伝うわ」
「ありがとうございます」
 律が俺より早く起きた時は、当たり前のように朝飯を作ってくれるから助かる。
 最初の頃は不慣れな家事に苦戦していた律も、今では俺に次いで家事をそつなく熟すようになっている。
 悠那もそれなりに家事は得意になっているんだが、あいつの場合、生活リズムがややめちゃくちゃだから、あまりそれを披露する機会がない。
 料理が壊滅的な海も、自炊以外はテキパキ熟すようになったから、一番問題があるのはやっぱり司だよな。あいつ、できないわけじゃないのに家事に関しては全くやる気がねーから。
「そろそろ海を起こしてきますね」
「おー。味噌汁注いどくな」
 顔を洗い、律が作った朝飯をお皿に盛り付け終わると、律はエプロンを外し、まだ起きてこない海を起こしに行った。
 司と悠那を起こす気はないらしい。ま、あの二人は仕事が入ってでもいない限り、いくら起こしても起きようとしないからな。起こしに行くだけ無駄だ。
 それに、うっかり起こしに行ってしまうと、朝っぱらからとんでもない光景を見せられることもあるから、律もなるべくそっとしておきたいって思うんだろう。
「早く顔洗って着替えてきなよ」
「うー……」
 俺が三人分の味噌汁をお椀に注ぎ終わったのとほぼ同時に、まだ眠そうな目を擦る海を連れ、律が部屋から出てきた。
「おはようございます……」
「おはよ。眠そうだな。昨日は遅かったのか?」
「いえ……早く寝たはずなんですけど……」
 朝からシャキッとしている律と違って、海の方は随分とお疲れな様子である。
 今二人が出ているドラマの撮影も後わずか。クランクアップを目前に、少し気が抜けてきているのかもしれない。
「昨日は学校でマラソン大会があったんですよ。その後にドラマの撮影があったから、海的には疲れたんだと思いますよ」
「そうなんだ。ってか、だとしたら律は元気だな」
「僕はマラソン好きですし、走るのは苦じゃないので」
「そりゃいいことだ」
 陸上部でもないのにマラソンが好きな高校生も少ないだろうが、律は身体を鍛えるのがわりと好きな方だから、学校のマラソン大会も楽勝なのかも。毎日筋トレも欠かしてないし、風呂上がりのストレッチもちゃんとやってるもんな。
 グループ結成当時はあまり体力がなかった律も、今ではかなり体力がついたと思う。長時間のダンスレッスンでも全然バテなくなったし。
 でも、健康的に身体を動かすこと以外の肉体疲労には弱いみたいで、海と恋人同士のあれこれをした後なんかは、目に見えてげっそりしていたりする。
 司や悠那とは違って、そういうことをしている気配は一切俺に気付かれないようにしている律だけど、翌朝の顔で、そういうことをしたというのがわかってしまう律だった。
 一緒に暮らしている相手に迷惑を掛けないようにと、あまり俺の前で海とイチャつく姿を見せない律ではあるものの、律の誕生日以来、二人が首からお互いがプレゼントしあった指輪を下げているのを俺は知っている。
(いいよなぁ……相思相愛で……)
 別に羨ましがることでもないし、恋人が欲しいというわけではないが、今現在、湊から脅迫されながらデートやキスを強要されている俺からしてみれば、相思相愛で幸せそうなカップルが羨ましく思える。
 いっそのこと、夏凛とよりでも戻してやろうか。俺に彼女ができたら、湊は俺を諦めてくれたりするんだろうか。
 相手にもよる気がする。もし、俺が夏凛とよりを戻したとしても、一度別れたことのある俺と夏凛じゃ、湊が諦めてくれそうにない。
 第一、あいつは夏凛の前で俺が好きだと宣言したんだ。自分の気持ちを知っている夏凛相手に、湊がおとなしく引き下がるとは思えない。
 湊が夏凛の前で俺への気持ちを暴露してくれたおかげで、俺、夏凛と別れたのは湊のせいだと誤解されかけたんだからな。ほんと勘弁しろよ。俺と夏凛が別れたことに、湊は全然関係ねーのに。
「陽平さんは今日も撮影ですか?」
「いや。今日は午前中に雑誌の撮影が一本だけ。昼からはフリーだ」
「それなら少しゆっくりできますね。そろそろ疲れが溜まってきたって顔をしてましたから、ちょうど良かったですね」
「おう」
 海を洗面所に追いやると、律はホッとした顔になって席に着き、自分が作った朝飯に向かって
「いただきます」
 と手を合わせた。
 長閑で平和な朝だ。
 この調子で、今日一日が何事もなく、穏やかに終わってくれることを祈る。





「はい、オッケー!」
 男性向けのファッション雑誌の撮影現場にはだいぶ慣れた。嬉しいことに、俺にはこの手の仕事が結構入ってきてくれるから、自身のファッションの勉強にもなっている。
 そのおかげで、服の好みが多少変わってきている部分もあるが、その変化は周りの人間からはわりと好評だったりするから、俺も満足している。
 前に一度、悠那から“可愛い格好”と言われた時は、「え?」って思ったりもしたけれど。
「陽平君を使うと雑誌の売り上げが伸びてくれるから助かるよ。またお願いするね」
「ありがとうございます。またお願いします」
 今回も撮影現場には俺一人でやって来て、与えられた仕事を一人で熟したわけだけど、初めてではない撮影現場だから特に緊張はしなかった。
 スタッフとも顔馴染みになっているしで、撮影自体は物凄く楽しかった。
「お疲れ様でした」
 撮り終わった写真のチェックをし、少しだけスタッフと雑談なんかを交わしてから、俺は現場を後にした。
 さて、こっからは自由時間だ。
「久し振りに実家に顔出して来ようかな」
 まだお昼になったばかりの時間に身体が空いた俺は、最近は忙しくてなかなか帰れなかった実家に顔を出すことにした。
 俺の実家は都内ではないものの、同じ関東圏だから移動にもそんなに時間は掛からない。道路が混んでいなければ1時間くらいで帰れる。
 スタジオの駐車場に停めていた車に乗り込んだ俺は、エンジンを掛けるとナビをセットし、案内に従って車を走らせた。
 実家への道のりはちょっとしたドライブにもなるから、いい気分転換になる。
 今年生まれたばかりの陽菜を、どこかに預けて働く気がない母さんは、当然家にいるだろう。
 そもそも、母さんは陽菜を保育園に預けるつもりはないようで、幼稚園に入れるまでは自分で育てると言っていた。
 俺の家は昔から共働きではあったものの、俺も幼稚園に入るまでは母さんが付きっきりで面倒を見てくれていたもんな。
 俺が幼稚園に通っている時は、俺が幼稚園に行っている間だけ近所のスーパーでパートとして働いていたけれど、俺が小学校に上がると専門学校に通い、専門学校を卒業後、自分のやりたい仕事に就いた。
 ま、今はその仕事も休んでいるけどな。
「ただいま~」
「陽平⁈ どうしたの? こんな時間に。帰って来るなら電話してよ」
「ごめん。どうせいるだろうと思って、あえて電話しなかった」
「そりゃいるけどさぁ……って、ちょっと見ない間に随分可愛い髪型になってるわね。この前帰ってきた時も髪が伸びたとは思ってたけど、色がピンクになってるとは思わなかったわ。去年の年末に“お揃いにしよう”って言った時は嫌がった癖に」
「ドラマの役のせいだよ」
「そうなんだ~。でも、やっぱり私が思った通り、陽平ってばピンクも似合うじゃない。可愛い可愛い。さすが私の息子」
「息子に向かって可愛いを連発しないでくれる?」
 ドラマの撮影が始まってから、実家には一度も帰っていなかったから、母さんは俺の髪の毛の色が薄いピンク色になっていることを知らなかった。
 ほんとは二、三回くらい帰って来られそうな機会もあったのに、悉く湊に邪魔されたんだよな。
 いくら自分と会って欲しいからって、俺と家族の時間を邪魔することはないだろ。ほんと、湊って勝手だよな。
 因みに、去年の年末にはピンク色の頭をしていた母さんも、陽菜を産んでからというもの、落ち着いた茶髪に戻していた。
 あんまり派手な頭で産婦人科に行くと、“ちゃんと子育てするのか?”と、偏見を持たれてしまうのが嫌だったらしい。
「どうして? 母親にとって我が子はいつまで経っても可愛くて仕方がない存在よ。もちろん、陽菜もね」
「その陽菜はお昼寝中?」
「うん。でも、陽平が帰ってきたから起きるかも」
「起きるまで待つよ」
「そうね。お昼は?」
「まだ」
「ちょうど今から作るところだから、一緒に食べよ」
「うん」
 俺の突然の帰省に母さんはちょっと驚いた様子ではあったものの、俺が帰ってきたこと自体は喜んでくれた。
(久し振りの我が家……癒されるなぁ……)
 湊に拉致られるようになる前は、もう少しこういう時間があったはずなのに。湊は俺を家族に会わせたくない理由でもあるのか?
 そりゃま、陽菜が生まれてからというもの、俺が湊より陽菜を優先するようになったから、それが面白くないという気持ちはあるんだろうけど。
 でも、俺にとっては初めての妹だぞ? 新しい家族だぞ? いくら湊がレッスン生時代に苦楽を共にした親友だったとしても、そこは家族を優先してもいいだろ。
「仕事は順調?」
「うん。順調」
「今日はお休みだったの?」
「いや。午前中に雑誌の撮影が一本あったけど、今日はそれだけだったから実家に顔出しに来た」
「その雑誌、いつ発売で、なんて雑誌なのか教えてね」
「うん」
「みんなとはちゃんと仲良くしてる?」
「してるよ」
 昼飯はカレーうどんだった。昨日の残りであるカレーを、今日のお昼にカレーうどんにしたらしく、あっという間に二人分のカレーうどんを作ってしまった母さんは、向かい合ってお昼を食べる俺に、あれこれと近況を聞いてきた。
「湊君とも仲良くしてる?」
「う……」
 で、ここでも湊の名前が出てくるから、俺はうんざりしてしまいそうだった。
 もしかしなくても、俺と湊って相当仲がいいと思われてる?
 まあ、実際に仲が悪いっていうのとはちょっと違うし、レッスン生時代の俺達を知っているAbyssのメンバーなら、俺と湊が大の仲良しだと思っているのも当然って感じではある。年始に湊が俺の実家に押し掛けてきて以来、俺と湊は親友同士だと思い込んでいる母さんも、俺と湊はしょっちゅう遊んでいるイメージなんだろうな。
 俺だって、湊が俺のことを「好き」だとか言い出さなければ、俺も湊とは親友同士でいられたと思う。湊から迷惑な感情を押し付けられても、湊を切り捨てることができないのは、心のどこかで親友としての湊を失いたくないという気持ちが強いからだろう。
 湊の気持ちを知り、湊の存在を疎ましく思いながらも湊を捨てきれない俺は、傍からどう見えているんだろうか。湊からしてみても、完全に拒まれているわけじゃないとなると、淡い期待とかを抱いてしまうものなんだろうか……。
「まあ……そこそこ仲良くしてるかな……」
「そこそこって何よ。陽平ってさ、湊君に対してちょっと冷たすぎない?」
「そんなことねーよ。普通」
「そう? でも、あんまり可愛くない態度ばっかり取ってると、そのうち湊君に愛想尽かされても知らないわよ?」
「愛想ねぇ……」
 既に俺の方が湊に愛想を尽かしそうになってるってのに。
 俺の態度に湊がうんざりして、愛想を尽かしてしまうのであれば、それもまた良しだ。そうなってくれれば、俺は余計なことで気を病む必要はないし、プライベートでの俺の悩みはほぼ解消するんだから。
「ねえ、陽平」
「あん?」
「陽平って彼女とかいないの?」
「はあ⁈」
 おい。なんでいきなりそういう話になる。
「だって、毎日可愛い女の子にいっぱい会うわけでしょ? 好きになったり、なられたりとかしないの?」
「あのなぁ……そんなに言うほど出逢いとかないんだって。そもそも、俺もそういうのを求めてないし」
「あら、残念。可愛い女の子と仲良くなって、いつか“俺の彼女”って連れてきてくれないかと期待してるのに」
「その期待にはしばらく応えられそうにないな」
 一体どういう期待をしてるんだか。ま、母親なら息子の彼女というか、将来の結婚相手になりそうな存在には興味があるだろうし、期待もしたくなるんだろうが。
 でも、彼女どころか、母さんが俺の親友だと思っている湊が、今のところ最もそういう存在に近しい存在にあたると知ったら、母さんはどんな顔をするんだろう。
 もっとも、俺は湊と付き合う気はないし、現段階で彼女の存在に一番近しい存在とは言い難いわけだけど。
「うちの陽平が女の子にモテないはずがないんだけど……。陽平って彼女いたことあるの? そういう話、お母さんに全然話してくれたことがないけど」
「そりゃまあ……彼女がいたことくらいはあるけど……」
「へー。どんな子?」
「昔のことだから覚えてねーよ」
「覚えてないってことはないでしょ? 昔って言っても、そんなに昔じゃない癖に」
「覚えてねーもんは覚えてねーのっ!」
「もう……」
 正直、今この手の話をされるのが一番困る。自分の恋愛事情ってものはあまり親に知られたくないし、言いたいとも思わない。元カノの話も避けたい。
 うちの親も、これまで一度もそういう話を振ってこなかったから、触れてはいけない部分だと思ってくれているのだと思っていたが、気になることは気になるらしかった。
 もしかしたら、聞きたいのにずっと我慢していたってことなんだろうか。高校に入った時から実家を離れている俺だから、聞きたくても聞けないってところもあったのかもしれないな。
 でも、だからと言って素直に話す気にはならないけど。
「陽平も大人になったんだから、少しは大人の話をしようと思ったのに」
「俺が素直に話すと思ってんの?」
「ううん。思ってない」
「だったら諦めて」
「えー……」
 一緒に住んでいない母親に対し、少し素っ気ないとは思うけど、知られると色々面倒臭そうだし。ここは心を鬼にすることにする。
 しかし
「じゃあ、せめて好みのタイプくらい教えてよ。陽平はどんな子がタイプなの?」
「タイプって言われても……」
 そう簡単には諦めてくれない母さんだった。経験談を聞き出せないのなら……と、今度は俺の好みを聞いてこられ、俺は言葉に詰まってしまった。
(まあ……好みのタイプくらいなら……)
 と、母さんの話に付き合ってあげようと、少しだけ考えを改めた時だ。
「俺のタイプは……えっと…………」
 自分がどういうタイプの子が好きなのかを、全く答えられなくなっている自分に気が付いた。
「うんうん。タイプは?」
「……………………」
 ど……どうした? 俺。なんで答えられねーの? 昔は友達とよくそういう話してたじゃん。容姿や髪型、性格や服装の好みとか色々。そういう話で散々盛り上がったりもしてたじゃん。
「ん? どうしたの? 陽平」
「へ? いや……その……」
 まさかとは思うけど、俺って今、女に興味がない? なくなってる?
 確かに、俺は夏凛と別れてからというもの、一度も恋愛というものをしていない。
 それは、自分の中で“今は恋愛どころじゃない”っていう思いがあったからではあるけれど、それがいつの間にか、恋愛自体への興味を失わせてしまったのか?
「急に好みのタイプって言われても、どういう子がタイプかなって……」
「えー? わからないの? なんかあるでしょ。可愛い子がいいとか、綺麗な子がいいとか。陽平の場合、格好いい感じの子が好きって気もするけど」
「まあ……容姿がいいには越したことないとは思うけど、性格が合うのが一番かな」
「そうなんだ。陽平は見た目より中味重視なのね」
「そ……そういうこと」
「なるほど。それですぐには答えられなかったのね」
「う……うん……」
 どうにか上手く誤魔化せた……か? 実際、中味重視ってところは間違ってないし。
 でも、パッと自分の好みを答えられなかったことに、俺は一抹の不安を覚えずにはいられない。
 俺、こんな状態でまともな恋愛なんてできるのか?
 デビューから二年足らずの現段階では、“恋愛どころじゃない”って状況が続いているのには変わりない気もするけれど――俺以外のメンバーは好き放題恋愛しているが――、全く興味がないっていうのは問題だよな。
 自分が恋愛に全く興味がないとは思っていないけど、最近、異性を見ても全然ときめくことがない自分にはちょっと焦る。
 もしかして、湊なんかに振り回されているから、異性どころじゃないってことなのか? 冗談じゃないぞ。
(でも……だけど……)
 そもそも俺、一度湊に無理矢理犯されてる身なんだよな? その俺が、今まで通り普通に女を抱くこととかってできるのか? 生憎、それを試すような機会が一度もなかったけど……。
「後十年もすれば、陽平も家に結婚相手を連れてくるかもしれないわよね。その時、陽平の好みも明らかになるってことだから、それまで楽しみにしてようかな」
「うん。そうして」
 結局、あまり乗り気じゃない俺の態度のおかげで、母さんも俺からあれこれ聞き出すのは諦めてくれたようだけど、母さんからの質問により、自分の身に起こっている新たな異変に気付いた俺は
(早急に何かしらの手を打たないと……)
 と、気が気じゃなかった。





 実家を夜遅くに後にした俺は、夜の街に車を走らせながら、迷った挙句、ある人物の番号に電話を掛けた。
 もちろん、電話を掛ける時は車を路肩に停めてだ。
《はい。もしもし?》
 もうマンションの近くまでは帰ってきているけれど、このまま家に帰っても、余計なことを悶々と考えてしまいそうだから、真っ直ぐ家に帰る気にはなれなかった。
「……………………」
 しかし、電話を掛けてはみたものの、何をどう切り出していいのかわからない俺は、電話に出た相手にどう返していいのかがわからない。
 これじゃただのいたずら電話か迷惑電話じゃん。相手には俺からの電話だってバレてるんだから、さっさと用件を伝えろよ。
《もしもし? 陽平?》
 何も言わない俺に、電話の向こうの相手が不安そうな声になる。
 俺に何かあったのかと、心配してくれているんだろうか。
「あのさ……」
 一瞬、間違えて掛けてしまったことにして、電話を切ってしまおうかとも思ったが、ここまできてそれは情けなさ過ぎる。
 それに、俺には確かめたいことがあって電話を掛けたんだから、ここで引き下がってしまっては、今後の俺の日常になんの変化も得られない。
《何? どうかした?》
「今からそっち行っていい?」
《え……》
 言った。向こうはめちゃくちゃ驚いただろうけど、とりあえず用件は伝えた。後は相手がどういう返事を返してくるかだけど……。
《……………………》
 電話の相手はしばらく無言のまま逡巡していたが、小さく息を吐き出すと
《いいよ》
 と答えてくれた。
「じゃあ今から行くから」
《うん。待ってる》
 ホッとしながら電話を切ると、スマホをダッシュボードの上に置き、引いていたサイドブレーキを下ろし、再び車を走らせた。
 そして、本当なら右へ曲がるはずの信号を、俺の住んでいるマンションとは逆方向の左にハンドルを切り、アクセルを踏んだ。


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