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Season 3
君が望む世界(9)
しおりを挟む夜が明けて、律の誕生日の翌日を迎えた僕達は、ベッドから起き上がるなりバスルームに向かい、一緒にお風呂に入ることにした。
また僕と一緒にお風呂に入ることを嫌がるのかと思いきや、律はすんなり僕と一緒にお風呂に入ることを承諾してくれたし、僕と一緒に湯船の中に身体を沈めても、嫌な顔一つしなかった。
人の目がないところなら、律も少しは恋人らしいことをしてくれるようになったものだ。それってやっぱりセックスをしたからなんだろうか。
多分そうなんだとは思うけど、あえて言及しようとは思わない。
「はぁ……疲れた」
「ちょっとちょっと。まだ朝だよ? これから一日が始まるんだよ?」
「そうだけど、昨日は体力の消耗が激しかったし、睡眠も充分とは言えない。海は容赦がないんだから」
「だって……次はいつできるかわからないって思ったら、容赦したくもなくなるよ」
「ちょっとは手加減して欲しい。シないって言ってるわけじゃないんだし、まだ身体が慣れてないんだから」
「ごめんね」
二ヶ月振りのセックスに、律も少しは恋人らしい雰囲気に浸ってくれるかと期待したが、そう簡単には揺るがない律だった。
朝っぱらから小言じみたことを言われた僕は、自分が悪いとわかっていても、しゅんとせずにはいられなかった。
「ま、僕にも責任があるから、海の暴走も大目に見るけどね」
「暴走って……」
どうやら昨夜の僕の行いは暴走扱いされているらしい。確かに、暴走と言ってしまえば暴走なんだろうから、返す言葉もない。
だけど、暴走だってしたくなるよ。僕は毎日だってシたいくらいなんだから。二ヶ月もお預けを喰らっていたら、もっと暴走していたって許されると思う。
「別に海とシたくないわけじゃないんだよ。そこだけは誤解しないでね」
「うん。しない」
ちょっと言い過ぎたと思ったのか、今度は律が決まり悪そうな顔になり、しゅんとしている僕を慰めてきてくれた。
こんなことを言ってもらえるのも、こうして二人っきりの空間にいるからで、普段は絶対に言ってくれそうにないセリフだ。
「ごめんね、海。僕、どうしても海が望むような恋人同士って感じにはなれなくて。たまには……って思ったりもするんだけど、どうしても人目が気になっちゃうし、どう振る舞っていいかもわからなくて……」
僕とシたくないわけじゃない、って言葉だけでも有頂天になりかけていた僕は、更に嬉しいことを言ってくる律に、思わず唖然としてしまいそうだった。
この部屋に入ってからというもの、いつもなら言いそうにない可愛い発言が多いとは思っていたけれど、ホテルの部屋に二人っきりという環境は、そんなに恋人同士を意識してくれるものなんだろうか。
「海はがっかりしてるよね。セックスまでした仲なのに、僕が全然変わらなくて」
「そ……そんなことないよっ! 僕、律にがっかりなんかしないよっ!」
ちょっとした自己嫌悪に陥りかけている律を、今度は僕が全力で慰める番だった。
ああもう……しゅんとしてる律も可愛い。“守ってあげなきゃっ!”ってなるし、“これでもかっ!”ってくらいに甘やかしたくなる。
それに、目に見えて大きな変化はなくても、僕と肉体的な繋がりを持った後の律は、やっぱり少し変わったと思うから、そこを律が気にする必要はないし、不安になる必要もないことを教えてあげたい。
「ほんと?」
「もちろんだよ。それに、律はちゃんと変わってくれてるよ。その変化に僕は喜んでるからさ。僕にとっての律は全てなんだから、僕が律のことでマイナスな感情を抱くことは絶対にないよ」
不安の現われなのか、上目遣いで恐る恐る僕を見上げてくる律は、目が合った僕が自信満々に言うのを見て、ホッとしたような顔になった。
「って言うか、何年一緒にいると思ってるの? そこに不安を感じられるのが一番傷つくよ」
「ごめん……」
ホッとした律をちょっとだけ責めると、律は再びしゅんとした顔になって俯いたけど、僕の腕が後ろから律を包み込むと、チラッとだけ僕を見上げてから、僕の胸に背中を預けてきた。
成り行きではあるけれど、朝っぱらから素っ裸で密着するというシチュエーションは、昨日の余韻が残っている僕にとっては酷と言いますか……またシたくなりそうで困っちゃうんだけど……。
「良かった」
「ん? 何が?」
湧き上がってくる欲望を抑えながら、完全にリラックスした状態で僕に背中を預ける律を見下ろすと、律は自分の腰に巻き付けられた僕の手を湯船の中で握りながら
「だって、昔と比べて僕達の世界って随分変わったのに、僕っていつまで経っても変わらないっていうか、変われないからさ。そのうち海にも飽きられちゃうんじゃないかって不安がどうしてもあるんだ。でも、海はいつもそれを否定してくれるから嬉しい」
と言った。
更に
「最近気づいたんだけど、僕って自分で思っている以上に海のことが好きで、執着もしてるみたい。そういうの、全然表現できてはいないんだけど」
なんてことまで言ってきたから、僕は嬉しさのあまり頭が痛くなりそうだった。
一体どうしてくれようか。朝っぱらからこんな可愛いことばかり言われたら、僕だって我慢の限界だよ。律は僕の理性を崩壊させたいのか?
いくら二人っきりになれて、いつもより素直なことが言えるようになっているからって、ここまで素直で可愛い本音を聞かせてくれるとは思わなかった。律は今、自分がどれだけ僕が喜ぶ発言をしているのかがわかっているんだろうか。
「なんかさ、新しく後輩ができてまた環境が変わったでしょ? そのせいで色々考えることが増えちゃったみたいなんだよね。最近は海とのこともよく考えるようになったよ」
「へ、へぇ……」
僕達に後輩ができたことで、そんな嬉しい展開が? 確かに、後輩ができてからというもの、律は何かしら考え込んでいるような素振りを見せることが多くなったような気もするけれど。
今までは“まだまだ新人”って気持ちが強かった僕達だけど、後輩ができたことで、新人から先輩へとシフトしてしまった環境に、不安を感じている現われなんだろう。その流れで、今後のあれこれに自信がなくなっているのかもしれない。
「先のことに漠然とした不安があるんだよね。これからどうなるんだろう、とか、どうすればいいんだろうってことを考えると、自信がなくなっちゃうんだ。自分の不甲斐なさに落ち込みそうになるんだよね」
「律はいろんなことを深く考え過ぎなんだよ。もっと気楽に構えててもいいと思うけどね」
「わかってるけど、性格上、考えずにはいられなくて」
「ま、そういうところが律っぽいと言えば律っぽいけどさ」
天真爛漫で行き当たりばったりなところが多い悠那君と違って、律は慎重派で、物事を計画的に進めるタイプである。その分、悠那君よりも落ち込むことが多いし、自信をなくすことも多いと思う。
同じ彼女役という立場でも全く異なる性格を持つ彼女に、それぞれの彼氏が手を焼くポイントも違っているに違いない。
でも、僕にしても司さんにしても、自分の可愛い彼女に手を焼くことは好きだから、律がこうして自信を失いかけていても、面倒臭いと思ったことなんて一度もない。
「でも、そうやってあれこれ考えてみても、最終的には海が一緒にいるから安心できちゃうんだよね。きっと、どんな時でも海が僕の傍にいて、僕を励ましてくれてるからだと思う」
「律……」
物心ついた頃からずっと一緒にいる律に、僕の存在を初めて認めて貰えたような気分になった。
もちろん、律は昔から僕のことを認めてくれているし、僕が傍にいることも許してくれてはいるんだけれど。
だけど、僕が律の力になれていることを証明してもらえるようなシーンはなかなかなかったから――全くなかったわけでもないが――、こういう言葉を律から貰えると、僕は嬉しくて泣いてしまいそうになる。
「だから、これからもずっと傍にいてね。それだけが僕の願いっていうか、望みだから。海が傍にいてくれれば、この先どんなことがあっても大丈夫な気がする」
喜びに打ち震えている僕に、更なる喜びを与えてくる律に、僕は本当に涙ぐんでしまっていた。
自分のことを“愛情表現が下手”だとか、“口下手だから”とか言っているけれど、これ以上にない愛の詰まった律の言葉を、音声として残せなかったことが悔やまれる。
でも、その代わりに今の言葉を一言一句忘れずに、しっかり頭の中に記憶しておこうと誓う僕だった。
「って……今僕、物凄く恥ずかしいこと言ったかも。海に恋人らしいことを言おうとすると、いつもこうなっちゃうんだよね。忘れて」
感動すらしている僕に気付かない律は、今更ながらに恥ずかしくなって自分の発言に、僕の胸に預けていた背中を起こし、湯船から上がろうとした。
しかし、そんな行動を僕は許さない。湯船から出ようとする律の手を掴むと
「絶対忘れない」
真剣そのものの顔でそう言うなり、律の身体を湯船の中へと引き戻した。
大きな水音を立て、僕の腕の中に引き戻された律は、慌てて身体を起こそうともがいたけれど、濡れた顔で僕を見上げたのと同時に、僕に唇を奪われたことに目を見開き――。
「んっ……ゃ……ちょっと……」
浴槽の中で律に覆い被さる僕が、決してふざけているわけではないのだとわかると困惑した顔になり、必死になって僕を遠ざけようとしてきた。
「ちょっと……海っ……ここお風呂……」
「知ってる」
「何する気⁈」
どうにか僕の胸を押し返すことができた律は、顔を真っ赤にしながら、僕の顔を精一杯怖い顔で睨みつけてくる。
が、そんなことには怯まない僕が、律の腰に腕を巻き付けると、ギョッとした顔になって僕をまじまじと見詰めてきた。
「ま……まさか……」
「煽った律が悪い」
「そんな……僕は煽ったつもりなんか……」
ただならぬ雰囲気の僕に怖気づいた律は、一瞬にして顔から血の気が引いていき、恐る恐る視線を落とした先の僕が、どういう状態になっているのかを目の当たりにした途端……。
「うっ……嘘だーっ!」
再びジタバタと暴れ始めた。
今日の予定はお昼から。チェックアウトまでは時間があるし、日頃から早起きが習慣になっているおかげで、時間にはまだまだたっぷり余裕があるよね。
「ダメダメっ! お風呂でなんか絶対にダメーっ!」
律の必死な抵抗も物ともしない僕は、容赦なく僕にお湯を浴びせてくる律にも笑顔のまま、律の身体から少しずつ自由を奪っていく。
せっかく司さんに貰った貴重な時間だ。一分だって無駄にしたらもったいないよね。
次はいつになるのかがわからない分、僕達は限られた時間をフルに活用しなくちゃ。
「おっかえり~っ! ホテルで過ごす二人っきりの誕生日はどうだった? イチャイチャして過ごせた?」
丸一日以上空けた家に戻って来ると、僕達の帰りを待ち構えていたかのような悠那君に勢いよく問い詰められ、僕は思わず苦笑いになってしまった。
「ええ、まあ。いい一日を過ごせたと思いますよ」
「そっか。良かったね。あれ? でも、なんか律が怒ってるようにも見えるけど?」
「えっと……それは僕がちょっと調子に乗り過ぎてしまって、律に無理をさせちゃったから……」
「わぁ♡ 海ってばやるぅ♡」
ホテルをチェックアウトして、僕達を迎えにきたマネージャーの運転する車で仕事場に向かった僕達は、お互い思うところは色々あるものの、なんとか撮影を終えて帰ることができた。
撮影現場では普通にしていた律だけど、今朝、僕がお風呂で強引に事に及んだことを、未だに不満に思う気持ちがあるようである。
ぶすっとしている律を横目に、悠那君が僕達を冷やかしてきたけれど、律はそんな悠那君にも無視で返した。
「具体的にどんな無理をさせちゃったの? 何回もシたとか?」
「まあ……そういうことですかね……」
家の中に陽平さんの気配はないから、きっとまだ仕事で帰ってきていないんだろう。司さんの姿も見えないけれど、司さんは今日、トーク番組のゲスト出演の収録だけのはずだから、とっくに家に帰ってきているはずなんだけど……。
「何回シたの?」
「え……えっとぉ……」
いるなら早く出てきて欲しい。じゃないと、僕達に興味津々な悠那君が、僕達から根掘り葉掘り聞き出そうとしてくるから。
正直、僕は根掘り葉掘り聞かれても困らないし、むしろ言いたい気持ちすらあるんだけれど、律が隣りにいる以上、あまりそういう話を振られても困る。
「二回……ってことはないよね。三回くらいはシたよね。朝もシた?」
「あの……悠那君? そういう話は……」
「いいじゃん。たまにはこういう話もしようよ。俺だって色々聞きたいんだもん」
「そう言われましても……」
他に自分達以外に同性で付き合っているカップルを知らないから、悠那君が自分達以外の同性カップルがどうなのかと気にする気持ちはわかる。
僕だって、できることなら司さんや悠那君の話を聞いてみたいという気持ちはある。
とは言え、いきなり「何回シたの?」という質問はあからさま過ぎる気もする。
「何騒いでるの? 悠那。って……二人とも帰ってきたんだ。おかえり」
「ただいまです」
一体どうやって悠那君を躱そうかと悩んでいるところに、ひょっこり司さんが顔を出してくれたおかげで、僕は少しだけホッとした。
司さんが現れたのは浴室の方だったから、司さんはお風呂を入れていたのだろう。
果たして、司さんが現れたことで、事態が好転するかどうかは怪しいところではある。
「昨日はどうだった? 恋人と二人っきりの誕生日を満喫できた?」
でもって、司さんもそこを聞いてくるんだ。ま、聞かれるだろうとは思ったけどね。
今回、律と二人っきりの誕生日を過ごせることになったのは司さんのおかげであるから、僕達にホテルの宿泊券をプレゼントしてくれた司さんが、その感想を聞きたがるのは当然だと思う。
「はい。大満喫しました」
「それは良かった。プレゼントした甲斐があったね」
「本当にありがとうございました」
司さんへの感謝の気持ちに嘘はない。司さんが僕達にホテルの宿泊券をプレゼントしてくれたから、僕は普段聞けそうにない律の本音を沢山聞かせて貰えたし、満足するくらいにエッチもできたんだから。
「それにしては、律の顔が不満そうだけど。なんで?」
「う……」
で、結局はそこに戻ってしまうのか。律が不満に思う気持ちもわかるけど、そう顔に出していたら、司さんや悠那君に突っ込まれてしまうのも無理はない。律は自分で二人から突っ込まれる原因を作っていることに気付くべきなのでは?
「なんか海に無理させられちゃったみたいだよ。それで怒ってるんだって」
「ふーん。ま、海からしてみれば滅多にないチャンスだもんね。手加減なんてできないんじゃない?」
「だからって怒らなくてもいいじゃん。ねえ、律。許してあげなよ」
揉めている理由にもよるけれど、恋愛絡みの揉め事になると、悠那君は僕の味方になることが多い。
それというのも、恋愛に消極的な律の味方をするよりも、律とイチャイチャしたい僕の味方をした方が、僕達のラブラブ度が増すと思っているからだろう。
自分達と違ってイチャラブ度の低い僕達を、悠那君はなんとしてでもイチャラブカップルにしたくて堪らないのである。
「別に怒ってるわけじゃないです。海が調子に乗り過ぎたから冷たくしてるだけですよ」
「それを怒ってるって言うんじゃん。せっかくイチャイチャした後に冷たくされたら、海が悲しくなると思うよ?」
「う……」
これまで、どんな態度を取っても僕に許されてきた律は、第三者からの指摘を受け、少しだけ気持ちが揺らいだようだった。
今までそんな指摘をする人間なんかいなかったから、律には当たり前のことをしているつもりでも、それが悪いことのように思えてしまうのかもしれない。
「ちょっとやり過ぎたくらいいいじゃん。家の中では全然セックスしてないんでしょ?」
「そっ……そうですけど……」
「そりゃ海だって調子に乗っちゃうよ。普段は全然できないんだから」
悠那君に諭された律は、表情がどんどん自信なさげなものになっていった。
なんだかんだと言いながら、自分と同じ立場にいる悠那君の言葉には耳を傾ける律なのだ。可愛い。
「俺だったら、夜通し相手させられても文句は言わないかな。むしろ嬉しくなっちゃうかも」
「それは悠那さんだからでしょ。夜通しなんて身体に負担が掛かり過ぎますよ」
「でも、長い間できなかったら、それくらいシたくなるものじゃない?」
「いや……さすがに夜通しはちょっと……」
性欲的過ぎる悠那君の発言に、律も僕に冷たい態度を取るのが馬鹿らしくなったのか、呆れた顔になった。
もし、司さんと悠那君がしばらくの間セックスができない状況に陥ってしまったら、その後にするセックスは夜通しになるんだろうか。この二人なら、本当に夜通ししてしまいそうで怖い。
「そうかなぁ? だって、好きな人と一つになれるんだよ? 一晩中だって繋がってたいってならない? 律だって久し振りに海とエッチできて嬉しかったでしょ?」
「まあ……そこは否定しませんけど」
「だったら怒っちゃダメだよ。ね?」
今日一日、律の機嫌を直すことに手を焼いていた僕は、あっさり律を言い包めてしまう悠那君に感心したくなった。
きっと当人ではなく第三者が言うから、律も冷静に考えることができたんだろう。今度から律と揉めたら、悠那君に相談してみるのがいいのかもしれない。
「わかりました。今日のところは許してあげます」
「うんうん。それがいいよ」
「でも、お風呂でサれたのは嫌だったんです」
「へ?」
許す、と言った直後に、「お風呂でサれたのが嫌だった」と言い出す律に、悠那君だけじゃなく、司さんや僕までもが目を丸くした。
それ、言っちゃうんだ。
「……………………」
「……………………」
唖然とする僕の前で、悠那君は司さんと視線を交わし合い――。
「あははははっ! それで怒ってるんだ。律可愛い~っ!」
急にお腹を抱えて笑い出した。
笑われた律の方は
「笑い事じゃないですっ!」
せっかく直りかけていた機嫌を再び損ねてしまい、悠那君を怒鳴りつけた。
「ごめんごめん。でも……だって……やっぱり可愛くて……」
泣くほどに笑った悠那君は、怖い顔の律に謝るものの、なかなか笑いを抑えることができないようで、そのことに更に律は腹を立ててしまったようだ。
悠那君は律を宥めるのも上手いけど、律を怒らせるのも上手いらしい。
「人が怒ってるのに。なんでそんなに笑うのか理解できませんっ!」
「お風呂でスるのが嫌だったっていうのがあまりにも律っぽくて。それで一日中怒っちゃう律もまた可愛いんだもん」
「何が可愛いんですかっ!」
「可愛いよ。ね? 司」
「そうだね。律っぽくて可愛いかな」
全く自分の気持ちを理解してくれない目の前のカップルに、律は頭が痛そうな顔になる。
まあ、この二人に理解してもらおうと思っても無理な話だよね。だってこの二人、どこでセックスしようがお構いなしって感じだもん。
「ま、確かにお風呂でスるのはちょっと窮屈だし、逆上せちゃうこともあるから俺も他の場所でシたいとは思うけどね。でも、たまにシたくなったりもするんだよね」
「僕は所構わずシたいとは思わないんですっ!」
「そう? でも、お風呂でスるメリットもあるんだよ? 身体が温まると感度が良くなったりするし、マンネリ防止にもなるって言うじゃん。声が反響するのもエッチで興奮するし、汚しちゃう心配しなくていいのも楽でしょ? お風呂の中で挿入するのはイマイチだったりするけど、お風呂から出て挿れてもらうぶんには気持ちいいし。濡れた身体の密着具合がまた気持ちいいんだよね」
「誰がそこまで詳しい魅力を説明して欲しいって言いました?」
「え? でも、律にもお風呂セックスの魅力を教えてあげようと思って」
「お風呂セックスの魅力って……。シてるんですか? うちのお風呂で」
「ううん。ここのお風呂でシたのは一回だけ。でも、ホテルとかに行った時は時々してるよ」
「~……」
何やら話がおかしな方向に……。悠那君は律の機嫌を直そうとしてくれていたのでは?
その結果、律の機嫌を益々損ねることになってしまい、お風呂セックスの魅力について語り出しちゃったりして……意味がわからなくなりそうだ。
大体、律にお風呂セックスの魅力を話したところで、律が「いいですね」ってなるわけがないのに。
「最近ホテルに行ってないからシてないなぁ。ね、司。今度またホテル行こうよ」
「いいよ」
でもって、最終的に司さんをホテルに誘い出す始末だから、悠那君の頭の中はエロでいっぱいなのか? と心配になってきてしまう。
因みに、この二人が言う“ホテル”とは、僕達が昨日泊まったような真っ当なホテルではなく、頭に“ラブ”がつくホテルのことである。
悠那君が高校を卒業した後。悠那君と司さんに時間的な余裕が少しあった時期のことだ。司さんと悠那君は夜中のドライブに出掛けるついでに、ラブホテルに寄ることが多かったと聞いた。
共同生活を送る僕達に気兼ねなくセックスできる場所を見つけた二人は、その後も時々ラブホテルに行ってセックスするようになったわけだけど、最近はメンバーが家を空けることが増えたので、家の中で好き勝手セックスしているようである。
言っても、最初からあまり僕達に気兼ねしているとは思えなかったから、気分の問題のようにも思うけど。
「でもま、何事も経験だからさ。律もまた一つ新しい世界を知ったってことで良かったじゃん」
最後はそんな無責任な言葉で締め括る悠那君に、律はもう反発する気力さえ失ってしまったようだった。
「僕、お風呂に入ってきますね」
ドッと疲れたような顔になった律は、大きな溜息と一緒にそう吐き出すと、司さん、悠那君、僕の三人をリビングに残し、重い足取りで浴室へと向かった。
「だいぶお疲れの様子だね。海ってばそんなに律に無理させちゃったの?」
「あはは……そうみたいですね」
いやいやいや。たった今、律を疲労困憊にしたのは悠那君で、家に帰って来る前の律は、今よりもう少し元気があったよ。
悠那君が余計なことを言ってくれたおかげで、また律があれこれ考え出さなきゃいいけど……。
ま、そうなったらそうなったで、また僕が律を励ましてあげればいいだけの話だよね。
この先どんなことがあっても、僕は絶対律の傍から離れないし、僕の未来は律と共にあるんだから。
「律がお風呂に入ってる間、昨日の話をもっと聞かせてよ」
「え? それはいいですけど……」
「やったーっ! プレゼントの話も聞きたいんだよね。律がどんな反応したかとかさ」
「はあ……」
そう言えば、律に指輪をプレゼントしろと言ったのは悠那君だったな。それについては、胸を張って報告できる嬉しい展開があったから、僕も言いたくてうずうずしていたりする。
今思うと、今年の律の誕生日は司さんと悠那君にだいぶ左右されてしまった気もする。
でも、結果的に美味しい思いをいっぱいすることができたから、他人に左右される誕生日も悪くないのかも……。
律はどう思っているのかは知らないけれど、僕的には大満足で終わった律の誕生日に、僕の心は羽根のように軽かった。
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