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Season 3
君が望む世界(5)
しおりを挟む律の誕生日である11月23日は、《勤労感謝の日》という名の祝日でもあり、祝日だから当然学校はお休みになる。
だから、何にも邪魔されることなく、律の誕生日を一日かけて祝ってあげられる……というわけにはもちろんいかない。むしろ、学校が休みなのをいいことに、朝から晩まで仕事が入ったりもするから、ちっとも嬉しくなかったりする。
去年に続き、今年の律の誕生日も例によって午前中から仕事が入っており、ここへ来てから律の誕生日を心置きなく祝ってあげられたのは、デビュー前の一度きりだ。
でもま、毎年律と一緒にいられるところは変わらないから、それがせめてもの救いかな。下手をすると、別々の仕事を入れられてしまう可能性だってあるんだから。
毎回メンバーの誕生日は全員でお祝いすることにしている僕達ではあるけれど、僕達の知名度が上がり、仕事が沢山入ってくるようになるにつれ、それが段々難しくなっていくだろう。今日だって、みんなお昼前には家を出て、帰ってくるのは一番早くても夕方過ぎになるし、陽平さんのスケジュールに至っては深夜にまで及ぶ。
こうなると、誕生日を祝ってあげたい気持ちは山々だけど、物理的に無理、って時も出てくるだろう。
もちろん、「誕生日おめでとう」くらいはいつでも言えるけど、もし、泊まり込みの地方ロケなんかが入った日には、誕生日当日に直接会ってお祝いを言うのは不可能になっちゃうし。
だけど、今年は朝なら全員が揃うことが可能だったから、起きてすぐではあるけれど、朝一で律の誕生日を祝うことにした僕達だった。
そのために、いつもはギリギリまで寝ている司さんや悠那君も、ちゃんと早起きしてくれた。
「誕生日おめでとう、律」
「ありがとうございます」
そして、朝一ではあるけれど、ちゃんと誕生日ケーキを用意してくれたのは陽平さんで、夜遅くまでやっているケーキ屋さんをわざわざ調べ、予約までして閉店間際に買いに行ってくれたらしい。
あまり夜更かしをしない陽平さんが、そこまでしてくれることに感動したが、現在ドラマ撮影で不規則な生活を送っている陽平さんは、夜更かしすることにもだいぶ慣れてきたみたいだ。
と言っても、ドラマ撮影が終わってしまうと、すぐさま規則正しい生活に戻せてしまうから、今ではすっかり夜型になってしまった司さんや悠那君とは大違いである。
「朝っぱらからケーキなんか食えねーだろうから、食うのは帰ってきてからでもいいけど、とりあえず、蝋燭吹き消すのはみんながいる時にしたいよな」
「いえ。僕は朝一からでも食べられますよ。朝御飯のデザートとして頂きます」
「俺も食べる~。朝からケーキ食べたら、一日いい気分で過ごせそうじゃん」
「ま、食うなら食うでいいけどさ」
仕事に出掛けるまでの短い時間で、ちゃんと誕生日会っぽいものができた僕達は、メンバーの誕生日を全員で祝えたことに一安心だった。
そして、結局朝御飯を食べた後、みんなでケーキまで食べてしまった僕達は、いよいよプレゼントを渡す時間へと突入し……。
「はい、律」
「ありがとうございます」
真っ先にプレゼントを差し出した悠那君の手から、律がプレゼントを受け取った時は、まるで自分の時のように緊張してしまいそうだった。
「開けて開けて」
「いいんですか?」
「いいよ。律のリアクションが見たいもん。律が気に入るといいんだけどな」
事前にプレゼントの中身は伝えている悠那君も、実際の律の反応は気になるようで、丁寧に包みを開く律に、ちょっとだけ緊張した面持ちになる。
「わ……格好いいですね」
「気に入った?」
「はい。凄く」
「良かった~」
悠那君が選んだピアスは片耳ピアスのようで、箱の中にはピアスが一つしか入っていなかった。
でも、一つだけでも充分存在感があったし、片耳だけでも結構高額な人気ブランドのピアスであることは、箱を見た時からわかっていた。
律に似合いそう、って言っていたから、どんなピアスを選んだのかと思ったら、思ったよりも格好いいデザインで、ヘッドの飾り部分からは三本のチェーンがぶら下がり、その先にはシンプルだけどお洒落で格好いい飾りもついていた。
いつも飾りっ気のないシンプルなピアスしかつけない律にしてみれば、少し派手かな? って気もするけれど、これを付けている律を見てみたいと思うし、“律に似合うだろう”というのが、僕の素直な感想だった。
「ちゃんとつけてね。絶対律に似合うから」
「そうします」
律が日常的にピアスをつけるように……という僕の願いを汲んでくれたのか、悠那君はさり気なく律にピアスをつけるように促してくれた。
悠那君にそう言われれば、律儀な律は「悠那さんから貰ったピアスをつけなくちゃ」って気にもなってくれるだろう。
「へー。いいじゃん。俺もこういうの欲しい」
律が貰ったピアスを見た陽平さんが、ちょっとだけ感心したような顔で言うと
「似たようなデザインのピアスがいっぱいあったよ。今度見に行ってみたら?」
律を満足させることができて安心した悠那君は、自信満々にそう言った。
その流れで、今度は陽平さんからのプレゼントを受け取った律は、またしても陽平さんに促されるままに包みを開け、箱を開けた瞬間に表情をパッと輝かせた。
陽平さんからのプレゼントは発売されたばかりの限定モデルのスニーカーで、律が欲しいと言っていたスニーカーだったから、律も大喜びだった。
もし、陽平さんからプレゼントされていなかったら、自分で買っていただろう。自分が買おうと思っていたものをプレゼントされたんだから、そりゃ律も喜ぶってものだよね。
「俺は今回思考を変えてみた」
終始和やかな雰囲気で行われるプレゼントタイム。律の恋人である立場の僕は、一番手を逃してしまったら、最後にプレゼントを渡す役割を担うことになるようだ。
先週はまだプレゼントを決めていなかった司さんは、陽平さんがプレゼントを渡し終わると、“次は自分だ”とばかりにそう言ったから、僕は思わず首を傾げてしまった。
悠那さんにしても陽平さんにしても、それがプレゼントだとハッキリわかる形を有していたから、一見手ぶらに見える司さんを、実はちょっと不審に思っていたんだよね。
司さん曰く、今回は思考を変えてみたらしいけど、それってどういうことなんだろう……。
「はい」
律もよくわからないって顔だったけど、司さんに差し出された薄い封筒を受け取ると、恐る恐るといった感じで封筒を口を開け、中身を取り出してみた。
「なっ……⁈」
律が手にしているのは何かのチケットみたいな感じだけど、そのチケットらしきものを目にした律は、顔を真っ赤にさせながら驚いた。
ちょっとちょっと……一体何を貰ったんだ?
「マネージャーに聞いたら、今日の撮影は夕方頃に終わる予定なんでしょ? 夜ゆっくりできるんなら……と思って」
「いや……そうなんですけど……」
「しかも、明日は創立記念日で学校は休みでしょ。仕事もお昼からって聞いたから、二人っきりの時間を堪能させてあげようかなって」
「二人っきりの時間って……」
にこやかな司さんの表情とは違って、司さんからのプレゼントを受け取った後の律は、顔を真っ赤にさせたまま狼狽えるばかり。
律の反応が気になる陽平さんや悠那君も、僕同様に、「一体どんなプレゼントを貰ったんだ?」と言わんばかりの顔で、僕と一緒に律の手元を覗き込んだわけだけど……。
「なっ……!」
「っ⁈」
「わぁ♡」
その反応は三者三様というか、僕と陽平さんは似たような反応で、悠那君だけが違ったというか……。
「確かに今までとは違う思考かもしんねーけど……」
「俺はいいと思う。もし、自分がこういうプレゼントされたら嬉しいもん」
「ってか、高校生にプレゼントするもんじゃなくね?」
「そう?」
司さんのプレゼントに意見が分かれてしまうのも無理はない。律としても、まさかこんなプレゼントを貰うとは思っていなかっただろうから、どうしていいのかがわからなくなってしまったのだろう。
そういう僕も、戸惑いを隠せないでいる。
「去年のクリスマスに事務所からプレゼントしてもらったのを思い出して、ああいうプレゼントもアリだなって思ったんだよね」
そう。忘れもしない去年のクリスマスイブ。某音楽番組のクリスマスライブに出演した後の僕達は、事務所からのクリスマスプレゼントだと言われ――イブが誕生日である司さんの誕生日プレゼントでもあった――、人生初のホテルのスィートルームで過ごすことになった。
いくらクリスマスプレゼントだからって、ホテルのスィートルームなんて太っ腹過ぎると思ってたけど、その経験を活かし、今度は司さんが律にホテルのディナー付き宿泊券を二人分プレゼントしてきたのだ。
「ホテルの人にも相談したら色々教えてくれた。さすがにスィートルームとまではいかないけど、誕生日プランを用意してるところだから、それなりに特別感は味わえるんじゃないかと思うよ」
「はあ……」
まだ半信半疑って感じではある律だけど、ようやく思考が追い付いてきた頃には、少しだけ落ち着きを取り戻したようでもある。
それでも、動揺する気持ちはなかなか収まってくれないみたいだから、司さんからのプレゼントをどう扱うべきかと迷っているみたいだった。
「マネージャーにも報告してるから、仕事帰りにホテルまで連れてってくれる手筈になってるからね」
「そ……そこまで……」
「なんでそういうところだけきちんとしてるんですか。いつもは結構適当だし、ずぼらなのに」
基本的にはのんびりしていて、面倒臭がり屋なところもある司さんなのに、今回のプレゼントに関してはちゃんと根回しができていることに驚く。
リーダーなのは伊達じゃないってことだろうか。
もともと司さんは悠那君の面倒はよく見ていたし、何か揉め事が起こりそうな時は、仲裁するような立場になることも多かった。うちのグループは陽平さんと律がしっかり者だから、司さんが少々ずぼらでも問題がないけれど、みんながみんな悠那君みたいなタイプだったら、司さんは案外しっかり者になっていたのかもしれない。
去年のクリスマスには悠那君に内緒でペアリングを用意して、悠那君を泣くほどに喜ばせたりしたし、悠那君の高校の卒業式の日には、悠那君に内緒で実家に連れて帰る計画も立てていたようだから、サプライズに関する準備は抜かりがない人なのかもしれない。本人にその自覚はないようだけど。
「誕生日プレゼントなんだから、そのへんはちゃんとするよ。そもそも、律の誕生日プレゼントにホテルの宿泊券をプレゼントしようと思った時、最初に相談したのはマネージャーだもん。その時から、マネージャーは協力的だったから、“二人をホテルまで連れて行くのは任せて!”って、自分から言ってたよ?」
「ああ……そうですか……」
司さんや悠那君、僕と律の関係を知ってからというもの、僕達のマネージャーはグループ内恋愛にとても協力的である。
ぶっちゃけ、マネージャーはどこまで知っているんだろうか。というか、僕達をどこまでの関係だと思っているんだろう。
誕生日に二人っきりでホテルで過ごすとなると、当然そういうことをするんだ、と思われてたらどうしよう。さすがにそれはちょっと恥ずかしい。
言い訳するわけじゃないけど、僕と律ってそんなにセックスするような関係ってわけでもないし。地方ロケの宿泊先で初めてエッチした時以来、二回目はまだだったりするんだよね。
それというのも、やっぱりメンバーが一緒に暮らしている家の中でするのは気が引けちゃうし、律も嫌がるから、メンバーの目が届かないところにでも行かない限り、「シよう」ってならないんだよね。
ま、エッチなことなら時々してるけど。
おそらく、司さんと悠那君は“経験済み”だと思われているだろう。そもそもあの二人、そこを隠す気なんてまるでないし。
それどころか、悠那君なんて、マネージャーに向かって
『マネージャー。鎖骨のとこにキスマーク付いてるの大丈夫かな?』
なんて相談までするくらいだから、自分でどこまでの関係かをバラしてるようなものだしね。
そんな相談を持ち掛けられたマネージャーは、急いで衣装の確認に走ったりなんかして可哀想だった。
全く、オープン過ぎるのも問題だよ。
正直、僕達の関係がマネージャーにバレたと聞いた時は、怒られるだろうし、引かれてしまうんじゃないかと心配する気持ちが強かった。が、マネージャーは思いの外に理解力と包容力がある人で、その心配は一切無用だった。
この様子じゃ、今はまだ曖昧な関係が続く陽平さんと湊さんが上手くいった時も、特に問題はなさそうだよね。
強いて言うなら、僕達と違って事務所間の問題が出てくるけれど、うちの事務所の社長とZeusの事務所の社長は仲がいいみたいだから、そこもそんなに心配しなくていいだろう。
現に、朔夜さんが悠那君にセクハラ紛いのコミュニケーションを取ってきても、誰も何も言ってこないんだから。
最近あまり湊さんの話題が出ないけど、陽平さんと湊さんってどうなってるんだろう。会う回数は以前と比べて少し減ってるみたいだけど、定期的にはちゃんと会ってるみたいだし。湊さんのことで陽平さんが不機嫌になってる姿も見なくなったから――時々は不満を感じている様子だけど――、ひょっとするとひょっとするかも?
そう期待しているのは僕だけかもしれないけれど。
「ま、たまには外で心置きなくイチャついてきなよ。俺達の目があると、思うようにイチャイチャできなかったりもするみたいだから」
「イチャイチャとか言わないでくださいっ!」
僕と恋人同士であるのは紛れもない事実なのに、そこを冷やかされると声を荒げずにはいられない律だった。
朝っぱらから何度も顔を真っ赤にする律に口元が緩んでしまう僕は
「だったら、海のプレゼントは後で渡した方がいいよね」
と、今から渡そうと思っていたプレゼントを悠那君に先延ばしにされてしまい
「え?」
と焦った。
なんでそうなるの? 今ここで渡しちゃダメ?
「そうだね。恋人同士のプレゼントのやり取りは、二人っきりの時にした方が盛り上がるよね」
「いや……あの……」
でもって、司さんまで悠那君の言葉に乗っかってしまったから、僕は勢いで渡してしまおうと思っていたプレゼントを差し出す機会を失った。
この二人は……。どうあっても僕と律を自分達のようなラブラブカップルにしたいんだな。
当人である僕と律を差し置いて、勝手に盛り上がる司さんと悠那君を、陽平さんが「こいつらはまた……」という、呆れた顔で見ていた。
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