僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Season 3

    君が望む世界(4)

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 律の誕生日が来週に迫ったある日――。
 その日は律に単独の仕事が入っており、いつもより早めに終わったドラマ撮影の仕事の後、僕は家で律の帰りを待つ身であった。
 律の誕生日が来週に迫っているというのに、未だにプレゼントが決まらない僕は、いくつかの候補を頭の中に浮かべつつ、指輪という選択肢を捨てられないでいた。
「たっだいま~。あれ? 海しか帰ってきてないみたい」
「陽平はドラマ撮影が始まったし、律は今日、ドラマ撮影の後にラジオのゲスト出演があるって言ってたじゃん」
「そっか。そうだったね」
 家の中に一人でいることを寂しいと思っていた僕は、玄関のドアが開くなり、急に騒々しくなった家の中に、内心ホッとしたりもした。
 今日は一緒の仕事だった司さんと悠那君が、二人揃って仲良く帰ってきたようだ。二人は来年から撮影が始まる映画の打ち合わせだったと聞いている。
「おかえりなさい」
「ただいま、海。一人で寂しかったでしょ?」
「少し」
 司さんと一緒の仕事というだけで、悠那君は上機嫌だったけど、司さんの方は若干疲れているようにも見えた。
 今回の映画の話は司さん的に面白くないところも多々あるようだから、いくら愛する悠那君と一緒の仕事だといっても、無邪気に喜んでばかりもいられないんだろう。あまり詳しくは聞いていないけど。
「夕飯は食べたの?」
「食べたんですけど、食べる時間がちょっと早くて。小腹が空いたのでインスタントラーメンでも作ろうかと思ってたところです」
「だったら宅配頼もうよ。俺達も食べたんだけど物足りなくて。帰ったら何か頼もうって話してたんだ」
「いいですよ。そうしましょう」
「先に着替えてくるから、何がいいか選んどいて」
「はい」
 さっきまでは人の気配がないくらいに静かだった室内は、司さんと悠那君が帰ってきただけで一気に賑やかになる。
 それも、いつも明るくて元気な悠那君のおかげなんだけど、逆に悠那君がいないと静かなもので、それがちょっと寂しく感じられてしまう。
「えっと……」
 宅配を頼むつもりがなかった僕は、急に「何がいいか選んどいて」と言われても、そうすぐには決められないし、思いつきもしなかった。
 それでも、最近スマホに入れたばかりのデリバリーアプリを開いて、目ぼしいお店を検索してみる。
 宅配といえばピザが定番になっているけど、今はピザって気分じゃないんだよね。夕方に食べたお弁当がハンバーグ弁当だったから、洋より和って感じ。夕飯は夕飯でもう食べちゃってるわけだから、小腹を満たす程度のものでいいんだけど……。
「決まった?」
「いや……まだ決まってないですけど、二人のお腹の空き具合はどうなんですか?」
「ぼちぼち」
「そんな曖昧な……」
 そう言いたくなる気持ちはわからないではないけれど、“ぼちぼち”って言われても……。どれぐらいお腹が空いているのかがさっぱりわからないよ。
「ラーメンなんてどうですか?」
「あ、いいね」
「焼き鳥とかもありますが」
「えっ! 焼き鳥も捨てがたいっ!」
「もちろん、ピザって選択肢もありますけど」
「今はピザって気分じゃないんだよね」
 このアプリを入れる前は、電話かネット注文で宅配を頼んでいたけれど、デリバリーアプリにすると選べるお店やメニューが一気に増えて感動すら覚える。
 今までは宅配メニューにあがってこなかったラーメンや焼き鳥まで頼めるようになったから、ピザばっかり頼むのももったいないって感じだよね。
 あまりにもいろんなメニューがあるから、一つに絞るのが大変という問題も出てくるけど。
「ね~、司ぁ。ラーメンと焼き鳥だったらどっちがいい?」
 他にもそそられるメニューがないかと探してみる僕だけど、悠那君はあまりそこに時間を掛けるつもりはないらしい。
 もしくは、僕が最初にあげた二つの選択肢が、今の気分とぴったりマッチしてしまったのかもしれない。
 悠那君に遅れて部屋から出てきた司さんは、甘えた声で聞く悠那君に向かって
「両方頼めばいいんじゃない? 俺はどっちも食べたい」
 と答えるから、ここのカップルはとことん欲望に忠実なんだな、と感心した。
「じゃあそうしよう」
 結局、今日の夜食はラーメンと焼き鳥に決定した。
 だけど、ラーメンのお店にしても、焼き鳥のお店にしても一つじゃないから、店舗を選ぶのも大変そうだ……と、思っていたら
「何ラーメンにする?」
 あまり吟味することもなく、あっさりお店を決めてしまった司さんに聞かれたから、僕は慌ててスマホ画面を覗き込み、メニューに目を走らせることになった。
 いろんな意味でスピーディーな二人だ。
「焼き鳥は盛り合わせ頼んどけばいいよね。他に何か食べたいものがある?」
「ううん。大丈夫」
「僕も大丈夫です」
 司さんが部屋から出てきて5分もしないうちに注文を終えてしまった僕達は、商品が届くのを待つだけである。
 なので、注文した商品が届くまでの間、僕達はお茶を飲みながらテーブルについて、夜食が届くまでの時間を潰すことにした。
「ところで、海は律の誕生日プレゼントはもう買ったの?」
「いえ。それが……」
「まだなんだ。迷ってるの?」
「ええ」
「俺もそろそろ買わなきゃ。悠那はもう買ったんだっけ?」
「うん。何にするか決めたら、後は買いに行くだけだもん」
「何にしたの?」
「ピアス。律がつけてくれるって言ったから。ちょうど律にあげたいなって思うのを見つけてたから、早く買わないと売り切れちゃっても困るでしょ?」
「売り切れるかもしれないほどに人気なやつなの?」
「知らない。でも、人気なお店の新作だから、売り切れる可能性があるかな~って」
「なるほど」
 律本人とプレゼントについて話した悠那君は、その後すぐに律のプレゼントを買いに行ったらしい。
 律にも「ピアスにする」って公言したようなものである悠那君は、自信満々でプレゼントを用意できたみたいだから羨ましい。
 一方、司さんは僕同様、わりとギリギリになるまでプレゼントを用意しないタイプだから、律の誕生日プレゼントについてはまだ思案中って感じらしい。
「悠那がピアスにするなら、俺はブレスレットにでもしようかな。律って仕事以外でアクセサリーつけないから、プレゼントにアクセサリーって選択肢はなかったけど」
 会話のノリで律へのプレゼントを決めてしまおうとする司さんに、僕はちょっとだけギクッとした。
「もっとも、海が嫌じゃなかったらの話だけど」
「え? どうして嫌だと思うの?」
 でも、そこはちゃんと気にしてくれるようだから安心した。
 一方、悠那君はどうしてそうなるのかがわからないようで、不思議そうに首を傾げたりする。
「だってほら。アクセサリーのプレゼントってそれぞれ意味があったりするじゃん。悠那はいいとしても、俺が律にプレゼントするのは海が嫌かなって」
「なんで俺は良くて、司はダメになるんだよ」
「考えてみなよ。俺が陽平や海から貰ったアクセサリーをつけてても、悠那は気にならないでしょ? でも、ありすさんから貰ったアクセサリーをつけてたら?」
「そんなの嫌に決まってるじゃん」
 律にアクセサリーをプレゼントすることに遠慮する気持ちがある司さんは、その理由がわからない悠那君に、わかりやすく説明をしてあげた。
「そういうことだよ。ちなみに、俺が律から貰ったアクセサリーをつけてたらどう思う?」
「え? えっとぉ……」
 自分の立場になって考えてみる悠那君は、司さんが律から貰ったアクセサリーをつけている場面を想像して、ちょっと困ったような顔になる。
「嫌ってほどじゃないけど……なんで? とは思うかも。司にリクエストされたなら理解もできるけど」
「でしょ? ついでに聞くけど、悠那は海にアクセサリーをプレゼントしようって思う?」
「ううん。思わない。おねだりされたら別だけど。だって……」
 そして、ようやくその理由が理解できたらしい悠那君は、ハッとなって僕の方を見てきた。
「ごめん、海っ! 俺、そういうの全然考えてなかった!」
 既にプレゼントを買い終わっている悠那君は、取り返しのつかない失敗をしたとでも言わんばかりである。
 正直、最初に悠那君が律にピアスをプレゼントする気でいることを知った時、僕も少しは戸惑った。
 でも、悠那君からのプレゼントであれば、あまり気にすることもないと思ったし、むしろ、悠那君からそういうプレゼントを貰うことで、律が日常的にアクセサリーをつけるようになってくれるかもしれない……と、期待すらした。
 悠那君は律にとっての危険人物になることもあるけれど、どう転んでも、悠那君が律を組み敷いてどうこうしようって風にはならないし、せいぜい一緒にエッチなことをして、二人で気持ち良くなってるくらいのものだから、僕が心配するような間柄には絶対にならない。
 それを言ったら、悠那君のことで頭がいっぱいな司さんも、律にアクセサリーをプレゼントしたところで、そこに深い意味は一切ないってわかりきっているけれど、“それはまた別”って感じになっちゃうんだよね。
 彼氏(役)の立場からして、自分の彼女(役)に他の男からアクセサリーをプレゼントされると、面白くないという気持ちになるのは当たり前だし、司さんはなんだかんだ言っても格好いいから、あまり自分の恋人に意味を持つプレゼントを渡して欲しくないって気持ちになる。同じ身に付けるものでも、服や靴なら全然構わないけど。
 悠那君が律にアクセサリーをプレゼントするのが気にならないのも、悠那君が律と同じ彼女役だからだ。さすがに指輪をプレゼントすることはあまりないのかもしれないけれど、女の子同士でアクセサリーをプレゼントするのなんて珍しくないって気がするし。
「いえ。悠那君はいいです。むしろ、律にアクセサリーを日常的につける習慣をつけてあげて欲しいと思っているくらいです」
「そう? ならそうしてみるけど」
「悠那は、ってことは、やっぱり俺がプレゼントするのは嫌なんだ」
「そういうわけでは……。いや。ちょっと嫌かもです」
「わかったわかった。俺はアクセサリーにはしないから安心して」
「すみません」
 話が上手く纏まったところでインターフォンが鳴り、一件目の宅配が届いたことを知らせてくれた。
 その更に5分後には二件目の宅配が届き、僕達は仲良く夜食をいただくことにした。
 このデリバリーアプリ、注文から商品が手元に届くまでの間、全く人と接しなくていいのが助かるところでもあるんだけど、僕達の住んでるマンションのように、一階のエントランスで施錠をしてもらわなきゃいけないところだと、ちょっとだけ損した気分になる。
 でもま、施錠した後は勝手に玄関先に置いといてくれるから、気軽と言えば気軽なんだけどね。
「えー? まだ持ってなかったの? ペアリング」
「ええ。まあ……」
「つけてないけど持ってるものだと思ってた。だって、付き合い始めて二年以上経ってるんでしょ? それに、海ってそういうベタなの好きそうじゃん」
「そうなんですけど……律が喜んでくれるかどうかがわからなくて、プレゼントする勇気がなかなか出ないんですよね」
 デリバリーアプリを開いたのは僕だけど、実際注文したのは司さんだった。蓋を開けてみれば、ラーメンや焼き鳥だけじゃなく、唐揚げやチャーハンまで頼んでいたから、これは果たして夜食なのか? って量だった。
 にも拘わらず、三人で食べるとあっという間に平らげてしまったから、若者の食欲は凄いな……と、我ながら感心してしまったりもした。
「そんなの喜ぶに決まってるじゃん。なんでそこに自信を持たないの? 普通、恋人から指輪をプレゼントされたら嬉しいものなのっ。それは律だって絶対一緒だよ。なんだかんだ言って、人は王道とかベタって好きなんだから」
「そうですかね? でも、律ってそういう恋人っぽいことはあんまり好きじゃなさそうって気もするんですけど」
「そんなことないよ。律はちょっと恥ずかしがり屋が過ぎるだけ。ちゃんと海のことは好きなんだから、恋人っぽいことだってしたいと思ってるよ」
 夜食を食べる前から、律の誕生日プレゼントについて話をしていた僕達は、夜食を食べ終わる頃には、僕がまだ律とのペアリングを持っていないということを、非難される立場になっていた。
 それというのも、僕がうっかり
『本当は律に指輪をプレゼントしたいんですけどね』
 と口を滑らせてしまったからで、それを聞いた悠那君は、聞き捨てならん! って顔になった。
 僕と律のことになると、やたらと協力的になる悠那君ってなんなんだろう。僕達が司さんや悠那君ほどにイチャイチャしていないことが、悠那君にはちょっと面白くないようである。
 しかし、そんな風に思われても、悠那君と律じゃタイプが違い過ぎて、同じような感じにはならないよ。それに、僕達は僕達でそれなりにイチャイチャしてると思うから、心配してくれなくても大丈夫なんだけどな。
「確かに、律が日常的にペアリングをつけるとは思わないけど、だったら一緒にチェーンを買えばいいじゃん」
「チェーンですか?」
「俺や悠那もしてるけど、仕事で指輪をつけられない時は、チェーンに通して首からさげてるよ。それなら、人に指輪をしている姿を見られないし、ペアリングしてるって気付かれないでしょ?」
「なるほど」
「最初はチェーンがなかったから、指輪を外す時はポケットの中に入れてたんだけどね。なくしちゃったら嫌だし、ずっと身につけてたいって思ったから、後から司と一緒にチェーンだけ買いに行ったんだ」
「へー。そうだったんですか」
 そう言えば、悠那君が司さんからペアリングを貰ったばかりの頃は、お揃いのペアリングを薬指に嵌めている二人の姿をよく見ていたけれど、最近では外している時もあるな、って思っていた。
 外していたわけじゃなくて、見えないところにつけているだけだったんだ。薬指の指輪って目につきやすいから、仕事中はどうしても外さなきゃいけなくなるし、あまり見せびらかすのも良くないと思ったのかもしれない。
「そういう形でなら、律もつけてくれるかもしれないよ? だって律、ネックレスなら最近家でもつけてる時があるじゃん」
「あれは磁気ネックレスですよ。律は肩が凝りやすいみたいで、肩凝りが酷い時はつけてます」
「じ……磁気ネックレス? 高校生なのに?」
「僕も最初に知った時は驚きましたけど、律から言わせれば、凝るものは仕方がない、ってことらしいです」
「そりゃそうだけど……でもま、磁気ネックレスだろうとネックレスには変わりないじゃん。つまり、ネックレスはそこまで抵抗なくつけられるってことなんじゃない?」
「律の場合、目的がないとつけないんですけどね」
 普段アクセサリーをつけないはずの律が、家の中でネックレスをつけるようになったのはわりと最近の話。当然、僕は気になったからすぐに律に聞いてみた。すると――。
『最近、パソコンで作業する機会が増えたから、目疲れと肩凝りが酷いんだよね。目の疲れは海がくれたアイマスクや目薬で解消してるけど、肩凝りはストレッチだけじゃ解消しきれなくて、磁気ネックレスってやつを買ってみた』
 って返事が返ってきたから、色気もへったくれもないな、とガッカリした。
 ま、変に色気づかれても困るんだけど。でも、律もとうとうアクセサリーに興味を持ち始めたのかと思ったら、ただの健康グッズだったことにはしょんぼりせずにはいられなかった。
 律の場合、色気づくどころか、そのうち針とか灸に興味を持ち始めそうで怖い。それはさすがに一足飛び過ぎるというか、大事な時期をすっ飛ばし過ぎているように思えるから、健康志向もほどほどにしておいて欲しい。
「でも、良かったね。これで律のプレゼント決まったじゃん」
「え?」
「指輪だよ。海だってあげたいんでしょ?」
「えぇっ⁈」
 い……いつの間にそういうことに? どういう流れで、僕の律への誕生日プレゼントが指輪になったんだ?
「ペアリングにするかどうかは海次第だけど、指に嵌めてくれないことを考えたら、ちゃんとチェーンをつけてあげることをお薦めするよ」
「えっと……あの……」
「楽しみだな~。律が海から貰った指輪を身に付けてる姿を見るの」
「なんでそこを楽しみにするんですかっ!」
「だって、恋人からの指輪ってだけで、もうラブラブって感じじゃん。それを律が身に付けてるんだよ? それは見たいってものじゃんか」
「一体悠那君にとっての律ってなんなんですか?」
 僕のプレゼントを勝手に決めてしまった悠那君は、律が僕からの指輪を身に付ける日を、今から楽しみにしているようだった。
 なんでそこまで楽しみにできるのかは甚だ謎だけど、これで僕が他のものをプレゼントしてしまったら、悠那君に何を言われるかわからないよね。
 確かに、僕は律に指輪をプレゼントしたいとは思っているけれど、こんな強制的にプレゼントさせられる羽目になるとは思っていなかった。
 でも、こういう強引さでもなきゃ、僕はいつまで経っても律に指輪をプレゼントできなかったかもしれないから、ここは悠那君に乗っかってしまうべきなのかもしれない。
 僕から貰ったプレゼントは全部嬉しかったらしい律は、果たして僕から指輪をプレゼントされても喜んでくれるのだろうか……。
 答えは来週。律の誕生日を迎えればわかることだ。



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