僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Season 3

    願いは叶えるためにある⁈(3)

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 悠那と共演する映画の撮影が始まるのは少し先の話で、撮影自体は年明けから始まるらしい。
 まだ四ヶ月ほど先の話だから、撮影が始まるまでの間は、これまで通りの生活が続く。
 貰った台本はまだ仮の台本らしいけど、出ると決めたからには、もっとちゃんと目を通しておくべきだろう。
 仮と言っても、若干の手直しが入るくらいのものらしいから、内容が大きく変わるわけでもなさそうだし。
 最初に流し読みした時は飛ばして読んだセリフやト書に目を通し、最初からじっくり読んでみると、読み終わるのに二時間以上かかった。
 台本を読み直したのは台本を受け取った日ではなく、そこから三日後の話なんだけどね。
 あの日は台本なんかより、悠那との貴重なオフを満喫する方が優先だったから、貰った台本は律や海が帰ってくるまで、ずっとリビングのテーブルの上に置きっ放しだったくらいだ。
 その翌日は朝から晩まで仕事が入っていて台本読みどころじゃなかったし、その次の日も仕事だった。貰った台本に再び手を伸ばしたのは仕事が夕方からの日で、午前中はゆっくりできた三日後になってしまったわけである。
 で、改めてじっくり読み直した台本の感想はというと、やっぱり全体的に暗いし、救いのない話だから物悲しくなってしまった。
 こういう映画を見る分には構わないけど、演じるとなると精神的に負担が掛かりそう。映画の中の話だから……と割り切ってしまえばいいんだろうけど。
 唯一の救いといえば、俺と悠那に幸せな時間があったことなのかもしれないけど、最終的に死んでしまうのであれば、その幸せだった時間が余計に切なくて、虚しく感じるし、そもそも死ぬという結末が既に救われない。散々苦しい思いをしてきたのに、ようやく幸せになれそうなところでどうして最後はこうなるの? と、この脚本を書いた人間を問い詰めたくなる。
 せっかく結ばれたのにハッピーエンドじゃないというところが騙されたって感じもする。
 メッセージ性のある作品にはなっているけれど、見終わった時の後味が悪そうな映画だな。というのが、ちゃんと台本に目を通した俺の正直な感想だった。
 悠那なんかは
『現実では絶対こんなことにはならないから、物語の中でしか経験できない生き方を楽しもうよ』
 なんて、前向きなことを言っているが、自分の演じる役に影響されそうなのは俺より悠那の方じゃないかと思うから、俺はちょっと心配になる。
 もし、悠那が精神的に参るようなことがあれば、現実世界の俺が全力をもって、悠那の心を癒してあげようとは思っている。





「へー……司さんと悠那さんも共演するんですか。それも映画で共演だなんて凄いですね」
「どういう内容の映画なんですか?」
 ドラマ撮影の仕事にもだいぶ慣れてきた様子の律と海は、俺と悠那が映画で共演する話を聞き、感心したような顔だったけど
「まさかとは思うけど、映画の中でイチャイチャするような役じゃないだろうな。もしそうなら、俺はぜってー見に行かねーから」
 陽平だけは不審がって、あまりいい顔はしなかった。
「じゃあ陽平は見なくていいよ」
 陽平の発言に気分を害した悠那は、フンッと鼻を鳴らし、素っ気ない声でそう言った。
「は⁈ 嘘だろ⁈ マジでそういう映画なの⁈」
 それを受けた陽平は激しく取り乱し、信じられないような目で俺を見てくるから、俺は思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「そういう映画っていうか……まあ、そういうシーンもあるにはあるんだけど、内容的には暗い話だし、あんまりイチャイチャって感じではないかな?」
 どうやら若干の誤解をしているような陽平に、補足的に説明してあげたけど、俺と悠那にそういうシーンがあると知った陽平は、返す言葉が見つからない様子だった。
「ってことは、悠那君はまた男の人と恋仲になる役なんですね」
 前回のドラマに引き続き、またしても同性相手にラブシーンを演じることになった悠那に、海は最早尊敬の眼差しを向けるほどだった。
 ほんと、どうして悠那にはそういう役しかこないんだろう。
 確かに悠那は可愛いから、女の子相手の恋愛ドラマや映画には不向きかもしれないけど、世の中の映像作品の全てが恋愛ものではないわけだから、恋愛以外の作品に出してくれればいいのに。そしたら、俺も必要以上にやきもきしなくて助かるのに。
 こう立て続けに同性間の恋愛ものばかりに出演させられるということは、悠那をそういう目で見ている輩がいっぱいいるってことだな。それも、製作側の人間の中に。
 多分、悠那は恋愛もの以外の役もできるだろうし、恋愛ものじゃない作品であれば、ただ可愛い子が、公共の電波を使って可愛いの垂れ流しをしてるだけってなるんだけどな。
 現に悠那が最初に出たドラマは探偵ものだった。朔夜さんの希望もあって、役柄はメイドだったものの、あれはあれで普通に可愛かったし、あれがメイド役じゃなく、ウェイター役だったとしても、そんなに違和感はなかったと思う。
 ま、そのうち悠那にもまともな役がくるとは思うけど、デビューからまだ一年半じゃ、破壊的に可愛い悠那の容姿が物珍しくて、そういう役ばかりを演じさせたくなるのかもしれない。
 いくら芸能界広しとはいえ、悠那みたいに性別不詳かつ破壊的に可愛い容姿を持つ芸能人にはちょっとお目に掛かれないっていうか、俺は見たことがないし。
 案外、悠那にそういう話ばかりくるのも、悠那を見て想像力を掻き立てられた人間が、悠那をモデルに脚本を書いたりしているからなのかもしれない。そうなると、悠那にはしばらくの間、そういう役しか回ってこないってことになりそうではあるけれど。
「うん。今回は司が相手だから喜んで引き受けたけど、俺もそういう役をやりたくてやってるわけじゃないんだよね」
「初めてのドラマ出演がメイド役で、初主演ドラマが男の娘役だったから、そのイメージがついてしまったんですかね? 確かに、悠那さんがそういう役を演じるのはしっくりしますけど」
「なんか複雑。俺にも普通の役をやりたい願望はあるんだけどなぁ……。でも、今回は一応ちゃんとした男の役だから、ちょっとはマシな気もするかな」
「全てはその中性的過ぎる容姿が問題なのでは? 同性間の恋愛を描いた作品はいくつかありますけど、悠那さんが演じると全く違和感なく見れてしまいますし、同性の恋もいい、ってなりそうじゃないですか」
「うー……あんまり褒められてる気がしないー……。っていうか、なんで律にはこういう話がこないの?」
「僕にはきませんよ」
「なんで? 律だって可愛いのに」
「それは悠那さんの主観でしょ? 悠那さんは僕の事情を知っているからそう見えるだけで、一般的な目で見れば、僕は極々普通の高校生男子ですよ」
「って言ってるんだけど、どう思う? 海」
「少なくとも、僕の中で律は一般的な高校生男子ではないですね」
「だよね」
 今日はオフではなかったものの、久し振りにメンバー全員揃っての夕飯だったから、みんなに俺達が映画で共演する話をした。
 メンバーからの反応は見ての通りである。
「それにしても、よくマネージャーが引き受けたな。司相手だと逆に断りそうな気もするのに」
「断る方が不自然じゃない? だって、俺と司は事務所公認の仲良しルームメイトだよ? 断る方が変じゃん」
「でもほら。絶対日常が滲み出るだろ? 恥ずかしくはないわけ? カメラの前で司とキスすんの」
「全然」
「あっそ。好きにして」
「好きにするもーん」
 映画の内容は細かく話していないから、まさか俺と悠那のベッドシーンまであるとは思っていないだろう。
 実際に完成した映画をメンバーが見るまで、俺と悠那、マネージャーも話す気はないけれど。
 ベッドシーンといっても、官能映画というわけではないから、ヤってるシーンを撮るというよりは、二人が結ばれたシーンとして撮られるようで、そこまでのエロさはないみたい。悠那の可愛い喘ぎ声を出すシーンとかもないから、そこはちょっと安心した。
 それでも、それを見た時の陽平や律の反応を想像すると、口元が緩んでしまいそうになる。この二人、絶対面白い反応するんだろうな。
「全然話は変わるけど、陽平って髪伸ばしてるの?」
「あ?」
「なんか長くない? なんで髪の毛切りに行かないの?」
「ああ、これは……」
「最近ちょっと変じゃない? 服装も可愛い感じの時あるし、髪の毛も伸ばしちゃって」
「服装が可愛いのは余計だし、可愛いと思って着てるわけじゃねーよっ! あと、髪の毛伸ばしてんのは、今度出るドラマの役作りっ! 撮影までに伸ばせるだけ伸ばしといてって言われてんのっ!」
「なんだ。そうなんだ」
「そういえば、陽平も冬のドラマに出演する話がきてたね」
「おう」
「なんだかんだといろんなところで使って貰えてますよね、僕達」
「ほんとだな」
 陽平の髪が鬱陶しい感じになっているのは知っていたけど、陽平のことだからお洒落の一貫だと思っていた。長めの髪の陽平は意外とサマになってるし、夏の間に髪の色も暗めの赤から明るめの赤に変えていて、伸びた髪もそこまで鬱陶しく見えなかった。
「そうだ。昨日マネージャーから聞いたんですけど、僕達の後輩になる子達がもうすぐ決まるみたいですよ。今月末に最終選考だそうです」
「そうなんだ。楽しみ~。どんな子達なんだろう」
「僕達は五人グループですけど、後輩は何人グループになるんですかね?」
「確か七人って言ってたかなぁ?」
「七人⁈ じゃあ七人で共同生活するの? それはちょっと大変そうじゃない? 五人でも最初は結構大変だったのに」
「大変だったのは主にお前のせいだろ、悠那」
「は? 何言ってんの? そんなことないもん」
 二年前の夏に出逢った俺達は、その半年後にデビューを迎え、出会って二年が過ぎる頃には、後輩まで迎えようとしていた。
 仕事は大変な時もあるけどなかなか順調だし、プライベートはプライベートで充実してるから、今のところは文句のつけようがない日々だ。
「でも、メンバーが決まってすぐに共同生活が始まるのかな? うちの事務所、来年引っ越しするじゃん? タレント寮も建設中だから、今共同生活スタートさせたらすぐ引っ越ししなきゃいけなくなるのが面倒臭いんじゃないの?」
「そのへんはちょっとよくわからないです。もしかしたら、新しい事務所や寮が完成してから、共同生活をスタートさせるんじゃないですか? 年内にデビューってことにもならないでしょうし」
「そっか。そうだよね」
 そうだ。引っ越しの話もあったな。これもすっかり忘れてた。
 本来なら、来年の春に高校を卒業する律と海で、うちのメンバーは全員高校を卒業したことになるから、当初の話通りにいけば、そこで共同生活も終了になる予定だった。
 でも、来年事務所を移転するついでに、事務所のタレント専用寮まで併設することにしたうちに事務所は、俺達専用の寮……ではなく、家まで建ててくれているようだから、俺達の共同生活は来年以降も継続することになった。
 悠那と恋人同士になった俺は、悠那との二人っきりの生活を夢見ていないわけじゃないけれど、もうしばらくの間は、メンバーとの共同生活を続けたいと思っていたから、Five S専用ハウスを建設してくれているという事務所には感動したし、感謝もした。
 ま、そのうち悠那と同棲するつもりではいるんだけどね。
「事務所の移転っていつなんでしたっけ?」
「春でしょ? マネージャーがそう言ってたと思うけど?」
「ってことは、僕達も引っ越し準備しなきゃいけないですね」
「まだ早いよ。来年になってからでいいと思う」
「とか言って、ギリギリになるまでやらないのが司さんと悠那さんだと思います」
「間に合えばいいんだもん」
「それはそうですけどね」
 引っ越し準備か……面倒臭いな。実家からここに引っ越してきた時は、母さんや姉ちゃんがテキパキと荷造りしてくれて、俺はほとんど何もしないまま、身体一つでここに来たようなものだった。
 今回はそういうわけにはいかなさそうだけど、ここに来た時点で揃っていた家具や何やらはどうしたらいいんだろう。多分、事務所の方で揃えてくれたものなんだろうけど、新しい住居にも持って行くべきなのか?
 ま、そのへんの話は来年に入ってからマネージャーとすればいいし、自分の荷物さえちゃんと纏めていればなんとかなるだろ。自分の荷物っていっても、持って行くのは服くらいしかないけどさ。
「新しい家も楽しみではあるけど、ここを離れるのもちょっと寂しいよね」
「そうですね。いろんな思い出がありますからね」
「引っ越し先でもまた作ればいいんですよ」
「いいこと言うね、海」
 デビュー前やデビュー当時は、こうしてしょっちゅう五人揃って夕飯を食べていたのに……。
 最近は五人揃うことの方が珍しくなってしまったから、こうして五人揃った時は、なかなかみんな自分の部屋に戻ろうとしなかった。
 結局、うちのメンバーは全員、なんだかんだ言いながら他のメンバーのことが大好きで仕方ないってことなんだろうな。だからこそ、来年以降も共同生活を続けることに、誰も反対しなかったんだろう。
「どうした? 司。手が止まってるけど、食欲ねーの?」
「ん? ううん。そんなことないよ」
 今日の夕飯は、最近家を留守にしがちな陽平が作ってくれた。
 自炊生活を二年も続けていると、さすがにみんな料理の腕が上がったけど――残念ながら海は除く――、やっぱり陽平の料理が一番美味しい。
 陽平の作った料理を食べられることも、メンバーとの共同生活を続けたいと思う要因の一つなんだろうな。
 そんなに遠くない未来、悠那と二人だけの生活を始める前に、陽平から料理のコツなんかも教えておいてもらわなくちゃ。悠那の料理は美味しくなったけど、俺はちょっとイマイチだもんな。
 いくら悠那が俺の彼女役だといっても、一緒に暮らし始めた途端、家事全般を悠那に任せっきりにするようなことはしたくないから、俺もちょっとは家事のできる男になっておかないと。
 この二年で成長したところはもちろんあるけれど、より良い未来を送るために、俺に課せられた課題は山積みって感じである。



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