僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Season 3

第9話 勇気の行方(1)

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 高校最後の夏休みは順調で、実りある毎日を過ごせていると実感している今日この頃――。
「はい、オッケー。うん。良かったよ。じゃあ次のシーン行こうか」
「はい」
 初ライブの余韻が残る中、新たに始まったドラマ撮影の仕事に、今回がドラマ初出演となる僕としては、気の抜けない毎日が続くわけではあるけれど、自分にドラマの話がきたことは意外だったし、素直に嬉しいとも思った。
 ただ、演技というものに若干の苦手意識がある僕なので、ドラマ初出演に加え、初主演のプレッシャーにはそれなりに精神的苦痛を感じてしまい、撮影が終わった後はくたくたになってしまう日々であった。
 幸い、今回のドラマは海も一緒だし、CROWNのメンバーであり、学校のクラスメートでもある陸や京介も一緒だから、そのことが大きな救いになっている。みんなドラマの仕事は初めてだから感じる不安なんかも一緒で、同じ気持ちを共有し合い、励まし合うことができるのはありがたい。現実と同じ高校生役だから、制服を着て、学校という場所での撮影が多いという環境も、僕達にとってはやりやすいのではないかと思う。
 普段、学校にいる時と同じような感覚でできるから、演技というより日常に近い感じで演じることができる。
 それでも、今回が初のドラマ出演になる面々はたくさんNGを出してしまうし、勝手がよくわからず、撮影スタッフやベテランの共演者に迷惑を掛けてしまうことも多いと思う。
 だけど、撮影スタッフや他の共演者達もそれは承知の上なのか、あまり重苦しい撮影現場にならずに済んでいるのはホッとする。
 むしろ、僕達を早く現場に慣れさせようとしてくれる気遣いまでしてもらって、撮影も二週間目に入る頃には、みんなの顔つきもだいぶ落ち着いてきたように思う。
「そういえば、悠那君のドラマも明日が最終回だね。リアルタイムで見られないのが残念」
「司さんに見られたくないって言ってたけど、結局どうなるんだろうね」
「司さんに見られたくないってことは、キスシーンでもあるんじゃないの?」
「ラブコメだから最後はハッピーエンドなんだろうしね。前回ちょっといい感じで終わったから、流れ的にはあってもおかしくないよね」
「でも、そうなると司さんがまたヤキモチ焼くね」
 撮影の合間に悠那さんのドラマの話になった僕と海は、もし、ドラマの中に悠那さんと樹さんのキスシーンがあった時の司さんの反応を思うと、リアルタイムで見られないのはむしろ良かったんじゃないかという気持ちになった。
 あの二人、しょっちゅうヤキモチを焼き合ったりしてるけど、ヤキモチ焼いているのかイチャイチャしているだけなのかがよくわからなくて、見ているこっちとしては「もういいです」って言いたくなる時がある。
 ヤキモチがきっかけで喧嘩に発展したりしないところを見ると、単にイチャついてるだけなんだろうけど、最初にあーだこーだと言い合った後、ヤキモチ焼かれた方が焼いた方を宥め、そのままエンドレスイチャイチャタイムに入ってしまうから、傍で見ている方は目のやり場に困るのだ。
 ま、目のやり場に困っているのは僕と陽平さんくらいのもので、当の本人達は全く人目を気にしてないし、海は普通に羨ましがっているだけだから、家の中の空気が三分割にされるわけだけど。
「そう言えば、僕達の初ライブはBREAKのメンバーも見に来てくれてたみたいだね。打ち上げの時に琉依さんが教えてくれたけど」
「ちょっと複雑ではあるけど、わざわざライブ会場に足を運んでくれるとは思ってなかったから、嬉しくないわけでもないかな」
 僕達の初ライブにBREAKのメンバーを招待した話は悠那さんから聞いたけど、実際に来てくれるとは思っていなかった。それは、招待した悠那さん自身も思っていたことのようで、打ち上げの席でBREAKのメンバーが来ていたという話を聞いた時は、全員が驚いたし、意外に思ったことだった。
 でも、控え室に顔を出さなかったことと、打ち上げに来なかったことを考えると、BREAKのメンバー的にもどうしようかと悩んだことだろう。もしかしたら、無邪気に招待チケットを差し出してきた悠那さんのことを疎ましく思ったかもしれない。
 もう撮影はクランクアップを迎え、ドラマの仕事からは解放された悠那さんだけど、クランクインからクランクアップまでの間、ほぼほぼ毎日樹さんと顔を合わせていた悠那さんなんかは、去年の事件は忘却の彼方なのだろう。
 でも、あれ以来BREAKのメンバーとの接点がない僕からしてみれば、悠那さんほどBREAKに対して好意的な感情はまだ持っていなかった。どうしても、自分達を襲おうとした悪い人ってイメージが抜けない。
 だから、BREAKのメンバーが初ライブを見に来たという話を聞いても、手放しで喜ぶ気にはなれなかったけど、前ほど嫌悪感を強く感じなくなったのは、悠那さんと樹さんが共演したおかげなのかもしれない。
 ドラマ撮影中の悠那さんの口からは、時々樹さんの話が出ることもあったけど、それを聞く限り、悠那さんと樹さんの関係はかなり改善されたようだった。樹さんもあの一件に関してはだいぶ反省しているようで、改心したようでもあった。
 樹さん以外のメンバーがどうしているのかは知らないけど――時々テレビでは見る――、少なくとも、僕の中でも樹さんに対するイメージだけは多少なりとも改善されたってことなのだろう。
 あくまでも、樹さんに対するイメージだけだけど。
「それにしても、悠那君の次は僕達までドラマ出演できるなんてありがたい話だよね。しかも、ドラマ初仕事が律と一緒だなんて嬉しい」
「そうだね。僕も海と一緒でホッとしてる。一人だったらきっと物凄くテンパってたと思う」
「それはそれで見てみたかったかも」
「やめてよ。みっともないだけじゃん」
 会話を聞く限りでは余裕そうな僕達だけど、いざカメラの前に立つと、その余裕はどこへやら……だ。
 撮影現場に慣れてきたとは言っても、完全に慣れたわけじゃないし、共演者の顔ぶれも一話ごとに変わったりするから、慣れようもなかった。
 もちろん、メインキャストは変わらないから、いつも一緒の共演者もいるにはいるんだけど、このドラマは高校生探偵ものだから、犯人役というのが毎回違う。事件が起こる場所や環境もその都度変わるから、そのたびに共演者が変わるし、撮影場所も変わってしまうから結構大変なのだ。
 来月に入ったら地方で泊りがけのロケも行う予定で、夏休みが終わった後も、僕達は学校に行かなくてもいい日が続きそうである。
 僕的には、最後の高校生活だから、学校と仕事を上手く両立させたいって気持ちがあったりもするけれど。





「このドラマの配役ってさ、俺達に凄く合ってる気がするよね」
 午前中の撮影が一段落したところでお昼になった。
 スタッフから配られるお弁当を受け取った僕達は、いつものメンバーで集まり、一緒にお昼を食べることになる。
 いつものメンバーというのは、言わずもがな僕、海、陸、京介の四人なんだけど、この四人で一緒にいると、本当に学校にいるみたいな感覚に陥る。そういう意味では、もうとっくに夏休みは終わり、学校が始まっているという錯覚を起こしそうにもなる。
 CROWNがデビューするまで、陸と京介がCROWNのメンバーだということを知らなかった僕と海だけど、クラスメートとしての交流はそれ以前からあったから、CROWNのデビュー後は、益々その交流が深まっていった。学校でも何かと一緒に過ごすようになったし、お昼も一緒に食べている。だから、ドラマの撮影現場でも同じようなことをしている僕達に、安心感みたいなものがある。
「それな。律って実際に頭いいから、探偵役って合ってるよな。海が律の補佐役っていうか、相棒的存在なのもそのまんまだし」
「で、俺達が面白半分に首を突っ込んでくる二人の協力者っていう設定も近いものがある」
「面白半分に首を突っ込むって……。実際はもっと普通に仲良くしてる友達じゃん」
「お。律優しい」
「でも、最初に律や海に絡んでいったのって俺達だし。なんとなく似てると思うよ?」
「そうかな?」
「そうだよ。最初の頃の律ってあんまり喋らなかったし、このドラマの探偵役みたいに、俺達に付き纏われて仕方なく仲良くなったってところもあったじゃん?」
「仕方なくなんてことはないよ。二人に話し掛けられてもらって嬉しかったよ。ただ、そういう感情を出すのが下手で、誤解を生むような態度を取っただけ」
「ってことは、やっぱ合ってるじゃん。今回の役と」
 今回の役柄について、陸や京介は物凄く納得しているようだけど、僕としてはこの四人の配役に関して言うなら、誰がどの役を演じても、それなりに合っていたんじゃないかと思っている。今回はたまたま僕が探偵役を演じることになったけど、海が演じても、陸や京介が演じても、それなりにサマになっていたんじゃないかと思う。
 でも、主演である探偵役のキャラクターが、推理を披露する時以外はやや口下手で、人付き合いが苦手そうなところは、実際の僕と同じところがあると言えなくもない。他の三人にはそういうところはないし、三人共物凄く明るくて社交的だから。
 ドラマの中の僕を相棒役の海がフォローし、陸や京介が手助けしてくれるという関係性は、確かに現実と近いところがあって、違和感というものを全く感じることがない。
 もし、探偵役が僕じゃなかったのなら、主人公のキャラクターも少し違っていたのかもしれない。つまり、僕のイメージが今回の探偵役に一番合ってたってことなんだろうな。そして、そのイメージは正しかったってことだ。
「律って知的クールなイメージ強いし、俺達もそうだと思ってるけど、実際はどうなの? 家の中でもそんな感じ?」
「え?」
 黙々とお弁当を口に運ぶ中、突然陸から問われて返答に迷う。
 知的クールは今や僕の代名詞のようになってしまっている僕についたイメージだけど、実際の僕は果たしてどうなのだろうか……。
 確かに僕は勉強が嫌いではないし、知らないことを学ぶのは好きだから、あらゆる方面での知識を得ようとするところはある。知的であろうと努力はしているけど、知的と言われるほどの知識があるかどうかはよくわからない。特に、恋愛方面で言ったら僕は驚くほど無知であり、とても知的だとは言えない有り様だ。
 クールという言葉に関しても、ただ単に感情表現が苦手なだけで、自分からクールでいようとしているわけじゃない。現に、不測の事態が起こった時なんかには尋常じゃなく取り乱してしまうから、クールという言葉とは程遠いようにも感じている。
「そういうところももちろんあるけど、僕からしてみれば、律は知的クールより可愛いのイメージの方が強いかな」
 答えられない僕の代わりにそう言ったのは海で、僕は心の中で「また……」と呆れてしまいたくなった。
 僕の話になると、真っ先に“可愛い”という言葉を遣う海に、僕はいつも恥ずかしくなる。
「海はいつもそれだよな。律のことになるとすぐ“可愛い”って言う」
「まるでうちのリーダーみたい。うちのリーダーも、陽平さんを見ては“可愛い、可愛い”って言ってるんだけどさ。あれって一体なんなの?」
 海が僕を無条件で愛でていることは陸や京介にも知られていることで、それが余計に僕を恥ずかしくさせてくれるわけだけど、CROWNのリーダーである湊さんと一緒にされるのはちょっと複雑な気持ちだ。
 っていうか、湊さんってメンバーの前でも陽平さんのことをそんな風に言ってるんだ。知らなかった。
 僕と海の関係について、陸や京介が全く疑いを持っていないところを見ると、湊さんが僕達の関係をメンバーに話していないことはわかるけど――湊さんにバレていることは陽平さんから聞いた――、自分の陽平さんへの気持ちはあまり隠す気がなさそうである。
 そのうちバレてしまったらどうするつもりだろう。陸や京介は、自分達のグループのリーダーが同性に熱を上げているような人間だと知ったら、どんな反応をするんだろうか。この二人、極々一般的な高校生男子にしか見えないから、そういうのには普通に偏見もありそうだ。
「さ……さあ? なんなんだろうね?」
 湊さんがうちの陽平さんに恋愛的意味でご執心なのを知っている海は、そこは知らないていを装った。
 そもそも、うちのグループは今現在、誰一人としてまともな恋愛をしていないから、あまりそういう話題に深入りするのは危険だ。唯一、一般的な恋愛観を持っている陽平さんでさえ、最近は湊さんに翻弄されている節さえある。
 特に、初ライブの打ち上げ後から、湊さんに対する陽平さんの反応が、今までとはちょっと違ってきているように感じるのは、僕の気のせいだろうか。
 どう違うのかと聞かれれば、上手く口では説明できないんだけど……。
 海なんかは
『陽平さんが湊さんに攻略される日も近いかもしれないよね』
 なんて期待しているところがあるけれど、もしそうなった場合、うちのグループはどうなってしまうんだろうか。
「陸や京介はレッスン生時代に陽平さんに会ったこととかあるの?」
 このまま陽平さんと湊さんの話になっても困るから、僕はちょっと強引に話の方向を変えることにした。
 陽平さんがZeus養成所にいたのは僕達が受けたオーディションが開催される半年ほど前らしいから、陸と京介がZeus養成所に入所していた可能性は充分にある。
「名前は聞いたことあるけど、実際に会ったことはないな。俺達がZeus養成所に入った頃、ちょうど陽平さんの移籍話が出てた頃だから」
「Zeus養成所ってレッスン生クラスと特待生クラスがあって、先輩グループのバックで踊ったりするのは特待生クラスの人間なんだ。養成所に入ったばっかの俺達は当然レッスン生クラスからのスタートだから、特待生クラスの人とは会う機会なんてなかったしな」
「そうなんだ。みんな一緒にレッスン受けてるわけじゃないんだね」
「そりゃそうだよ。うちはレッスン生多いし、クラスも何クラスかに分かれてるんだぜ。実力差も結構あるから、みんな一緒にってわけにはいかないんだよ」
「なるほど……」
 もともとデビューするためのレッスンしか受けたことがない僕にとって、その話は新鮮に感じるものだった。
 そっか……普通はそういうものなんだろうな。養成所に通う人間全てがデビューできるわけじゃないのも、指導者の厳しい審査のもと、デビューさせる人材が選ばれてるってことなんだろうから。
 そう考えると、つくづく僕達は恵まれている。デビューできるかどうかという不安を感じることもなく、事務所に至れり尽くせりでデビューしてしまったんだから。
「会ったことはないけど、凄いレッスン生だって噂はあったよ。ダンスが上手くて歌も上手いって。デビュー確実って言われてる人だったから、移籍したって聞いた時はびっくりしたかな」
「へー。陽平さんってZeus養成所の中では有名な人だったんだ」
「うん。ま、うちのリーダーも同じくらい有名ではあったけどね」
「そうなんだ」
 陽平さんがいた特待生クラスとういうのが、何人ぐらいで構成されていたのかは知らないけれど、陽平さんが事務所を移った後、その中からデビューしたのが湊さんだけということを考えると、Zeus養成所からデビューすることの厳しさを感じることにはなったけど、逆に言うと、当時はまだ入所したばかりのレッスン生だった陸や京介が、特待生クラスに上り、それまでいた他の特待生を差し置いてデビューしたことにもなるわけだから、二人のスピード出世の凄さに感服もしてしまう。
 しかし、今の話を聞いていると、湊さんが陽平さんに対して特別な感情を抱いているのもわかる気がする。陽平さんはあまりZeus養成所時代の話を僕達にしてくれないけど、陽平さんにとっても、同じ特待生クラスで頑張っていた湊さんの存在は大きかったに違いない。だから、陽平さんにとって好ましくない感情を湊さんから抱かれていても、湊さんを切り離すことができないのかもしれない。
 僕なんかは、迷惑な想いを寄せられている相手とは早々に関係を断つべきだ、と思ってしまうものだけど、あそこの二人にはそう簡単に切り離せない情があったりもするんだろうな。
 ちょっとだけ、陽平さんの心の葛藤がわかった気がする。
「同じ特待生クラスで頑張ってきた仲間だから、リーダーが陽平さんに執着するのもわからなくはないけどさ。ちょっと執着し過ぎだよな」
「しかも、可愛いって。俺達レッスン生の中じゃ、陽平さんは可愛いって言われる存在なんかじゃなくて、先輩として格好いいって憧れる存在だったんだけどな」
「うちのリーダーの趣味はよくわかんないよな」
「ほんとそれ」
 いつの間にか陽平さんと湊さんの話になったまま、撮影の合間のお弁当タイムは終了していった。



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