僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Season 3

    Love Fighter!(3)

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 俺が実家に帰った日から一週間が過ぎた。
 カレンダーは7月に突入し、太陽の日差しが肌に優しくない季節になった。
 今年が最終学年の律と海は、間近に迫った高校最後の夏休みを心待ちにしている様子でもある。
 高三の夏休みが始まるのとほぼ同時に高校を中退してしまった俺は、高二の夏休みが学生最後の夏休みになってしまったから、夏休みという存在が随分遠い昔のもののように感じてしまう。
 あれからもう二年になるのか……。時間の流れは早いんだか遅いんだかよくわからないな。
 それはさておき――。
「あのさ……なんで俺が姉ちゃんとお茶なんかしなきゃいけないの? 気持ち悪いんだけど」
「私だって好きであんたとお茶してるわけじゃないわよ」
 都内某所。いかにも女の子が好きそうな可愛らしいカフェの一角に呼び出された俺は、女友達同士や恋人同士で賑わう店内で、何故か姉ちゃんと顔を突き合わせる羽目になっていた。
 なんでこんなところに姉ちゃんと来なきゃいけないんだ。一体どんな罰ゲームだよ。
 大体、俺を呼び出すんなら、もうちょっと人気のない地味な場所を選んで欲しかった。明るくて開放的な店内の雰囲気の中じゃ、ほぼ部屋着に帽子、マスク、眼鏡の俺が場違い過ぎるじゃん。
 近所だっていうから、物凄い適当な格好で来てしまった俺――上はTシャツ、下はスウェットだ――は、店に入る時、店員さんに「え?」って顔されちゃったじゃん。
「あんたが起こした家庭内の問題について話し合うんだから。文句言わないでよね」
「だったら家に来て話せばいいのに。なんでわざわざ外で話さなきゃいけないの?」
「私の都合よ。たまたま仕事でこの近くまで来たから、前から目をつけてたこのお店に入りたかっただけ」
「ああ……そう……」
 本当に勝手だな。こっちの都合は一切無視か。俺、姉ちゃんとは絶対付き合えない。
 今日は夕方から撮影が一本入っているだけの俺は、仕事までの時間をのんびり家で過ごしていたところに、姉ちゃんから電話が掛かってきて
『暇なら出て来なさいよ。あんたのマンションの近くにいるから』
 と呼び出された次第。
 この春に社会人になったばかり姉ちゃんだけど、俺は姉ちゃんがどこの会社のどういう職に就いているのかを全く知らなかった。興味がないから聞かなかったのもあるし、母さんから「お姉ちゃんが内定貰ったわよ」って話を聞かされた時点で、就職先が決まったんなら良かった、と完結させてしまったからな。
 家の中では締まりのないジャージやスウェット姿が多かった姉ちゃんだから、姉ちゃんのスーツ姿は見慣れないし変な感じ。似合っているのか似合っていないのかもよくわからなかった。バッチリメイクの姉ちゃんを見るのも久し振り。俺の知らないところでは、一応女らしくしてるんだな。
「それで? 家はどんな感じなの?」
 こんなところで姉ちゃんとお茶すること自体は不満だけど、我が家が現在どういう状況なのかは気になる。その後、父さんと母さんはどうしてるんだろう。
「お父さんは毎日考え込んでる感じで元気ないわよ。お母さんはまあ……お父さんよりはまだ元気かな。でも、ショックはショックみたいだから、色々考えてはいるみたい」
「そう……」
 どうやらまだどんよりモードな感じらしい。それを聞くとちょっと申し訳ない気持ちになる。
「悠那君には話したの?」
「話せるわけないじゃん」
「よね~……」
 姉ちゃんの反応を見る限り、俺の心配はさておき、悠那のことは気にしてくれているようだった。
 悠那に対して優しくしてくれるのはありがたいが、弟の俺にもその優しさを分けて欲しい。半分とは言わないから、三分の一……いや、四分の一でもいいから。
「あの後、家族三人で話し合いなんかもしてみたの。私的には、悠那君の可愛さを考えたら仕方ないんじゃないかって意見も出してはみたんだけど……」
「どうだった?」
「悠那君が可愛いのはわかってるけど、問題はそこじゃないって」
「ですよね」
 明るい曲が流れる店内はお喋りに夢中な人間ばかりで、あまり目立たない端っこの席に座る俺達を気にする客がいないのが幸いだ。
 姉ちゃんも、声のボリュームは最低限にしてくれているから、よっぽど耳を澄ましていない限り、俺達の会話が聞かれることはなさそうだ。
「問題は二つ。どんなに可愛くても、悠那君が男ってこと。あと、あんたが同性を恋人に選んだことよ」
「それってつまり、性別の問題ってだけの話だよね?」
「そうね」
「はぁ……」
 問題は二つではなく一つじゃないか。結局、俺と悠那の関係を認められないのは、性別が問題ってことなんだな。
 ま、同性同士で付き合うとなったら、問題はそこしかないって感じだもんな。それ以外で問題になるようなところもないだろう。悠那は可愛いし、明るくていい子だから。
 しかし、だ。どうにもならない性別を問題にされてしまったら、それこそ話にならないってものだ。生まれた時からの性別は今更変えようがないし、俺も悠那に女の子になって欲しいわけじゃない。悠那が女の子だったら良かったのに……とも思ってはいないんだよね。
 俺の両親が俺達の関係を認めないのは性別の問題だとわかっていたけど、変えられない性別を問題にされても何も始まらない。性別云々じゃなくて、もっと先の話を問題にしてくれれば、少しは説得できる可能性も見えてくるっていうのに……。
 例えば、「将来どうするのか」とか、「一生結婚できなくていいのか」とか、「子供はどうするのか」とか。
 そういうことを問い詰められるのであれば、返事のしようもあるんだけどなぁ……。
「私、あんたと悠那君の関係をそこまで詳しく知ってるわけじゃないんだけど、悠那君とはその……どこまで行ってるの?」
「ん? どこまでって?」
 もともと小さかった声のボリュームを更に落とし、囁くような声で聞いてくる姉ちゃんに、俺は思わず首を傾げてしまった。
 なんとなく聞かれていることはわかったんだけど、姉ちゃんとそういう話をしたことがない俺は、一応確認しておいた方がいいと思ったからかもしれない。
 だって、お互いそういう話は聞きたくないじゃん。俺も姉ちゃんのそういう話を聞きたいとは思わないし。
「だ……だからっ、悠那君と恋人らしいことはしてるのかって話よっ」
「そりゃするでしょ。好きなんだから」
「いやっ! やめてよっ! あんたの口からそんな生々しい発言されたくないわ!」
「自分から聞いてきといてなんなの? 俺も男なんだけど?」
 自分から聞いてきた癖に、俺と悠那の間に肉体的な関係があると知らされた姉ちゃんは、「聞きたくない!」と言わんばかりに、耳を覆う仕草をしてみせた。
 俺だって好きで言ったわけじゃないのに……。
「うぅ……あの可愛い悠那君が、あんたにいいようにされてると思うと腹が立つわ……」
「あのねぇ……まあいいけど」
 別にいいようにしてるわけじゃないし、どちらかと言えば、悠那が俺をいいように翻弄しているようにも思えるんだけど。
 姉ちゃんの中での悠那は、よっぽど純粋で可愛らしいイメージなんだろうな。その悠那が、実はエッチ大好きという淫乱な一面があると知ったら、姉ちゃんはどんな顔をするんだろう。
 俺の話に身震いする姉ちゃんにはイラッとしたけど、逆に姉ちゃんのそういう話を聞かされると同じ気分になるだろうから、姉ちゃんが嫌がる気持ちはなんとなくわかる。
 だからといって、今はそんなことにいちいち反応されても困るんだよね。
「まさかとは思うけど、あんた、お父さん達にもそういう話したの?」
「したよ」
「嘘でしょ……信じられない。そりゃ家の中の空気が暗澹あんたんとしたものになるのも仕方ないわ……」
「隠しても仕方ないじゃん。悠那とは恋人としてそういうこともしてるし、悠那の両親には認めてもらってて、挨拶もしに行ってるって話も全部したよ」
 悠那の両親には、俺と悠那が肉体的な関係を持っている話はまだしていないけど――それでも、キスくらいはしていると思っているだろう――、うちの両親にはそこを隠さず全部話してしまっている。
 別に隠すことでもないと思ったし、この歳でそれがない関係で満足しているとは、向こうも思わないだろう。
「……………………」
 俺の話を聞いた姉ちゃんは一瞬絶句すると
「ほんとに全部話してるんだ……っていうか、いつ悠那君のご両親に挨拶しに行ったのよ」
 初めて聞かされた話に頭が痛そうな顔をした。
「悠那の卒業式の日にね。高校生最後の悠那の姿を、ご両親に見せてあげようと思って」
「できる彼氏アピールはやめなさいよ。腹が立つだけだわ」
「悠那の両親は喜んでたよ?」
「ムカつくのっ! 私がっ!」
「えー……」
 どうも姉ちゃんは俺のやることがいちいち気に入らないらしい。弟の行動にその都度不満を抱く姉ってどうなんだろう。俺の姉ちゃん、弟に対してちょっと偏った感情持ち過ぎじゃない? 姉という立場の人間にとって、弟はそんなに気に入らない存在なんだろうか。よくわからないけど。
「それはそうと、近々また親を説得しに家に帰ろうと思ってるんだけど」
「え⁈ また帰ってくるの⁈ ちょっと待ってよ。まだお父さんもお母さんも立ち直ってないのに」
「待ってれば立ち直ってくれる問題でもないでしょ。俺と悠那の関係が変わらない限り、父さんと母さんの気持ちだって変わらないよ。だからこそ、早く二人を説得させたいんだ。俺達の関係を認めてくれれば、父さん達が思い悩む必要もなくなるじゃん」
「それはそうかもしれないけど……」
 あれから一週間経ったし、そろそろ二回目の説得をしに帰ろうと思っている頃だった。
 7月に入ってしまったこともあり、俺は早急にこの問題を解決したいと思っている。俺達の初ライブは来月に迫っているから、このまま悠那との関係を認めてもらえないまま、8月を迎えるわけにはいかない。
 それに、こういうことはあまり長引かせても良くないと思う。長引けば長引くほど、お互い意地になって余計に話がこじれてしまいそうな気がする。一度カミングアウトしてしまったのなら、後はもう突っ走るしかない。勢いで押し通してみるのも一つの手だ。
「今度は姉ちゃんがいる時に帰るよ。あんまり期待してないけど、少しは味方してくれると助かるし。今度の土日は家にいるの?」
「今週はちょっと無理。来週ならいるわよ」
「いいよ。俺も来週の方が都合いいし。夜になるとは思うけど、なるべく早い時間に帰るね」
「……わかった」
 来週って話になると、俺が父さん達にカミングアウトしてから二週間以上空いてしまうけど、それくらい空いた方が却っていいのかもしれない。その間に、少しでも父さん達に心境の変化があってくれればありがたいんだけどな……。
「そうだ、司」
「うん?」
 これ以上は特に話すこともないし、俺もそろそろ家に帰って仕事に行く準備をしなくちゃいけない。
 テーブルに運ばれてきたまま手を付けていなかったショートケーキにようやくフォークを突き立てた俺は、なんでもっと早くに手を付けなかったんだろうと、今更ながらにちょっと後悔した。
 食べることを忘れてしまうほど、深刻な話をしているわけでもなかったのに。
 ふわふわの生地に吸い込まれるように突き刺さるフォークに、急に空腹感を覚えた俺は、一口飲んだ紅茶をテーブルの上に戻す姉ちゃんが、思い出したように口を開いてくるのに目だけを向けた。
「お父さん、あんたに手を上げたことを後悔してるみたい。ついカッとなっちゃったんだろうけど、殴るべきじゃなかったってさ」
「そう……」
 甘い物が好きな俺は、口の中に広がる生クリームの甘さに顔が幸せそうに崩れてしまいそうだったが、姉ちゃんに言われた言葉は笑って聞くような話でもないから、ちょっとだけ気を引き締めてみた。
 気を引き締めると、口元もキュッと引き締まってくれたから、俺はにやにやしなくて済んだ。
「だから、あんたもあんまり根に持ったりしないでね。面白くない気持ちはあるだろうけど、あんただって……いいえ、あんたの方が断然悪いんだから」
「別に根に持ってないし、殴られたことに腹も立ててないよ」
「あら。そうなの?」
「うん」
 面白くない気持ちがあったのは否定しないけど、それは殴られたことに対してじゃなくて、悠那との関係を反対されたことに対してだ。殴られたこと自体はびっくりしたくらいのもので、それについて父さんを恨む気持ちは全くない。
「父さん的にはショックが大き過ぎるあまりのことだったんだろうし、俺も多少は覚悟してるところがあったからね。だから、そこは気にしなくていいって言っといて」
「そうする」
 そんなことで気に病んでいる父さんを思うと、俺のことをただ怒ってるだけじゃないんだとわかってホッとした。
 子供の育て方に関しては、それぞれ考え方が違うとは思うけど、子供は多少親に怒られながら育つくらいがちょうどいいんじゃないかと思っている。
 もちろん、ただ気に入らないからっていう理由だけで怒るのは間違ってると思うけど、親には親なりの考えがあるし、子供を想ってのことなのはわかっているつもりだ。親が子供に手を上げるのも、それなりの理由があるからだと思っている。うちの親が意味もなく子供に手を上げるような親ではないとわかっているから、そこまで思い悩まなくてもいいのに……と思う。
「むしろ、この歳まで手を上げられなかったから、ちょっと新鮮でもあったかな」
「あんたって意外とポジティブね。ま、あんたは親の手を焼かせるような子じゃなかったからね」
「姉ちゃんが騒々しいから、俺がおとなしくて聞き分けのいい、いい子に育ったんだよ」
「何よ。私だっていい子だったわよ」
 わかりやすい反抗期があった姉ちゃんは、俺の目から見て“いい子”には見えない時もあったけど、本人にはその自覚がないようである。
 反抗期といっても、夜な夜な出歩いたりしていたわけじゃないし、非行に走ったわけでもないから、いい子と言えばいい子だったのかもしれないけど。
「しかしまあ……そのあんたがこんな問題を起こしてくれるとは本当に思わなかったわ。やっぱり悠那君の可愛さって罪なのね」
「そうそう」
「個人的には、あんな可愛い子をあんたが堕としたことを褒めてあげたいって気もするけど」
「でしょ?」
 一口目を口に入れてしまうと、後はペロリと平らげてしまったショートケーキ。少し満たされたお腹に満足した俺は、一緒に頼んだアイスティーで喉の渇きを潤した。
「あー……そうは言っても、実際二人の仲を認めろって言われたら、家族としては複雑なものがあるのよねぇ……」
 俺と悠那の前で、俺達の仲を認めると言った姉ちゃんだから、今更その発言を撤回するつもりはないんだろうけど、一緒に暮らしている両親の姿を見ていると、公に応援してあげるわけにもいかない、といったところだろう。それでも、家族の中に一人でも俺達の味方してくれる人間がいるのは素直に嬉しい。
 姉弟きょうだい仲がいいんだか悪いんだかはよくわからない俺と姉ちゃんだけど、悠那のことを大事に想う気持ちは一緒なところはありがたい。
 父さんや母さんにしても、悠那に対して嫌な感情は抱いていないと思うから、後は本当に恋人関係を認めてもらうだけなんだけどなぁ……。
「そうそう。悠那のドラマ今日から放送だから。姉ちゃんもちゃんと見てね」
 これまで、特に大きな問題のなかった蘇芳家が、この問題を乗り切り、また平和な蘇芳家に戻る日はいつになるんだろう。
(できれば、来週中に解決……ってわけにはいかないんだろうなぁ……)
 そこを考え出すと憂鬱になってしまいそうではあるものの、今日から放送が始まる恋人のドラマの宣伝は、しっかりしておく俺だった。



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