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Season 3
Love Fighter!(2)
しおりを挟む姉ちゃんとの電話を切った後、何もする気になれなかった俺はぼんやりと天井を見上げ、これからについて漠然と思い悩んで過ごした。
途中で睡魔に襲われ、気付けばうたた寝なんかをしてしまっていたけれど、時計の針が0時を少し回った頃――。
「ただいまぁ~。疲れたよぉ~」
玄関の方から音が聞こえてきて、疲れ果てた様子の悠那が帰ってきたから、俺はハッと目を開けて玄関に向かった。
「おかえり、悠那。遅かったね」
悠那を玄関まで出迎えに行ったその足で、悠那をぎゅっと抱き締めてあげる。
「んん~……癒されるぅ~……」
俺の胸に顔を埋めた悠那は、脱ぎ掛けの靴もそのままに、俺の身体を抱き返してきた。
可愛い。俺の腕の中にすっぽりと収まってしまうサイズ感も可愛いが、こうして抱き締めてあげるだけで癒されてくれる悠那が可愛すぎる。こんな可愛い恋人を、どうして俺の両親は認めてくれないんだ。悠那以上に可愛い人間なんてこの世に存在しないのに。
「ちゃんとご飯食べた?」
「うん。お腹いっぱい」
「だったらお風呂入ろっか」
「うん」
名残惜しくはあるけれど、悠那を抱き締める腕を解くと、悠那はようやく靴を脱いで家の中に上った。
ご機嫌な顔で俺と手を繋ぐ悠那は、自分の手を引く俺の横顔を見上げると
「あれ? 司、ほっぺたどうしたの?」
腫れはほとんど引いたけど、僅かに膨らみの残る俺の頬に気付き、可愛らしく首を傾げながら聞いてきた。
家に帰ってきた時と比べると、ほとんど完治していると言えるくらいに落ち着いた左頬も、普段間近で俺の顔を見ている悠那の目は誤魔化せなかったようだ。
「ちょっとドジしちゃって」
「大丈夫?」
「平気だよ。もう全然痛くないから」
そんなにすぐ腫れが引くものなのかとも思ったけど、父さんは俺を殴る直前、その拳にいくらかの手加減をしたんだと思う。咄嗟に止めようとした母さんの声もあったし、父さん自身、衝動的になってしまった自分にブレーキが掛ったんだろう。
俺は今まで殴り合いになるような喧嘩をしたことがないから、本気で殴られた時の痛みを正確には知らないけど、初めて俺を殴った父さんの拳はそんなに痛いと感じなかった。
そのおかげもあって、俺の左頬の腫れは少し冷やしただけで、思いの外早く腫れが引いてくれたのだ。
「気をつけてね。俺の大事な司が痛い思いするのは悲しい」
「うん」
俺からしてみれば、どこを取っても“可愛い”しかない悠那が傷つく方が悲しいし嫌なんだけど、そこは相思相愛ってことで。
「ねえ、司」
「うん?」
「ちょっと」
「?」
リビングに入るドアノブに手を掛ける俺を、悠那の手が引き止めてくる。不思議に思って足を止めると、悠那は背伸びをして俺の左頬にちゅっとキスをしてきた。
「早く治るおまじない」
…………犯したい。
何それ。可愛い。そんなことされたら、そりゃもうどうにかしたくなるってものでしょ。
ドラマ撮影が始まってハードスケジュールになった悠那のため、悠那とエッチする回数を若干抑え気味にしている……つもりだ。
もともと悠那は体力がある方じゃないし早起きも苦手だから、あまり無理をさせると仕事に悪影響を及ぼしかねない。本当はエッチしたいと思っていても、ただ一緒のベッドで寝るだけで我慢する夜もあるにはある。
それなのに、悠那から俺を煽るようなことをされてしまうと、俺も我慢しようって気にならないよね。悠那と違って時間的に余裕のできた俺は、体力が有り余ってもいるわけだし。
「悠那。明日の撮影は何時から?」
「え? えっとねぇ……明日はお昼からかな」
「そっか」
「?」
沸々と欲望が込み上げてくる俺を、今度は悠那が不思議そうな顔をして見上げる番だった。
悠那の好きなところは挙げ始めたらキリがない。容姿はもちろんだけど、内面的にも可愛いところが満載で、嫌だと思うところが一つもない。
危機管理が若干甘めで、手が掛かるところがあるにせよ、そんなところすらも可愛くて愛しいと思う俺は、嘘偽りなく、「悠那の全部が好き」だと胸を張って言い切れるだろう。悠那と一緒に過ごす時間は幸せで、悠那の存在が俺にあらゆる力を与えてくれる。
自分の中にこんなに強い感情があるとは意外だったし、人を好きになることで、こんなに世界が変わってしまうとも思っていなかった。
俺はどちらかというと感情の起伏が激しくない方だし、何事に対しても、拘りや執着というものがあまりない。でも、悠那を好きになってからというもの、これまで自分になかった感情がどんどん芽生えてくるようになったと感じる。
その中には、嫉妬や独占欲みたいなドロドロとした暗い感情もあって、自分の中の醜さを知ることにもなったわけだけど、そんな感情を抱くほど、悠那を好きになった自分のことは嫌じゃない。
むしろ、嫉妬や独占欲を感じられるほどに、自分は誰かを好きになることができる人間なんだとホッとしたところさえあった。
だから、そんな悠那との関係を「認められない」と言われると、俺は悲しいし憤りを感じてしまう。認めようが認めまいが、俺の気持ちは変わらないし、情けなく聞こえるかもしれないけど、俺は悠那なしで生きていけない。
「ん……司? まだ起きてるの?」
「うん。悠那が帰ってくる前にうたた寝しちゃって。あんまり眠くならないから悠那の寝顔見てた」
蕩けるような情事の後、一旦は眠りに堕ちた悠那だったけど、眠りが浅かったのか、寝返りを打とうとしたところで目が覚めたようだ。腕の中ですやすやと可愛い寝息を立てる悠那を眺め、込み上げてくる悠那への愛しさを再確認している俺を、腕の中の悠那が見上げてきたから、まだ眠たそうな瞼にキスを落としてあげた。
「悠那はちゃんと寝な。俺ももうすぐ寝るから」
「うん……そうする……」
俺からのキスに擽ったそうに肩を竦めた悠那は、再び俺の胸に顔を埋めると、また夢の世界に引き込まれていった。
(寝顔はまさに天使だな……)
それは、メンバーと共同生活を送ることになり、悠那と同室になった時から感じていた。
いくら同じ部屋になったからといって、悠那の寝顔に興味があったわけじゃないし、見ようと思って見ていたわけじゃないけれど、同じ部屋で過ごしていれば、寝顔を見ることだってしょっちゅうあった。
そもそも、当時まだ高校に通っていた悠那を、遅刻させないように毎朝起こしていたのは俺だ。悠那の寝顔は嫌でも目に入る。
天使の寝顔で気持ち良さそうに眠っている悠那を起こすのは気が引けたし、この寝顔を奪うのは罪であるかのように思ったこともあった。
実際はそんな罪の意識が消えてしまうくらい、悠那は俺の手を焼かせてくれたし、なかなか朝も起きてくれなかったわけだけど。
思えば、悠那を恋愛対象として見ていない時から、俺はこの顔に惑わされ、翻弄されていたものだよね。思い出すと懐かしくなる。
悠那の顔がずば抜けて可愛いことは、初対面の時からわかりきっていたことだけど、まさか付き合うことになるなんて思っていなかったし、こんなに好きになるとも思っていなかった。
過去に二人ほどいた彼女とはあまりいい思い出がない俺は、初めてできた同性の恋人に、たくさんのいい思い出と幸せを貰えている。
恋愛に関して言わせてもらえるのであれば、異性、同性のどちらとも付き合ったことがある俺の出した結論は、性別なんてどっち向いてても構わない、だ。男同士だって気持ちのいいセックスはできるし。
でも、それが一般的にはあまり理解してもらえないことであるのもわかってはいる。だから、俺から悠那との関係を聞かされた俺の両親が、悠那の両親みたいにすんなり認めてくれないのも無理はないと思う。
悠那の可愛さを思えば仕方ない……と諦めてもらえることを期待しなくもなかったが、なかなかそう上手くはいかなかったのが非常に残念だ。
「こんなに可愛いのに……」
一瞬目を覚ましたものの、まだ寝足りなかった悠那は、目を閉じた数秒後には再び規則正しい寝息を立てている。
今回は上手くいかなかったけど、これから何度だって実家に足を運び、初ライブ当日までには何がなんでも悠那との仲を認めさせなくては……。
俺の胸に顔を埋めて眠る悠那を優しく抱き直し、悠那の温もりに目を閉じた俺は、そう心に固く誓うのだった。
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