僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Season 3

    トラブルメーカーにご用心⁈(3)

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 3月に高校を卒業したばかりの俺は、学校に行かなくて良くなったぶん、余裕のある日々を過ごせると思っていた。
 実際、卒業後しばらくはのんびりできた。早起きもしなくていいから、夜中に司とドライブデートもいっぱいしたし。
 でも、4月に入るとちょこちょこ仕事が入ってきて、俺の誕生日月でもある5月になると、初主演ドラマの仕事で家を空けることが多くなった。
 それでも、誕生日はちゃんとメンバーに祝ってもらえたし、司と一緒に過ごすこともできたから良しとしよう。
 そして6月になると、ドラマ撮影の合間に、夏に行う初ライブの練習なんかも本格的に始まって、毎日は目が回るほどに忙しかった。
 とはいえ、忙しいと思えるくらいに仕事を貰えるのは素直に嬉しいから、あまり疲れたって気分にはならない。
「お疲れ様。ドラマ楽しみにしてるからね」
「ありがとうございます。お疲れ様でした」
 今日はドラマの宣伝を兼ねて出演するバラエティー番組の収録にきていた俺は、収録が終わると周りのスタッフ一人一人に挨拶しながら楽屋に向かった。
 デビューから一年半近く経つと、顔見知りのスタッフさんなんかも増えてきて、仕事で緊張することも少なくなったと思う。
 もちろん、まだまだ緊張する場面はたくさんある。初対面の役者さんや女優さんなんかに会うのは緊張するし、初めて出る番組なんかも緊張する。
 だけど、Five Sの知名度自体が上がってくると、初対面でも良くしてくれる人が多くて、そんなに気負いしなくても良くなったとは思う。
 今日の仕事も樹さんと一緒だ。ここ最近、司といるより樹さんといる時間の方が長いんじゃない? って思うくらい、樹さんと一緒にいる。
「悠那君、悠那君」
「はい?」
 番組の司会をしていた人と面識があるのか、収録が終わった後、その人と立ち話を始めた樹さんを置いて楽屋に向かう俺は、廊下で突然声を掛けられ、反射的に立ち止まってしまった。
 振り返って声の主を確認したけど、俺の知ってる人じゃなかった。俺、なんでこの人に呼び止められたんだろう。ここのテレビ局の人かな? 首から社員証ぶら下げてるし。
「えっと……」
 ど……どうしよう。こういう時ってどうしたらいいの?
 さっき仕事で緊張することは少なくなったと思っていたけど、さすがに見ず知らずの人……それも、何をしている人なのかもわからない人からいきなり声を掛けられるのは緊張する。
 見た感じ、表舞台に立つような人じゃなさそうだ。裏方さんなのかな? 番組を制作する側の人なのかもしれない。
 今日はマネージャーが一緒にいないから、こういう場合、どう対応するのが正解なのかがよくわからない。
 とりあえず、困った時は愛想良く挨拶しとけばなんとかなる。そう思ったのに……。
「初めまして……ですよね? どちら様でしょうか」
 根が素直な俺は、やや失礼とも取れる挨拶の仕方をしてしまい、即座に「しまった」と後悔した。
 実は物凄く偉い人とかだったらどうしよう。このテレビ局の社長さんとか……。でも、面識もないのにいきなり声を掛けてくるこの人も悪いよね?
「あはは。そうだよね。いきなり知らないおじさんに声掛けられたらびっくりしちゃうよね。ごめんごめん」
 怒らせちゃったかも……と思ったけど、そんなことはなかったみたいでホッとした。どうやらいい人みたいだ。
「僕は西田っていうんだ。ここのテレビ局で深夜放送してるアイドル番組のプロデューサーをしているんだよ。悠那君のことはデビュー特番を見た時から知ってて、いつか実物に会いたいと思っていたから、悠那君の姿を見て思わず声を掛けちゃったんだ」
「そうですか。それは光栄です」
 一体どういう人なのかと不審に思ってたけど。なんだ、プロデューサーさんか。アイドル番組のプロデューサーだから、アイドルのことにも詳しいってことなのかな?
 でも、深夜放送してるアイドル番組ってどれのことだろう。いくつかあると思うし、中には見たことあるものもあるけど。
「今日は一人なの?」
「はい。来月から始まるドラマの宣伝に。今その収録が終わったところなんです」
「そうかそうか。それはお疲れ様」
 なんだかよくわからないけど、嬉しそうに話し掛けてくる相手に素っ気無い態度も取れない。今日はこの後仕事も入ってないし、ちょっとくらいなら立ち話に付き合ってもいいか。もう少ししたら楽屋に戻って来る樹さんにも会うだろうから、それまではお付き合いしても……。
「はい」
「え?」
 若干迷惑に思うところがなくはないけど、失礼な態度を取って変な噂が流れても困る。そう思ったから、今目の前にいる人間に対して愛想のいい笑顔を見せていると、急にポケットから取り出した丸い包みを差し出してこられ、俺は少し戸惑ってしまった。
 俺に何か渡そうとしているらしい。受け取るべきなんだろうか。
「ただのチョコレートだよ。疲れた時は甘いものって言うでしょ? 僕はいつも持ち歩いてるんだ」
「はあ……」
 別に疲れてないけど。それに、お菓子なら楽屋にある俺の鞄の中にもいっぱい入ってるから必要ない。
「ここのチョコレートは僕のお気に入りで、いろんな人にお薦めしてるんだ。悠那君もどうぞ」
「えっと……じゃあ……いただきます」
 なんか変わった人だな。ポケットに飴やチョコレートを入れて持ち歩く人はいるだろうけど、人に勧めてくる人は初めて見た。それも、初対面の相手に。
 でも、この場合断るのも失礼になるのかと思ってしまったから、俺は遠慮がちに伸ばした手で、差し出されたチョコレートの包みを摘んだ。
(この場ですぐ食べて感想を言うべき?)
 迷った挙句、そうするのが正解だと思った俺は、包みを開き、中のチョコレートを口の中に放り込んだ。
 口の中で溶けるチョコレートは甘くて、確かに美味しいと思った。
「ほんとだ。美味しいですね」
「でしょ?」
 お菓子が大好きな俺は、口の中に広がるチョコレートの甘さに自然と笑顔になってしまう。
 このチョコレート、中に違う味のチョコレートが入ってるんだ。外側より柔らかい内側のチョコレートは、もっと甘くてちょっと舌が熱くなる感じがする。
「悠那君はこの後も仕事なの?」
「いえ。今日はもう帰るだけです」
「マネージャーさんに送ってもらうの?」
「えっと……今日は一人だからタクシーで帰ります」
「良かったら送ってあげようか? 僕も今から帰るところなんだ」
「え……」
 初対面のわりには随分グイグイくる人だな。ちょっと馴れ馴れしくて苦手かも。
「そういうわけにはいきません。マネージャーにも絶対タクシーで帰りなさいって言われてるんです」
 今年に入ってグループや個人の仕事が増えた俺達のマネージャーは、前みたいに俺達に付きっきりというわけにもいかなくなった。車を購入した司や陽平なんかは、自分の車で仕事に向かうこともある。
 今日はテレビ局まではマネージャーに送ってもらったけれど、俺を収録現場まで送り届けた後、別の場所で仕事が入っているマネージャーは
『知らない人について行っちゃダメよ! 帰りは絶対タクシーで帰ること!』
 と念を押してから去っていった。
 子供じゃないんだからそんなこと……と思ったけど、実際「送ってあげようか?」と誘われている俺は、マネージャーの忠告を無視するわけにはいかない。
「そうなんだ。それは残念だなぁ。送るついでにご飯でもご馳走してあげようかと思ったのに」
「お気持ちだけで充分です」
 どういうわけか、俺との距離を急速に縮めてこようとする西田というプロデューサーに不信感を抱いた俺は、立ち話もほどほどにして、そろそろ楽屋に戻ろうと思った。それなのに……。
「ちょっとくらいいいでしょ? ね?」
 俺にグッと詰め寄ってきた挙げ句、俺の肩に手を乗せてくる西田さんに、俺は身の危険を感じた。
(これは不味い。不味い気がする。早く逃げなくちゃ……)
 本能的に危険を感じた俺は
「ちょっともダメなんです」
 引き攣った笑顔で後退りながら、やんわりと肩の手を振り払った。
 プロデューサーだかなんだか知らないけど、気安く俺に触らないでよね。俺に触っていいのは司だけなんだから。
「え~? ダメ~?」
「ダメですよ。早く帰って帰宅報告とかしなきゃいけないんですから」
 俺の言っていることは嘘じゃない。マネージャーと別行動になる時は、そのぶんこまめに連絡を入れることになっている。寄り道するなら寄り道するで、その詳細を伝えることにもなっている。
 人の好さそうな顔で近付いてきたわりには図々しい人だ、と呆れてしまった俺は、こんな相手に愛想良くする必要もないと思い、俺に伸びてくる手を躱し、背を向けて行こうとした。
その時だった。
「っ⁈」
 突然身体がドクンと脈打って、体温が一気に上昇していくのがわかった。これは一体……。
「あれ? どうしたの? 悠那君。顔が凄く赤いよ?」
「っ……」
 なんだろう……胸が凄くドキドキする。身体もなんか震えてきて……立ってるのが辛い。
「具合悪いの? 大丈夫?」
「大丈夫……です……」
 今にも膝が落ちそうになるのを必死で堪え、震える身体を両手でギュッと抱き締めた。
 俺の身体はどうしちゃったの? なんか変な物でも……。
(あ……)
 さっきまで全然普通だった。急にこんな風になるなんておかしい。何か原因があるとしたら、さっき不用意に受け取って食べてしまったチョコレートくらいだ。
 もしかしてとは思うけど、あのチョコレートに何か良くないものが入っていたってこと?
「大丈夫じゃないじゃないか。無理しないで。ほら、僕の手に捕まって」
「いや……いいです……」
 くそー……まさか細工したチョコレートを食べさせられるなんて思ってなかった。信じられない。なんで俺がこんな目に遭わされなきゃいけないの? 何目的なんだよ。
『悠那君を欲に塗れた目で見ている人はいっぱいいると思いますよ?』
 ふと、海が言っていた言葉を思い出す。
 もしかして……これってそういうことなの?
 ついに廊下に膝をついてしまった俺は、火照ってゾクゾクする身体をどうすることもできなかった。潤んだ瞳のせいで歪む視界の中、知った顔がないかと探してしまう。
(誰でもいい……お願いだから誰か来て……)
 司に連絡したいけど、生憎スマホは楽屋の鞄の中だ。
「そんなに強がらなくてもいいよ。安心して。何もしないから」
 西田さんに背を向けて縮こまる俺を、西田さんの手が後ろから抱き起そうとしてくる。
 そんな言葉を誰が信じられるっていうんだ。俺に変な物食べさせた人間の言う言葉が信じられるわけないじゃんか。
「いや……触らないで……」
 俺の肩を掴んでくる両手を振り払おうとして手を振るけど、その手の動きはあまりにも弱々しくて、自分の肩に触れることもできなかった。
 このままじゃ俺、どこに連れて行かれて何をされるのかわからない。せっかく樹さん達にされたことも綺麗さっぱり水に流せそうになってきたのに、ここに来てまた同じような目に遭わされちゃうの?
 自分が迂闊だったのは認めるけど、あんなことがそうしょっちゅうあるとは思っていなかったのもあるから、ただのプロデューサーを名乗る相手に、そこまでの警戒をしなかった。
「まともに身体も動かせないじゃないか。いいから僕に身を任せなよ。悪いようにはしないから」
「いや……いや……」
 身体は熱いのに震えが止まらない身体を抱き締めたまま、泣きそうな顔で首を振る俺は、どうやってこの状況を切り抜けたらいいのかを必死に考えた。
 もう少し身体を思うように動かせたら、こいつを殴ってでもこの場から離れるのに……。身体が自由に動かせない以上、こいつから逃げることもできないじゃんか。
「あん? 何やってんだ? チビ」
「っ⁈」
「とっくに楽屋に帰ってたんじゃないのか? なんでまだこんなとこにいんだよ」
 絶体絶命のピンチに打ちひしがれていたところに、ようやく楽屋に足を向けた樹さんが通り掛かり、廊下にしゃがみ込んでいる俺を見るなり、眉をひそめて俺を見下ろしてきた。
「ああ。樹君か。いやね、悠那君が具合悪いみたいで」
「は? さっきまでクソ元気だったけど?」
「動けないみたいだから送ってあげようかと思って」
「ふーん……」
 樹さんは俺達の傍まで歩み寄ってくると
「んじゃ、俺が送ってってやるわ。ほら、チビ。立てよ」
 俺の二の腕を力強く掴むと、足に力の入らない俺を無理矢理立たせた。
「ぁんっ!」
 掴まれた腕が痛かったのと、急に大きく揺れた身体に悲鳴に近い声が上がった。
「……おい、あんた。こいつに何した?」
 俺の反応を不審に思った樹さんは、今にもへたり込みそうになる俺の身体を支えながら、西田さんを睨み付けた。
「え? いや……僕は別に……何も……」
「チッ……!」
 しどろもどろになる西田さんに舌打ちした樹さんは
「手のかかる奴だな!」
 吐き捨てるように言いながら、俺の身体を抱え上げた。
 そして
「あんた、ここで仕事を続けたいなら、二度とこいつに変な真似すんじゃねーぞ。次にこいつに手ぇ出したら、あんたのしたこと、このテレビ局にいる全員にバラしてやる」
 西田さんに向かってそう言い捨ててから、俺を楽屋まで連れて行ってくれた。



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