僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Season 3

    トラブルメーカーにご用心⁈(2)

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「お帰り、悠那。撮影どうだった?」
「うん。順調だよ」
「樹さんに変なことされたり、意地悪なことされたりしなかった?」
「意地悪はいつもされてる。でも、変なことはされてないから心配しないで」
 撮影が始まったばかりの俺と、もうすぐ撮影が終わりそうな司は、最近家にいる時間がほとんどなくて、一緒に過ごす時間がめっきり減っていた。
 でも、家にいる間は司と一緒にいられる。
 今日は俺より帰りが早かった司が、俺を玄関まで出迎えてくれたから、俺は司の顔を見るなり、司にぎゅぅっと抱き付いた。
 どうせなら司と共演させて欲しかった。そしたら、撮影中もずっと司と一緒にいられるし、司が俺の相手役なら、キスでもなんでもしちゃうのに。
「心配するよ。悠那の相手が樹さんだって聞いたら」
 司に抱き付く俺の髪に鼻先を埋めた司は、鼻の頭で俺の頭を撫でるような動きをする。
 俺に甘えているみたいな仕草が可愛くて、俺はもっと強く司に抱き付いた。
 こうして司と一緒にいられる時間が幸せだし、最高の癒しになる。
「司の方はどうなの? もうすぐ撮影終わるんだよね?」
「うん。順調だよ。でも……」
「?」
 お互いの感触と体温をしっかり感じた後は、仲良く部屋に向かうことにした。手を繋いで廊下を歩く中、司の顔が憂鬱そうになったのが気になった。
 なんだか歯切れも悪いし、何か言いにくいことでもあるんだろうか。
「悠那には言いにくいんだけど、最終回のキスシーンはするかもしれない」
「え……」
 みんなの前で聞かれたくないのか、リビングに入る前に言われた俺は、その言葉に驚いて足が止まってしまった。
 司が今出ているドラマは教師と生徒の禁断の愛を描いた恋愛ドラマで、教師役の女優さんと、生徒役の司のキスシーンは今までにも何回かあった。でも、その全てをフリでやり過ごしてきた司だから、最後までキスシーンはフリで終わるのかと思ってたのに……。
「えぇ~っ! やだぁっ!」
 思わず大きな声を上げてしまう俺に、司はどうしていいのかわからない顔になる。
「なんだなんだ? どうしたよ」
 俺の声を聞きつけた陽平、律、海が、何事かと顔を出してきた。
「俺以外の人とキスなんかしちゃやだっ! 今まで通り断ってよ!」
 つい我儘を言ってしまう俺に、陽平はすぐ状況を理解したらしく
「おいおい悠那。我儘言うなよ。キスシーンくらい許してやれ」
 司にしがみ付く俺を司から引き剥がし、落ち着けと言わんばかりに俺をリビングのソファーへと連れていった。
 俺をリビングのソファーに座らせると、困ったままの顔の司もやってきて、俺の隣りに腰を下ろした。
「そりゃ俺だって断ろうとは思ったけど、できれば最後だけはって言われたら……」
 今にも泣きそうな顔をしている俺の頭を撫でながら、司はなんとか俺を宥めようとする。
 俺だって、キスシーンくらい許してあげたいって思ってるよ。ドラマのキスシーンなんて演技だし、本当に好きでするわけじゃないのはわかってるんだから。
 でも……だけど……そういうのは理屈じゃなくて、心が嫌だって思っちゃうからしょうがない。特に相手が異性……それも、綺麗な女優さんともなると、頭ではわかっていても素直に「いいよ」とは言えないんだ。
「これまでずっとキスシーンはNGでやってきたから、嫌だって言い張れば断ることはできると思う。でも、最後までそれでいいのかなって気がするし、本当のキスシーンが撮りたいって言われたら……」
「やだやだ……して欲しくない……」
 こんな時
『わかった。いいよ』
 って言ってあげられたらいいのに。アイドルの俺達にドラマ出演の仕事がくること自体ありがたい話だし、仕事を受けた以上、求められる仕事をするのがプロってものだもん。司が受けた仕事を、司がどう熟すかで、俺が口出しする権利がないのはわかってる。
 陽平や司はドラマの仕事をちょくちょく貰うから、これからもいろんなドラマに出ると思う。今はまだキスシーンNGが通用しても、それもいつまでも通用しないと思う。このまま司がキスシーンNGを貫けば、ドラマの仕事自体なくなっちゃうかもしれない。そうなると、俺の我儘で司の足を引っ張ることになっちゃう。
「司は俺のだもん……」
「わかってるよ、悠那」
 スンッと鼻を啜る俺の頭を、司の大きな手が優しく撫でてくれる。
 俺達のやり取りを見ていた律と海は、司がこの場をどう乗り切るかが心配みたいで、ただ黙って俺達の様子を窺っていた。
 でも、すでに何度がキスシーンを経験している陽平は、やや呆れた顔で溜息を吐くと
「っつーかさ、お前、朔夜さんとキスしたことあるじゃん。付き合う前ならまだしも、付き合ってからもされたよな? なんで司が他の人間とキスすんのがダメなの?」
 と、一番衝かれたくないところを衝いてきたから、俺の悲しい気持ちは一気に焦りへと変わってしまった。
 ついでに言うと、陽平の指摘を聞いた途端、司の顔もちょっとムッとしたものになるから、余計に焦ってしまう。
「確かに。言われてみればそうだよね」
「うぅ……」
 あ~んっ! ここにも意地悪なお兄ちゃんがいるぅっ! 何も今ここでその話しなくてもいいじゃんかぁ~っ!
「そもそも、司はお前としかキスしたことがないわけじゃないんだぞ? 仕事上でキスするくらい許してやれよ」
「そんなことわかってるもんっ! でも、実際するって言われたら嫌なんだから仕方ないじゃんっ!」
「日頃充分すぎるくらいイチャイチャしてんだろ。なんでそんなに独占欲の塊なわけ?」
「日頃イチャイチャしてるから、司を誰にも渡したくなくなるのっ!」
「もうちょっと大人になれよ。司が浮気しないのはわかってるだろ?」
「うぅ……わかってるけど……」
 俺と司との問題なのに、陽平にあれこれ言われて諭されている俺がいる。
 陽平の言うことはもっともで、俺に反論の余地というものがない。
「律や海はどう思う? 自分の恋人がドラマでキスシーンを演じろって言われたら、して欲しくないから断れって言う?」
 更に、成り行きを見守っているだけの律や海にまで話を振り、二人が
「言わないと思います。仕事ですから」
「嫌だとは思いますけど、それが必要なら致し方ないかと……」
 なんて答えたから、陽平は益々勢いづいてしまった。
「ほらな。つまり、お前が我儘言ってるだけなの」
「くぅっ!」
 完敗である。これがただの我儘であると自覚している俺は、陽平の言葉全てに、陽平を納得させるほどの反論ができない。
 わかってるもん。司が他の人とキスシーンをするのが嫌なのは、司に「悠那だけだよ」って言ってもらいたいだけってこと。本当はドラマでキスするくらい、そんなに嫌だと思ってないことも……。
 まあ、司に異性として好意を持っている相手とのキスシーンは絶対に嫌だけど。
「他の人とキスするぶん、悠那にはもっといっぱいキスしてあげるから。ね?」
「うん……」
 結局、これ以上我儘を言って司を困らせるわけにもいかなくなった俺は、渋々ではあるけれど、司のキスシーンを許してあげることにした。
「ほんとにいっぱいしてね」
「もちろん」
 俺から承諾をもらった司はホッとした顔になると、早速俺にキスしてくれた。
 司にキスしてもらうだけで、俺の機嫌はすぐ直ってしまいそうだった。
「司さんのキスシーンのことを問題にしてますけど、悠那さんはないんですか? キスシーン」
「そうですよ。相手が異性じゃないぶん、いざやれと言われたら断りにくくないですか?」
「え? なんで?」
 その問題については、今日まさにチラッと考えたばかりだった。今の時点では、撮影にキスシーンがあるとは言われていないけど、言われたら上手く断ろうと思っていた。
 でも、同性の方が断りにくいと言われ、そういうものなのかと気になってしまった。
「だって、異性であればアイドルという立場を利用して断ることも可能ですけど、同性ならそれが通用しそうにないっていうか、ネタにしかならないじゃないですか。ファンも嫌がるどころか、一部のファンは大喜びですよ?」
「え……」
「そうですよね。そもそもラブコメなんだから、ノリでやっちゃえ! って流れになるんじゃないですか?」
「……………………」
 そ……そんなっ! そんなノリとか流れになられたら困るよっ! 共演は承諾したけど、樹さんは一度俺を犯そうとした危険人物だよ? キスこそされていないけど、それよりもっと酷いことされたんだからね? そんな人とキスなんて絶対に嫌っ!
「俺としては、悠那にキスシーンを演じられる方が嫌だなぁ。相手が男となると余計に嫌」
「そうだよな。悠那の場合、女相手より男相手の方が生々しくて嫌だよな」
「どうして⁈ 普通逆じゃない⁈」
「だってお前、見た目が普通の男じゃねーもん」
「~……」
 おかしい。ここは司のキスシーンを認めた俺が、よしよしって褒めてもらえるはずの場面なのに……。
「逆に悠那君が女の子とキスしても、別になんとも思わないですよね」
「それこそ、女の子同士の戯れですよ」
「悠那に恋愛ドラマの話がこないのも、お前相手だと恋愛ドラマにならないからじゃね?」
 酷い総攻撃されてる。しかも、俺に恋愛ドラマの話がこないって決めつけて……。まだこないって決まってるわけでもないのにっ!
 それに
「今撮影してるドラマだって、一応は恋愛ドラマじゃんっ!」
 今撮影中のドラマだって、恋愛ドラマは恋愛ドラマだもん。ちゃんと恋愛ドラマの話はきてるもん。ただ、普通の恋愛ドラマとは少し違うだけで。
「はいはい。そうだったな。お前が出るドラマも、男同士の恋愛を描いた恋愛ドラマだったな」
「でも、これで悠那さんがそっち側の人間だと勘違いする人間が出てきたら困りますね」
「勘違いも何も、現にそっち側の人間なんですけどね」
「いっそのこと、そっちの道を極めた方が人気出るかもな」
「ダメだよ。そんなことしたら、悠那をそういう目で見る人間が益々増えるじゃん。悠那を欲望にまみれた目で見るのは俺だけでいいんだから」
「悠那君を欲に塗れた目で見ている人はいっぱいいると思いますよ?」
「っていうか、そもそも悠那さんだから、こういうドラマを撮ろうってなったのでは?」
「あり得るな」
「え~……」
 もう……みんな好き勝手言って……。俺だって、司や陽平みたいに普通の恋愛ドラマに出てみたいし、秋から律と海が出演するドラマ、高校生探偵もののドラマとかやりたいのに。なのに、どうして俺だけ性別無視したような役ばっかり宛てがわれるのさ。不公平だよ。
 今までこの容姿で損をしたことはなかったけど、今はちょっと損した気分。
「俺も普通の役がやりたぁ~いっ!」
 俺の心からの悲痛な叫びは、まともな役を貰えるメンバーの間には、虚しく響き渡るだけだった。



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