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Season 3
過去、現在、未来(4)
しおりを挟む「お……おはよう」
「おう。おはよ」
先日デビューしたばかりの夏凛と、喫茶店で再会した以来に顔を合わせたのは、某音楽番組に出演した時だった。
リハーサルの入れ替わりの際、偶然廊下で出くわした夏凛から挨拶された俺は、なるべく平然を装って挨拶を返した。
そんな俺を、司が少し気になるような目で見ている。
「今からリハーサル?」
「おう」
「頑張ってね」
「ああ」
すれ違いざまの会話だから、そんなもので終わったけど、俺と夏凛の関係を知らない司以外のメンバーは、デビューしたばかりのアイドルグループ、PiXYのメンバーの一人と、普通に会話している俺に少し驚いている様子だった。
「今のってこの前デビューしたばっかりのPiXYの夏凛さんですよね?」
「陽平、知り合いなの?」
こういう時、真っ先に質問してくるのは大体悠那と海である。
「ん……ちょっとな……」
司には話したけど、夏凛が俺の元カノだという話を、他のメンバーに今は知られたくない。悠那や海に話したら、もっと色々聞きたがってこられそうだし。
「“ちょっと”って?」
「どういう知り合いですか?」
「~……」
言わなくても聞いてこられるけど。
「その話は後にしようね。まずはリハーサルをしっかりしなきゃ」
「はーい」
本当は今すぐにでも根掘り葉掘り聞きたいところなんだろうが、恋人やリーダーの言うことには素直に従う二人だった。
こういう時、司は結構頼りになる。
「司さん。どこに行くんですか? そっちじゃなくてこっちです」
「え? あ、ごめん」
「何度も来てるんだから迷わないでくださいよ。司さんは方向音痴ですか?」
「そうなのかなぁ? そんなはずはないんだけど……」
相変わらず抜けてはいるが。で、最終的に頼りになるのは律だったりもするが。
「PiXYのデビュー曲聴いたけど、同じ事務所のDolphinと違って格好いい感じだよね。ダンスも本格的だって聞いたよ」
「ダンスが売りのグループらしいですよ? ダンススキルの高さと、ダンス映えするスタイルの持ち主を集めてるそうです」
「Dolphinは王道の可愛い系だから、対照的でいいかもね」
アイドルという同じカテゴリーに分類されるからか、男女問わず、アイドル情報の収集には力が入っているのかもしれない。先日デビューしたばかりのPiXYの情報も、うちのメンバーは最低限勉強しているようだった。
「さっきの夏凛って人が一番ダンス上手なんですよね。スタイルめちゃくちゃ良くなかったですか?」
「悠那さんと同じくらいの身長でしたね」
「うー……身長で女の子に負けるのはちょっと嫌」
夏凛が俺の元カノだと知らない三人は、今すれ違った夏凛の話で盛り上がったりする。
夏凛は昔から背が高く、スタイルも良かった。俺と同様、小さい頃からダンスを習っていたらしいから、ダンスも普通に上手い。だからこそ、可愛らしさを売りにするDolphinには選ばれなかったのかもしれないが、ダンスが売りのグループなら、夏凛が選ばれるのは当然って感じだろうな。
「悠那達には後で俺から話そうか? 陽平、そういう話するの苦手でしょ?」
後ろで盛り上がる三人に気付かれないように、司が俺の耳元でこそっと囁いた。
「ん……いや、自分で話すよ」
一瞬、司に任せてしまおうかとも思ったが、自分のことは自分で話すべきだと考え直した俺は、司からの申し出を断った。
これからずっと一緒に行動していくメンバーなんだから、俺も少しは心を開いていかなきゃいけないよな。
今も心を閉ざしてるわけじゃないんだけど、自分のこととなると、どうしても口が堅くなってしまう傾向にある。
「そう」
司はちょっとだけホッとした顔になると、俺の頭をぽんぽんと撫でてきた。
なんで子供扱いみたいなことするんだよ。さっき迷子になりかけてた癖に。
「悠那ぁ~っ!」
「嫌ぁぁぁ~っ!」
俺が司の手を鬱陶しそうに振り払ったのと同時に、後ろから騒々しい絶叫が聞こえてきた。
ああ……そう言えば、今日はAbyssも一緒だったっけ?
特番以外ではあまり音楽番組に出演しないAbyssだけど、新曲を出した時はちゃんと出る。Abyssの曲は必ずと言っていいほど何かのタイアップ曲になるから、その宣伝も兼ねて、新曲の披露には出てくるのである。
今回は映画の主題歌だったっけ? Abyssが主題歌を歌うと作品のヒットは間違いなし、とまで言われているから、Abyssを主題歌に起用したい監督は沢山いるんだろうな。
もちろん、その作品にAbyssのメンバーが出演することも多い。
「卒業式ぶりだなぁ~。元気にしてた?」
「やぁ~んっ! すりすりしないでっ! 離れてよぉ~っ!」
しかし、そんな国民的アイドルAbyssの一人が、去年デビューしたばかりの新人アイドルの一人を溺愛しているというのも、なんだか変な話だよな。
「ん~? すりすりされるの嫌? そんなことはないでしょ? それとも、悠那はもっと別のところをすりすりされたい?」
「ちょっ……どこ触ろうとしてんの⁈ ダメっ……ダメぇ~っ!」
「~……」
どんな変態発言だよ。朔夜さんってこんな人だったっけ? 俺が知る限り、朔夜さんはもうちょっとまともな人間だったと思うんだけど……。
「朔夜さん……相変わらずあなたって人は……」
「また……司はすぐそうやって怖い顔する。ちょっとくらいいいだろ?」
「ダメですっ! 悠那から離れてくださいっ!」
で、悠那が朔夜さんに手を出されるたびに、司が怖い顔になって朔夜さんにつっかかっていくのも定番になっている。
出逢った時から、悠那を巡って揉め事を起こしてきた二人は、顔を合わせるとこうなる運命なんだろうか。
お互い本気で嫌い合っているわけじゃないし、朔夜さん的にはちょっかい出して遊んでるだけなんだろうけど、危うく朔夜さんに初めてを捧げそうになった悠那を思えば、司がムキになるのも仕方ないだろう。
まあ……全部悠那が悪いって感じだけどな。
本人には悪気はなかっただろうし、そんなつもりもなかっただろうが、司と付き合う前は、どっちにも思わせぶりな態度を取っていたんだから。
「こーら、朔夜。また悠那君にちょっかい出して。みっともないからやめなよ」
「ぐぇっ……」
悠那を後ろから抱き込んで離さない朔夜さん。朔夜さんの腕の中から逃れようとする悠那。悠那を朔夜さんから引き離そうとする司……という図になっているところにひょっこり現れたのは、朔夜さんのお世話係的存在でもある葵さんだった。にこやかな笑顔で朔夜さんの首根っこを掴むと、結構な力で自分の方に引っ張った。
葵さんは朔夜さんに比べればだいぶ小柄で華奢だけど、見かけによらず筋力はある方だから、力いっぱい引っ張られると、朔夜さんの身体はあっさり葵さんの方へと引き寄せられていった。
「もうちょっと……もうちょっとあの柔らかマシュマロを……」
「また今度にしようね」
無理矢理悠那から引き離された朔夜さんは、まだ悠那に触り足りないみたいだった。諦め悪く悠那に手を伸ばすものの、葵さんの手がそれを許さない。
その葵さんも、今回は悠那のことを助けてくれたけど、朔夜さんが悠那にちょっかい出すこと自体は止めないらしい。朔夜さんに厳しいのか甘いのかがよくわからないな。
「みんな久し振りだね。音楽番組で一緒になるのも年末の音楽授賞式以来かな?」
「Abyssの新曲楽しみです」
「ありがとう。僕もみんなの曲はいつも聴いてるよ」
未だに葵さんの手から逃れようとする朔夜さんを、物ともしない様子で抑え込み、にこやかに微笑む葵さんは、実はとんでもない怪力の持ち主なんだろうか。それとも、葵さんに全力で抵抗することはできない朔夜さんが手加減しているんだろうか。そのへんはよくわからない。
「そう言えば、さっき廊下で陽平の元カノに会ったよ。こっちから来たってことは、陽平も会ったの?」
「なっ……!」
本番が終わった後にでもメンバーに打ち明けようと思っていた話を、今ここで葵さんから暴露されてしまった俺は、突然のことに口をパクパクさせるしかできなかった。
「え? 元カノ?」
「陽平の元カノって?」
「~……」
迂闊だった。俺と夏凛が付き合っていたことは、湊だけじゃなく、Abyssのメンバーも知っていることだった。ここで朔夜さんや葵さんに遭遇する可能性を考えていなかったのもあったけど、今日の収録がAbyssも一緒だって時点で、対策を考えておくべきだったのか?
いやいや。収録が一緒だからって、まさか暴露されるとは思ってなかった。いちいち対策を考えている方がおかしいだろ。
「前より綺麗になってたね。元カレとしてはどうなの? 元カノが自分と同じアイドルとしてデビューした感想は?」
「あ……う……」
い……一体どう答えれば? 葵さんからそんな質問をされると思っていなかった俺は、どんな返事を返していいのかがわからない。
っていうか、俺と夏凛が付き合っていたことを、葵さんが憶えていたこと自体が驚きだ。確かに、付き合い始めた頃の時は、ちょっとした拍子にからかわれることもあったけど……。
「同じアイドルとしてデビュー?」
「ってことは、まさか……」
少し前の質問に答えてもらえなかった悠那と海は、俺と葵さんのやり取りで、俺と夏凛がどういう知り合いなのかを知った様子だった。
「陽平の元カノって、さっきすれ違った時枝夏凛⁈」
見事にハモる悠那と海に、俺は頭が痛くなりそうだった。
湊といい、葵さんといい……Zeusのタレントは口が軽いのか? 朔夜さんなら暴露してもおかしくなかったと思うけど、葵さんに暴露されるとは思わなかった。もうちょっと、人のプライベートはそっとしておいて欲しいんだけど。
「あれ? みんな知らなかったの? 相変わらず水臭いな、陽平は」
葵さんに捕まったままの朔夜さんにまで言われた俺は
「後で言おうと思ってたんですっ!」
これからリハーサルだというのに、他のことに気を散らしそうなメンバーを思うと、少しだけふて腐れたくなった。
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