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Season 3
過去、現在、未来(3)
しおりを挟む子供の頃からずっとアイドルを目指している人間でも、人並みに恋くらいするし、恋愛経験だってゼロではない。
それは何も俺だけに限ったことではないと思う。現に司だって、アイドルになる前は彼女がいたこともあるし。
夏凛と出逢った頃はまだ高校生だった俺は、アイドルを目指す傍ら、恋愛にも興味津々だった。俺の過去に付き合っていた彼女がいても、当然と言えば当然なんだ。むしろ、アイドルとしてデビューする前に、恋愛経験をしておきたいという気持ちもあった。
同じレッスン生という立場、同じ夢を持つ者同士、話が合ったり気が合ったりで、俺と夏凛は自然と親しくなっていき、極々自然な流れで付き合うことになった。
交際期間はそんなに長くなかったとは思うけど、夏凛と一緒に過ごす時間は楽しかったし、充実していたとも思う。活発でサバサバした性格は付き合いやすくて、夏凛に不満を感じることもなかった。
それでも、結局俺と夏凛は別れた。
俺から別れ話を切り出した時、夏凛は嫌がるでも泣くでもなく、ただ一言
『わかった』
とだけ言った。
あの時の俺は、ZeusからLightsプロモーションへの移籍話が持ち上がった頃で、気持ち的に少し塞ぎ込んでいる時期でもあったから……。
移籍を決めたのは自分自身だけど、その時の心境は複雑だったんだ。期待、不安、後ろめたさ、罪悪感……。そんな気持ちが混ざり合って、周りの人間とどう接していいのかわからなくなっていたんだと思う。
「なんだ。帰ってたの? 陽平」
「ん? おう」
仕事を終え、家に帰ってきた頃には夜の11時を過ぎていた。
もうとっくにみんな寝たのかと思っていたら、司が部屋からふらっと出てきた。
「どうしたの? なんか元気なさそうだけど」
「別に。元気がないわけじゃない」
「そう?」
今日は悠那とイチャイチャしていないのか、司達の部屋は静かだった。
ま、イチャイチャしている最中なら、司が部屋から出てくるはずもないんだけどな。
「悠那は?」
司が部屋から出てきたのに、悠那が一人で部屋にいるのもおかしいと思ったら
「疲れちゃったみたいで寝てるよ。俺もさっきまで寝てたんだけど、物音がしたから気になって出てきた」
とのこと。
この時間に“疲れて寝てる”のは不思議でもなんでもない気もするが、今日は特に疲れるようなことをしていないはずの悠那だから、俺が家を留守にしている間、この二人がまたいかがわしい情事に耽っていたってことなんだろう。
飽きもせずによくもまあ……だ。司にとって悠那の身体はそんなにいいのか?
「帰ってきてすぐお風呂に入らないのも珍しいね。陽平、いつも仕事で帰りが遅い時は、真っ先にお風呂行くのに」
「今日はなんとなく」
「ふーん……」
いつもなら、こんな時間に帰ってきたらその足で速攻浴室に向かう俺だけど、今日はそういう気分になれなかった。
頭の中にもやもやしたものがあって、それをスッキリさせない限り、お風呂に入ってもサッパリしない感じがして……。
「お茶飲む?」
「ん? ああ……飲む」
いつも俺に世話を焼かせてばかりの司が、いつもと様子が違う俺を気に掛けているらしい。慣れない手つきで急須を取り出し、もたもたとお茶っ葉を入れようとする。
が、どれぐらい茶葉を入れていいのかわからなかったらしく、チラッとこっちを見てきた。
「はいはい。淹れてやるから座ってろ」
結局、お茶は俺が淹れてやることになった。
こういうところがちょっと残念なんだよな、司は。
少し濃いめのお茶が飲みたかったから、茶葉の量は少し多めにした。二人分のお茶を淹れると、一つを司の前に置いてやる。
「ありがと」
「どういたしまして」
呆れはするが、司の気遣い自体は嬉しい。
「仕事で何かあったの?」
「いや。仕事は順調」
「じゃあ、湊さんと何かあった?」
「湊とは別に……。いつも通りだよ」
「湊とは、ってことは、他の人と何かあったの?」
「……………………」
うーん……これは司に話しておくべきだろうか。
夏凛は司が一緒に番組をやっている橋本ありすと同じ事務所だし、二人は仲も良さそうだ。そのうち、ありすの口から俺と夏凛が昔付き合っていた話を聞かされる日がくるかもしれない。
「ちょっと元カノに……」
「え? 元カノ? 昔付き合ってた子に会ったの?」
「うん」
「……………………」
俺の口から“元カノ”という単語を聞いた司は、どういう反応をしていいのかが一瞬わからなくなった様子だった。
俺だって、今になって昔の彼女と遭遇するなんて思っていなかったよ。
別れた後は夏凛と会うこともなかったし、俺がFive Sとしてデビューした後も、どこかのスタジオで夏凛の姿を見掛けることもなかったから、もうアイドルになる夢は諦めてしまったのかとも思っていた。
Zeus養成所にしても、夏凛のいたGPエンターテイメントの養成所にしても、レッスン生だからってデビューを約束されてるわけじゃない。レッスン期間が長くなれば長くなるほど、情熱は薄れていくものだし、諦めてしまう人間も多い。その証拠に、どちらの養成所も、毎月のように辞めてしまうレッスン生がいた。
夏凛は
『二十歳になるまでに絶対デビューする!』
が口癖だったから、俺と同い年の夏凛は、十代の終わりと共に養成所を辞めてしまったんだと……。
「凄い偶然だね。どこで会ったの?」
「湊とお茶してる時に会った。橋本ありすも一緒だったぞ」
「え? なんでありすさんも一緒にいたの?」
「俺の元カノが橋本ありすと同じ事務所に所属してるからだよ。仲がいいらしい」
「え⁈」
俺の元カノがありすと同じ事務所に所属しているという情報に、司は二重に驚いた。
まあ無理もない。俺の元カノが自分の振った相手と友達だなんて、世間はどんだけ狭いんだって話だもんな。
「なんか複雑……」
「同感だよ」
俺は小さく溜息を零すと、温かそうな湯気を立てているお茶を一口啜った。
少し苦みのある緑茶が、疲れた身体によく沁みる。
「でも、ありすさんと同じ事務所に所属してるってことは、陽平の元カノってアイドルなの?」
「ってことになるらしい。まだデビューしてないけど、もうすぐデビューするんだってさ」
「そう言えば、今度事務所から新しいグループがデビューするって、ありすさんが言ってたな。応援してあげてねってCDも貰ったよ。まだ聴いてないけど」
「聴けよ。全然応援する気ねーじゃんか」
「次に会う時までに聴けばいいかなって」
「ったく……」
夏凛とはレッスン生時代の同期らしいありすは、夏凛より先にデビューしたことを気にしているのかもしれない。だから、ありすに遅れてデビューすることになった夏凛のことを気に掛けて、デビュー前に密かな宣伝活動を行っているのかもしれないな。
その気持ちはなんとなくわかる。連絡はしなかったけど、俺も湊がどうなっているのかがずっと気になっていたし、湊がデビューする日を待ち望んでいたから……。
「それで?」
「あ?」
「元カノに会ってどうしたの?」
「別に。どうもしねーよ。ちょっと話したくらい」
「ふーん……」
これまで自分の過去の話をあまりしてこなかった俺は、司にこんな話をしていることがちょっと気恥しい。
昔話は苦手だ。今もたいして変わりないんだろうけど、昔の自分は今の自分よりももっと未熟で、その頃の自分をあまり人に知られたくはない。
「なるほどね。それで複雑そうな顔してたんだ」
「そんな顔してたつもりはねーんだけどな。お前って意外とそういうところには気が付くよな」
「陽平はあんまり自分の話をしないから、特に気を付けて見るようにしてる」
「んなとこに気を遣わなくてもいいっつーの」
年下の司からそんな風に気遣われていたと知った俺は照れ臭くなった。
悠那のこと以外はわりとどうでもいいと思っているんじゃないか……と思っていたが、司がメンバー想いであるところは、出逢った時から変わっていないようだ。
「湊さんはなんか言ってた?」
「は? なんでそこで湊の名前が出てくるんだよ」
「え? だって、陽平の元カノでしょ? 湊さん的には気になるんじゃないの?」
「今更気にならないんじゃねーの? 俺と夏凛が付き合ってたことは湊も知ってるし」
「陽平の元カノは夏凛って名前なんだ。後でどの子か見よ」
「好きにしろ。そもそも、最初に夏凛に興味を持って話し掛けたのは湊の方だ。俺はそのついでで夏凛と話すようになっただけで……」
なんでいきなり湊の名前なんか出してくるんだと思った俺だが、そこでふと思い出したことがある。
「何? どうしたの? 陽平」
「……………………」
「おーい。陽平?」
「……………………」
そうだ……そうだよ。もとはと言えば
『あの子、ダンスも上手だし顔も可愛くない?』
って、湊が言い出したんだ。つまり、あの頃の湊は至って正常な感覚の持ち主で、異性である夏凛に興味を持ち、好意を寄せる対象でもあったんだ。
俺がZeus養成所を去った後、湊と夏凛が顔を合わせる機会があったのかどうかは知らないけど、もうすぐアイドルとしてデビューする夏凛は、今後湊と顔を合わせることも増えるだろうから……。
「司っ!」
「な……何?」
「湊に俺を諦めさせる方法を思いついたぞっ!」
「はあ?」
思いがけず再会してしまった元カノの存在に感傷的な気持ちになっていた俺だけど、これはある意味チャンスというか、俺と湊の現状を打破するきっかけになるかもしれない。
俺と夏凛が付き合うことになった時、湊は特に反対しなかったし、不満があるようには見えなかったけど、心の中では面白くなかったんじゃないか?
俺と夏凛はもう終わった仲だし、別れて二年近く経っている。今回の再会がきっかけで、湊がまた夏凛に好意を持つようになってくれれば、俺への気の迷い的な感情もなくなるんじゃないだろうか。
「まさかとは思うけど……元カノとよりを戻すつもり?」
俺の発言を受け、司は疑わしそうな目で俺を見てきた。
「んなことしねーよ。その逆」
「逆?」
「湊と夏凛をくっつけんの」
「はあ⁈」
一見、突拍子のないことを言い出したと思われそうだけど、司は知らない俺達の過去というものがある。
俺を想い続けていても未来はない。それは湊もさすがに気付いているだろう。ここで、昔“いいな”と思った相手をさり気なく湊に推してやることで、湊の気持ちが俺から離れていってくれれば万々歳。
そんな話を司にすると
「そんなに上手くいかないと思うけど? っていうか、陽平と夏凛って子が付き合うことに口出ししてこなかった時点で、湊さんはその子に対してそこまで本気じゃなかったんだと思う。それに、今は陽平一筋って感じじゃん。どんなに陽平に冷たくあしらわれても、一向に諦める気がなさそうだから、陽平には相当本気なんだと思うけど?」
司はそんな興ざめするようなことを言ってきた。
だから、そんなに本気になられるのが俺は困るんだっての。
「大体ね、自分の元カノを友達に押し付けるっていうのはどうかと思うよ? 湊さんが夏凛って子を好きだって言ってるならまだしも、陽平のことを好きだって言ってる湊さんに、陽平の元カノなんかお薦めしても、逆に湊さんが怒って痛い目遭わされるんじゃない?」
「い……痛い目?」
まるで忠告しているように言ってくる司に、俺はゴクッと喉を鳴らした。
確かに、昔湊から奪った――奪ったつもりはないが――夏凛を、今になって差し出そうという神経は人としてどうかと思う。
でも、久し振りに再会したことによって、極々自然に湊の心が再び夏凛に惹かれるようになるのであれば、そこは友人として応援してやろうって思っただけなんだけど……。
「自分を諦めさせるために、夏凛さんを利用しようとしたって知ったら、今度は強姦だけじゃ済まないかもね」
「こっ……怖いこと言うなっ! 俺は夏凛を利用しようと思ってるわけじゃねーよっ!」
やや腹黒そうな笑顔を浮かべる司に、俺は背中のあたりがゾワッとした。
こいつ……普段はぽやぽやしてる癖に、たまに妙に怪しい表情を浮かべるのはなんなんだよ。ギャップがあって怖いだろうが。
「湊さんに諦めてもらう前に、陽平はもうちょっと湊さんの気持ちと向き合ってあげるべきなんじゃない?」
「俺はもう充分向き合った! 無理なもんは無理っ!」
「どうかなぁ……。本当に無理なら、未だに湊さんとの付き合いを続けていないと思うけどな」
「それとこれとは話が別っ! 友達としての湊は失いたくないのっ!」
「陽平は我儘だねぇ」
「お前に言われたくねーっ!」
なんだなんだ。なんでこんな話になったんだ? おかげでモヤモヤした気分はなくなったけど、逆にイライラした気分になってきたじゃん。
「司ぁ? 誰と話してるのぉ?」
気付けばわりと大きな声で言い合いをしてしまっていたせいか、目を覚ました悠那が、覚束ない足取りで部屋から出てきた。
パジャマではなく、司のシャツを一枚着ているだけの悠那は、まさに彼シャツ状態である。そして、シャツの下から覗く白くて柔らかそうな太腿には、司の付けたキスマークが点々と散っている。
そんな格好で出てくるな。と言いたい。
「ごめん、悠那。起こしちゃった?」
「うん。起きたら司がいなくて寂しかった」
「ごめんね」
まだ半分寝ている顔で司の傍にやって来た悠那を、司は謝るように抱き締めたりする。
ったく……一生やってろよ。
「あ……陽平帰ってたんだ。お帰り」
「お、おう……」
司に抱き締めてもらえて満足なのか、悠那は司の腕の中から俺に向かってにっこり微笑みかけてきたりする。
これはこれで複雑な気分になるんだよな。
別に俺は悠那に特別な感情を抱いているわけじゃないんだけど、悠那の容姿に関しては可愛いと思っているところがある。だから、寝起き、彼シャツ、情事の後、と三つ揃った悠那を見ると、若干ムラッとした気分にならなくもない。
「司、まだ寝ないの?」
「ううん。陽平とお喋りしてたけどそろそろ寝るよ。悠那と一緒にね」
「ん……」
俺の目の前だというのに、構わず悠那の唇にキスを落とす司に、俺は大きな溜息を吐きながら立ち上がった。
「はいはい。もう寝ろ。俺も風呂入って寝るから」
何が悲しくて、こんな時に他人のイチャイチャシーンを見せられなきゃいけないんだか。いくら見飽きてる感があると言っても、目の前でキスシーンを見せられると気まずくなるわ。
「ちゃんと追い焚きしてから入ってね。ちょっと冷めてると思うから」
「お気遣いどうも」
空になった湯呑と急須を流しに持って行く俺の背中に、悠那を抱き締めたままの司が言ってきた。
ほんと、ここの二人は色恋沙汰で悩むことが少なくて羨ましいよ。
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