僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Season 3

    過去、現在、未来(2)

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「え⁈ じゃあ俺と一緒に住む約束は⁈」
「は? 俺がいつ、お前と一緒に住む約束なんかしたんだよ」
「してないけど……俺はそのつもりでいたのに」
「あのなぁ……なんで俺がお前と一緒に暮らさなきゃいけないんだよ。絶対に嫌」
「だって! 陽平の手料理が毎日食べたいんだもんっ!」
「料理くらい自分で作れよっ! 言っとくけど、俺は生活力のない人間とは絶対一緒に暮らせないからなっ!」
 去年、半年違いでデビューした俺と湊は、今ではそれなりに忙しくしていて、会う機会も少し減っていた。
 が、それでも定期的に俺と会わなければ気が済まない湊は、お互いの空き時間が被るたびに、「会おう」と俺を誘ってきたりする。
 もちろん、その全部に付き合うわけにはいかないけれど、余裕がある時や、誘いを受けた時の気分――つまり、俺が“会ってもいい”と思った時――次第では、湊からの誘いに乗ってあげていた。
 今日は午前中に建設中の新事務所付近一帯を見学した後、夜から仕事が入っていたが、それまでの空き時間に湊と会うことにしていた。
 もうすっかり定番になった喫茶店が、今の俺達の主な会合場所である。
 最初に当たり障りのない会話を二言三言交わした後、さっき連れて行ってもらったばかりの新事務所、および、新設中のタレント寮や俺達の新しい住居の話をしたらこれである。
 最初は、Lightsプロモーションが事務所を新しく建て直す話に感心していた湊だったが、タレント寮や俺達の新居も建設中だと聞いた途端、急に駄々を捏ね始めた。
 なんで駄々を捏ねられなきゃならないんだ。俺はこれまでに一度だって、「湊と一緒に住む」なんて言った覚えはないのに。
「じゃあ、俺が生活力のある男になったら、一緒に暮らしてくれんの?」
「誰もそんなこと言ってねーだろ。俺はメンバーとだから一緒に暮らせるだけで、基本的には一人暮らしが一番性に合ってるんだよ」
 諦めの悪いことを言ってくる湊に、俺はほとほと呆れた顔になる。
 どうしてそんなに俺と一緒に暮らしたがるんだよ。別に一緒に住んでいなくても、こうして定期的に会ってやってるんだから、それで良しとしろよ。
「とか言って……ほんとは一人が寂しいんじゃないの?」
「あぁん?」
「だって! 一人が寂しいからメンバーと一緒に住みたいんじゃないの?」
「お前なぁ……」
 ったく……今日はヤケに絡んでくるな。俺がメンバーと一緒に住むのは不満か?
 一体何がそんなに不満なんだよ。自分の身の安全を考えたら一番安全でもあるじゃんか。うちのメンバーと一緒に暮らしている限り、俺に湊との間に起こったような過ちは絶対に起きないんだから。
 もし、俺が湊なんかと一緒に暮らし始めたら、あの時の過ちが再び起こること間違いなしになるだろ。こいつ、まだ俺のこと諦めてないみたいだし。
 友達同士の付き合いなら続けるって言ってるのに……。いつになったら俺のことを諦めてくれるんだ。人間諦めることだって時には必要なんじゃねーの?
「陽平ってずっと一人っ子だったし、両親は共働きだったんでしょ? 家族仲いいみたいだし、ほんとは一人で家にいるのが寂しかったんじゃないの?」
「それはない。俺には色々とやることがあったから、寂しいなんて思ってる暇なんかなかったよ」
 久し振りに会っているのに、痴話喧嘩みたいになっているのが不本意だ。本当なら、楽しくお互いの近況報告で盛り上がりたいところなのに。
 建設中の事務所の話なんかしなきゃ良かった。どうせそのうち知られることだからと、後先考えずに話してしまった俺が馬鹿だったよ。
「ほんとかなぁ? 俺、陽平には寂しがり屋な部分もあると思ってるんだけど」
「そりゃ多少はそういうところもあるかもしれねーけど、俺は一人の時間も大事な人間なの」
「ふーん……」
 疑わしそうな目でジーッと見てくる湊から、プイッと顔を背け、俺はアイスカフェラテをストローで啜った。
 確かに、一年以上もメンバーと共同生活を送っていたら、いざ一人になった時、ちょっとは寂しいと思ってしまいそうではある。
 でも、俺がメンバーとの共同生活を継続しようと思ったのは、一人になるのが寂しいからじゃない。デビューしてからわりと順調にきている俺達だけど、アイドルとしてはまだまだ未熟な面もあるし、グループとしての課題も山積みだ。事務所側がメンバーとの共同生活に賛成するのであれば、続けた方がいいと思ったからだ。
 今はまだ、プライベートな時間をメンバーと一緒に過ごすのは大事だと思う。
「で?」
「ん?」
「いつまで続けるの? メンバーとの共同生活」
「さあ? いつまでかは決めてないけど、そのうち別々に暮らしたいってなるだろうよ。少なくとも、司と悠那はそのうち二人で暮らしたいって思ってるみたいだし」
「そのうちねぇ……」
「なんだよ」
「いや。専用住居まで作ってもらったら、そんな気も薄れるんじゃないかと思ってさ。だって、今だって充分イチャラブライフ送ってるんだろ?」
「う……まあ……」
 すっかり拗ねてしまった湊に言われ、俺もその可能性はおおいにある気がした。
 メンバーがいようと、二人だけになろうと、あいつらの生活に変化はないだろうし、これまでよりも快適な生活環境になるのであれば、わざわざ二人で暮らしたいとは思わなくなるかもしれない。
 とは言っても、これから先、事務所の用意してくれた住居に延々と住み続けるのも情けないから、いつかは出て行かなくちゃいけないとは思っている。
「はぁ……陽平を俺だけの物にする日はいつになるんだろう」
「そんな日はこねーから安心しろ」
 俺を強姦紛いに犯してきて以来、湊は俺に手を出してはいない。反省しているようには全く見えなかったけど、一応は反省しているということだろう。
 だけど、俺への気持ちを隠すことはしないようだから、未練がましいこともあれこれ言われる。
 湊からの愛情表現を冷たくあしらう。というのも、最早当たり前のようなやり取りになっているのが微妙なところだ。友達同士って感じにはちょっとならないから。
 俺と湊の会話が一瞬途切れたタイミングで、すぐ隣りのテーブルに、ここでは珍しい若い女の子の二人組が案内されてきた。二人とも目深に帽子を被っているから、パッと見じゃ顔は見えなかった。
 空いてる席は他にもあるのに、どうしてここなんだ。
 すっかり常連客になった俺と湊がアイドルであることを、ここで働く店員の中には知っている人もいる。だから、俺と湊がここに来ると、入口からは見えない、奥まった席に案内してくれる。俺達がアイドルだと知ってからは、よっぽど店が混んでいない限り、近くの席に客を案内することもしなかったんだけど……。
「いよいよだね」
「うん。長かったなぁ~」
 なるべく顔を見られないようにそっぽを向いていた俺は、どこかで聞いたことのある声に、「ん?」と思った。
「ありすとは同期なのにさ。デビューは三年も後になっちゃった。十代のうちにデビューしたかったのになぁ」
「私も夏凛かりんとは同じグループでデビューできると思ってたから、Dolphinのメンバー発表された時はちょっとショックだったよ。でも、こうして夏凛のデビューが決まって本当に嬉しい」
「私もホッとしてるよ。ようやくデビューできるんだって嬉しいし」
 ありす……Dolphin……それに夏凛って……。ま……まさか……。
「あれ? 夏凛じゃん」
「え?」
「ありすちゃんもどうも」
「あ。こんにちは」
 変な動悸がしてきた矢先、俺の正面に座っている湊が、隣りの席の女の子二人に無遠慮に声を掛けてしまい、二人の視線が一気にこっちのテーブルに向いた。
 馬鹿馬鹿馬鹿っ! なんで声なんか掛けるんだよっ!
「あれ? 湊君じゃん。何してるの? こんなところで」
「お茶してんの」
「へー。奇遇だね」
 ありす、Dolphinとくれば、二人組のうち一人は間違いなく橋本ありすだろう。司がありすを振った手前、顔を合わすのがちょっと気まずい。
 でも、それ以上に顔を合わせ辛いのが……。
「一緒にお茶してるのは誰かなぁ? なんかメニューで顔隠していらっしゃるんだけど」
「俺がこんなとこでお茶する相手なんか決まってるでしょ?」
「そうねぇ~」
 あぁ……バレる。ここにいるのが俺だってバレてしまう。なんだってこんなところで懐かしい人間と遭遇しなきゃいけないんだよ。橋本ありすは人気アイドルグループDolphinの一番人気だろ? もっと可愛くてお洒落な店に行けよ。
「陽平っ! なんで隠れるのっ!」
「わぁっ!」
 できる限り身体を小さくし、見てもいないメニューで顔を隠していた俺は、ギュッと握り締めていたメニューを取り上げられ、最早隠れる場所がなくなった。
 なるほど。店に入ってきた客が俺達と同じアイドルの橋本ありすだったから、店員は俺達の席の近くに二人を案内したんだな。
 同じアイドル同士、仲がいいと思ったのかもしれないけど、そこの気遣いは無用っていうか、余計なお世話って感じ。お互いアイドルなんだから、むしろプライベートで異性と一緒にいるのは不味いと思って欲しかった。
「久し振りね、陽平」
「お……おう……。久し振りだな、夏凛」
 橋本ありすはありすで顔を合わすのが気まずいが、それよりもっと顔を合わせるのが気まずいのは、ありすと一緒にいるもう一人の女の方だ。
「なになに? 夏凛はCROWNの湊君やFive Sの陽平君と知り合いだったの?」
「うん。昔音楽番組で先輩のバックダンサーとして出た時に、二人も同じように先輩のバックダンサーとしてスタジオに来てたの。その後も何度か顔を合わせることがあって、なんとなく自然に話すようにもなったんだよね」
「へー。そうだったんだ」
「~……」
 あわわ……俺のあまり知られたくない……わけでもないけど、あまり公になって欲しくない過去が……。
 当時、まだZeusの養成所に通っていた俺は、先輩のバックダンサーとして音楽番組に出演することが何度かあった。今、俺の目の前にいる時枝ときえだ夏凛とは、俺がZeus養成所のレッスン生の時に知り合った。夏凛は夏凛で、俺や湊と同じようにアイドルを目指すレッスン生で、先輩のバックダンサーとして収録現場に来ていることも多かった。
「あれ? でもちょっと待って? 陽平君ってLightsプロモーション初のアイドルグループなんじゃ……」
「陽平はもともと湊君と同じZeus養成所にいたのよ。なんか知らない間にLightsプロモーション所属ってことになってるみたいだけど。でも、陽平がもとはZeus養成所に通うレッスン生だってことを知ってる人はいると思うよ? だってテレビに出てたんだから」
「そうなんだ。私、全然気付かなかった」
「ま、あの頃とはちょっと顔つき変わったし、テレビに出てるって言ってもバックダンサーとしてだから、目当てとしてでも見ていない限り、あんまり記憶に残ることもないかもね。なにせAbyssのバックとかで踊ってたんだから。Abyssのメンバーそっちのけでバックダンサーなんか見ないでしょ」
「えっと……」
 相変わらずズケズケとものを言う奴だ。ありすが返答に困ってるじゃんか。
 そりゃ確かに、Abyssが歌ってるのにバックダンサーに夢中になるような奴なんていないとは思うけど、Abyssのバックで踊っていた人間を目の前にして
『それもそうだよね』
 なんて言えないだろ。
「事務所は移ったみたいだけど、相変わらず湊君とは仲良くしてるんだ。ま、昔から仲良かったもんね。陽平と湊君」
「そういうお前はなんで橋本ありすと一緒にいるんだよ」
「何か問題でも? 私とありすは同じ事務所に所属してるし、レッスン生時代の同期だもん。たまにはこうしてお茶くらい一緒にするわよ」
「あっそ」
 聞いといてなんだけど、それはわざわざ聞かなくても、ちょっと前の二人の会話から充分にわかることだった。
 それにしても、なんでよりによってこの二人の組み合わせなんだよ。個人的には一番一緒にいて欲しくない組み合わせだな。
「あのさ。夏凛と二人が昔から知った仲なのはわかったんだけど……。なんで夏凛は湊君のことは湊君で、陽平君のことは陽平って呼び捨てなの?」
「え……えっとぉ……それは……」
 この場合、音楽番組で何度か共演したことがあり、スペシャルドラマでも共演したことのあるありすの方が、俺とは親しくなっていそうなものだけど、俺とありすはあまり喋ったことがないし、ありすは司にご執心だから、司と同じグループの俺とはあえて仲良くしないようにしているのかもしれない。
 そこへきて、まだアイドルとしてデビューしていない夏凛が、既にデビューしている俺や湊と親しい間柄というのは、ありすからしてみれば不思議で仕方ないのかもしれない。
 仲良くなった経緯はわかっても、俺と湊では対応が違うところも、ありすには謎なんだろうな。
「ありすちゃん鋭いね」
「お……おい、湊……?」
「実は陽平と夏凛って……」
「馬鹿っ! 言うなって!」
 俺の気持ちを知ってか知らずか、あっさり過去を暴露しそうな湊に慌てた俺は
「付き合ってたんだよね」
 湊の口を塞ごうと伸ばした手の甲斐もなく、ここでは知られたくなかった過去を暴露されてしまった。
 アホ馬鹿湊の野郎……。普通暴露するか? なんの嫌がらせだ。
「え……」
 突然のカミングアウトに目を丸くして驚いたありすは、気まずそうな顔になる俺と夏凛、してやったり顔の湊を順に見渡してから……。
「嘘ぉぉぉぉ~っ!」
 悲鳴にも近い驚きの声を上げた。



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