僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Season 3

第3話 さよならスクールデイズ(1)

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 高校二年生の夏前。事務所の人にスカウトされ、それまでの生活がガラリと一転してしまった俺は、実家を離れることになり、通っていた高校も転校させられる羽目になった。
 最初は“一体どんな悪夢?”って思ってたけど、蓋を開けてみれば、一転した生活のおかげで、俺は今まで以上に楽しい人生を送れるようになっていた。
 そして、そんな俺の人生も、今一つの節目を迎えようとしていた。
「はぁ~……ついに悠那が卒業かぁ……」
「なんかあっという間だったね。まだ全然高校生でも通用するけど」
「酷いよ司。俺、もう18歳だよ? 二ヶ月後には19歳にもなるんだからね」
「若々しくて可愛いって意味だよ。悠那はいつだって可愛いし、いつまでも俺の可愛い悠那だよ」
 3月になったと同時に、その節目の日を迎えた俺は、俺の人生を大きく変えることになったメンバーと一緒に、学校への道のりを歩いていた。
 今思えば、このメンバーと出逢えたことで、俺の人生は変わったんだよね。
 Five Sのメンバーに出逢えたことはもちろんだけど、何より一生を共にしてもいいと思える相手に出逢えたことと、その相手と恋人同士になれたことが一番嬉しい。
 そんな俺の愛すべき恋人である司は、今日の俺の卒業式にも陽平と一緒に参列してくれる。もちろん、マネージャーも。
 卒業式という、一応はフォーマルな席だからか、二人とも今日はスーツ姿だった。これがまた似合ってて格好いい。俺は卒業式なんかそっちのけで、スーツ姿の司を眺めていたい。
「じゃあ悠那。最後の教室に行っといで」
「うん。また後でね」
 学校までは一緒に来たけれど、式の前には一度教室に行かなきゃいけないから、校門を潜ったあたりで二人とは別れた。
「悠那さんが卒業するなんて実感湧きませんね」
「なんだか寂しいです。悠那君がいなくなるの」
「大丈夫。卒業しても家では一緒だもん。寂しくないよ」
 司達と別れた後は、律と海と一緒に校舎に向かった。二人も今日の卒業式には在校生として参列する。
 ここの高校は少し変わったところがあって、卒業式が二回ある。一回目が今日、二回目が明日だ。今日は芸能科のみの卒業式ってことになっている。ちなみに、芸能科以外の生徒は学校自体がお休みだった。
 どうして二回に分けられるのかというと、芸能科には芸能人として普通に活躍している生徒が沢山いるから、取材なんかもやって来る。普通科の生徒と一緒だと迷惑が掛かるから、芸能科だけ別にしようって話になったらしい。
 芸能科の卒業式には保護者も原則として出席できないみたいだから、その代わりと言ってはなんだけど、事務所の人間やマネージャーの参列が認められているらしい。そんなわけだから、司や陽平、マネージャーが俺の保護者代わりとして卒業式に出てくれることになった。
 学年に一クラスしかない芸能科の卒業式は芸能科の在校生を含めても当然人数が少ない。保護者がいないうえ、芸能界に関わる人ばかりの式になるから、あまり堅苦しい感じはしないかも。卒業生としては気楽さがある。
「悠~那っ」
「え……わぁっ!」
 校舎に入ったところで、俺は急に後ろから抱き付かれて、思わず大きな声を上げてしまった。
 何々? 何事?
「おはようございます。朔夜さん」
「おはよ。いや~、三人共制服が眩しいなぁ~」
 後ろから抱き付かれている状態だから相手の顔が見えない。でも、声と律の発言で、それが誰なのかはわかった。
「ちょっと! なんで朔夜さんがここにいるの⁈」
 誰なのかはわかったけど、どうしてここにいるのかはわからない。朔夜さんがここの卒業生だってことは知っているけれど。
「卒業生への祝辞を言いに来たんだよ。ほら、去年も来てただろ? 毎年卒業生の中から選ばれてるんだよ。今現在、芸能界で活躍してる先輩卒業生がさ」
「ああ。そう言えば……」
 あったね。そんなものが。でも、去年はもっと年配の大御所俳優さんだったから、朔夜さんがそうだとは思わなかった。
 祝辞なんてちゃんとしたものを朔夜さんに頼んで大丈夫なんだろか。朔夜さんは先輩としてはいい人なんだけど、ちょっと子供っぽいところがあると思う。祝辞を述べるような人間には見えないんだけど。
「俺も校長先生から頼まれた時はビックリしたよ。俺でいいの? って思ったけど、悠那の卒業式で祝辞を述べられるなんて、これはもう運命だなって。どんなこと言おうかな~」
「え⁈ 言うこと決めてないの⁈」
「なんとなくは決めてるけど、ちゃんとした原稿とかは用意してないよ。面倒臭いし」
「……………………」
 面倒臭いって言った。俺にとっては人生最後の卒業式になるんだから、もっとちゃんとして欲しいんだけど。いくら芸能科の卒業式だからって、あんまり変なこととか言わないで欲しい。カメラだって入るのに。
「大丈夫なの? あんまり変なこと言ったら話題になっちゃうよ? Abyssは国民的アイドルなんだからね」
「何? 心配してくれてるの? 悠那がちゅーしてくれたら頑張るよ」
「~……」
 大丈夫じゃない気がしてきた。校長先生もなんで朔夜さんなんかに頼んだんだろう。もっと他に適任の人がいたんじゃないの?
 ま、朔夜さんが祝辞を述べてくれるとなると、卒業生は喜ぶだろうし、盛り上がりもするだろうけど。
「ほらほら~、悠那。ちゅーしてよ」
「ダっ……ダメっ! 離してってばっ! 嫌ぁ~んっ!」
「僕達そろそろ教室行きますね」
「悠那君、朔夜さん。ほどほどに」
「え⁈ 助けてくれないの⁈」
 校舎に入るなり、本来はいるはずのない朔夜さんに捕まり、キスをせがまれる始末。そして、そんな俺を助けず教室に向かおうとする律と海。
 俺の高校生活最後の一日は、こんな感じで始まった。





「じゃあな、悠那。またどっかの現場で会おうぜ」
「うん。元気でね」
「いつか一緒に共演しような、悠那」
「そうだね。そういう話があればいいね」
 卒業生入場はあるけど、卒業生退場はない卒業式だから、校歌斉唱が終わると閉会の言葉があり、そこからはもう解散モードになった。卒業式の会場になっている体育館は一気に賑やかになる。
 これは、取材に来ている報道陣のためのようで、卒業式が終わると、卒業生からコメントをもらいたい取材陣が動きやすいよう、広い場所をそのまま提供しているそうだ。
 俺も取材に来ていた報道陣に呼ばれ、インタビューなんかをいくつか受けた後は、またいつか会うこともあるだろうクラスメートと言葉を交わしつつも、人の入り乱れる中、司の姿を探した。
 そうそう。心配していた朔夜さんの祝辞だけど、思ったよりちゃんとしたことを言ってくれたから、とりあえずはホッとした。歳がそんなに離れていないからか、今の俺達にとって一番ためになる話をしてくれたようにも思う。
 ただ
『今年の卒業生の中には個人的に関わりがあり、俺が愛してやまない人間もいるので、とても感慨深いものもあります。な、悠那』
 って部分は完全にいらなかったと思う。祝辞を述べてる間も、ずっと俺の方を向いてたし。
 俺が朔夜さんにちゅーしなかった仕返しなんだろうか。あの時、たまたま通り掛った担任の先生が助けてくれなかったら、俺の唇は朔夜さんに奪われていたかもしれない。
 なんで高校最後の日に、担任の先生にそんな場面を見られなきゃいけなかったんだよ。ま、変な誤解とかはされなかったと思うけど。
 俺の担任の先生は、朔夜さんの担任の先生でもあったらしく、朔夜さんの性格はよくわかっているようだった。
「悠那」
「あ、司っ」
 ようやく人ごみの中から司を見つけることができた俺は、思わず司に抱き付きそうになったけど、そこはグッと我慢することにした。
 別に抱き付いても良かったんだけど、周りの人間に子供っぽいと思われるのがちょっと嫌だった。
 俺と司が仲良しなのは誰もが知っていることだとは思うけど、本当の仲までは知られていない。俺は司に懐いている可愛い弟って感じで見られているようだから、ここで司に抱き付いて、高校を卒業してもお兄ちゃんに甘える甘えっ子な弟だと思われるのは嫌だ。
 好きな人にくっつくのは愛情表現の一つだから、子供っぽいってものでもないとは思うけど、俺も明日からは学生じゃなくなるんだから、もうちょっと大人っぽく振る舞わなきゃね。
「取材はもう終わったの?」
「うん。雑誌とテレビの両方来たよ。もちろん、マネージャーも傍にいたけど」
「卒業式なのに大変だね。もう帰れるの?」
「うん。解散は自由なんだ。教室の荷物取ってきたら帰れるよ」
「それなら帰ろ。マネージャーがお昼ご馳走してくれるって」
 今日は俺の卒業式だから、マネージャーが気を遣って仕事を入れなかった。だから、今日のスケジュールはこれで全て終了。この後は丸々自由時間だ。
「ねえ、司。俺と一緒に教室来てくれない?」
「え? うん。別にいいけど……」
 司の後ろには陽平とマネージャーもいたけれど、俺は司だけを教室に誘った。
 実は俺、学生生活の中で一つだけ心残りがあるんだよね。学校を出て行く前に、その心残りを解消しておきたい。
 体育館内はまだ賑やかだし、取材も続いているようだ。そんな中、使った椅子を集め、ステージ下の収納スペースに片付けている在校生の姿があった。
 卒業式の後片付けは在校生の仕事だった。俺も去年はやった。
「よし、誰もいない」
「どうしたの? 悠那。教室なんかに連れてきて」
 もう帰った卒業生もいるだろうし、先に荷物を取りに来てから、どこかで立ち話してる卒業生もいるだろう。教室に残っている荷物は数人分しかなかった。
「うん。あのね……」
 俺は教室のドアをぴっちり閉めると、初めて入る教室の中を懐かしそうな目で見渡す司の傍に歩み寄った。
「俺、卒業する前に司としたいことがあるの」
「俺としたいこと?」
 高校生になっても初恋がまだだった俺だけど、恋愛に興味がないわけじゃなかったし、夢や理想、願望なんかもそれなりに抱いていた。
 高校三年生の途中から新しい高校に転校するのが面倒臭かった司は、高校を中退する道を選んでしまったけど、もし、司が俺達と一緒に転校していたとしても、その時はまだ俺の望みは叶わなかった。
 だって、俺と司が付き合い始めたのって、俺が高校三年生になってからだもん。その頃は、司はもう高校を卒業した後だもんね。
「俺、ここで司とキスしたい」
「え?」
 俺からの突然の発言に、司はちょっと驚いた顔をしたけれど、俺がふざけているわけじゃないとわかると、表情を柔らかく崩し
「学校でキスしてみたかったの?」
 俺の身体をふんわりと包み込みながら、とびきり優しい顔になって聞いてきた。
「うん。俺、司に出逢うまでは好きな人もできなかったけど、学校で恋人とキスしてみたいって願望は持ってたんだよね。今日で卒業しちゃうから、卒業する前にしたいなって」
「なるほどね。俺もそういう願望はあったな」
 教室のドアに鍵を掛けといた方が良かったかな? とも思ったけど、幸い、誰もここに来る気配はなかった。窓の外はグラウンドが見えるだけで、人の姿も見えなかった。
「司はしたことある?」
「ん? ないよ。学校でキスするのって勇気がいるし。誰かに見られたらって思うとなかなかできないから」
 過去に付き合っていた彼女がいたことのある司は、ひょっとしたら、元カノとそういうことをしたことがあるのかも……と思ったけど、司も学校でキスしたことはないと言う。
 そうなると、今朝必死に朔夜さんに抵抗して良かったって心から思う。
「俺は高校を中退しちゃったけど、今思うと、悠那と一緒なら通えば良かったってちょっと後悔してる。短い間でも、悠那と同じ学校に通えるチャンスだったのにね」
「俺も司の制服姿が見れなくて残念。見たかったな」
 今更言っても仕方ないことだけど、ほんのちょっとの間でも、司と同じ学校に通えていたらって思う。学年は違っても、学生姿の司を見たかったっていう気持ちは少しある。
 きっと司は似合ってただろうな。うちの学校の制服。今度海に頼んで、司に海の制服着てもらおうかな。劇的な成長期を終えた海の身長は、司とあまり変わらないほどに伸びているし。海の制服なら司も難なく着れるだろう。
 お互い制服姿でキスしてみたかった気持ちもあるけれど、制服ではなくスーツ姿の司は、背も高いから学生というよりは新任の教師って感じに見えなくもない。これはこれでアリっていうか、禁断の恋感があっていい。
 こんな先生がいたら、俺、めちゃくちゃ勉強頑張ってただろうな。
「悠那」
「ん……」
 誰もいない教室で重なる唇に、俺の心は満たされていく。
 これでもう、学生生活で思い残すことは何もない。学生最後の日に念願が叶って良かった。



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