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Season 3
愛のバレンタイン大作戦⁈(5)
しおりを挟む結論から言うと、僕達からのバレンタインのサプライズは、バレンタイン当日の夕飯前に行うことになった。
その日は夕方からラジオの収録が入っていたけれど、夜までには帰って来れるし、夕飯も家で食べる予定になっていた。
悠那さん曰く
『最初は用意してないフリした方が、実際渡された時にびっくりすると思う』
という狙いもあるらしい。
ラジオの収録先でも、女性スタッフからチョコレートを貰ってしまった僕達は、お礼を言いながらも、「しばらくはチョコレートを買わなくても済むな」なんて言い合ったりもした。帰りの車の中で、ちゃんとマネージャーからも貰ったし。
「やっぱりバレンタインっていいですね。僕、チョコレート大好きだから嬉しいです」
学校でもクラスメートの女子からチョコレートを貰った海は、大好きなチョコレートに囲まれて幸せそうだった。
ちなみに、僕も海と同じようにチョコレートを貰ったけれど、昨日の陽平さんや司さんに倣って、メンバー全員で食べることにした。それは海も一緒で、共同スペースに置いて、好きな時に好きものを食べられるようにしてある。
悠那さんもクラスメートから貰ったみたいではあるけれど、帰って来るなり、昨日陽平さんと司さんが貰ってきたチョコレートと早々に一緒にしてしまったから、どれがそうなのかは最早わからなかった。
本来なら、貰った数を自慢し合うのが一般的な男子高校生なんだろうけど、悠那さんは貰ったこと自体が迷惑そうな顔だった。
司さんと恋人同士になって以来、悠那さんは本来の男子の姿からどんどんかけ離れていく気がする。
「律。もう飯できるからみんな呼んできて」
「わかりました」
今日の食事当番は陽平さんだった。家に帰ってくるなり、手際よく夕飯作りに取り掛かる陽平さんを手伝っていた僕は、陽平さんに頼まれて、部屋でおとなしく夕飯を待っている司さんと悠那さんを呼びに行った。
海は僕が陽平さんを手伝っているからか、リビングでテレビを見ていたから呼びに行く必要はなかった。
「わかった。すぐ行くね」
司さんと悠那さんの部屋のドアをノックして開けると、司さんの膝の上に座っている悠那さんを、司さんが幸せそうな顔で見詰めながらお喋りしている真っ最中だった。
人目がないところでも常にこういう調子らしい。外から声掛けるだけにしとけば良かった。
「司、先に行ってて。俺、ちょっと律に話があるから」
立ち上がろうとする司さんの膝の上から下りた悠那さんは、司さんより先に立ち上がると、後から立ち上がった司さんの背中を押して部屋から追い出すと
「いよいよだよ、律」
僕に向かってグッと親指を立ててきた。
「はい……」
悠那さんはこの時が楽しみでしょうがないって顔だけど、僕は今になって逃げだしたい気分。
やっぱり、僕が手作りチョコだなんて柄じゃないよ。海やみんなの驚く顔を想像したら、今すぐ渡すのをやめてしまいたくなる。
「あの……やっぱり渡さなきゃダメでしょうか?」
今更そんな消極的な発言をしてしまう僕に、悠那さんは当然
「今更何言ってるの? ダメに決まってるでしょ」
僕を叱るみたいな顔になって、きっぱりとそう返した。
だよね……。そんなことを悠那さんが許してくれるわけないよね。
「ほら、早くチョコレート取ってきなよ」
「うぅ……わかりましたよ」
部屋の中に隠していた紙袋を出してきた悠那さんが僕を急き立てるから、僕も素直に従うしかなかった。
「悠那、律。早く来い」
「はーい」
なかなか部屋から出てこない僕達を呼ぶ陽平さんの声に、悠那さんはもたもたする僕の手を引きながら返事を返す。
あぁ……こんなに緊張するのは久し振りだ。バレンタインにチョコレートを渡すって行為が、こんなに緊張するものだとは思わなかったよ。
「何してたの?」
僕達がダイニングに顔を出すと、悠那さんに部屋から追い出された司さんが不審そうな顔になって聞いてきた。
「今からわかるよ」
紙袋を後ろ手に持った悠那さんはにこにこ笑いながら言うと、次の瞬間、背中に隠していた紙袋を得意気にみんなの前に突き出した。
「え……何?」
一気にきょとんとした顔になる司さんに釣られて、海までもきょとんとした顔になる。唯一、陽平さんだけが“やっぱりな”って顔をして、にやけそうになる顔を必死に堪えているみたいだ。
だけど、陽平さんもまさか自分のチョコレートまで用意されているとは思っていないだろう。
「俺と律からバレンタインの贈り物だよ。はい、司」
「え……え? あ……ありがとう……」
悠那さんからチョコレートを貰えるとは思っていなかったのか、チョコレートにしては大き過ぎる箱を受け取った司さんは、やや放心状態だった。
「おいおい、悠那。デカ過ぎじゃね? どんだけ特大サイズなんだよ」
中身はチョコレートだと疑わない陽平さんは、チョコレートの箱だとしたらちょっと見ないサイズが面白そうだった。
「俺にとっては恋人に初めてあげるバレンタインの贈り物だもん。これぐらいしなきゃ。はい、陽平の」
「は? 俺にもくれんの?」
「うん。もちろん、律のも海のもあるよ」
「わー、ありがとうございます」
司さん、陽平さん、海の順でチョコレートを渡した悠那さんは、最後に僕にチョコレートを渡しながら
「ほら、律も渡しなよ」
僕の耳元でこそっと囁くついでに、肘で僕を小突いてきた。
「~……」
相変わらず、この場から逃げ出したくてしょうがない僕ではあったけど、この流れで渡さなかったら、もっと渡しにくくなってしまう。
ここはもう、潔く腹を括ってしまおう。
「はいっ! 海っ!」
悠那さんに倣って、まず恋人から渡そうと思った僕だったけど、緊張のあまり声が裏返ってしまったし、ややヤケクソみたいな渡し方になってしまった。
「え……」
悠那さんから貰ったチョコレートだけだと思っていた様子の海は、それまで悠那さんの後ろでもじもじしていた僕が、いきなり箱を差し出してきたことにびっくりしたみたいだった。
おそらく、悠那さんと僕からと言っても、僕は悠那さんに付き合わされただけで、一緒にチョコレートを買いに行ったぐらいにしか思われていなかったんだろう。
「は……早く受け取ってよっ!」
「う……うん……」
自分の手にラッピングが施されたハート型の箱があるというだけでも恥ずかしいんだから、海には放心するより先に受け取ってもらいたい。
海が恐る恐る僕の手から箱を受け取ったのを確認すると
「どうぞっ! 陽平さんっ! 司さんっ!」
勢いが消えないうちに、陽平さんと司さんにもチョコレートを渡した。
ただ、この二人に渡すのは、海に比べると全然恥ずかしくなかった。
「マジか。律までくれんの?」
「一緒に用意したんじゃなくて、それぞれで用意してくれたんだ」
僕からチョコレートを受け取った陽平さんと司さんも、僕の方でもチョコレートを用意しているとは思っていなかったようで、僕からのバレンタインの贈り物には二重に驚いたみたいだった。
「あれ? ちょっと待って? もしかしてこれ、手作りじゃない?」
二つの箱をテーブルの上に並べ、まじまじと見下ろした司さんは、市販のものなら必ずあるはずの、店名が記された部分がどこにもないことに気が付いた。
ついでに言うと、包装がところどころ乱れているし、リボンもちょっと歪な形になってたりするから、プロが施したラッピングじゃないと気付いたんだろう。
「ん? 悠那の方は市販だぞ?」
司さん以外は市販のチョコレートを渡した悠那さんだから、陽平さんがそう答えるのは無理もない。この中で、どちらからも手作りの品を贈られたのは司さんだけだ。
「正解~。俺が司にあげたのと、律から貰ったやつは手作りだよ。実は昨日、俺達は仕事に行ってたんじゃなくて、マネージャーの家で手作りチョコ作りをしてたんだよ」
「手作り⁈ 悠那と律が⁈」
驚いてくれるのは嬉しいし、悠那さん的には大成功だったんだろうけど、ちょっと驚き過ぎである。
「いや……悠那が司に手作りチョコ渡そうとしてるのには気付いてたし、それに律が巻き込まれてるのも気付いてたんだけどさ。まさか律まで手作りチョコ作っただなんてちょっと信じられないな」
「俺は悠那がそんなことしようとしてることにさえ気付かなかったよ。マネージャーもグルだったんだ」
「手作り……律の手作り……」
サプライズとしては大成功。だけど、驚かれれば驚かれるほど、自分がらしくないことをしたんだと思い知らされるようだ。
「司以外は市販ってとこが悠那らしいけど、逆に司以外に渡すとは思わなかった。ありがとな、悠那」
「どういたしまして」
「律もサンキュー。律の手作りチョコとか貴重過ぎて食うのもったいないわ」
「いえ……そんな……」
改めてお礼を言われると益々恥ずかしくなるけれど、こうして喜んでもらえたのは良かったと思う。
それはそうと、こういうことをされたらもっと大喜びしそうな海がやけにおとなしい気がする。もしかして、あんまり嬉しくなかったんだろうか……。
「り……り……律ぅ~っ!」
「ぅわっ⁈」
そうじゃないらしい。あまりにも嬉し過ぎて、感極まっていただけらしい。
いきなり椅子から立ち上がり、僕を力いっぱいぎゅうぅ~っと抱き締めてくる海に、僕はあたふたと慌てるくらいしかできなかった。
「二人ともホワイトデーにはちゃんとお返ししないとね。でも、その前に悠那にはいっぱい感謝の気持ちを伝えなきゃ」
「うん。俺も司が好きって気持ちをいっぱい伝えるね」
今から夕飯だというのに、夕飯を食べるより別のことをしたそうな司さんと悠那さんに、陽平さんが一気にげんなりした顔になる。
「はいはい。イチャイチャすんのはいいけど、先に飯食ってくんね? 後でいくらイチャついてもいいから。律と海もまあ座れ」
「はい。座りま……すから、海っ! いい加減離れてっ!」
色恋沙汰の絡んだバレンタインデーは初めてだし、僕がバレンタインのチョコを渡すのも初めてのことではあったけど、海も物凄く喜んでくれたみたいだから、悠那さんに付き合って良かったって思う。
悠那さんの言うように、愛情表現の苦手な僕は、こうしたイベントを利用するのも一つの手なんだな。
悠那さんほどあからさまじゃなくても、僕が海を好きって気持ちは、もう少し伝えてあげてもいいのかも……と、改めて思う僕だった。
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