僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Season 3

    愛のバレンタイン大作戦⁈(3)

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「それじゃ行ってきまーっす」
「行ってきます」
 2月13日。バレンタインデー前日。
 学校から帰ってきた僕と悠那さんは、僕達をマンションまで迎えに来てくれたマネージャーと一緒に、今から仕事という体でマンションを後にした。
 僕達に何の仕事が入ったのかは、マネージャーが上手く誤魔化してくれたし、マネージャーの言うことだから、みんなすんなり信じてくれたようだ。
 陽平さんは薄々勘づいていたかもしれないけど。
「まずは買い出しからね。買う物はわかってる?」
「それはバッチリだよ。ちゃんとメモもしてきたもん」
 マネージャーの運転する車の中でも、悠那さんは始終にこにこしっぱなしだった。
 一体どこでチョコレート作りをすることになったのかというと、今車を運転しているマネージャーの家だった。
 僕達の家にはしょっちゅうやって来るマネージャーだけど、僕達がマネージャーの家にお邪魔するのは初めてのことだ。一人暮らしの女性の家にお邪魔するなんて、なんだかちょっと緊張する。
 身バレしない程度に顔を隠した格好で買い物を済ませると、車はマネージャーの住むマンションへと一直線。
 見慣れない外の景色を、僕は車の中からぼんやりと眺めていたように思う。
「それにしても、メンバーに手作りチョコ作ってあげたいだなんて可愛いわ。しかも、悠那君と律君って組み合わせも意外ね」
「でしょ? この意外な組み合わせがサプライズなんだよ」
 どうやら僕達の関係をバラしたわけではなさそうだから安心した。悠那さんも、バレずに行動することが一応はできるらしい。
 だったら最初からそうしてよ。って言いたくもなるけど。
「はい、到着~。一応綺麗にはしてるけど、そんなに広くはないからガッカリしないでね」
「何言ってるの? キッチン貸してくれるだけで大助かりだよ」
 マネージャーの住むマンションは、確かに僕達が住んでいるマンションよりは小さいし、一人暮らし専用って感じのマンションだった。
 でも、建物自体は綺麗だし、中も思っていたよりは充分に広い。キッチンも広めで、普段料理をするにはもちろん、お菓子作りをするのにも困らないくらいの余裕があった。
「へー。ここがマネージャーの部屋なんだ」
「家具がお洒落ですね。部屋の中もいい匂いがします」
「これでも一応は女だからね。ちょっとは拘ってるのよ」
 買ってきた材料をテーブルの上に置くと、早速チョコレート作りに取り掛かることにした。
 その間、マネージャーはのんびりとソファーで寛ぎながら、僕達の様子をちょこちょこ気にしてくれていた。
『何か手伝うことがあるなら遠慮なく言ってね』
 とは言われたけど、できるだけ自分一人の力で司さんへの贈り物を完成させたい悠那さんは、マネージャーにオーブンの使い方くらいしか聞かなかった。
 暇さえあれば熱心に作り方を本で学んでいた悠那さんだから、手順は頭に叩き込まれているということなのかな。手際もそんなに悪くなかった。
 手際の良さに関しては、自炊をするようになってから鍛えられた部分もあるのかもしれない。
 対する僕は、慣れないお菓子作りにわからないことだらけで、しょっちゅうマネージャーに助けを求めたように思う。
 初めてのお菓子作りはもちろん苦戦したし、ちょっとした失敗なんかも当然した。でも、努力の末に出来上がった作品は、そこそこ見栄えが良かった。
「しまった……ケーキにしたら味見ができない」
 悠那さんの言うチョコレートケーキとはガトーショコラのことだったらしく、見た目は凄く綺麗にできているんだけれど、味見はちょっとできそうになかった。
 ケーキの型もハート型なんかにしちゃたから、ちょっとだけ端っこを切って……なんてことはできないし、クリームを塗って誤魔化すこともできない。
「味見できなくても上手にできてると思うけど? 材料が余ってるならもう一回同じように作ってみたら? そしたら味見できるじゃない」
「そっか。そうしよう」
 失敗しないように頑張る。と言っていた悠那さんだけど、初めてのお菓子作りには自信がなかったようで、材料は余分に買っていた。
 マネージャーの提案で、もう一度同じようにガトーショコラを作ることにした悠那さんは、珍しく真剣な顔つきだったし、集中力も凄かった。
「律君はもう終わったの?」
「はい。僕はわりと簡単なのを選んだので。後は冷やして箱に詰めるだけです」
「簡単でも一生懸命作った手作りって嬉しいものよ。トッピングも可愛くできてたし」
 ちなみに僕も材料は余分に買っていたけど、その材料は全部使いきってしまった。冷えて固まった後に味見をする予定だ。
 こうして場所を提供してくれたマネージャーの分も作っておいたから、完成したら渡すつもり。
「それはそうと、どうして悠那さんは今年は手作りじゃないとダメだったんですか?」
 悠那さんが作った二つ目のガトーショコラをオーブンで焼いている間、マネージャーが淹れてくれた紅茶を飲みながら休憩することにした僕達。香りのいい紅茶にまったりしながら寛ぐ僕が聞くと
「だって、市販のチョコなら今まで渡したことがあるんだもん。ほら、友チョコってのがあるでしょ? くれくれってせがまれたから、何回かあげたことがあるんだよね。だから、今年は手作りじゃないと嫌だったの」
 という返事。
「ああ……そうだったんですか……」
 なるほど。そういうことだったのか。納得した。
 なんで今年は手作りじゃないとダメなのかと気になっていたけれど、バレンタインにチョコを渡すこと自体は初めてじゃなかったんだ。だから、初めてできた恋人には、市販のチョコレートじゃなくて、手作りチョコを渡したかったんだな。
 なんでせがまれたりなんかしてるんだ。という突っ込みはわざわざしなくてもいいだろう。きっと昔から性別不詳で可愛い悠那さんだから、バレンタインにチョコを貰いたいと思っている輩がいっぱいいたということなんだろうな。
 自分がそんな目で見られていることも知らずに、ほいほいとチョコをあげてしまう悠那さんも悠那さんだけど、イベント事が好きな悠那さんの性格なら仕方ないって気もする。
 しかしまあ、そんなチョロい感じで、よく今まで何事もなく過ごしてこれたものだよね。悠那さんの周りには比較的良心的な人が多かったということなんだろう。
「へー。最近は男の子の間でも友チョコのやり取りってするんだ。私が学生の頃は、男子が友チョコのやり取りなんてしてなかったけど」
 僕達よりちょっと年配なマネージャーは、感心した様子でそんなことを言ったけど、世の中はそんな流れになっていない。中にはそういう男子もいるのかもしれないけど、少なくとも、僕の周りでは男同士でバレンタインのチョコレートを交換する風習は定着していなかった。女の子同士の間では、そういうやり取りをしている子も沢山いるけれど。
 でも、僕の知る友チョコのやり取りとは、お互いにチョコを交換し合うものであって、一方的にあげるものではなかったような気がする。悠那さんの場合、チョコをくれとせがんできた相手は、自分も悠那さんへのチョコを用意していたんだろうか。
「どうなんだろう? あんまりあげてる男子はいなかったと思うけど……。でも、ホワイトデーにはちゃんとお返しくれるからいいかなって」
 やっぱり。悠那さんがあげていたのは友チョコではなく、バレンタインとしてのチョコレートだったようだ。本人は友チョコだと思い込んでいるようだけど。
「え? 交換するんじゃないの? 悠那君があげたチョコのお返しがホワイトデーになっちゃったら、それは友チョコじゃないじゃない。普通にバレンタインのチョコじゃない」
「え⁈」
 僕はあえて突っ込まないようにしたけど、マネージャーは普通に突っ込んだ。
 突っ込まれた悠那さんは目を丸くして驚き、「そうなの?」と言わんばかりに僕を見た。
 こういうところは男子故なのだろうか。バレンタインの知識については、女の子ほど詳しくないってことなのかもしれない。
「え……俺、そんなつもりであげてないのに……。友チョコくれって言われたからあげただけなんだよ?」
「悠那君可愛いから。バレンタインにチョコ貰いたいって思われたんでしょうね。でも、バレンタインのチョコくれって言ったら断られそうだから、友チョコって言葉を使われたんじゃない?」
「酷いっ! 騙されたっ!」
 この場合、騙された方も悪いとしか言いようがない。
 それに、騙した方も悪気があったわけではなく、純粋に悠那さんからチョコレートを貰いたかっただけなんだから、そんなに怒ることでもないと思う。
 ちゃんとお返しはくれていたみたいだし。
 可愛いと思ってはいても、実際に付き合うことは不可能だと思っていた男子諸君が、疑似恋愛的に悠那さんとバレンタインやホワイトデーのやり取りをしたかっただけの話なんだろう。
 その悠那さんが今は同性の司さんと付き合っていると知ったら、その中の何人が後悔するのだろう。
 こんなことなら、さっさと手を出しておけば良かった。と思う輩が数人はいるだろうな。
「いいじゃないの。ちゃんとお返しも貰えたんなら」
「良くないっ! 俺、ちゃんとしたバレンタインとしての贈り物は司が初めてにしたかったのにっ!」
「悠那さんっ⁈」
「何っ! あっ!」
 なんとなく、話の流れが危険な方向に進んでいるような気はしていた。が、いきなりそんな不満を訴えられたら、僕も止めるに止められなかった。
 自分の発言に慌てて口を押える悠那さんだけど、一度口から出てしまった発言は取り消すことができず、マネージャーの耳にもしっかり届いてしまっていた。
「ん? ちょっと待って? それは一体どういう意味なの?」
「えっと……その……」
 やっぱり悠那さんに隠し事なんてものはできなかったようである。いつもこんな感じで急に暴露されちゃうから、こっちも止めようがないんだよね。止めようと思った時には、もう言い終わった後ばっかりだ。
「もしかしてとは思うけど、司君と悠那君、付き合ってたりなんかしてないでしょうね?」
「あ……う……」
 急に怖い顔になり、グッと悠那さんに詰め寄るマネージャーに、悠那さんは心底困った顔になって狼狽えた。
 その姿は、傍で見ている僕までハラハラしてしまう。
「隠しても無駄よ? 私はあなた達のマネージャーですからね。隠そうと思ってもすぐに見破っちゃうわよ?」
 僕達の保護者的存在でもあるマネージャーに凄まれてしまっては、悠那さんが堕ちるのも時間の問題だ。
 そもそも、最初に咄嗟の誤魔化しができなかった時点で、もうバレてしまったと断言してもいいのかもしれない。
「ご……ごめんなさい。俺、司と付き合ってる」
 一度関係を疑われたら隠し通すことは不可能だと断念したのか、悠那さんはあっさりと司さんとの関係を白状した。
 無理もない。あれだけイチャイチャしておいて、隠し通せること自体が不可能だったんだ。司さんと悠那さんの関係は、遅かれ早かれマネージャーにバレていたと思う。むしろ、今までバレなかった方が不思議なくらいだ。
「っ……」
 司さんとの関係を白状した悠那さんは、一体どんな説教が飛んで来るのかと、目と口をギュッと閉じ、マネージャーからの説教に備えた。ところが……。
「やっぱりね。そうじゃないかとは思ってたのよ。なんでもっと早く言ってくれないの? そういうことはちゃんと言ってくれないと、マネージャーとしてもフォローするのが遅れちゃうでしょ?」
 マネージャーは怒るでも説教するでもなく、ちょっとした小言を零しただけだった。
 どうやら薄々気付かれてはいたらしい。確信はなかったようだけど、マネージャーは司さんと悠那さんの仲に、とっくに気付いていたらしい。
「で、律君は海君と付き合ってるのね」
「はわっ⁈」
 ついでに、僕と海の仲もしっかり疑われていたようだ。
 さすがマネージャーというべきだろうか。司さんと悠那さんはともかく、僕と海の関係までバレていたとは思わなかった。
「怒らないの? メンバー同士で付き合ってること」
 最初に怖い顔をされたものだから、てっきり怒られるのだとばかり思っていた悠那さんは、すっかりいつも通りの顔に戻っているマネージャーにおずおずと尋ねた。
「まあ……あまり褒められたことじゃないけど、反対するつもりはないわね。反対するつもりがあれば、怪しいと思った時点で確認取って止めてるわよ。この業界ではあまり珍しいことでもないし、実際に見たこともあるし。友達にも何人かいるし、同性愛にはわりと理解もある方なのよ。それに、グループ内で付き合ってもらった方が、マネージメントする方は助かるっていう大人の事情もあるし。あなた達はアイドルだから。あちこち遊び回られたり、女の子と噂になる方が事務所的にも喜ばしくはないのよ」
「そうなんだ」
「それに、私は自分が任されたタレントを第一に想ってあげたいの。もちろん、なんでもかんでも許すことはできないけど、同性を好きになることぐらい、認めてあげられるくらいの寛容さはあるつもり。正直、こんなに可愛い子達ばかりだと、誰か一人くらいはそういう子がいてもおかしくないと思ってたし」
 僕達のデビューが決まったその日、僕達についたマネージャーはとても優しく、時には厳しく……だけど、誰よりも僕達を想ってくれる人だった。
 僕達は常々、事務所にもマネージャーにも恵まれたと思っていたけれど、まさかここまで理解があって、タレント想いのマネージャーだとは思わなかった。普通、自分の担当するタレントが同性愛に走ったら、まずは止めようとするものじゃないの? マネージャーの言う、“大人の事情”というやつがあったとしても……だ。
「でもまあ……全く問題がないってわけでもないんだけどね。外部に漏れたらやっぱりスキャンダルにはなるし。息子さんを預かって共同生活させている手前、そんなことになったら親御さんに申し訳が立たないし。私の責任問題も問われそう。私の責任問題についてはなんとかするにしても、親御さんにバレた時を考えたら、ちょっと憂鬱にはなるわね。共同生活なんかさせるからいけないんだ、って言われてしまったらそれまでだし」
「俺が司を好きになったことに、マネージャーにはなんの責任もないよ。俺が自分で司を好きになったんだから。多分、止められたとしても好きになってたと思う。それに俺、別に共同生活してなくたって、司を好きになってたと思うんだよね」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど……」
 僕達の管理を任されているマネージャーからしてみれば、そういうわけにもいかない事情というやつもあるのだろう。
 僕達が全員成人しているのならまだしも、まだ高校生がいるグループだから、プライベートの管理もそれなりに厳しく見るように言われているだろうし。
「第一、親にバレたらって問題だけど、俺のところはもう解決済みだから。そこは心配しなくても大丈夫だよ」
 僕達の関係には気付いていても、実際本人達の口から明かされると、それまで保留にしていた問題について嫌でも考えなくてはならなくなる。
 決して楽しい作業ではない問題に取り組まなくてはいけなくなったマネージャーは、早くも憂鬱そうな顔であったが……。
「え?」
 悠那さんの放った言葉には、頭の中も一瞬にして真っ白になったに違いない。
「うちの親は俺と司の仲を認めてくれてるの。だから、そのことで事務所やマネージャーを責めることなんてないから安心して」
「え……え……?」
 司さんと悠那さんが付き合っていること自体、まだ確定させてはいなかったマネージャーは、自分の与り知らぬところでそこまで話が進んでいることに驚きや戸惑いを隠せなかった。
 可哀想なくらいに動揺するマネージャーに心が痛む僕は、もう少し順を追って説明ができないものかと、単刀直入すぎる悠那さんを恨めしくも思った。
「どうして……いつの間に? え? 本当に?」
「うん。年末年始休暇で実家に帰った時にバレちゃって。ちょっと説教はされたけど、最終的には認めてくれたし、今は応援してくれてるよ」
 マネージャーに怒られるかと思っていた時はあんなにビクビクしていた癖に。今の悠那さんは完全にいつも通り。いつも通りであっけらかんとしていた。
「……………………」
 マネージャーはしばらく信じられないものを見るような顔で悠那さんを見詰めていたけれど、急に怖い顔になると
「もーっ! どうしてそんな大事なことを言わないのっ!」
 今度は本当に悠那さんを怒った。



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