僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Season 3

第2話 愛のバレンタイン大作戦⁈(1)

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「律ー。ちょっと相談があるんだけど」
 2月になった。
 もうすぐ高校を卒業する悠那さんは、残り少ない高校生活を最大限に楽しもうとしている今日この頃……なのかどうかはよくわからないけど、毎日楽しそうである。
 高校云々は関係ないのかもしれない。聞くところによると、悠那さんは司さんとの仲を両親に認めてもらい、応援までしてもらっているのだとか。
 そりゃ毎日楽しくもなるだろう。なんたって、最大の問題があっさり解決しちゃったんだから。
 因みに、司さんのところはまだそういう話にはなっておらず、司さんのお姉さんが様子見をしてくれている最中らしい。
 両親にはまだ認めてもらえていないようだけど、お姉さんが認めてくれているのであれば、案外あっさり解決しちゃうかもしれないよね。
 全く……相変わらず展開の早いカップルである。
「なんですか? 変な相談ならご遠慮しますけど」
「変な相談って何? 俺、今まで律に変な相談なんかしたことなくない?」
 海がお風呂に行ったのと入れ替わりに、ノックもせずに僕達の部屋に入ってきた悠那さんは、先に牽制する僕に、ちゅんと唇を尖らせた。
 何かあるとすぐそうやって唇を尖らせるのは悠那さんの癖みたいなもので、普通に可愛い。
 司さんの希望もあって、伸ばした髪をそのままの長さでキープしている悠那さんは、最近、家の中ではその髪を結んでいることが増えてきた。
 悠那さんの髪の毛を弄って遊んでいた司さんが、気紛れに悠那さんの髪を結んでみたのがきっかけらしい。後ろで一つに結んだり、ハーフアップにしてみたり。今日は耳の下で二つ結びにしている。
 一体司さんは悠那さんをどうしたいんだ。これじゃ性別が益々よくわからないことになっちゃうじゃん。ただでさえ、悠那さんは性別がよくわからない容姿をしているのに。
「律にも関係あることだよ? ほら、2月といえば……」
「2月といえば?」
 悠那さんが僕に相談なんてロクなことじゃないと思っていたけれど
「バレンタインデー! 今年は一緒にチョコ作ろうよっ!」
 後ろ手に隠し持っていたらしい手作りチョコの本を、僕に向かって突き出してくる悠那さんに、あぁ……となった。
 なるほどね。それは確かに僕に相談したくなるだろうな。相談というよりはお誘いかな? お互い同性の恋人を持つ者同士、彼氏に手作りチョコレートを作ってあげよう、という。
 去年は司さんと付き合う前だったし、デビュー直後のゴタゴタですっかりスルーしてしまったイベントを、今年はおおいに楽しもうって心積もりなんだろう。
 そういうところは可愛いと思うけど、伸ばした髪を二つに括り、お菓子作りの本をわざわざ購入し、「一緒にチョコ作ろう!」と僕を誘ってくるなんて最早女子。女子高生でしかないよ。悠那さんには自分が男という自覚はあるんだろうか。
「市販のチョコもいいけど、やっぱり手作りチョコってあげたいじゃん。律も海に手作りチョコはあげたことないでしょ?」
 見た目の性別も不詳なら、発想も女子みたいな悠那さんである。悠那さんが司さんに手作りチョコをあげたいだなんて思っていると知ったら、司さんもさぞかし大喜びだろう。
「いや……手作りも何も……。僕は海にバレンタインチョコをあげたことなんてないですよ?」
「え……」
 盛り上がっているところ申し訳ないが、僕は言葉の通り、海にバレンタインのチョコレートなんてものを渡したことがない。去年はそれどころじゃなかったのもあるけれど、仮に、バレンタインを楽しむ時間があったとしても、僕が海にチョコレートを渡すことはなかっただろう。
 そもそも、いくら同性の恋人ができたからといって、バレンタインにチョコレートをあげようという発想が僕にはなかった。男として生まれてきた以上、バレンタインにはチョコを貰うもので、あげるものではないと思っているからなのかもしれない。
「じゃあ去年もあげてないの? その前は?」
「去年はバレンタインどころじゃなかったじゃないですか。みんなマネージャーからは貰いましたけど。その前ってなると、そもそもまだ海と付き合っていませんし」
「でも、バレンタインだよ? 愛の日だよ? 恋人同士にとっては大切な日じゃんっ!」
 僕が海にバレンタインのチョコレートをあげたことがないという事実は、悠那さんにとっては物凄い衝撃だったらしい。
 そんなに驚かれるものなんだろうか。もともと僕は悠那さんと違って、あまりイベント事には関心がないというか、わりとどうでもいいと思っているタイプの人間だから、イベントに対する思い入れはそれほどなかった。異性に対する興味もない僕にとって、バレンタインは最も必要のないイベントくらいにしか考えていなかったほどだ。
 興味はないけど、チョコを貰ったらお返ししなきゃいけないシステムも面倒臭かったし。
「別にバレンタインじゃなくても特別な日はあるじゃないですか。クリスマスなんてまさにそうですし、誕生日もそうですよね? 大体、ほぼ毎日一緒にいる相手と、そう簡単に特別な気分にもなれなくないですか?」
 悠那さんはどうだか知らないけれど、正直なところをハッキリ言うと、悠那さんは目を見開いて僕を凝視した。
 その顔は一体どういう感情なのだろう。
「冷めてるっ! 冷め過ぎっ! 倦怠期の夫婦じゃあるまいし、なんでそんなに冷めてるのっ⁈ 律みたいな人間こそ、もっとイベントを有効活用するべきだよっ!」
 なんか物凄い勢いで諭された。自分が冷めているのは認めるけど、それってそんなにダメなことなのかな? 海とは仲良くしているし、ちゃんと好きって気持ちもある。それだけじゃダメなんだろうか。
「律と海が仲いいのは知ってるし、二人には二人の世界があるのも知ってるよ。海もそれでいいと思ってるのかもしれないけど……。でもさ、もうちょっと愛情表現してあげてもいいんじゃない? 海だってその方が絶対喜ぶよ?」
「そうかもしれませんけど……」
 その愛情表現の仕方がよくわからないし苦手なんだ。海を喜ばせてあげたいって気持ちはあるけれど。
「これはもう、一緒に手作りチョコを作るしかないね」
「どうしてそうなるんですか?」
 そして、強引に僕とチョコレート作りをすることに決めてしまう悠那さん。どうしてそうなる?
「律が絶対しそうにないからだよ。言ってみればサプライズだよね。海が喜ぶこと間違いなし」
「はあ……」
 僕が絶対しそうにないことをしたら海が喜ぶというのはよくわからない。が、実際僕が海にバレンタインのチョコを渡してあげると、海が喜ぶことは間違いなさそうではある。
「そうなると、海にもバレないようにしなきゃだよね。俺も司をビックリさせたいし……。どこで作ったらいいんだろう。ここで作るのはバレちゃいそうだよね」
 僕と一緒にチョコレート作りをするのは決定事項のようだけど、今度はチョコレート作りをする場所に頭を悩ませ始める悠那さんだった。
 別にバレてもいいんじゃないかな? 海はもちろんだけど、司さんだって、悠那さんが手作りチョコを渡してくるとまでは思っていないだろうし。市販のチョコレートではなく、悠那さんの手作りチョコってだけで喜びそうだけどな。
「僕は市販のものでも別に……。あげるだけでもサプライズになると思いますし」
「何言ってるの? そんなの俺が許さないよ。律も俺と一緒に手作りチョコ渡すのっ」
「あぅ……」
 遠慮がちに意見してみたが、それは許されないらしかった。
 悠那さんはすると決めたら絶対に曲げない人だし、必ず実行する人だった。僕はその巻き添えを喰らうことが多々ある被害者でもある。
「学校の調理室とか借りられないかな?」
「たとえ借りられたとしても嫌ですよ。なんでバレンタイン前に、男二人で手作りチョコを学校で作らなくちゃいけないんですか。そんなところを誰かに見られでもしたら、何を言われるかわからないじゃないですか。悠那さんはもうすぐ卒業だからいいかもしれませんけど、僕はまだ後一年あるんですからね」
「別にいいじゃん。メンバーへのサプライズって言えば」
「だとしても、海がいないのが不自然ですし、学校で海の目を盗んでそんなことをするのも不可能ですよ。絶対僕達についてきます」
 これがまだ、悠那さんと海の二人で……っていうなら、周囲の人間も納得しそうである。
 悠那さんはこんな感じで可愛いし、海は海で人懐っこいしノリがいい。二人で一緒に盛り上がって、メンバーにチョコ作ってあげよう! ってなってもおかしくない。二人ともイベント事は大好きって感じだし。
 でも僕は……理科室でチョコレートの成分について研究しているのなら納得されそうだけど、調理室でお菓子作りに勤しんでいる姿はおかしいと思われそうな人間だ。
「そっか……それもそうだよね。律と海は同じクラスだし、海は律から離れないもんね。学校で海を撒くのは難しいか」
「そういうことです」
 別に海が僕から頑なに離れないわけでもないけれど、一緒にいるのが当たり前になっている僕達は、常に行動を共にしているだけだ。
 それに、実家を離れ、メンバーとの共同生活を送っている僕達には、そもそもメンバーに隠し事というのもなかなかできないものだった。
「マネージャーに相談してみようかな?」
「え⁈」
 かくなるうえは、僕達のスケジュール管理をしているマネージャーまで巻き込むつもりでいる悠那さん。
 そこまでする必要がある? 相談って……一体どう言って相談するつもりだよ。まさか、僕達の関係を暴露するつもりじゃないだろうな。それは絶対やめて欲しいんだけど。
「大丈夫大丈夫。ちゃんと俺達の関係をバラさずに相談するもん。任せて」
「……………………」
 これまでのことを考えると、任せたくないって気持ちにもなってしまう。だって悠那さん、隠し事とかできないし、すぐ全部バラしちゃうんだもん。
「マネージャーに相談したら、スケジュール調整とかしてくれそうだし。俺と律が一緒に何かすることも、みんなにバレないように上手く誤魔化してくれそうじゃない?」
「それはそうかもしれませんけど……」
「そうと決まれば、早速明日相談してみよーっと」
 マネージャーに相談すると即決してしまった悠那さんは、それだけで安心したような顔になる。
 こんな至極プライベートなことを相談されるマネージャーも不憫だ。相談されたマネージャーも、“どういう事?”ってびっくりするんだろうな。
 そうは言っても、決めてしまったことは決めてしまったことのようだから、明日になれば、悠那さんはその言葉通り、意気揚々とマネージャーに相談しに行くんだろう。
「ねえ、どういうのにする?」
「えー……」
 やや引き気味な僕に、悠那さんはずいっと迫ってきて、開いた本を一緒に見ようというスタンスだ。
 強引な悠那さんにちょっと困惑はしてしまうけど、悠那さん的には、僕にもバレンタインを楽しませようという気遣いもあるんだろうな。
 それがわかるから、僕は渋々ながらも一緒に本を見てあげることにした。
「材料もだけど、ほかにも色々買わなきゃいけないものがあるよね。俺、お菓子作りなんてしたことないからよくわかんないんだけど」
「それでよく手作りチョコを作ろうってなりますね。失敗したらどうするんですか?」
「今年は手作りじゃないとダメなのっ! 失敗しないように頑張るもんっ!」
「?」
 一緒に本は覗き込むけれど、やっぱりノリの悪い発言をしてしまう僕に、悠那さんはまたしてもちゅんって唇を尖らせた。
 どうして今年は手作りじゃないとダメなのかはわからないけれど、僕のこういう余計な指摘癖、ほんと直した方がいいんだろうな。



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