僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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番外編 ~Go Home~

    橘海の五日間(3)

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「司さんと悠那さんはもちろんだけど、僕達も気を付けないと」
 そろそろ夕飯の時間になると、僕は
『散歩がてらに律を家まで送ってくる』
 を口実に、律と一緒に家を出た。
 送るほどの距離ではないし、散歩にもならない距離ではあるけれど、そこは真っ直ぐ律の家に向かうのではなく、本当にちょっと散歩をするつもりだった。当然、律も一緒に。
 律は華の言ったことが気になるらしく、難しい顔をして僕の隣りを歩いている。
 やっぱり。気にすると思ったんだよね。
 共同生活を始めて半年以上も僕達の関係をメンバーに隠していた律は、僕との関係が更に外部に漏れてしまうことを非常に恐れている。
 頭が固く、真面目な律なら当然だとは思うし、僕もそこに不満があるわけではない。僕だって、律との関係を誰彼構わず言い触らしたいわけじゃないんだから。
 ただ、信用できる人間になら話してもいいんじゃない? とは思っている。
 僕達の関係が一般的ではないことくらいわかっているけど、だからこそ、誰かに話を聞いてもらったり、相談できた方が、律もあれこれ悩んで抱え込まなくていいし、少しは不安も解消されるんじゃないかと思うから。
 現に、Five Sのメンバーに関係を知られた後は、メンバーが良き(?)相談相手になってくれているから、律もわりと落ち着いて過ごせるようになっているし。
 たまにめちゃくちゃ乱されてもいるけれど。
「律は心配性だね。そもそも、そういうことって自分からカミングアウトでもしないかぎり、そう簡単にバレることでもないと思うよ? 僕達の関係だって、僕達が口にしなかったらみんなにバレることはなかったじゃない」
 僕達の関係を一番最初に話したのは悠那君だったけど、その悠那君だって、初めてその事実を聞いた時は物凄く驚いていた。僕達が恋人同士だなんて、思ってもみなかったって感じだったもんね。
「それはそうかもしれないけど……。そういう目で見られるってこと自体がなんだか……」
「嫌?」
「嫌っていうか……不安になっちゃうんだよね。いつかバレちゃうんじゃないかって」
 すっかり日は沈み、暗くなった道を律と並んで歩く僕は、不安そうな目になって僕を見上げてくる律の手をギュッと握ってあげた。
「大丈夫。そういう目で見たい人には見させておけばいいんだよ。それに、もし僕と律が実際に付き合っていなくても、僕達をそういう目で見る人はいると思うよ? ほら、夏のファンイベントの時、悠那君に“司さんに抱き付いて”って要望があったでしょ? 男同士でくっつくのを見るのが好きな子もいるんだよ」
「理解できない。そんなの見て何が楽しいの?」
「うーん……楽しいっていうか、嗜好の問題? 女の子には女の子独特の世界があるんだよ」
「ふーん……」
 今の世の中、ボーイズラブを題材にした作品は数多く、映像化されることも珍しくない。月姉ちゃんはどうだか知らないけれど、華はそういうのがわりと好きなタイプである。
 でも、そんな事情を知らない律は、そういう作品を好む女の子の気持ちは全くわからないようであった。もちろん、華が男同士の戯れを見て喜ぶ人間であることも知らない。華は律にはその姿を隠しているから。
「それに、あれだけ人前でイチャイチャしてる司さんや悠那君だって、所詮は“怪しい”って思われてるくらいのもので、二人の関係がバレてるわけでもないじゃない。あの二人に比べれば、全然イチャイチャしてない僕達の関係が世間にバレることはまずないよ。バレるなら、司さんや悠那君の方が先でしょ」
「それもそうだね」
 もっともな意見を並べる僕に、律はようやくホッとした顔になる。僕に繋がれた手をギュッと握り返してくると
「ありがとう、海。ちょっと安心した」
 と、珍しく笑顔なんか見せてくるから、僕は思わずドキッとしてしまった。
 地元に帰って来たことでリラックスしている律は、いつもより感情表現も豊かになっているらしい。
「あ、ここ……」
 僕達の家から少し離れた川沿いの土手に差し掛かった律は、ふと足を止め、土手の向こうに流れる川をジッと見詰めたりする。
 暗いからあまりよくは見えないけれど、ここは僕と律にとっては思い出の場所であり、僕と律が恋人同士になった場所でもある。
 今から一年四ヶ月前。明日から地元を離れ、みんなとの共同生活を始めるというその日。僕はここで律に自分の気持ちを打ち明け、律も僕の気持ちを受け入れてくれた大切な場所だった。
「懐かしいね。あれから一年四ヶ月も経ったんだ」
「うん。なんかあっという間だったよね」
 冬の夜道は寒さもひとしおだったけど、律と一緒にいると、不思議と寒さは感じなかった。
 しっかり着込んでいるから、というのもあるけれど、律と一緒にいると、僕の心はいつでもあったかくなる。
「なんか不思議だね。僕と海が揃ってアイドルになってるなんて」
「ほんとだね」
 律はしばらくの間、微かな月明かりに照らされる川の水面を見詰めていたけれど、はぁーっと白い息を大きく吐くと
「少し歩こ?」
 僕の手を引き、暗くなった土手を川沿いに歩き始めた。
「子供の頃、ここで花火したよね」
「うん。家だと煙や音が近所迷惑になるって言って、バケツと花火持って、みんなで来たよね」
「最近花火してないね」
「そうだね。今年はやろうよ」
「うん」
「律はここの土手でジョギングしてたよね。中学の頃」
「夕方になると気持ちいいんだよ。ここ走るの」
「知ってるよ。僕も律に付き合って何回か走ったから」
「でも、海はすぐ止まってたよね。全然ジョギングにならなかった」
「走るのはどうも苦手で。律の邪魔しちゃ悪いから、途中から眺めるだけになっちゃった」
 思い出の詰まった道を歩く僕達は、懐かしい話で盛り上がり、その時間はとても穏やかで、心地のいい時間だった。
 家からそう遠くないこの土手は、何かと足を運ぶ機会も多かった。土手の下には手入れの行き届いた広い河川敷もあって、ちょっとした運動をするには最適な場所であったし、子供が遊ぶのに充分な広さもある。ゲートボール場なんかもあって、ここは近所の人達の憩いの場所みたいなものだった。
「ほんとに懐かしい。あの頃は、自分がアイドルになるなんて思ってなかったな」
「僕も」
 昔を懐かしみ、ほんの少しだけ寂しそうな表情を見せる律に、僕の心はちょっとざわついた。
 もしかしたら、律は自分がアイドルになったことを後悔してるのかもしれない。
 もともと律は目立つことは好きではないし、静かにおとなしく過ごすのが好きな子だったから、賑やかな都会での生活や、慌ただしい毎日に疲れやストレスを感じているのかもしれない。
 Lightsプロモーションのオーディションを受けなければ、今まで通り、静かで穏やかな生活を送れていたのに……なんて思っているのかもしれない。
「律……今の生活は好き?」
 律を芸能界に引き入れてしまったのは僕だから、もし、それが律の負担になっているのだとしたら、僕としては申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
 だけど
「うん。大変だけど楽しいよ。嫌だなんて思ってない」
 律は僕の不安を搔き消すように、明るい声で返してくれた。
「正直、最初は向いてないって思ったし、今でも“向いてないのかも?”って思うこともあるんだけど、アイドルになったことを後悔なんてしてないよ。むしろ、海には感謝してるくらい。僕の人生をこんなにも変えてくれて、僕に“やりたい”って思うことを見つけさせてくれたんだから」
「そう。それなら良かった」
 どうやら取り越し苦労のようだ。律は今の生活をちゃんと楽しんでくれているとわかって安心した。
「ここでの生活は好きだったから、時々恋しくなる時もあるけどね。でも、何か目的があったわけでもないし。ただ、居心地が良かったから気に入ってただけ」
「僕も。ここでの生活は好きだったよ」
「今はこうして時々帰ってくるだけでいい。たまに帰ってきて、昔に戻った気分を味わえるだけでいいかな? 海と一緒に」
「うん」
 いつの間にか、僕と律の足は止まっており、しっかりと手を繋いだまま、月の光でキラキラ輝く川の流れを眺めていた。
「海と一緒にいると、どこにいても大丈夫って思える」
「僕もだよ。律が一緒にいるならそれでいい」
 元旦の夜に、いくら近所だからといってもこんなところをうろうろしている人の姿はなく、僕と律はお互い顔を見合わせて微笑み合った後、自然と唇を重ね合った。
 律と初めてキスした場所で、僕達は今年最初のキスを交わしたのである。
 僕達はまだまだ未熟で、この先どうなるかなんてよくわからないけれど
(律と一緒にいられるならばそれでいい……)
 と、僕は心の底からそう思う。





 残りの休暇も律と一緒にのんびり過ごした僕は、実家でのんびりできたおかげで、物凄くリフレッシュした気分になれた。
 久し振りにゆっくりできたから、また忙しい日々を頑張って乗り越えられる気分にもなれた。
「また帰って来てねっ! りっちゃんも!」
「うん。みんな元気でね」
「ちゃんとテレビ見るからね。大変なこともあるだろうけど頑張って」
「ありがとう。頑張るよ」
 実家を去る時は、僕の家族と律の家族が揃って駅まで見送りに来てくれて――残念ながら、奏さんは一足先にドイツに帰ってしまったけれど――、僕達はそれぞれの家族との別れを惜しんだりもしたけれど
「また帰ってくるから」
 最後は笑顔で手を振ると、律と一緒に改札を潜った。
「みんなももう家を出た頃かな?」
「どうかな? でも、夜には戻るって話だから、都外組はもう出てるんじゃない?」
「また賑やかな日々が始まるね」
 地元での生活は名残惜しくもあるけれど、寂しいとは思わない。これから戻っていく僕達の生活が、今の僕達の日常なんだ。そして、その日常が今の僕達の居場所でもある。
「みんなに会えるのもなんか楽しみだよね。休暇の話も色々聞きたいし」
「そうだね。特に司さんや悠那君の話が気になる。自分の恋人を家族に紹介してどうだったんだろう?」
「別に恋人として紹介したわけじゃないんだから。普通に“いつも仲良くしてくれてありがとう”みたいな感じだったんじゃないの?」
「えー……それはちょっとつまらないなぁ」
「海。つまらない、つまらなくない、の問題じゃないんだよ? バレたらバレたで大変なんだから。興味本位で楽しんじゃダメだよ?」
「それはわかってるんだけどぉ……」
「全くもう……海はお気楽なんだから」
 律と並んでシートに座る僕は、新たに始まった一年に、期待に胸を膨らませた。
 Five Sとしての活動はもちろんだけど、僕との停滞している関係に、今年中には覚悟を決めると言ってくれた律にも。
 この一年が、僕や律、Five Sのメンバーにとって、更なる飛躍の一年になることを、僕は心から願う。





                     ~Fin~


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