92 / 286
番外編 ~Go Home~
如月悠那の五日間(2)
しおりを挟む俺が司の家に泊りに行くことに、お兄ちゃんは直前までずっと文句を言っていたけれど、そこはお母さんが協力してくれて、俺は予定の時間に遅れることなく家を出ることができた。
初めて彼氏の家にお泊りする。というイベントに、俺は嬉しいし浮かれるしで、電車の中でもウキウキ気分が止まらなかった。電車に乗って司の家まで行くということ自体が、もう楽しくて仕方ないって感じだった。
迷うことなく電車もタイミング良く乗り継いで、二日振りに会った司に抱き付いた俺は、やっぱり司の腕の中が一番落ち着くって思ってしまった。
お兄ちゃんの腕の中は息苦しいんだよね。手加減してても力が強いし。
小学校の時から始めた空手を未だに続けているお兄ちゃんは、鍛え上げられた腕なんか丸太みたいに太い。しかも、全部筋肉だから硬いんだよね。
その腕に抱き締められても、圧迫感と息苦しさしか感じられない。今回の帰省では、何かの拍子に絞め殺されるんじゃないかって恐怖すら覚える。
でも、司の腕はちょうどいい。ちょうどいい肉付きだし、それなりに男らしくて逞しい。腕も長いから、俺をふわっと包み込んでくれる感じなんだよね。
司の家は駅からそう遠くなく、住宅街の中にあった。
初めて会う司の家族に――お姉ちゃんには会ったことがあるけど――最初はちょっと緊張したけど、みんな俺に良くしてくれたから、俺は司の家族がすっかり好きになってしまった。
司はお姉ちゃんのことを少し面倒臭いと思っているようだけど、司のぽやっとした可愛さは、あのお姉ちゃんあってこそのものなんじゃないかと思う。司のお姉ちゃんがハッキリした人で、ズケズケとものを言うから、逆に司がほんわかして、ちょっと呑気な子に育ったんじゃないかな? って思う。
それに、第一印象はちょっと変な人かとも思ったけど、俺は司のお姉ちゃんみたいな人はわりと好きだった。
うちのマネージャーにちょっと感じが似てるかな? なんか頼りになりそうって感じがするし、あんまり女を武器にしてない感じのところが好感を持てる。
司の実家に遊びに来ているわけだから、司とあまりイチャイチャすることができないのは残念だったけど、司と一緒にお風呂に入れたのは嬉しかった。
それに、司の部屋で一緒に寝た時、結局ちょっとだけエッチなことをしたのにも凄くドキドキした。
だって、すぐ傍に司の家族がいるのに、司とエッチなことしてるんだよ? なんかもう、凄くいけないことしてるみたいで、逆に興奮しちゃったよね。
本当はエッチしたかったんだけど、そんなことしたら、俺も絶対に声を我慢できないから、そこはちゃんと我慢した。向こうに戻ったらいっぱいスるからいいもん。
「どうも。蘇芳司です」
「いらっしゃい。あらやだ。悠那との身長差が凄いわね。悠那とは何cm差なの?」
「えっと……22cmですかね? 悠那の身長って167cmだったよね?」
「うん。俺、みんなと一緒に暮らしてる間に1mmも身長伸びなかった」
「これから伸びるかもしれないよ? 俺だって、この一年で3cmも伸びたんだから」
「もういい。諦めてる。それに、司と身長差がある方がいい」
「それもそうだね。俺も悠那はそのままがいい」
俺が司の家に泊った翌日。司と一緒に家に帰って来ると、お母さんは玄関まで来て、司を迎えてくれた。
司をリビングまで案内するとお父さんもやって来て
「いつも悠那がお世話になってます」
なんて、敬語で挨拶するから
「いえ。こちらこそ。悠那には色々と助けてもらってます」
司も改まった感じでお父さんに頭を下げた。
プライベートの司はあまり愛想を振り撒くタイプではないけれど、そのちょっとぶっきら棒なところがなんか可愛いし、得も言われぬ彼氏感みたいなものがあっていい。
ぶっきら棒な癖に、俺には惜しみなく可愛い笑顔とか見せてくれるから、俺も特別扱いされてるって気分にもなるし。
それはそうと、俺って普段司を助けてあげてるかな? 俺の方が司に助けられてばっかりって気もするけど。
まあいいや。司がそう思ってくれているならそうなんだろうし、仮に親の前での社交辞令だとしても、褒めてくれるのならなんでもいい。
「ほーう……君が蘇芳司君か。うちの悠那とは随分と馴れ馴れしい……いや、仲良くしているようだな」
「ちょっと! お兄ちゃん?!」
うちの両親と司が無事に初対面の挨拶を終えたと思ったら……。今度は明らかに不機嫌な顔のお兄ちゃんがいきなり司に絡み始めたから、俺は内心ヒヤヒヤしてしまう。
せっかく司が遊びに来てくれてるのに、そういう子供っぽいことしないでよね。恥ずかしいじゃんか。
「やめなさい? 克己。いきなり人に絡むのは。失礼でしょ?」
俺が困るのを見て、お母さんがやんわりとお兄ちゃんを窘めてくれた。
克己というのはお兄ちゃんの名前だ。
初対面でいきなりお兄ちゃんに絡まれた司は、一瞬びっくりした顔をしたけれど
「悠那のお兄さん……ですよね? 悠那とは全然似てないからびっくりしました」
俺のお兄ちゃんに初めて会った感想を、そのまま素直に口にした。
だよね。俺も全然似てないと思うもん。あまりにも似てない兄弟だから、司もちょっとびっくりしちゃったよね。
「だーっ! お兄さんって言うなっ! お前に“お兄さん”と呼ばれるのはなんか嫌だっ!」
「他にどう呼べばいいんですか? 克己さんとお呼びしたらいいんですか?」
「それも嫌だっ!」
「じゃあどう呼べと?」
「如月さんと呼べ」
「え……この家は全員如月さんなのでは?」
司からの呼び方一つにしても気に入らないらしいお兄ちゃんだけど、このやり取りはなんなの? 馬鹿みたいなんだけど。司もいちいち付き合わなくていいのに。
「ごめんなさいね。この子ちょっと悠那のことが可愛すぎて仕方ないみたいで。悠那と仲良くしてる人にはいつもこうなのよ」
「はあ……。悠那から話は聞いていましたけど、まさか初対面でいきなり絡まれるとは思いませんでした」
「気を悪くしないでね」
「構いませんよ。悠那みたいな弟がいれば、そうなるのもわからなくはないですから」
お兄ちゃんには困ったものだけど、お母さんは司に優しく接してくれるからホッとする。
もう……お兄ちゃんの馬鹿。あとでちょっと説教しなくちゃ。
俺が友達を家に連れて来るたびに、いつもこうやって絡むんだよね。だから俺、あんまり友達を家に呼べなくなっちゃったんだから。
お兄ちゃんってガタイがいいから絡まれると怖いし。目つきもあんまり良くないから、益々怖い人に見えちゃうんだよね。
でも、司は俺の彼氏なんだから。俺の彼氏に変ないちゃもんつけないで欲しい。
それに、俺と司はこれからもずーっと一緒にいるつもりなんだから、お兄ちゃんにも司と仲良くして欲しい。俺、司にはプロポーズっぽいことだってされてるんだからね。
「メンバーとの共同生活は上手くいってるのかな? 悠那はあまり家事をしたことがないし、ちょっと甘えっ子なところがあるから、司君達の手を焼かせていないかな?」
「最初の頃はわりと。でも、今は全然そんなことないですよ。料理も上達しましたし、掃除や洗濯も普通にしますよ。部屋はちょっと散らかしますけど。でも、ちゃんと自分で片付けるようになりましたよ」
「司も散らかすじゃん。何をどこにやったか、すぐわからなくなってるし」
「そうだね。お互い様だったね」
「そうだよ」
まだ文句を言い足りない顔のお兄ちゃんはほっといて、お父さん、お母さん、俺、司の四人でのお喋りが始まった。
司は俺の両親相手に少し緊張しているのか、話し方が凄く礼儀正しくなってるし、背筋もシャンと伸びている。
でも
「悠那と一緒にいるのは楽しいですよ」
俺達の関係がバレるんじゃないかとビクビクしている様子は全くなく、堂々としたものだった。
「……………………」
「ん? どうしたの? 悠那」
ぽーっとした顔になって、司に見惚れてしまっていると、司が俺に向かって柔らかい笑顔を見せてきた。
「へ? ううん。なんでもないよ」
ついつい司に見惚れていた俺は、ハッとなると、慌ててなんでもないって顔に戻った。
ヤバい。俺、今なんか凄く嬉しい。司がいつもより頼もしく感じるし、大人っぽくて格好良く見えちゃうからドキドキしちゃう。
そもそも、俺の両親と司がこうして顔を合わせていること自体、なんか感動的に思えちゃうんだよね。
だってこれ、自分の恋人を両親に紹介してるようなものだもん。自分の彼氏と親が仲良くなってくれるのは嬉しい。
でも、そうやって浮かれてばかりもいられない。俺と司が恋人同士だってことはまだ秘密なんだ。俺があんまり司に向かって好き好きオーラ出してたら、親に気付かれちゃうかもしれない。
特に、お母さんはそういうことに敏感みたいだから。
「普段は悠那とどんな風に過ごしているの?」
「え……」
俺と司の関係を疑っている様子のないお母さんは、にこにこしたまま司に聞いたりするから、司がちょっと狼狽えてしまった。
「どんな風に……と聞かれますと……」
司はやや返答に困ったが、これは俺がされても返事に困る質問だ。
だって、俺と司ってイチャイチャしてばっかりなんだもん。それをどうやって上手く説明……というか、誤魔化したらいいんだろう。
「一緒にテレビ見たり、たまにゲームしたり。学校の宿題を見てあげることもありますかね?」
さすが司。確かに、一緒にテレビを見ることもあるし、時々ゲームすることもあった。宿題を司に見てもらうことだってある。
でも、司とイチャついている時間に比べたら圧倒的に少ないから、俺はパッと頭に浮かんでこなかったよ。
「そうなの。良かったわね、悠那。いっぱい構ってもらえて」
「ぅ、うん。そうなんだ。司っていっぱい俺に構ってくれるんだよ」
構ってもらえて喜ぶのも子供っぽい感じではあるけれど。でも、俺は司に沢山構ってもらえるのが本当に嬉しい。
さっきお父さんも言ってたけど、俺は末っ子だし甘やかされて育ってきたから、甘えっ子な性格だと自分でも自覚している。人にくっつくのが好きだし、構ってもらえるのも好き。優しくされたり、甘やかされたりするのも大好きだった。
司はそういうこと全部してくれるから、俺は司と一緒にいると満たされてばっかりなんだよね。
ついでに言うと、司と付き合うようになって旺盛になってしまった性欲も満たしてくれる。
「悠那は本当に司君が好きなのね」
「だって、メンバーの中で一番一緒にいるし。司が一番俺に優しくしてくれるもん」
ちょっと好き好きアピールしすぎちゃったかな? でも、司を好きって気持ちは抑えようと思ってもなかなか抑えられなくて、抑えているつもりでも滲み出てしまうものだった。
「悠那……そいつがお気に入りなのはわかるが……」
「ん?」
「さっきからその男にくっつき過ぎじゃないか⁈ なんでずっとそいつの腕にしがみ付いたままなんだっ!」
「はわぁっ⁈」
お母さんに窘められて以降、わりとおとなしくしてくれていたお兄ちゃんだけど、もう我慢の限界だ、みたいな顔で言われた言葉に、俺は思いっきり取り乱してしまった。
しまった。いつの間に……。っていうか、身体が勝手に……。
多分、司に見惚れていたあと、誤魔化しついでに司の腕を抱き締めちゃったんだ。無意識のうちに。で、そのままずっと司の腕を抱いたままになってたんだ。
司も気付いたならさり気なく注意してくれればいいのに。あまりにも日常茶飯事すぎて、気にならなかったのかな?
俺に似たようなことをしてくるお兄ちゃんにはとやかく言われたくないけど、俺が司にくっついている姿を、両親に見られてしまったのはちょっと恥ずかしい。
「っていうか、お前も悠那にくっつかれてしれっと平気な顔するなっ! そこはもっと喜べよっ! 有頂天になったりしろよっ! こんな可愛い悠那に腕組まれてるんだぞっ!」
「え……ああ。すみません。わりと日常茶飯事なので、特に気にしませんでした。嬉しいは嬉しいですよ? 可愛い悠那に腕組まれて」
「日常茶飯事っ⁈ そうなのか⁈ 悠那っ!」
「俺と司の距離が近いって言ったのはお兄ちゃんじゃん」
「それはそうだが……どうしてこんな男にっ! あと、どさくさに紛れて悠那を“可愛い”とか言うなっ! 可愛いけどっ!」
「悠那が可愛いのなんて、最早一般常識みたいなものでしょ? そこに目くじら立てられても困りますよ」
「なんだっ! その呆れたみたいな顔はっ! いけ好かんっ!」
「そう言われましても……」
またしても、ウザい感じでお兄ちゃんに絡まれることになった司は、お兄ちゃん相手にどういう対応をすればいいのかと、困り果てた顔になった。
ほんとにもう……どうしてくれようかな、このお兄ちゃん。いい加減にしてくれないと、俺もそろそろ本気で怒るよ?
「大体、お前は悠那のなんなんだっ! 悠那に腕なんか組まれてっ! 彼氏か⁈ 彼氏気取りかっ⁈」
「そう見えますか?」
「見えるっ! 同じ部屋だかなんだか知らないが、まさかお前、悠那に変なこととかしてないだろうなっ!」
「変なこと? 例えば?」
「そんなもの、俺の口から言えるわけないだろうっ!」
「それじゃわかりませんが、変なことはしてないつもりですよ?」
「怪しい。信用できん。何考えてるかわからない、ぬぼーっとした顔しやがって」
「もともとこういう顔つきなんですが……」
もう……もう……。
「もーっ! いい加減にしてっ! さっきからなんで司に文句ばっかり言うのっ! そんなことばっかり言ってたら、俺、お兄ちゃんのこと嫌いになるよっ!」
「悠っ……悠那っ⁈」
もう我慢の限界。堪忍袋の緒も切れた。
俺の大事な人なのに、どうして文句しか言わないんだよ。司がお兄ちゃんに何したっていうの? 勝手に絡んでくるお兄ちゃんにも、至って紳士的な態度で接してくれてるのにっ!
「司は俺の大事な人なのっ! これ以上司のこと悪く言うなら、お兄ちゃんでも許さないからねっ!」
珍しくお兄ちゃんに向かって本気でキレた俺に、キレられたお兄ちゃんはもちろん、お父さん、お母さん、司までが、目を丸くして驚いていた。
0
お気に入りに追加
73
あなたにおすすめの小説



塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。


身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています


怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる