僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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番外編 ~Go Home~

    八神陽平の五日間(3)

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「新年の挨拶は一回でいいと思うんだけど……」
 元旦から一日明けた俺は、翌日も俺の家に遊びに来た湊に、さすがにげんなりした顔をする。
「だってさぁ……落ち着かないんだもん。家にいても」
 俺が久し振りに帰って来た家で、自室の整理をしているところに遊びに来た湊は、昨日会ったばかりの母さんに快く迎え入れられ、俺の家のリビングでのんびり寛ぎモードである。
 ここはお前の家か。
「久し振りに会う家族だろ? もっと家族と過ごす時間を大切にしろよ」
 連日俺の家に遊びに来る湊に言うと
「それはそうなんだけどさ。俺ん家って七人家族なのよ。上に兄ちゃんと、下に妹と弟が二人いるからうるさくてさ。普段、一人暮らしをしている俺にはちょっと休まらないっていうか。ここの方が落ち着くんだよね」
 と返してきた。
 湊の実家がそんな大家族だとは知らなかった。ずっと一人っ子だった俺には、その環境がどういうものなのかがちょっとわからない。
「部屋も一人部屋じゃないから、プライベートとかないんだよ。ゆっくりしたくてもそうはいかないって感じ?」
「ふーん……そうなんだ」
 そう言われると、ちょっと可哀想かな? って気もする。
 普段は忙しくしているし、のんびりしたくてもなかなかのんびりできないこともある。仕事のない時くらい、ちょっとはのんびりだらだらしたくもなるよな。
「湊君って五人兄弟なんだ。賑やかそう」
「賑やかなんてもんじゃないですよ。うるさいくらい。特に一番下はまだ小学生なんで、まあうるさいうるさい。元気があっていいんですけどね」
「いいじゃない。楽しそうで」
「楽しいは楽しいですよ。なんだかんだと、妹や弟ってやっぱ可愛いし」
 安らぎを求めてここに来たと言うから、家族があまり好きではないのかと思ったら、そういうことでもないらしい。ちゃんと家族には愛情があるようで安心した。
「だってさ、陽平」
「大丈夫だって。俺も弟か妹ができたらちゃんと可愛がるから」
 湊の、“妹や弟ってやっぱり可愛いし”という発言に反応した母さんに言われた俺は、心配するなと言わんばかりに返した。
 二十年間一人っ子だったうえ、今は実家も離れてしまっている俺に、生まれてくる妹(もしくは弟)をちゃんと可愛がってくれるかどうかという心配があるのかもしれない。
 実家を離れているから、そうしょっちゅう面倒は見てやれないとは思うけど、自分の家族なんだから可愛がるに決まってるのに。
 それに、俺はどうやら面倒見がいい方のようだから、新しい家族の面倒もしっかり見てやると思う。
「え? 何? どういう意味なの?」
「ん? 母さん妊娠してるんだよ。だから、俺にも弟か妹ができるってこと」
「マジ⁈ スゲーっ! おめでとうございますっ! 奥さんっ!」
 おいおい。奥さんはやめろ。どういう立場からものを言ってるんだよ。お前はスーパーで客引きしている店員か? 普通、友達の母親を“奥さん”なんて呼ぶ奴いねーから。
 まあ、母さんは見た目が若いから、“おばさん”とは呼びづらいのかもしれないけど。
「ありがと。ほんとはもうちょっと早く生んであげれば、陽平も寂しくなかったのかもしれないんだけどね」
「俺、別に寂しくなかったけど?」
「そう? たまに一人でお留守番とかさせちゃってたから、寂しかったんじゃないかな~って思ってたけど」
「そういうのはなかったなぁ……」
 俺が小学校に上がるまでは、家事と育児に専念してくれていた母さんだけど、それ以降は専門学校に通い始め、専門学校を出た後は働き始めた。共働きになった両親に、俺が家で一人で過ごす時間も多くなったが、親がいなくて寂しいとは思わなかった。
 俺は俺でそれなりに忙しくしていたし。ダンス教室に通い始めたのは小二の頃からだし、家で好きなアイドルのCDを聴いて、歌の練習なんかもしてたからな。小さい頃からアイドルになるのが夢だった俺は、一人でも充分充実した日々を送っていたのだ。
「そっかぁ……陽平は家族が増えるんだ。良かったな」
「まあな。実家を離れてるから、そうしょっちゅう面倒見てやれないけど。帰って来た時はそのぶん可愛がってやろうと思ってるよ」
「なんかスゲー甘やかしそう。陽平って面倒見いいし。弟でも充分可愛がりそうだけど、もし、妹が生まれてきたら、めちゃくちゃデレデレしそうだよね」
「俺もそんな気がする」
 俺と湊の会話を、母さんは嬉しそうに聞いていた。
「そういえば、お父さんはお出掛けですか? 姿が見えませんけど」
 すっかり俺の家に馴染んでしまっている湊は、来た時から姿が見えない父さんに、今更ながらに気が付いたようである。
 今度は“お父さん”かよ。そこは普通に“おじさん”って言えよ。なんで湊が俺の父さんを“お父さん”とか呼ぶんだ。お前の父さんでもないだろうが。
 母さんを“おばさん”と呼ばなかったから、父さんのことも“おじさん”と呼んだら失礼だとでも思ったのか? そんな気遣いは無用だっつーの。
「今日は仕事仲間と朝から釣りに行ってるの。毎年恒例でね。元旦の翌日には職場の釣り仲間と初釣りに行くことになってるのよ」
「釣りですか。いいですね」
「お父さんは陽平も連れて行きたいって言うんだけど、寒いから嫌だって言うのよ。もし来年も休みだったら、湊君が陽平連れて一緒に行ってくれない?」
「え⁈ 行きたいです!」
「じゃあお願い。お父さんにも言っといてあげよ。きっと喜ぶよ? ということだから、来年の年末年始もお休みだったら湊君と行ってきて」
「えー……」
「いいじゃない。お父さんだって息子と一緒に釣りがしたいって思ってるんだから」
「……わかったよ」
 こういう流れで言われたら、「行く」って言うしかなくなるじゃん。
 父さんが1月2日に仕事仲間と初釣りに行くのは、俺が実家にいた頃からの定番行事だけど、毎回俺を誘ってくる父さんに
『寒いから嫌だ』
 と返していた俺。
 本当は寒いから嫌なんじゃなくて、魚を釣る時の餌が嫌なんだよ。ミミズみたいなの付けるじゃん。あれが嫌。あと、生きてる魚を触るのがちょっと……。
 ゴキブリとかはそこまで怖がったりしないけど、あのうねうね動く餌が無理。ミミズみたいなやつじゃなくても、小さい針に餌をぶっ刺すって行為が嫌。残酷って感じがしちゃうんだよな。
 でも、この歳になって父さんに
『餌付けて』
 なんて頼めないから、寒いを理由に断り続けている俺だった。
 そんなこと、格好悪いから今更言えないけど。
「陽平は来年の年末年始って休みなの?」
「多分。マネージャーが言うには、律と海が高校卒業するまでは、年末年始をオフにしてくれるって話だから」
「うちも一緒。陸と京介が高校卒業するまでは、年末年始オフだってさ。やっぱ高校生は家族に返してやらなくちゃだよな」
「だな」
 去年の年末年始はデビューまで間もなかったから、年末年始を休んでいる場合でもなかった。でも、それは事務所側も最初からそれぞれの親に承諾を取っていた。
 仕方ないっちゃ仕方ない。俺以外のメンバーはダンスも歌も初めてで、レッスンを始めてから四ヶ月では、まだまだ全然足りないって感じだったし。レッスンを始めて半年後に、それなりの形で無事デビューすることができたのも、年末年始を休まず努力した結果だと思っている。
「律君と海君が高校卒業するのって来年よね? ってことは、来年が最後のチャンスだったんじゃない。それは絶対行くべき」
 CROWNのメンバーのことまではよく知らなくても、俺と一緒のグループのメンバーのことならちゃんと知っててくれる母さんだった。
 今まで父さんからの釣りの誘いを断り続けていた俺が、来年しか父さんと釣りに行ける機会もないことを知った母さんは、なにがなんでも俺に父さんとの初釣りに行かせたがった。
 別に、年始の初釣りじゃなくても、行こうと思えばいつでも行けるんだけどな。普通の休みの日に、父さんと一緒に釣りに出掛ければいいだけの話だから。
 でも、散々断り続けた結果、湊まで一緒に釣りに行くことになるとは思わなかった。こいつ、どんどん俺の家族の中に紛れ込んでくるじゃん。どういうこと? そのうち、湊の帰省が自分の家じゃなくて、俺の家になりそうな勢いじゃん。湊の家族は果たしてそれでいいわけ?
 それにしても、来年には律も海も高校を卒業するのか。今年は悠那が高校を卒業するし、時が経つのは本当に早いものだ。





 二日目は夕飯までうちで食べて行った湊は、三日目もうちに来た。
 湊の実家は本当に俺の家からそんなに遠くなく、毎日遊びに来るのも苦ではない距離だった。
 滞在時間は日によってバラバラだったけど、うちの両親ともすっかり仲が良くなった湊は、俺の家で過ごす時間が本当に楽しい様子だった。
「明日はもう帰るんだよな」
「うん。湊はいつまで休みなんだ?」
「5日。陽平より一日オフが長いんだよね」
「明日はちゃんと家族と過ごせよ」
「わかってるって」
 オフの間、特に俺が嫌がることはしてこなかった湊にホッとしている俺がいる。
 まあ、親の目もあるし。そんなことしようものなら、また俺と険悪になるのも嫌なんだろう。こうしておとなしくしてくれるのであれば、湊のことも鬱陶しくは思わない。
「ま、また向こうで会おうな」
「おう」
 俺が明日向こうに帰ると知っている湊は、今日はわりと早めに引き上げていった。今日明日、ゆっくり家族と過ごさせようと思ってくれたのだろう。そういう気遣いはできるのに、たまに無茶をするのが残念である。
 無茶というより無茶苦茶? どうしてそんなことすんの? ってことさえしなければ、俺もちょっとは考え方を改めていたかも…………って、何言ってんの? 俺。考えをどう改めるつもりだよ。改めようがないっていうのに。
 湊と一緒にいるのは楽しいけど、やっぱり付き合うとかは無理。湊のこと、そういう目で見るなんてできない話だった。
「なんか、あっという間に過ぎちゃったね。陽平が明日帰っちゃうなんて寂しい」
「実家が今住んでるところの近所なら良かったんだけどな」
「でも、陽平が夢を叶えて頑張ってる姿を見るのは幸せ。だから、寂しいけど応援してるからね」
「うん」
 明日帰るとなると、ついついしんみりした気分にもなってしまうものだ。いつもは底抜けに明るくて元気な両親が、俺がいなくなることにしんみりしてしまうのも胸が痛む。
 だから、家族が一人増えてくれるのは、本当にありがたいことなのかもしれない。
 子供が生まれてくれば、子育てに忙しくなるから、寂しいなんて思う暇もなくなるだろうし。
「そうだ。生まれてくる子の名前は陽平も一緒に考えてね」
「それはいいけど……。どっちが生まれてくるかわからないと、前もって考えるのも難しくない?」
「どっちでも大丈夫な名前考えてみてよ。ほら、陽平のグループの悠那君や律君みたいな名前なら、男の子でも女の子でもいけそうじゃない?」
「悠那は確かにどっちでもいけるけど。律って名前は女の子の名前にしたら格好良すぎじゃない?」
「そうかな?」
「ま、考えてみるよ」
「お願いね」
 自分の子供ではなく、自分の兄弟の名前を俺が考えるというのも不思議な感じだ。
 でも、生まれた時から離れて暮らす家族の名前なら、ちょっとは真剣に考えてみようと思う俺だった。





 翌日。父さんと母さんと一緒に買い物に出掛けた俺は、ベビー用品を取り扱っている店で、生まれてくる子供のためのベビー服を何着か買ってあげた。
 母さんの勘では女の子だって言うから、女の子っぽいベビー服を買ってみたんだけど、これで男の子が生まれてきたら目も当てられない。
 でも、赤ちゃんの頃の性別なんてあってないようなものだからな。ベビー服も、男の子用、女の子用って明確に分かれているわけでもないから、色によって男女が決まっているようなものだと思う。
 まあ、俺はそういう事情に全然詳しくないから、もしかしたらちゃんと分かれているのかもしれないけど。
「ありがと、陽平。お兄ちゃんが買ってくれた服だよ~って着せてあげれるなんて嬉しい」
「どういたしまして。これくらいしかできないからさ」
「でも、凄く真剣に悩んでたから、お店の人は陽平の子供かと思ったかもね。顔隠していって正解ね。もし、陽平が真剣にベビー服選んでるってバレたら、陽平に隠し子がいると思われちゃうね」
「俺も子供がいてもおかしくない歳になったってことだな」
「ほんと。時が経つのは早いわ~」
 それなりに忙しい日々を送り、毎日は充実しているから、普段は時が経つのが早いなんて思うこともない。でも、気付けばあっという間に時が過ぎている。
 今日、またいつもの生活に戻って行く俺だけど、この一年も、蓋を開けてみれば“あっという間だった”って思う一年なんだろうな。
 時の流れる速さなんてそんなものである。
「久し振りに父さんと母さんと過ごせて良かった」
「来年は一緒に釣りに行こうな」
「うん」
「身体には気をつけてね」
「母さんこそ。無茶とかすんなよ」
「わかってるって」
 夕方になり、元の生活に戻って行く俺を見送る両親は、俺に気を遣わせまいと明るい笑顔で俺を見送ってくれた。
 また帰って来よう。今度はもう少し早く。新しい家族の顔も見なきゃいけないし。
 去年の年末年始に帰れなかったぶん、今年は年末年始を待たずに、何度かここに帰って来ようと思う俺だった。





                    ~Fin~
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