僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

文字の大きさ
上 下
88 / 286
番外編 ~Go Home~

番外編 八神陽平の五日間(1)

しおりを挟む
 


「おっかえり~。元気そうじゃん。良かった良かった」
 電車を乗り継ぎ、久し振りに実家に帰って来た俺は、帰って来るなり早々、底抜けに明るい母さんの笑顔に迎えられた。
 俺の母さんは18歳の時に俺を産んだから、俺が成人してもまだ38歳。成人した息子の母親としては充分若い母親だった。
 母親が若いのはちょっとした自慢になるのかもしれないが
「おい。なんだよ、その髪の色。なんでピンクとかになってんの?」
 ちょっと見ないうちに、母親の髪の毛が薄いピンクになっていることにはちょっとびっくりしてしまう。
 いくらまだ若いと言ってもはっちゃけ過ぎだろ。ピンクって……。俺だってそんな髪色にしたことないんだけど?
「似合ってるでしょ? 一回してみたかったんだよね、ピンク」
「まあ……似合ってるっちゃ似合ってるけど……」
 本当なら
『いつまでも若いつもりでいるなよ。母親なら母親らしくしろ』
 と、説教したくもなるところだが。実際、薄いピンクの髪色は母さんに似合っていたし、無理して若作りしてる感じにも見えなかった。
 出産が早かった母さんは、高校を卒業するとそのまま家庭に入り、家事と育児に追われるようになった。けれど、俺が小学校に上がって少し手が離れると、美容系の専門学校に通い始め、現在は美容関係の仕事に就いている。
 だから、美容に関してはわりとうるさい。髪の毛の色も頻繁にころころ変えるし、肌の手入れもきちんとしているから、実年齢よりはかなり若く見られがちだ。
 母さんと一緒に買い物に行くと、親子ではなく姉弟きょうだいに見られることさえある。
「陽平もしてみたら? 親子でお揃いにしようよ」
「嫌だよ。なんで親と同じ髪色にしなきゃいけないの? どういう親子だよ」
「仲良し親子って感じでいいじゃん」
「俺と母さんが同じ髪色になったら、さすがに父さんもびっくりすんだろ」
「そうでもないよ。私の髪色見て、陽平にも似合いそうって言ってたもん」
「はぁ……」
 相変わらず、ノリが良くて元気な両親である。まあいいけど。
「父さんは? 大晦日なのに仕事ってわけじゃないよね?」
「仕事じゃないんだけど、ちょっと付き合いで出てるのよね。でも、陽平が帰って来るから早めに切り上げて帰って来るって」
「大晦日なのに呼び出す方も呼び出す方だな」
「ほんとそれ。久し振りの家族の団欒を邪魔してくるなんて無粋よね~」
 ちなみに、父さんの仕事は一般的なサラリーマン。でも、有名な大企業に勤めているから、収入はそこそこいい。ホワイト企業としても有名なところだから、毎日楽しく働いているみたいだ。上司、同僚、部下とも仲がいいらしく、しょっちゅう遊びに行っているようである。
 母さんは母さんで人付き合いが上手だが、父さんも父さんで交友関係が幅広い。いろんな人と上手く付き合えるからこそ、明るくて元気な性格にもなるのかもしれない。
 その証拠に、大晦日に旦那を駆り出された母さんは、特に腹を立てた様子もなく、ケラケラと笑っている。丸一日旦那を取り上げられるわけでもないから、少々構わないと思っているのだろう。母さんのこういうおおらかで明るいところが俺は好きだ。
「そうだ! 陽平に報告がありますっ!」
「え……何?」
 俺が自分の部屋に荷物を置き、母さんのいるダイニングに戻ってくると、お茶を淹れ終わった母さんが急に手を叩き、キラキラした目で俺を見てきた。
 なんだなんだ、改まって。そう言われると、俺もついつい構えちゃうじゃん。
「なんと私……妊娠しちゃいましたっ!」
「………………は?」
 俺に向かって満面の笑顔を見せ、Vサインまでしてくる母さんに、俺は一瞬自分の耳を疑った。
 妊娠って? え? 俺、この歳で弟か妹ができるの? マジで?
「現在妊娠四ヶ月。来年には新しい家族ができるのよ? 嬉しいでしょ」
「えっと……とりあえず、おめでとうって言うべき? びっくりし過ぎてついていけないんだけど」
 確かに、母さんはまだ30代。最近は結婚自体が遅く、高齢出産する人も増えてきたと聞く。30代後半で出産する人も少なくはないだろう。
 でも、なんで今になって妊娠? 結婚して二十年だぞ? うちの親は仲良しだけど、未だに子供を作ろうと思っていたとは思わなかったわ。
「陽平ってアイドル養成所に通うからって、高校の時から実家を離れたじゃない? そのままアイドルになって東京に居座っちゃったから、お母さんも寂しいのよ。テレビで陽平の姿見た時、ふと、もう一人子供が欲しいな~って思っちゃったのよね」
「そ……そうなんだ……」
「そうよ。せっかく可愛がって育ててきた息子が、あっさり家を離れて、ほとんど実家に帰って来なくなったのよ? 親としてはそりゃ寂しいわよ」
「そりゃ悪かったよ。まさか、俺がいなくなって寂しいと思っていたなんて知らなかった」
「寂しいに決まってるでしょ? でも、子供にはやりたいことさせてあげたいし。私達の自慢の息子の陽平なら、アイドルにもなれるって思ったしね」
「うん。ありがと」
 そういう事情があったらしい。俺がいなくて寂しいなんて素振りは全く見せなかったから、今になってそう言われると罪悪感を覚えなくもないが。
「それに、私達だっていつまでも若くないでしょ? 家にもう一人家族がいれば、陽平もちょっとは安心して芸能活動に専念できると思うし」
「そこまで気を遣ってくれなくてもいいのに。その頃には俺もいい歳になってるだろうから、親の面倒見るくらいの余裕もありそうだし」
 たった一人の我が子が、若いうちに家を出てしまったのが寂しいというのもあるだろうけど、俺の将来まで考えてくれているらしい。
「わかんないよ? 陽平は演技の才能もあるみたいだもん。その頃には役者として引っ張りだこになってるかもしれないじゃん」
「そうなればいいけど……」
 やや親馬鹿的な発言ではあるけれど、決して冗談で言っているわけでもなさそうな母さんに、俺はちょっと照れ臭くなってしまう。
 小さい頃から俺の夢を応援してくれて、俺のやりたいことはなんでもさせてきてくれた両親には感謝しかない。そのうえ、俺の将来のことまでちゃんと思ってくれる両親に、俺はどんな恩返しができるだろう。多分、俺がやりたいことにひたすら没頭し、人生を楽しんでいる姿を見せることが、一番の親孝行になるんだろうな。俺の両親はそういう人達だ。
 ほんと、俺はとても恵まれた家に生まれてきたものだ。
「それで? どうなの? みんなとの共同生活は」
 二人分のお茶を淹れ、お菓子も用意してくれた母さんは、久し振りに会った息子から色々と聞きたい話も沢山あるようだ。
 こういう時間をもっと大切にしよう。そうしょっちゅう帰って来られるわけでもない実家なんだから、実家にいる間は家族を大切にしようと思う俺だった。





 夕方前には帰ってきた父さんと再会した俺は
「お帰り~、陽平。ごめんな、陽平が帰って来る日に出掛けたりして」
 再会するなり、父さんから熱い抱擁なんかをされてしまい
(あれ? 父さんってこんなキャラだったっけ?)
 と、少し首を傾げてしまいたくなった。
 ひょっとすると、この歳になって第二子を授かったことに浮かれているのかもしれない。そう考えると、母さんが妊娠したのは良かったんだとも思える。
「母さんが妊娠した話は聞いたか?」
「うん。びっくりした。でも、良かったな」
 久し振りに俺に会ったことと、一人増えた家族のことで、父さんは幸せ絶頂みたいな顔である。
 母さんと違って、父さんは特にこれといった変化はない。サラリーマンだから当たり前だけど、髪の色も奇抜になっていないし、太ったり痩せたりもしていない。
 母さんとは10歳の年の差夫婦ではあるけれど、父さんも実年齢よりだいぶ若く見える。48歳の父さんは、40歳前後にしか見えなかった。
 うちは童顔家系か何かか? 毎日楽しく笑って過ごしていれば、歳を取るスピードも遅くなるものなのだろうか。このままずっと明るく元気でいて欲しいものである。
「陽平は弟と妹のどっちがいい?」
「うーん……妹かな。弟の面倒は見飽きてる感あるし」
 母さんは前もって赤ちゃんの性別は聞かないつもりらしい。
『どっちでもいいし、生まれた時に知る方が楽しいでしょ?』
 と言っていたが、もし、女の子が生まれてきたら、色々買い揃えなきゃいけなくなるから大変なんじゃないの? と思わなくもない。
 今の生活で、年下男子四人の面倒を見ている俺は、できれば可愛い女の子が生まれてきて欲しい。
 弟はもう沢山だ。妹なら、俺も可愛がってあげられそうな気がする。
 まあ……律くらいいい子であれば、弟でも構わないって気もするけど。
「陽平は五人グループの長男だもんな。弟が四人もいれば、妹が欲しくなっちゃうよね」
「うん」
 別に血が繋がっているわけではないから、あいつらの兄貴ってつもりでもないんだけれど、なんだかんだと手を焼かせてくるメンバー――特に司と悠那。たまに海――に、兄貴って大変なんだな……って思うこともある。
 それにして、20歳差か。下手すると自分の子供でもおかしくない年の差だよな。今の俺の歳の頃には、母さんはもう俺を産んで育てていたんだし。父さんや母さんからすれば、最早孫みたいな感覚なんじゃない?
「陽平が妹がいいって言うなら、頑張って女の子産むわ」
「努力でなんとかなるもの?」
 妊娠した時点で、どっちになるのかは決まっているもんじゃん。今更頑張ったところで、生まれてくる赤ちゃんの性別が変わるものでもない。
「でも、母親の勘で言うと、次は女の子なんじゃないかなぁ~って思うのよね。陽平の時も、この子は絶対男の子だっ! って思ったもん」
「だったら女の子なんじゃない?」
 母親の勘というものが、どれだけアテになるのかはわからないけれど、俺の時の勘が当たったのであれば、今回も当たるんじゃないかって気がする。
 自分のお腹の中で大きくなっていく赤ちゃんって、どんな感じなんだろう。俺は男だから、そういう感覚が全くわからない。まさに人体の神秘だ。
「陽平がいるとやっぱり楽しいわ。もうちょっと頻繁に帰って来てくれればいいのに」
「なるべくそうするよ。子供が生まれた時はまた帰って来る」
「そうしてそうして~」
 今でもオフはちょくちょく貰っているけれど、纏まった休みじゃないとなかなか実家に帰ろうって気にもなれない。が、新しく家族が増えるのであれば、少しは実家にも顔を出さないとな、と思う。
 たまに帰って来て
『誰? このお兄ちゃん』
 と、新しい家族に思われるのも悲しい。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

父のチンポが気になって仕方ない息子の夜這い!

ミクリ21
BL
父に夜這いする息子の話。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

処理中です...