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番外編 ~Go Home~
蘇芳司の五日間(3)
しおりを挟む夜になり、悠那と一緒にお風呂に入ろうとした時は
「え……一緒に入るの? なんで?」
さすがにギョッとした顔の姉ちゃんに言われたけど
「色々説明するの面倒臭いから。それに、時々一緒に入ってるからいいかなって」
と答えた。
実際、「これはこうだよ」、「身体洗う時はこれ使ってね」なんて、お風呂の説明をするのは面倒臭いし、普段はほぼ毎日一緒にお風呂に入っているんだから、今更別々に入る気分にもなれなかった。
もちろん、“毎日”は“時々”ということにしておいたけど。
「はぁ……ほんと仲がいいのね。あんたがそんなに人と仲良くするのもちょっと意外」
実家にいた頃は、特別親しくしていた友達もいなかったから――友達がいなかったという意味ではない――、姉ちゃんは俺が悠那と一緒にお風呂に入るまでの仲になっていることに驚いたのだろう。
俺だって、悠那がただの友達だったら一緒にお風呂にまでは入らない。
でも、悠那は友達ってわけじゃない。一年以上も共同生活を送ってきた同じグループのメンバーだ。更に、片時も離したくないと思っているほどに愛しい恋人だ。悠那と一緒にいるからといって、恋人らしく振る舞うわけにもいかない俺は、せめてお風呂くらいは一緒に入りたい。さすがにエッチなことはできないけど、悠那の裸を見るだけでも、少しは不満が解消されるというものだ。
「司の家族ってみんな優しくていい人だね。俺、司の家族好きになっちゃった」
「姉ちゃんはあんなだけどね」
「俺は好きだよ? ああいうハッキリしてる女の人。嫌な人って感じはしないし、司を嫌ってるようにも見えないし。弟相手だと照れ臭かったりするんじゃないの? 俺にはお姉ちゃんがいないからわからないけど」
「どうだろうね」
「それに、俺にはちゃんと優しいよ?」
「当たり前でしょ。悠那に俺と同じような態度を取ったら、さすがに俺もキレるよ。マジギレするよ」
実家のお風呂に悠那と一緒に浸かっているのも不思議な気分。悠那と一緒にいられる時間は、どこにいたって幸せに感じられるものなんだな。
「でも、俺が司と付き合ってるって知ったら、みんな怒っちゃうかな?」
せっかく仲良くなった俺の家族だけど、俺との関係を隠したままであることに、悠那はちょっとだけ後ろめたさを感じるようだった。
「どうかな。想像もつかないからなんとも言えないけど。全くわかってくれない家族ではないと思う。もちろん、すぐには理解してくれないだろうし、ショックも受けるとは思うけど」
悠那との関係を家族に話した時の反応を想像すると、少しだけ気分が落ち込みそうにもなってしまう。
やっぱり、自分の家族が同性を恋人に選んだらショックなんだろうな。できれば、あまり家族を傷つけたくはないんだけど。
でも、ずっと隠したままっていうのも後ろめたい気持ちが大きくなっていく一方だし、正直に話さないと、家族とも自然と距離を取るようになってしまいそうだ。そうなると、家族と疎遠になってしまうから、余計に家族を悲しませることになりそうだよね。
すぐにわかってもらうのは無理でも、ちゃんと話して、そのうえで家族と上手く付き合っていけたらいいんだけど。
「でも、たとえどんなに時間が掛かっても、俺は家族を説得するつもりだし、悠那と別れるつもりもないよ」
「うん」
俺は不安そうな顔になる悠那を抱き締めてあげると、悠那の唇にチュッ、ってキスをしてあげた。
「はぁ……こうして司と一緒にいられるのは嬉しいし幸せなんだけど、エッチできないのは残念」
五日間のお休みはありがたいが、その休み中に悠那とエッチができないのは苦痛だ。悠那もそう思っているようで、キスだけじゃ物足りないって顔に書いてある。
今思うと、帰省期間を一日くらい短くして、最初か最後の一日を悠那と二人っきりで過ごしても良かったかもしれない。他のメンバーが帰省している間なら、気兼ねなく悠那とエッチし放題だったのに。惜しいことをした。
「帰ったらいっぱいシようね。それまではちょっと我慢しよ」
「うん」
なまじキスなんかしてしまうと、余計に悠那に触れたくなってしまうし、悠那が欲しくて堪らなくなってしまう――が、人間、時には我慢も必要だ。
悠那が遊びに来た日の夜は、俺の部屋で悠那と一緒に寝た。
母さんは俺のベッドの下にお客さん用の布団を敷いてくれていたんだけど、俺は当然のように悠那と一緒にベッドで寝た。
結局、悠那と同じベッドで寝ていると我慢できなくなって、ちょっとだけエッチなことはしたけれど、セックスまではしなかった。
それでも、俺の手に感じ、必死に声を押し殺そうとする悠那は可愛かったし、自分の口を両手で押さえ、息を詰めながらイった悠那も可愛かった。
うちの家族は全員早寝早起きで、寝ている間はしっかり熟睡してしまうから、少々の物音では起きたりもしない。俺と悠那がエッチなことをしたのはバレていないはずである。
そして、翌朝はセットしておいた目覚まし通りの時間に起き、朝御飯を食べてから、悠那と一緒に悠那の家に向かった。
初めて遊びに行った悠那の家の話はここでは省略する。が、気になっていた悠那の兄ちゃんはなんか凄かった。っていうか、全然似てない兄弟だからびっくりした。
悠那自身に“全然似てない”とは聞いていたけれど、ここまで似てないものなんだ。
悠那の兄ちゃんだけあって、顔は整っているし、かっこいいんだけど、目つきがちょっと鋭い。悠那とは全然顔つきが違うし、体格もかなり違う。悠那は小柄で華奢なのに、兄ちゃんの方はもう……俺とほぼ同じくらいの長身なうえ、格闘家ですか? ってくらいにガッシリした体格をしていた。ハッキリ言って、ちょっと怖い印象すら受ける。
悠那とは少し歳も離れているようで――確か、七つ年上だったはずだ――、並んでいる姿は親子に見えなくもないほどの違いがある。
もう社会人だから、大人の貫禄があるってことなんだろうか。俺より三つ年上の姉ちゃんより明らかに大人に見えた。悠那が童顔だから、余計に大人と子供の差みたいなものを感じてしまう。ここまで似てない兄弟も珍しいと思う。
悠那の言う通り、悠那のことは紛れもなく溺愛しており、悠那と仲睦まじい様子の俺のことは、多分気に入らなかったんじゃないかな。俺への当たりも結構キツかった。あからさまにヤキモチを妬かれてるって感じだった。
逆に、悠那の両親はとてもウェルカムモードで俺に接してくれて、悠那の両親と仲良くできたことにはホッとした。
特に、悠那の母親は悠那によく似ていて、歳のわりには幼く見える可愛い人だった。悠那は間違いなく母親似で、数年後の悠那を彷彿とさせる悠那の母親の姿に、思わずデレデレしてしまいそうな俺がいた。
休みの間にお互いの家に行き来して、さり気なく自分の両親に恋人を紹介する形になったわけだけど、どちらも心配していたようなことは起こらなくて良かった。
悠那の家から帰ってきた俺は、最後の一日を再び実家でのんびり過ごすと、早めの夕飯を食べた五日目の夕方過ぎには、また元の生活に戻って行くことになった。
「身体には気をつけてね。またいつでも帰っていらっしゃい」
「うん」
「悠那君や他の子達とも仲良くするんだぞ」
「うん」
「今度帰って来る時は、もうちょっとアイドルっぽくなってなさいよ」
「うーん……」
俺が靴を履き、荷物を持って立ち上がると、家族全員が玄関先まで見送ってくれた。
こういう時、どういう言葉で家族と別れたらいいのかわからない俺は、「うん」くらいしか返す言葉もなかったけど
「久し振りに家でのんびりできて良かった。ありがとう。また帰って来るよ」
最後にはそれなりの挨拶をしてから、久し振りに帰って来た実家をあとにした。
五日間の休みなんて、ほんとにあっという間だったな。最初は“別に帰らなくても……”なんて思ったりもしていたけど、やっぱり実家は実家でいいものだ。
夜になって再び五人で住むマンションに戻ってきた俺は
「おう。五日ぶり。どうだった? 実家は」
一番先に帰ってきていた陽平に聞かれ
「うん。のんびりできて良かったよ」
五日振りに会う陽平に笑顔で答えた。
「陽平はどうだった? のんびりできた?」
聞かれたお返しに尋ねると、陽平は急に不満そうな顔になり
「のんびりできたし、びっくり報告なんかもあって良かったんだけどさ。新年早々いきなり湊が押し掛けて来たからびっくりしたわ。普通、実家にまで押し掛けてくるか? 俺、あいつに実家の住所教えた記憶ないんだけど」
と、新年早々不満を漏らしてきた。
あー……湊さんならやりそう。湊さんってわりと猪突猛進タイプだもんね。
陽平は教えた記憶がないって言っているけど、湊さんが陽平の実家の住所を知らないままでおとなしくしているとは思えない。なんだかんだとさり気なく聞き出されているか、とっくに調べ済みだったんだろう。
陽平とクリスマスを一緒に過ごせなかった湊さんは、そのことを酷く残念がっていたもんな。クリスマスがダメなら……と、新年早々陽平の実家に押し掛けることにしたんだろう。俺達が年末年始にオフをもらい、それぞれ実家に帰ることは湊さんも知っていたし。
「ただいま戻りました。改めまして、新年明けましておめでとうございます」
「おめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
俺が帰って来たほんの数分後。律と海の二人が揃って帰って来て、俺達の顔を見るなり、礼儀正しく新年の挨拶をしてきた。
スッキリした顔の二人を見ると、実家での生活は充分リフレッシュできたようである。
「おー。おかえり。今年もよろしくな」
律と海の顔を見ると、陽平の機嫌も直ったようだ。少しホッとした顔になると、律と海の頭を交互に撫でてあげたりしている。
「悠那さんはまだなんですね。司さんは休み中に悠那さんの実家に遊びに行ったんですよね? どうでした? 悠那さんの実家」
「うん。ご両親はいい人だったよ。悠那は母親似みたい。悠那のお母さんは小柄で可愛い人だったよ。お父さんも渋くて格好いい人だった。兄ちゃんは凄かったけど」
「どんな人だった? 悠那の兄貴。悠那には似てるの?」
「それが、全然似てなくてびっくりした。格闘家みたいな人だった。顔はイケメンだったけど」
「え……ますます想像できないんですけど……」
「悠那君のお兄さんなのに格闘家みたいなんですか?」
「うん」
「一度見てみたいな。スゲー気になる」
見たらきっとみんなびっくりするよ。ほんとに悠那と血が繋がってるの? ってくらい、悠那には似てないんだから。
悠那の実家の話やら、悠那が俺の実家に遊びに来た時の話で少し盛り上がった後は、それぞれどんな休暇を過ごしていたのかの話で盛り上がった。
かれこれ一時間くらい実家の話で盛り上がっていると
「ただいまぁ~。遅くなっちゃった。もー……お兄ちゃんがなかなか離してくれなくて大変だったよぉ~……」
へとへとになった悠那が玄関に倒れ込むようにして帰ってきて、ようやく新年に五人揃った俺達だった。
「お疲れ様。そんなに大変だったの?」
玄関にへたり込む悠那を助け起こしながら、荷物を持ってあげると
「司が遊びに来た後から、俺をここに戻したくないってうるさくて。俺がもう帰るって言ってるのに、全然離してくれなかったの。司にヤキモチ妬いてるみたいなんだよね」
悠那は若干苦笑いになってそう返してきた。
「あー……」
そうなんだ。まあ、そうなるような気はしてたけど。
帰って来るなり疲れ果てた顔の悠那の荷物を持ったまま、悠那の手を引いてリビングに戻ると
「これで全員揃ったな」
「今年もこの五人で頑張りましょう」
「今年は去年よりもっといい一年にしましょうね」
それが今年のスタートの言葉になり、俺達はまた新たなスタート地点に立った。
五人で過ごす新しい一年が始まる。
~Fin~
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