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Season 2
世界で一番特別な日(4)
しおりを挟む冬休みに入るや否や、いよいよクリスマスがやって来た。
司の誕生日である12月24日を迎えたその日。俺達は夏のスペシャルライブの時に来たドーム会場に、再び足を運んでいる。
夏に来た時は大変な目に遭った。なにも司の誕生日にこんな場所に来なくても……という思いがなくもないけれど、これも仕事だから仕方ない。それに、今回はあんなことも起こらないだろうから、今日のライブを楽しもうとは思っている。それなのに――。
「司君。メリークリスマス&ハッピーバースデー」
控え室に入って間もなく、司を訪れてやって来た橋本ありすが、俺の目の前で司にプレゼントなんかを渡してくるから、一気にテンションがだだ下がりになりそうだった。
「え? プレゼントならこの前の収録で貰いましたよね?」
「そうだけど、司君も私にクリスマスプレゼントくれたでしょ? 私は誕生日プレゼントもクリスマスプレゼントも貰っちゃったのに、司君のプレゼントが一個だけだと不公平じゃない」
「そんな気を遣わなくてもいいのに」
司はなんだかんだと橋本ありすからプレゼントを受け取り、その後ちょっとした会話に花を咲かせたりする。
そりゃさ、同じ番組で一緒に仕事してるんだから、共演者と仲良くなるのは普通だし、それなりに付き合いが生まれるのもわかる。共演者と仲良くできるってことは、司のコミュニケーション能力が高い証拠だし、俺もこんなことでいちいちヤキモチ焼くなんて心が狭いって思うんだよ? でもさぁ……。
「せっかくのクリスマスと誕生日なのに、彼女さんと一緒に過ごせなくて残念なんじゃない?」
「まぁ……そうですかね」
「もし、彼女に振らるようなことがあれば、私が慰めてあげるからね~」
「ははは……」
なんなの? その会話。どうして橋本ありすは司に恋人がいることを知っていて、振られたら慰めてあげる、とか言ってんの? これ、もしかしなくても、司って橋本ありすに狙われてない?
「そうだ」
俺がぶすっとした顔をして椅子に凭れていると、橋本ありすが何故か俺のところにやって来たから、俺は慌てて椅子に座り直した。
「CM見たよ。凄く可愛いから思わず買っちゃった。色もデザインも気に入っちゃったよ」
言いながら、にっこり笑って、俺と律がCMをしているリップクリームを見せてきた橋本ありすに、俺は一瞬どういう反応をしていいのかわからなかった。
でも、これは褒めてくれているようだから、素っ気ない態度を取るのは失礼だと思い
「ありがとうございます。嬉しいです」
咄嗟に営業用の笑顔になって、愛想良く答えておいた。
うぅ……悪い人じゃなさそうなところが、余計に面白くない。
「悠那君って……ほんとに女の子みたいに可愛いんだね」
やや可愛い子ぶった態度を取ったことは認めるけど、俺の笑顔を見た橋本ありすは、ちょっと感心したような顔になってそんなことを言ってくる。
可愛いなんて言われ慣れてしまっているわけだけど、女性アイドルの中でも人気の高い橋本ありすに“可愛い”と褒められるのも変な気分になる。
「悠那君って司君と同じ部屋なんだっけ? 案外、司君の彼女って悠那君だったりして」
「っ!」
「なんてね。そんなことないよね」
「あはは。そんなわけないじゃないですかぁ~」
そんなわけあるから、冗談でもそんなことを言われると、動揺せずにはいられない俺だった。
「じゃあ、司君。いい一日を過ごしてね」
「ありがとうございます。ありすさんも良いクリスマスを」
そろそろリハーサルの準備が始まるのか、橋本ありすは自分の控え室に戻って行ったけど
「司ってさ……橋本ありすに狙われてない?」
控え室に残った俺は、さっきの二人のやり取りがどうしても気になってしまうから、ちょっと拗ねた口調になって司を責めてしまう。
「狙われてるっていうか、前に告白されちゃったから」
「え……」
何それ。初耳なんだけど。
「え? いつ?」
「夏にドラマの撮影で地方ロケに行った時」
「はあ⁈」
嘘でしょ? あの地方ロケって泊まりだったよね? そんな中で司は橋本ありすから告白されたっていうの? 俺が司に会えなくて、物凄ぉぉぉ~っく寂しい思いをしている最中に?
「聞いてないんだけどっ!」
「だって……あの頃はまだ悠那と付き合い始めたばっかりだったから、悠那に変な心配かけたくなかったんだよ」
「後から聞かされる方が嫌だよっ!」
「ごめん。でも、ちゃんと断ったし、悠那が心配するようなことは何もなかったから。それは陽平に聞いてくれればわかるよ」
「そうかもしれないけど……」
別に司を疑うわけじゃないけれど、そういうことがあったのなら、話して欲しかったという気持ちになる。
確かに、司に会えないだけでも凹んでいるような俺だったから、そこへもってきて司が橋本ありすから告白されたなんて話を聞かされたら、益々気が滅入っていたとは思う。そもそも、ランキング番組で共演している橋本ありすが司の相手役だということ自体、俺はずっと気に入らなくてふて腐れていたくらいなんだから。
「黙ってるつもりはなかったんだけど、そんなに重要なことでもないと思ったから話すタイミングがなくて」
「……………………」
重要じゃない……のかな? 司にとってはそうなのかもしれないけど、俺にとっては重要じゃないとも思えない。
だって、司のことを好きだって思ってる子と、司は一緒に番組をやってるってことでしょ? 司にその気がなくたって、向こうにはその気があるっていう状況というのは、やっぱりちょっと心配になっちゃうよ。
でも、だからって、番組を降りるわけにもいかないから、どうしようもないと言えばどうしようもない話だけど。
「悠那? 怒った?」
「ぅ……ううん……」
なにも怒るようなことじゃない。司は俺のことを思って、その話を俺にしなかったっていうのもあるんだから。現に、司にその話を聞かされた俺は、思いっきり動揺してしまっているし、明らかにテンションが下がってしまっているわけだし。
司は俺がヤキモチ焼きって知っているから、俺にその話をできなかったっていうのもあるんだろうな。
「怒ってない。でも……今度からちゃんと言って欲しい」
もう少し駄々を捏ねてしまいたくなる自分をグッと堪えると
「わかった。ごめんね」
司はホッとした顔になって、俺のおでこにチュッ、ってキスしてくれた。
そうだよ。こんなことでいちいち子供みたいに拗ねてちゃダメだよね。それに、今日は司の誕生日なんだから、司を困らせたくなんかないし。
それにしても、橋本ありす。いい人そうだけど要注意人物だな。司が浮気をするような人間じゃないのはわかっているけど、俺の司にちょっかい出してくるようなら許さないんだから。
「っつーかさぁ、悠那は人のこと言えないだろ。朔夜さんにしょっちゅうちょっかい出されてるし、樹さん達にも襲われかけてんだから。お前はどの面下げて司を非難できるんだ?」
「う……」
一連の流れを見ていた陽平に突っ込まれた俺は、痛いところを衝かれて返す言葉もなかった。
そうだよね。よくよく考えたら、俺の方が司に責められてもおかしくないことばっかりしでかしてるよね?
司のことをどうこう言う前に、自分がもっとしっかりしなくちゃいけない。気をつけよう。
「陽平。そういう話はやめてよ。俺も思い出したくないんだから」
「悪い」
「ほんと、悠那が可愛すぎるのも問題だよね。俺がどんなに気を付けてても、いろんなところから手を出されそうになるんだもん」
「そっ、そんなことないもんっ! 俺だってちゃんと気を付けてるよっ!」
「ほんとに? 朔夜さんにはガード甘くない?」
「甘くないっ! 甘くないけど、朔夜さんの手が早いんだもんっ!」
「何? 俺がどうかした?」
「朔夜さんっ⁈」
そろそろリハーサルの準備をしなきゃいけないっていうのに。司とちょっとした痴話喧嘩が始まりそうなところに、いつの間に控え室に入ってきたのかわからない朔夜さんが現れて、俺達の控え室の中が余計に騒がしいことになるのだった。
「んー? 悠那は俺に手を出されたいって話?」
「ちっがぁ~うっ!」
「出してあげようか? その可愛いお尻、揉んであげようか?」
「嫌ぁ~っ! ダメっ! ダメっ! やめてぇ~っ!」
「ん? 悠那。ちょっとお尻大きくなったんじゃない? 彼氏に揉まれ過ぎたの?」
「ゃんっ! 揉まないでっ! 大きくなんかなってないもんっ!」
「益々エッチなお尻になっちゃって」
「もーっ! やめてってばっ! っていうか、何しに来たのぉ~っ!」
俺の必死の抵抗もなんのその。俺のお尻を容赦なく揉みしだいてくる朔夜さんに、ガードも何もあったものじゃない。
こんな強引に人のお尻を揉み放題してくる手を、どうやってガードしろって言うの? なんで俺、恋人の誕生日に、恋人でもない朔夜さんにお尻を揉まれなきゃいけないんだよ。もしかして、ここの会場って俺にとっては鬼門なの?
「朔夜さんっ! いい加減、悠那にちょっかい出すのはやめてくださいっ!」
どうにか朔夜さんの手を逃れた俺が司の後ろに逃げ込むと、司は怖い顔になって朔夜さんを睨み付けた。
「相変わらず冗談の通じない奴だな。ちょっとお尻揉むくらいいいじゃんか。ほい」
一体何しに来たのかと思った朔夜さんだけど、朔夜さんは上着のポケットから小さな箱を取り出すと、司に向かって放り投げた。
「日頃のお詫びだよ。今夜は悠那と楽しめよ」
どうやら、朔夜さんは司にプレゼントを渡しに来てくれたみたいだった。なんだかんだと、うちのリーダーは周囲の人間から好かれているようである。
「んじゃ、またね~」
散々人のお尻を揉み倒し、司を怒らせた朔夜さんだけど、最後は司にプレゼントをちゃんと渡して帰って行った。
こういうところが憎めないっていうか……ズルいなって思っちゃうよね。
「何貰ったの?」
「さあ? なんだろう?」
上着のポケットに入るほどのサイズだから、そんなに大きな物ではないし、司に投げて寄越したくらいだから、高価な物でもないんだろう。
それでも、一応はリボンが掛ってプレゼント仕様になっている箱を開け、司と一緒に中を覗き込んだ俺は
「っ⁈」
その中身にギョッとなり、思わず赤面せずにはいられなかった。
朔夜さんはなんて物を司にプレゼントするんだ。俺と楽しめって言ったのはそういうこと?
「つ、司……これ……」
俺がドキドキしながら司の顔を見上げると
「せっかくだから後で使おうね」
司は物凄くいい笑顔でそんなことを言うのだった。
朔夜さんが司にくれたプレゼントの中身は、いわゆる大人の玩具と呼ばれるピンクローターとローションだった。
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