僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Season 2

第11話 世界で一番特別な日(1)

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「悠~那っ」
「あ、朔夜さ……んんっ?!」
 今年も残すところあとわずか……となった12月某日。
 今日はなんとAbyssのバラエティー番組にゲスト出演しにやって来た俺は、楽屋に向かう途中、廊下で遭遇した朔夜さんと顔を合わせるなり、いきなりキスされたからびっくりした。
「なっ……なっ……」
「CM見たよ。めちゃくちゃ可愛いじゃん。悠那の唇ってほんと、思わずキスしたくなる唇だよね」
「酷いっ! 不意打ちでキスするなんてっ!」
「別にいいじゃん。初めてってわけでもないんだから。それに、俺と悠那はいっぱいキスした仲でしょ?」
「あの時はいいのっ! 今はダメっ!」
「今の悠那は司の物だから?」
「そうっ!」
 わかってるならしないでよ。Abyssと一緒の仕事ってだけでも、司は面白くない顔をするのに。そのうえ、俺が朔夜さんにキスされたとなったら……。
「さ~く~や~さ~ん……」
「よっ、司。いたの?」
「いたの? じゃないですよっ! 悠那の真後ろにいたじゃないですかっ! 悠那に何してくれてるんですかっ!」
「キスくらいでそんなに怒るなよ。挨拶だよ、挨拶。これからの時代はグローバルにいかなくちゃ」
「ここは日本ですっ! そんな挨拶はセクハラですよっ! 大体、挨拶のキスも唇なんかにしませんからっ!」
 司が怒るに決まってるのに。
 ゲスト出演はなにも俺一人で来たわけじゃなくて、Five Sのメンバー全員で来ているから、現場には当然司の姿もあるわけだ。司がいるってわかってるのにキスしてくるんだから。朔夜さんってほんと意地悪。俺と司をどうしたいの?
「硬いこと言うなよ。自分の恋人が可愛いリップクリームのCMして、《思わずキスしたくなる唇》って言ってるんだからさ。恋人の持つCM効果に喜ぶべきじゃない?」
「あれは悠那の唇にキスしていいって意味のCMじゃないですから。都合のいい解釈をしないでください。それに、CMなら律も一緒に出てます。するなら律にしてください」
「うん。律は律で……」
 俺の代わりに律を売る司に、朔夜さんがにこにこしながら口を開いた時
「律ーっ!」
 後ろの方で海の悲痛な叫び声が聞こえてきた。
「もう琉依がしてるから。ほんと、あのCM可愛いよね。悠那も律も」
 全く。Abyssのメンバーってどうしてこう……平気でセクハラ紛いなことしてくるの? Zeusのタレントは品行方正が売りの事務所じゃないの? 前に湊さんがそんなこと言ってたよね? 異色扱いのBREAKは百歩譲って仕方ないにしても――そう言えば、BREAKのメンバーは今頃どうしているんだろう?――、事務所を代表するはずのAbyssのメンバーが、こんなに手が早くて大丈夫?
「琉依さんっ! 律になんてことをっ!」
「あはは~。思わずキスしたくなる唇~。律の唇って、見た目よりボリュームあってぷるぷるだね。さすがリップクリームのCMに起用されるだけはある。あんなCM見たら、試しにキスしたくなっちゃうもん」
「試しでキスなんてしないでくださいっ!」
 俺と律にきたCMの仕事は、9月の終わりに撮影があって、12月に入ってからCMの放送が始まった。商品の販売自体もCMと同時で、売れ行きはなかなか好調だって聞いた。
 《思わずキスしたくなる唇》ってフレーズはちょっと恥ずかしかったけど、女の子を対象にしたリップクリームのCMなんだから、それくらい言わなくちゃだよね。
 でも、だからって俺や律がキスされる必要は全くないと思うんだけど。それに、俺の唇は司のものだし、律の唇は海のものなんだから。思わずキスしたくなっても、しないでいてくれないと困る。
 俺達のCMをAbyssのメンバーが見てくれたことは嬉しいけど、その影響がこんな形で出るとは思わなかったよ。
「悠那。こっち来なさい。消毒するから」
「は~い」
「消毒? 消毒って何? 俺の唇って消毒必要? ってか、まさかお前らここでキスするつもりじゃ…………するんだ」
 怖い目の司に呼ばれ、ちょこちょこ司に歩み寄った俺は、司に唇全体をペロッて舐められた後に、チュッ、ってキスしてもらった。
 消毒完了。
「お前らねぇ……そんなバカップル全開で大丈夫? そんな調子だと、いつかバレちゃうよ?」
「これでも細心の注意を払ってるんですよ」
「どこが?」
「俺達の関係を知らない人の前ではキスしてません」
「あっそ」
 朔夜さんの目の前で俺にキスした司は、呆れた顔の朔夜さんに向かってキリッとした顔で言ったけど、朔夜さんは益々呆れた顔になるだけだった。
 自分だって、誰が見ててもおかしくない廊下で俺にキスしてきた癖に。
「そうだ。そういえば、司ってもすぐ誕生日なんじゃなかったっけ?」
 セクハラ紛いな挨拶にキリが付くと、今月が司の誕生日だと知ってくれていた朔夜さんが、話題を変えるように言ってきた。
「12月24日だったよな? クリスマスイブが誕生日っていうのもなんだかなぁ。クリスマスで誕生日が薄れちゃうよな」
「そんなことないよっ! クリスマスより司の誕生日の方が大事だもんっ!」
 やや同情するような顔で言う朔夜さんに、俺はちょっとだけムッとした顔になって言い返した。
 確かに、クリスマスは年中行事の中でもかなり特別扱いされる一大イベントで、ハロウィンが過ぎたあたりから、世間は一気にクリスマスモードに突入する感じすらある。12月になるとどこに行ってもクリスマスの話題ばかりだし、みんながクリスマスを特別に思っていて、クリスマスを楽しみにしているのもわかる。
 正直、去年までの俺はそうだった。街がクリスマス一色になる頃には、プレゼントに何を強請ねだろうかとか、どこのクリスマスケーキが食べたいかとか。そういうクリスマスならではの楽しいことを考えることで頭がいっぱいだった。
 でも、今年はそうじゃない。自分がクリスマスを楽しむよりも、司の誕生日をどうやって祝ってあげようかで頭を悩ませている。
 去年はまだ司と付き合う前だったから、司の誕生日もグループのメンバーとしてしか祝ってないし、誕生日プレゼントもクリスマスプレゼントと一緒扱い。当たり障りのない無難な物を選んでしまった。今年は同じグループのメンバーとしてじゃなく、恋人として祝ってあげたいと思ってるんだけど……。
 誕生日がクリスマスと被っていることを、司本人はあまり気にしている様子ではなかった。
 ただ、去年
『誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントが一緒にされるから損した気分になる』
 とは言っていた。
『子供の頃の話だけどね』
 と、付け足してはいたけれど。
「ねえ、朔夜さん。クリスマスが薄れるような誕生日の祝い方ってない?」
 この時期になると、プレゼントさえ全部クリスマスのための物のような扱いで、司の誕生日プレゼント一つ選ぶことも難しく感じてしまう。
 俺はクリスマスプレゼントじゃなくて、誕生日プレゼントを選びたいのにっ! そんな全部クリスマスプレゼント扱いされちゃうと、“全部違うっ!”ってなっちゃうじゃんっ!
「それ、俺に聞く?」
 急に真剣な顔になる俺に、さすがの朔夜さんもちょっと困った顔になる。
 誕生日がクリスマスと被っている人なんて、世の中探せばいくらでもいると思うけど、あまり身近にはいないものだよね。これがただの友達とかなら、そこまで難しく考えることでもないし、誕生日プレゼントもクリスマスプレゼントも一緒でしょ? って思うものだ。
 でも、恋人の誕生日がクリスマスと被っているとなると、俺みたいに誕生日の祝い方で頭を悩ませる人もいると思う。クリスマスより、司の誕生日の方が大事だよ。って気持ちを、どうやったら伝えられるのかな? って悩むんだよね。
「そんな特別にしなくてもいいよ。クリスマスはクリスマスで楽しみたいし。悠那が誕生日祝ってくれるだけで充分なんだから」
「それじゃクリスマスに負けちゃうじゃんっ!」
「うーん……別に負けてもいいんだけど……」
 12月に入ってからずっと考えてるのに、まだ何一つ司の誕生日を祝うプランが決まっていない俺は、いつの間にか《打倒! クリスマス!》を掲げる勢いだった。
「そういうことに拘るところが可愛いんだけどさ。俺も司と同意見かな? クリスマスはクリスマスで楽しみたいし、既に特別なんだから、そういう日に恋人から祝ってもらえるだけでも充分特別に感じるものじゃない?」
 どうしてもクリスマスと誕生日を分けたい俺に、司はちょっと困った顔になるし、朔夜さんも子供を宥めるような顔である。
 確かに、世間がクリスマス一色なのに、そのクリスマスを排除するのは難しいのかもしれない。それに、クリスマスはクリスマスで楽しみたいっていう司の気持ちもわからないではない。俺が変に拘り過ぎちゃってるのかな?
「そもそも、クリスマスとか誕生日の前に仕事も入ってるじゃん。クリスマスライブにはFive Sも出るんだろ?」
「うん」
 そうなのだ。司の誕生日を朝から晩まで祝ってあげたい気持ちは山々なのだが、クリスマスイブにはクリスマスライブなる番組の出演も決まっていて、司の誕生日も大事だけど、仕事はしなきゃいけないのだ。
『司の誕生日に仕事なんか入れないでよっ!』
 とはさすがに言えない。
 12月にはいろんなスペシャル番組の出演が決まっていて、スケジュール自体も結構埋まってるんだよね。今日のゲスト出演だって、Abyssのバラエティー番組のクリスマススペシャル版だし。今年は年末にある音楽授賞式への出演が、年内最後の仕事になっている。その後に、ちょっとだけお休みがもらえるみたい。
「悠那がクリスマスより俺の誕生日の方が大事って思ってくれてるだけで嬉しいから。あんまり深く考えなくていいんだよ」
 すっかり難しい顔になってしまう俺の頭を、司の手が優しく撫でてきてくれた。司に頭を撫でられると胸がキュンってなっちゃうし、大好きって思っちゃう。
 俺は司が大好きだから、司が生まれてきた日もとても大事だし特別で
(やっぱり、クリスマスと一緒にされたくないな……)
 って思っちゃうだけなんだけどな。



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