僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

文字の大きさ
上 下
68 / 286
Season 2

第9話 酒は飲んでも吞まれるな(1)

しおりを挟む
 


「ごめん、陽平。待った?」
「いや。俺も今来たとこ」
 俺の誕生日の前日に待ち合わせした喫茶店は、今じゃ俺と湊の待ち合わせ場所の定番になっている。店内は相変わらず落ち着いていて、客もまばらだ。
 湊に会うのは8月末以来。湊から「好き」と言われた日以来で、あれから二週間以上経っている。
 その間に、湊に心境の変化があったのかどうかが気になるところではある。果たして、俺のことは諦めてくれたんだろうか。
「撮影がちょっと押しちゃて。予定より30分も遅くなっちゃったんだよね」
「別にいいって。仕事なんだから」
 待ち合わせ時間にほんの10分遅れただけなのに、湊は本当に申し訳なさそうである。
 10分なんて遅刻のうちに入らない。これが仕事なら大問題だけど、プライベートの待ち合わせ時間に10分遅刻する人間なんていくらでもいる。俺だって、ここに着いたのは待ち合わせ時間ギリギリだった。
「忙しそうじゃん。いいことだな」
 デビューから一ヶ月が経ったCROWNは、それなりに忙しくしているようだ。俺もさっきまで雑誌の撮影をしていたし、お互い仕事があるのはいいことである。
 この業界はデビューしたからといって、すぐに仕事が入ってくるとは限らない。俺も湊も駆け出しの新人アイドルだから、今は仕事が貰えるだけでもありがたいのだ。
 先にアイスカフェラテを頼んでいた俺を見て、湊はホットコーヒーを注文した。ここで頼むものはいつも決まっている。俺がアイスカフェラテで湊はホットコーヒーだ。湊はコーヒー好きらしい。
 俺は普段コーヒーを飲まないし、飲むとしても牛乳が入ったカフェラテじゃないと飲めない。家にはコーヒーを常備していないから――うちは全員紅茶派だ――、こうして外に出た時や、気まぐれにコンビニで買う時くらいしか、コーヒーを飲む機会もない。
「あのさ、陽平」
「ん?」
「この後うちに来てよ」
「え……」
 待ち合わせだけ決めて、その後はノープランだった。数時間後には湊の誕生日だから、それまでは一緒にいるつもりだったけど……。
(湊の家?)
 前回、湊の家でキスされて、告白までされた俺は、湊の家に行くことにどうしても躊躇いがあるし、構えてしまう。遠慮したいって気持ちにもなってしまう。
 家に行くと逃げ場がなくなるじゃん。二人っきりになるし。
「陽平の手料理が食いたいの。作ってよ」
 全く自炊をしない湊は、俺の作った手料理に胃袋を掴まれたとでもいうのか? だとしたら、単純すぎるだろ。
「別にいいけど……」
 湊の家に上ることに躊躇いはあるけれど、明日が二十歳の誕生日である湊の我儘は、少しくらいなら聞いてやってもいいと思ってしまった俺がいる。
(いざとなったら、俺も男だ。拳で湊を黙らせることもできるからいっか)
 と。この時の俺は、単純にそんな風に考えていた。
 それが大きな間違いとも知らないで……。





 湊の家に行く前に、スーパーに寄って買い物をした。
「ハンバーグが食べたい。チーズ乗ってるやつ」
 という湊の希望通り、ハンバーグの材料と付け合わせの材料を買うと、スーパーの二軒先にある湊のマンションに入った。
「お前……よくここに人が呼べたな」
 約二週間ぶりに入った湊の部屋の中は荒れており、その乱雑具合に絶句する。
 普通、人に来てもらおうって部屋は掃除とかしない? なんだよ、この荒れ具合。足の踏み場もないじゃん。
「へへへ。ちょっと掃除する余裕なくて」
「片付けろっ! 今すぐっ!」
 こんな散らかった部屋には5分もいられない。料理を作ることはおろか、その料理が食えるか。俺は結構綺麗好きなんだよ。
 決まり悪そうに鼻の頭を掻きながら笑う湊をどやしつつ、俺も部屋を片付けるのを手伝ってやることにした。
 なんで人の家に上って早々、部屋の片付けなんかしなきゃならないんだ。うちも司や悠那がちょいちょい部屋を散らかすけど、ここまで酷くないぞ。
「これ、洗濯するやつ? それとも、洗濯終わったやつ?」
「えっとぉ……どっちだったかな?」
「それさえもわかんないの?」
 足元にあるものから片っ端に片付けていく俺の横で、湊が何をしているのかがわからない。片付けているようにも見えるけど、湊の周りはあまり綺麗になっていない様子である。
 お前の部屋だろ。何をどこに仕舞うかは、自分でちゃんと決めとけよ。
 前回来た時はここまで散らかっていなかったどころか、わりと綺麗にしてたじゃん。二週間の間に何があったんだよ。仕事が忙しくて疲れてるから、部屋の掃除をする気力もなかったのか? もともと、湊は部屋を綺麗にするタイプの人間じゃないのは知ってるけど。
 湊がいつからここに住んでるのかは知らないけど、初めて俺が来た時は引っ越してまだ日が浅かったのかも。引っ越したばかりの時は、心機一転で部屋を綺麗にしていたが、時間が経つと本来の自分の部屋に戻っただけか?
 どちらにしても、こんな散らかった部屋じゃのんびり寛げないだろう。自分で片付けられないなら、誰かに頼むとかすればいいのに。きっとそういうサービスをしている業者は探せばいくらでもあると思う。
 それか、彼女でも作ればいい。彼女なら、忙しい彼氏の代わりに部屋を片付けてくれるだろうし、飯も作ってくれるぞ?
「こんなもんでいいか。ほんとは掃除機もかけたいけど、もう夜遅いからな。床ワイパーある?」
「あるよ」
「貸して。床掃除するから」
 8割9割は俺の活躍によって片付いた部屋。最後に床をフローリングワイパーで拭き掃除してから、湊の部屋の掃除は終わった。
 トータルで一時間近く掛った。無駄な時間すぎる。
「陽平って、ほんと主婦向きだよね。結婚したい」
 部屋を片付けた後は、手を洗って夕飯作りに取り掛かる。もうだいぶ遅い時間になってしまったけど、俺も湊も夕飯はまだだし、お腹も空いてるからさっさと作ってしまうことにする。
「俺はお前みたいなだらしない奴と結婚したくないわ。絶対大変じゃん」
 褒め言葉なのかなんなのか知らないが、“結婚”という言葉を遣ってくる湊をやんわり拒否しながら、俺は台所に立った。
 湊の誕生日まで二時間弱。いっそのこと、日が変わってから飯にするでもいいけどな。身体には良くなさそうだし、それまで俺や湊の腹がもつかだけど。
「……と、その前に……」
 湊の家に行くことになった俺は、喫茶店を出てすぐ、閉店間際のケーキ屋さんに行ってケーキを買っていた。保冷材は入れてもらっているけど、冷蔵庫に入れとかないと。
 部屋の入り口に置きっ放しになっているケーキの箱を持ってくると、やっぱり中がガラガラな冷蔵庫の中に入れておいた。
 ほんと、何もなくて食材入れるのに困らない冷蔵庫だな。
 俺が台所に立つと、湊はすぐ傍のテーブルに座り、俺の背中をジッと眺めてくる。
 そんなに見てくんな。なんかしとけよ。テレビ見るとか、雑誌見るとか。俺の背中なんか見て何が楽しいんだ。こっちは擽ったくなるだろ。
「ねー、陽平」
「あん?」
「俺と一緒に暮らさない?」
「…………は?」
 おいおい。馬鹿が何か言い出したぞ。
「いや……何言ってんの? お前」
 俺はちょっとだけ湊を振り返ったけど、湊の目が真っ直ぐ俺を見詰めているのを知って、慌てて視線を戻した。
 いやいやいや。何マジな顔とかしてんだよ。
「わりと本気だよ。だって、陽平と一緒に住んだら、毎日美味しいご飯食べられるじゃん。部屋の掃除もしてくれるし」
「俺はお前の母ちゃんでもなければ、家政婦でもないぞ。お前ももう二十歳になるんだから、自分のことは自分でしろよ」
「誰が陽平を母親や家政婦代わりにするって言ってるんだよ。俺の嫁になってって言ってるのに」
「嫁ーっ⁈ 嫁とか言うなよっ! 気色悪いっ!」
 何故このタイミングでそんな話っ! 俺が今逃げられないとわかっている癖に、そこでそんな話を振ってくんなよっ! 俺が動揺するし、焦るだろーがっ!
「俺と結婚しよ。で、一緒に暮らそ」
「馬鹿なの? 結婚しないし一緒にも暮らさないから。大体、俺の私生活は今、事務所に管理されてんのっ。律や海が高校卒業するまで、俺達は共同生活送る決まりなのっ」
「それって強制なの? 陽平はもう二十歳になったんだから、もうちょっと自由にさせてもらっても良くない?」
「ダメ。あの家に司と悠那、律と海の四人になったら、律と海が大変だし危険だろ。それに、仮に俺があそこを出たとしても、湊と一緒になんか住まないからな」
「えー……」
 なんで俺と一緒に住める前提で話すんだよ。住まねーから。面倒臭いわ。湊と一緒に住むなんて。
 今の共同生活は、同じグループのメンバーだから続けられるし、わりと気に入っているところもあるけれど、もともと一人暮らしをしていた俺は、自由にしていいって言われたら一人暮らしがしたい。
「一緒に住んでよー。律と海が卒業した後でもいいから」
「い・や・だ」
「ケチ」
「ケチとかいう問題じゃなくない?」
 テーブルの上に両肘を突き、ぶすっとした顔をして拗ねる湊だけど――。
 拗ねたいのはこっちだ。そんなこと言ってくるってことは、こいつ、俺への気持ちを諦めてないってことだな?
(だったら、俺もそのつもりでいなくては……)
 逃げ場のない湊と二人っきりの空間で、俺は湊に隙を与えないよう、臨戦態勢へと移るのであった。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

男子寮のベットの軋む音

なる
BL
ある大学に男子寮が存在した。 そこでは、思春期の男達が住んでおり先輩と後輩からなる相部屋制度。 ある一室からは夜な夜なベットの軋む音が聞こえる。 女子禁制の禁断の場所。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

処理中です...