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Season 2
第9話 酒は飲んでも吞まれるな(1)
しおりを挟む「ごめん、陽平。待った?」
「いや。俺も今来たとこ」
俺の誕生日の前日に待ち合わせした喫茶店は、今じゃ俺と湊の待ち合わせ場所の定番になっている。店内は相変わらず落ち着いていて、客もまばらだ。
湊に会うのは8月末以来。湊から「好き」と言われた日以来で、あれから二週間以上経っている。
その間に、湊に心境の変化があったのかどうかが気になるところではある。果たして、俺のことは諦めてくれたんだろうか。
「撮影がちょっと押しちゃて。予定より30分も遅くなっちゃったんだよね」
「別にいいって。仕事なんだから」
待ち合わせ時間にほんの10分遅れただけなのに、湊は本当に申し訳なさそうである。
10分なんて遅刻のうちに入らない。これが仕事なら大問題だけど、プライベートの待ち合わせ時間に10分遅刻する人間なんていくらでもいる。俺だって、ここに着いたのは待ち合わせ時間ギリギリだった。
「忙しそうじゃん。いいことだな」
デビューから一ヶ月が経ったCROWNは、それなりに忙しくしているようだ。俺もさっきまで雑誌の撮影をしていたし、お互い仕事があるのはいいことである。
この業界はデビューしたからといって、すぐに仕事が入ってくるとは限らない。俺も湊も駆け出しの新人アイドルだから、今は仕事が貰えるだけでもありがたいのだ。
先にアイスカフェラテを頼んでいた俺を見て、湊はホットコーヒーを注文した。ここで頼むものはいつも決まっている。俺がアイスカフェラテで湊はホットコーヒーだ。湊はコーヒー好きらしい。
俺は普段コーヒーを飲まないし、飲むとしても牛乳が入ったカフェラテじゃないと飲めない。家にはコーヒーを常備していないから――うちは全員紅茶派だ――、こうして外に出た時や、気まぐれにコンビニで買う時くらいしか、コーヒーを飲む機会もない。
「あのさ、陽平」
「ん?」
「この後うちに来てよ」
「え……」
待ち合わせだけ決めて、その後はノープランだった。数時間後には湊の誕生日だから、それまでは一緒にいるつもりだったけど……。
(湊の家?)
前回、湊の家でキスされて、告白までされた俺は、湊の家に行くことにどうしても躊躇いがあるし、構えてしまう。遠慮したいって気持ちにもなってしまう。
家に行くと逃げ場がなくなるじゃん。二人っきりになるし。
「陽平の手料理が食いたいの。作ってよ」
全く自炊をしない湊は、俺の作った手料理に胃袋を掴まれたとでもいうのか? だとしたら、単純すぎるだろ。
「別にいいけど……」
湊の家に上ることに躊躇いはあるけれど、明日が二十歳の誕生日である湊の我儘は、少しくらいなら聞いてやってもいいと思ってしまった俺がいる。
(いざとなったら、俺も男だ。拳で湊を黙らせることもできるからいっか)
と。この時の俺は、単純にそんな風に考えていた。
それが大きな間違いとも知らないで……。
湊の家に行く前に、スーパーに寄って買い物をした。
「ハンバーグが食べたい。チーズ乗ってるやつ」
という湊の希望通り、ハンバーグの材料と付け合わせの材料を買うと、スーパーの二軒先にある湊のマンションに入った。
「お前……よくここに人が呼べたな」
約二週間ぶりに入った湊の部屋の中は荒れており、その乱雑具合に絶句する。
普通、人に来てもらおうって部屋は掃除とかしない? なんだよ、この荒れ具合。足の踏み場もないじゃん。
「へへへ。ちょっと掃除する余裕なくて」
「片付けろっ! 今すぐっ!」
こんな散らかった部屋には5分もいられない。料理を作ることはおろか、その料理が食えるか。俺は結構綺麗好きなんだよ。
決まり悪そうに鼻の頭を掻きながら笑う湊をどやしつつ、俺も部屋を片付けるのを手伝ってやることにした。
なんで人の家に上って早々、部屋の片付けなんかしなきゃならないんだ。うちも司や悠那がちょいちょい部屋を散らかすけど、ここまで酷くないぞ。
「これ、洗濯するやつ? それとも、洗濯終わったやつ?」
「えっとぉ……どっちだったかな?」
「それさえもわかんないの?」
足元にあるものから片っ端に片付けていく俺の横で、湊が何をしているのかがわからない。片付けているようにも見えるけど、湊の周りはあまり綺麗になっていない様子である。
お前の部屋だろ。何をどこに仕舞うかは、自分でちゃんと決めとけよ。
前回来た時はここまで散らかっていなかったどころか、わりと綺麗にしてたじゃん。二週間の間に何があったんだよ。仕事が忙しくて疲れてるから、部屋の掃除をする気力もなかったのか? もともと、湊は部屋を綺麗にするタイプの人間じゃないのは知ってるけど。
湊がいつからここに住んでるのかは知らないけど、初めて俺が来た時は引っ越してまだ日が浅かったのかも。引っ越したばかりの時は、心機一転で部屋を綺麗にしていたが、時間が経つと本来の自分の部屋に戻っただけか?
どちらにしても、こんな散らかった部屋じゃのんびり寛げないだろう。自分で片付けられないなら、誰かに頼むとかすればいいのに。きっとそういうサービスをしている業者は探せばいくらでもあると思う。
それか、彼女でも作ればいい。彼女なら、忙しい彼氏の代わりに部屋を片付けてくれるだろうし、飯も作ってくれるぞ?
「こんなもんでいいか。ほんとは掃除機もかけたいけど、もう夜遅いからな。床ワイパーある?」
「あるよ」
「貸して。床掃除するから」
8割9割は俺の活躍によって片付いた部屋。最後に床をフローリングワイパーで拭き掃除してから、湊の部屋の掃除は終わった。
トータルで一時間近く掛った。無駄な時間すぎる。
「陽平って、ほんと主婦向きだよね。結婚したい」
部屋を片付けた後は、手を洗って夕飯作りに取り掛かる。もうだいぶ遅い時間になってしまったけど、俺も湊も夕飯はまだだし、お腹も空いてるからさっさと作ってしまうことにする。
「俺はお前みたいなだらしない奴と結婚したくないわ。絶対大変じゃん」
褒め言葉なのかなんなのか知らないが、“結婚”という言葉を遣ってくる湊をやんわり拒否しながら、俺は台所に立った。
湊の誕生日まで二時間弱。いっそのこと、日が変わってから飯にするでもいいけどな。身体には良くなさそうだし、それまで俺や湊の腹がもつかだけど。
「……と、その前に……」
湊の家に行くことになった俺は、喫茶店を出てすぐ、閉店間際のケーキ屋さんに行ってケーキを買っていた。保冷材は入れてもらっているけど、冷蔵庫に入れとかないと。
部屋の入り口に置きっ放しになっているケーキの箱を持ってくると、やっぱり中がガラガラな冷蔵庫の中に入れておいた。
ほんと、何もなくて食材入れるのに困らない冷蔵庫だな。
俺が台所に立つと、湊はすぐ傍のテーブルに座り、俺の背中をジッと眺めてくる。
そんなに見てくんな。なんかしとけよ。テレビ見るとか、雑誌見るとか。俺の背中なんか見て何が楽しいんだ。こっちは擽ったくなるだろ。
「ねー、陽平」
「あん?」
「俺と一緒に暮らさない?」
「…………は?」
おいおい。馬鹿が何か言い出したぞ。
「いや……何言ってんの? お前」
俺はちょっとだけ湊を振り返ったけど、湊の目が真っ直ぐ俺を見詰めているのを知って、慌てて視線を戻した。
いやいやいや。何マジな顔とかしてんだよ。
「わりと本気だよ。だって、陽平と一緒に住んだら、毎日美味しいご飯食べられるじゃん。部屋の掃除もしてくれるし」
「俺はお前の母ちゃんでもなければ、家政婦でもないぞ。お前ももう二十歳になるんだから、自分のことは自分でしろよ」
「誰が陽平を母親や家政婦代わりにするって言ってるんだよ。俺の嫁になってって言ってるのに」
「嫁ーっ⁈ 嫁とか言うなよっ! 気色悪いっ!」
何故このタイミングでそんな話っ! 俺が今逃げられないとわかっている癖に、そこでそんな話を振ってくんなよっ! 俺が動揺するし、焦るだろーがっ!
「俺と結婚しよ。で、一緒に暮らそ」
「馬鹿なの? 結婚しないし一緒にも暮らさないから。大体、俺の私生活は今、事務所に管理されてんのっ。律や海が高校卒業するまで、俺達は共同生活送る決まりなのっ」
「それって強制なの? 陽平はもう二十歳になったんだから、もうちょっと自由にさせてもらっても良くない?」
「ダメ。あの家に司と悠那、律と海の四人になったら、律と海が大変だし危険だろ。それに、仮に俺があそこを出たとしても、湊と一緒になんか住まないからな」
「えー……」
なんで俺と一緒に住める前提で話すんだよ。住まねーから。面倒臭いわ。湊と一緒に住むなんて。
今の共同生活は、同じグループのメンバーだから続けられるし、わりと気に入っているところもあるけれど、もともと一人暮らしをしていた俺は、自由にしていいって言われたら一人暮らしがしたい。
「一緒に住んでよー。律と海が卒業した後でもいいから」
「い・や・だ」
「ケチ」
「ケチとかいう問題じゃなくない?」
テーブルの上に両肘を突き、ぶすっとした顔をして拗ねる湊だけど――。
拗ねたいのはこっちだ。そんなこと言ってくるってことは、こいつ、俺への気持ちを諦めてないってことだな?
(だったら、俺もそのつもりでいなくては……)
逃げ場のない湊と二人っきりの空間で、俺は湊に隙を与えないよう、臨戦態勢へと移るのであった。
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