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Season 2
離れない(6)
しおりを挟む8月末日――。
「お前、馬鹿なの?」
葵さんと朔夜さん。それに司に付き添ってもらった俺は、BREAKのセンター、真壁樹さんの家を訪れていた。
結局、BREAKは年内いっぱいの活動休止という処分を下された。それまで入っていた仕事は全てキャンセルとなり、レッスンも一からやり直しということになったようだ。
突然の活動休止騒動に、世間はそれなりにざわついたけど、その真相は誰も知らない。一部の人間には知られているけれど、公に公表されることはなく、BREAKのファンの耳に入ることはなかった。
BREAKが所属するZeusは、BREAKの解散、及び解雇を検討していたそうだけど、それを望まなかったのは外でもない俺自身だった。
「馬鹿じゃないもん。俺には俺の考えがあるの」
「馬鹿じゃないならなんだっつーの? お前、俺達に犯されかけたんだぞ? 俺達がクビになりゃ、もう俺達の顔なんて見ずに済むってのに」
「もう襲わないでしょ? そんなことしたら、それこそ本当の馬鹿だもん。それに、BREAKをクビにして解決する問題でもないと思う」
意外にもすんなり俺達を家に上げてくれた樹さんだけど、俺達の訪問は快く思っていないようである。俺が司だけじゃなく、葵さんや朔夜さんを引き連れてきたのが気に食わないのかもしれない。
でも、樹さんがどこに住んでるのかなんて知らないもん。同じ事務所ってわけでもないんだから。
「で、何しに来たんだ」
「話しにきた」
「あっそ。なんの話?」
「樹さん達が朔夜さんや陽平を嫌う理由を教えてもらいたい」
「はあ?」
リビングのソファーを顎で指され、司と並んでソファーに座った俺は、俺達の正面に足を組んで座る樹さんを見詰めたまま、訪問の理由を伝えた。
「なんでそんな話をお前みたいなガキにしなきゃならないんだ。関係ないだろ? 気に入らないから嫌いってだけだし」
俺からプイッと顔を背け、フンッと鼻を鳴らす樹さんだったけど、俺はそんな言葉で納得しない。
「関係なくないじゃん。だって、俺と律はそのせいで襲われかけたんだから。それに、陽平に聞いたもん。デビューする前の樹さん達は、今みたいな人じゃなかったって」
「チッ……あいつ。余計なこと言いやがって」
「レッスンも真面目に受けてたし、Abyssのことも尊敬してたんでしょ? ちょっとしか一緒にレッスン受けてないけど、悪い人には見えなかったって、陽平言ってたもん」
「んなもん、デビューするために猫被ってただけだっつーの。くだらないこと言うなよ」
BREAKの三人に襲われた後、俺は陽平からBREAKのメンバーについて少し話を聞かせてもらった。Abyssほど後輩想いとかでないにしろ、決して悪い人達じゃなかったって話だ。意地悪はよく言われたらしいけど、今みたいに嫌な感じじゃなくて、後輩を弄って遊んでる感じだったって言ってたし。
一体何が原因で、デビュー前とデビュー後でそこまで変わったのかは、俺にも知る権利があると思う。そこがわからないと納得いかないし、襲われた理由もわからないままになってしまう。
「くだらなくないよ。俺には知る権利があるもん」
「だから、気に入らないからって言ってんだろ」
「そんなの信じないもん」
「お前なぁ……」
イラつき始めた樹さんにしつこく食い下がると
「もしかして樹……デビューしてからずっと俺達と比べられるのが嫌だった?」
思い当たる節があるようで、朔夜さんが口を挟んできた。
「っ……!」
樹さんの顔が明らかに怯んだ。ということは、それが原因ってこと?
じゃあ陽平は? もしかして、違う事務所からデビューすることになったのが原因だったりする?
BREAKがデビューする頃には、Abyssの人気は唯一無二の地位を掴みかけている頃で、BREAKがデビューする時、《Abyssの後輩》という肩書きはかなり大きかったと思う。
俺はBREAKにそこまで興味がなかったけど、Abyssの後輩ってことには若干の興味があった。たまたまテレビにBREAKが出ていたら、そのまま見ることも何度かあった。
ことあるごとに“先輩のAbyss”という言葉はよく出ていたし、一視聴者の俺も、“Abyssの後輩”って認識しかなかったと思う。
正直、そんな理由で? と思わなくもなかったけど、デビューを前提にしたレッスンしか受けたことがない俺には、デビューできるかどうかがわからない中でレッスンを続け、デビューを勝ち取った人間の気持ちはわからない。俺なんかよりずっと努力をしてきただろうから、デビュー後の反応というものにも敏感で、傷つきやすいのかもしれない。
「そっか。やっぱり気にしてたんだね。僕も気にはなってたんだよね。BREAKがデビューしたのは樹達の努力あってのものだったのに、テレビでは僕達の後輩って言葉がしょっちゅう使われるし。いろんなところでことあるごとに僕達の名前を出されていたからさ。僕もなるべくそういう言い方はしないで欲しいって言って回ったんだけど、どうしてもそこをクローズアップされることが多くてさ。BREAKのメンバーは面白くなかったと思うんだよね」
「別に気にしなきゃいいのに。同じ事務所ってだけで、全くの別物なんだから」
「そういうわけにはいかないでしょ? デビュー後の反応はやっぱり気になるものだよ」
「ってか、だったらなんで俺だけ目の敵にされるの? 不公平じゃない?」
「朔夜は樹と同い年だし。BREAKのメンバーとは歳が近いからじゃない? うちのセンターでもあるし」
「それ、凄い理不尽なんだけど」
「要するに、うちで一番目に付くから目障りってことでしょ」
「言い方……もっと言い方考えてくれても良くない?」
樹さんは黙ったままなのに、どんどん真相が明らかになってくる。
なるほど。偉大な先輩と常に比べられていれば、自力で努力している後輩の性格は曲がっていくし、やさぐれるってことなのか。
おまけにBREAKの売り方はZeusの中でも異色だから、Abyssと比較したら、そのギャップに戸惑う人もいたのかもしれない。
「つまり、Abyssと比べられるのに嫌気が差して、自棄を起こしたってことですか?」
トドメの一撃を与えたのは司で、遠慮ない司の一言に、樹さんはグッと唇を噛み締めた。
図星なんだ。わかりやす。
「でも、じゃあなんで陽平は嫌われてるんですか? AbyssとBREAKが比べられることに、陽平は全く関係ないと思うんですけど」
「それは多分、事務所を移ったことによって、僕達と比べられる環境から解放されたからじゃない? Five SはLightsプロモーション初のアイドルグループってことで、逆にいい注目の集め方をしたからね」
「なるほど。それで裏切り者か」
自分の疑問に丁寧な解説をしてくれる葵さんに、司は真面目な顔をして頷いたりする。
あの……みなさん気付いていらっしゃらないかもしれないけど、樹さん、めっちゃ怖い顔して怒ってるんだけど?
「なんだんだよっ! お前らはっ! 黙って聞いてれば好き勝手言いやがって!」
これ以上黙って聞いていられない。とばかりに、樹さんは激しくテーブルを叩いて立ち上がった。
そして
「だったらどうだっつーんだよっ! 同情でもすんのか⁈ 大体お前っ! 今更そんなこと聞いて何がしたいんだよっ! 俺達の処分も年内いっぱいの活動休止までにして欲しいとか言いやがって! なんのつもりなんだよっ!」
怒りの矛先を全部俺に向けてきた。
真相を暴いたのは俺じゃないのに。それこそ理不尽である。
「別に同情なんかしないよ。理由はどうであれ、だからって人を傷つけていい理由にはならないからね」
「だったらなんでだよっ!」
「BREAKのファンのために決まってるでしょ?」
「はあ?」
BREAKのメンバーが俺と律にしようとしたことは許されないし、BREAKがこれまでにしてきた悪事――というか、素行の問題――については俺も詳しくは知らないけど、素行の悪さで傷つけた人間がいるのであれば、それは償うべきだとも思っている。
でも、何も知らずにBREAKを応援しているファンの子だっているわけだし、こんな形でいきなり解散ってなったら、ファンの人は絶対悲しむと思うんだよね。
だから、きっと一生公にされないであろう理由が原因で、BREAKを解散させたくないって気持ちが俺の中にはあった。
それに、もしBREAKのメンバーが今回の件をしっかり反省して、一からやり直そうって思ってくれるのであれば、そのチャンスは一度くらい与えてあげてもいいと思っただけ。
だって、BREAKの素行の悪さは事務所の人間も知っていたみたいなのに、誰も手を打とうとしなかったのもある意味可哀想じゃん。葵さんの話だと、どうにかしてあげようって動きはしていたみたいだけど。
もともとがどうしようもなく悪い人間っていうなら仕方ないけど、陽平の話を聞くと、そういうわけでもなさそうだし。
「言っとくけど、俺は樹さん達のこと許してないからね。律には手を出さないって約束も破ろうとしたし」
「ぐっ……」
「それに、せっかく努力してきたのに、こんな形で終わって本当にいいの? 今まで応援してくれたファンの人達になんの説明もないまま」
「それは……」
「これは同情とかじゃなくて、俺が樹さん達に恩を着せてるの。BREAKの犯した罪に目を瞑る代わりに、これからはアイドルとして頑張るって約束して」
「なっ……」
「アイドルとして、ファンを悲しませるようなことはしないって約束して」
「くっ……」
「あと、朔夜さんや陽平のことも恨まないで」
「~……」
立て続けに条件を並べる俺に、樹さんは返す言葉も思い付かないようだった。
別に返事は期待していない。俺はただ、今日ここには自分が知りたいことを知るためと、言いたいことを言いにきただけだもん。
「俺が言いたいのはそれだけ。もう用はないから帰ろ、司」
「え……」
「葵さんと朔夜さんも」
「う……うん……」
スッキリしてソファーから立ち上がる俺に、司も葵さんも朔夜さんもポカンとした顔になった。
それでも、スタスタと玄関に向かう俺に、三人は仕方なく付いてくる形になる。
「約束だからねっ! 約束守るんなら、樹さん達のこと許してあげるからっ!」
最後にもう一度樹さんを振り返って念を押したけど、樹さんからの返事はやっぱりなかった。
あとはもう樹さん達次第だ。
「いやぁ~……悠那君って凄いね」
「樹が何も言い返せないのなんて初めて見たかも。ほんと、ますます惚れそう」
樹さんの部屋から出た俺は、司の腕にしっかり抱き付き、軽やかな足取りで歩いていた。
気になってることは全部聞けたし、言いたいことも言えてスッキリした。
「ダメ。俺は司のだもん。いくら朔夜さんに惚れられても困るもん」
「はいはい。そうだったね」
「いい加減諦めたら? 朔夜も案外諦めが悪いんだね」
「だってさ、せっかく本気で好きになれそうな相手だと思ったのに」
「他にいい子探しなよ。悠那君は司君以外に興味なさそうだし」
「チッ……あの時強引に既成事実作っとけば良かった」
「それ、軽く犯罪になるよ?」
「ならないよ。だって、悠那からシてって言ったんだから」
「うーん……でも、高校生相手だからねぇ……」
「高校生っていっても、悠那はもう18歳になってるから問題なし」
「年齢の問題なのかな?」
俺と司の一歩後ろを歩く葵さんと朔夜さんの会話を聞き流しながら、俺は司の顔を見上げてみた。
さっきからおとなしい司の横顔は真剣で、何か考え込んでいる様子だった。
「司? どうしたの?」
「ん? うん……」
司の腕を大事そうに抱き締めている俺を見下ろしてきた司は、俺の顔を見るなり、ホッと安心したような顔をする。
「最悪なことにはならなかったけど、樹さん達はやっぱりちょっと許せないなって。もし、悠那が樹さんに犯されでもしてたら、どうやって殺してやろうかって考えてた」
「え……」
俺の彼氏が真っ昼間から物凄く物騒なことを考えている。司にそんな過激な一面があるなんて知らなかった。
「ほんと、未遂で終わって良かった。その可愛いお口はちょっと汚されちゃったけど」
「ごめんね、司」
司が助けに来てくれた時、俺は樹さんのを無理矢理咥えさせられている真っ最中だったから、絶対司に見られたくないところを、司に見られてしまったわけである。
家に帰るまでの道で薬局に寄った司は、新しい歯ブラシとマウスウォッシュを購入し、家に帰るなり、司の手で念入りに口の中を掃除された。
使った歯ブラシは速攻ごみ箱行きだった。
「司以外のなんて絶対嫌って思ったんだけど、どうしても律に手を出させたくなくて」
「わかってるよ」
司はしゅんとなる俺の頭を優しく撫でてくると
「もう二度とあんな目に遭わせない。悠那を誰にも触らせたくない」
急に真面目な顔になってそう言うから、俺はドキッとしてしまった。
なんか司……表情がちょっと大人っぽくなった? こういう真面目な顔すると、凄く格好良く見えちゃう。
「だから、悠那も俺から離れないでね」
「うん。絶対離れない。頼まれても離れてあげない」
離れたくても離れられないよ。だって俺、司のことが好きでしょうがないんだもん。離れるなんて絶対無理。
そりゃ仕事で仕方なく離れ離れになることはあるけど、それは離れたってことにはならないし。それ以外で司と離れることなんて全然考えてないからね、俺は。
「どうでもいいけどさ。お前ら外でそんなバカップル丸出しで歩いてて大丈夫なの? この暑いのにくっ付き過ぎじゃない?」
今にも司の腕に頬擦りせんばかりの勢いの俺に、朔夜さんの呆れた声が飛んでくる。
ああ……こういう突っ込みよくされるな。陽平に。やっぱり、陽平って朔夜さんの後輩なんだ。
その陽平は、今日は湊さんと一緒にお出掛けしている。久し振りの湊さんとのお出掛けで、陽平も楽しんでるよね、きっと。
「そう言えば、司君が出たドラマの放送今日だったね。ちゃんと見なきゃ。陽平も出るし」
「悠那~? いいの? お前の彼氏、橋本ありすとキスするんでしょ?」
「しないもんっ! してる振りだもんっ! ねっ? 司っ」
「当たり前でしょ? 悠那以外の人間とキスしないよ」
俺と司の仲を邪魔したいのか、朔夜さんは意地悪なことを言ってくる。
俺は朔夜さんからプイッと顔を背けると、これみよがしに司にもっとくっ付いた。
長いようで短かった夏休みも今日で終わり。明日から9月に入り、新学期が始まる。
最後に余談だけど、ドラマの放送時間になっても帰って来なかった陽平を除き、四人で司と陽平の出たドラマを見た俺達は
「え? これ、ほんとにキスしてないんですか?」
「テレビで見る限りだと、キスしてるようにしか見えないんですけど」
「司っ! ほんとはキスしたんじゃないのっ⁈」
「してないってばっ!」
「怪しいですね」
「この手が邪魔で見えないだけってことも……」
「どうなの⁈ 司っ!」
「信じて、悠那っ! 俺は絶っっっ対キスしてないからっ!」
明らかにキスした陽平のキスシーンより、キスしている振りだという司のキスシーンで、おおいに物議を醸したのであった。
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