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Season 2
好きだけじゃたりない(2)
しおりを挟む「あれ? 司君。どうしたの? こんな時間にお出掛け?」
旅館に戻った俺は、玄関を入ったところで、お風呂上がりのありすさんと遭遇してしまった。
ここの旅館は部屋の中にお風呂は無く、お風呂は一階の大浴場を使うことになっている。俺も後で陽平と一緒に大浴場に行くつもりだった。
それにしても、タイミングの悪さを感じてしまう。悠那と電話する前、ありすさんの話題が出た俺としては何やら気まずい。
「ちょっと電話を」
なるべく平静を装いながら答えると
「外で? 部屋の中ですればいいのに」
わざわざ外に出て電話を掛ける俺を不審がられてしまった。
確かに、一緒に住んでいる陽平と同じ部屋だというのに、わざわざ外に出て電話を掛けるという行為は、不思議に思われても仕方ない。
でも、陽平だけならともかく、彰人が遊びに来てしまったので、俺もわざわざ外に出たわけだ。
さすがに彰人の前で悠那に電話は掛けられない。俺と悠那のただならぬ関係がバレてしまう。“会いたい”とか“大好きだよ”とか言っちゃうわけだから。
「もしかして彼女?」
「いや……彼女ではないです」
俺のプライベートに興味があるのか、ありすさんは俺との距離を縮めてきては、俺の顔を下から覗き込んだりする。
悠那より少し背の低いありすさんに下から覗き込まれると、浴衣の合わせ部分から胸元が見えそうになるから困る。
普通、男ならドキッとするところなんだろうな。お風呂上がりのありすさんはいい匂いがするし。濡れた髪も色っぽく見える。
でも、俺は普通の男とは違うようで、そんなありすさんにただただ困る。
「彼女じゃないんだ。司君って彼女いるの?」
「彼女はいないです」
やたらと詮索してくるな。俺に彼女がいるかいないかが気になるらしい。
それってつまり、彰人の言うように、ありすさんは俺に気があるってことなんだろうか。これもアプローチの一つなのかもしれない。
彼女はいないけど恋人はいる。でも、そこはあえて馬鹿正直に答えるところでもないと思う。ここで俺が恋人の存在を認めたら、どこにその情報は漏れるかわからないわけだし。俺に付けられたキスマークを隠そうとしてくれた、陽平の努力も水の泡になってしまう。
俺と悠那が恋人同士であることは、メンバー以外の人間にも知られているところではあるけれど、それを知っているのは信頼できる人間に限られている。実際、俺達の関係がそこから漏れるという出来事も起こっていない。
でも、ありすさんには俺達の関係を明かしてもいいと思えるほどの信頼を置けないし、ありすさんが俺のことを好きだとしたら余計に言えない。
「ふーん……。じゃあ、好きな人は? いるの?」
「えっとぉ……」
まだ続くのか。これにはどう答えたらいいんだろう。好きな人がいるくらいなら、認めてもいいような気がするけど。
だけど、そんなこと言ったら絶対追及されちゃうよね。俺、あんまり嘘とか得意じゃないから、ボロを出しそうで怖い。
「その反応はいるのかな? 好きな人。誰?」
ほら。俺がまだ何も言ってないのに。ちょっと口籠っただけでこうなる。しかも、その相手まで知ろうとするじゃん。
「ぃ……いないですよ。なんでそんなことばっかり聞いてくるんですか? 俺、今は恋愛に興味なんてないですよ」
悠那とイチャラブ街道まっしぐらで、頭の中の半分以上は悠那で埋め尽くされているのによく言う。Tシャツの下には、昨夜悠那に付けられたキスマークもしっかり残っている癖に。
「そうなんだ。残念」
一体何が残念なんだろう。俺に彼女がいないこと? それとも、俺が恋愛に興味がないこと?
ありすさんが俺を好きとかじゃないのであれば前者なのだろうし、俺を好きなのであれば後者になるのだろう。
俺は前者であることを祈りたい。
「それにほら。俺もアイドルですから。ありすさんだって、ファンのことを考えたら、恋愛には消極的になっちゃうんじゃないですか?」
ここで“アイドル”という立場を利用しつつ、ありすさんにも軽く牽制をかけてみる。
しかし
「それは確かにそうだけど……。でも、もし好きな人ができちゃったら、それはもう仕方ないよね? アイドルだからって恋しないわけじゃないし」
ありすさんはアイドルという立場に逃げなかった。そうなると、俺はますます追い詰められる思いである。
「じゃあ……ありすさんはいるんですか? 好きな人」
これは危険な質問だったのかもしれない。本来なら、自分を好きかもしれない疑いのある人間に、こんな質問をするべきではなかったのかもしれない。
でも、他にどんなことを言えばいいのかわからなかったし、これはありすさんに誘導された流れだったようにも思えた。
俺の質問を受けたありすさんは、一瞬どうしようかと迷った顔になったけど
「いるよ」
覚悟を決めたみたいにそう言った。
「私、司君が好き」
ここでいきなり告白をされてしまった俺は、自分の愚かさを呪いたくなった。
やっぱり聞くんじゃなかった。ありすさんに好きな人がいるかどうかなんて。そんなこと、どっち向いてても良かったのに。
「だから私、今度のキスシーン、お芝居でもいいから司君とキスしたい」
このドラマの後半では、各男女のペアそれぞれにキスシーンが用意されている。陽平と彰人のキスシーンは既に撮り終わっていて、俺のキスシーンはこの地方ロケで撮影することになっている。
キスシーンで実際にキスするかどうかは、事務所の意向や本人達の希望も考慮されるようだから、俺はもちろん“振り”を選んだ。
彰人は俳優だし、相手の女の子も女優だから、実際にキスをしたらしい。俺はそのシーンを見ていないけど。
陽平は最初、事務所的にNGということになっていたけれど、相手役は本格派女優を目指している子で、できればしたいという希望だった。マネージャーと話し合った末、陽平は今後もドラマに出る機会が多いだろうし、あまりあからさまにならないのであれば、本人達の意思に任せるという結果になった。
結果、陽平も実際にキスをした。チュッ、って触れるだけの可愛いキスにはなったけど、その照れたようにされるキスが逆に可愛くて、見てる人をさぞやときめかせるだろうと思った。
で、俺はと言うと、俺もありすさんもアイドルだから、ここは完全に振りで済むと思っていたわけだ。
このドラマは絶対悠那と一緒に見ることになるし、いくらお芝居とはいえ、悠那の前で他の人間とキスなんかしたくない。
「ダメ?」
「ダメ……と言われましても……」
そもそも、お互い事務所的にNGだったのでは? 確か、ありすさん側の事務所からもNGが出ていると聞いた気がするんだけど。
ありすさんはDolphinの一番人気だし、Dolphin自体、数多くある女性アイドルグループの中でも人気が高い。事務所としても、タレントを色恋沙汰からはできるだけ遠ざけたいと思っているだろう。
「この地方ロケで、私と司君のキスシーンを撮ることになってるけど……。司君が嫌じゃないならシて欲しい」
大胆なことを言い出すありすさんに、俺は心底参ってしまう。
別にありすさんが嫌いなわけではないし、仕事上のキスならば……とも思うけど。
ありすさんが好きなわけでもないし、キスしたいと思っているわけでもない。ありすさんが俺を好きだと言うのであれば、尚更キスなんてできない。
でも、このドラマの撮影が終わったあとも、ありすさんとはランキング番組で共演していかなくちゃいけない。これがきっかけで、ありすさんとの関係が変に崩れてしまっては、今後の仕事に支障が出てしまいそうだ。
「返事は今すぐじゃなくていいから。当日までに考えといてね」
俺が答えに困っていると、ありすさんはそう言い残し、足早に自分の部屋へと戻っていってしまった。
もう……なんでこうなる。
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