僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Season 2

    3Days(5)

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 僕達がお風呂から出てきたタイミングを見計らったかのように、悠那さんのスマホが鳴り
「司~っ! 電話待ってた。どう? 撮影は順調? 早く帰って来てよ~っ!」
 今日から三日間、遠距離恋愛状態の悠那さんは、甘えた声で電話に出たりする。
 昨日までは、“このバカップルが……”と思っていたようなシーンも、恋バナをした後ではあまり鬱陶しく感じない。むしろ、司さんが大好き過ぎて甘えずにはいられないんだと思うと、悠那さんのことを可愛いとさえ思える。
 悠那さんが部屋に入って行くのを見送って、僕と海も自分達の部屋に戻った。
「律」
「ん?」
 ドアを閉めると同時に、優しく名前を呼ばれたから振り返ると、海の手が僕をギュッと抱き締めてきた。
(もう……早速こういうことしてくる……)
 すぐ悠那さんに影響されるんだから。
 海の腕に抱き締められると、僕の心臓は自動的にドキドキしてしまう。
 でも、海の温もりを感じられるのは心地いい。
「今日ね、初めて律の裸見た時、息が止まるかと思っちゃった。想像よりずっと綺麗だったから感動しちゃったよ」
「そんな……大袈裟だよ」
「そんなことないよ。ほんと綺麗だった。背中に羽根が生えてないのが不思議なくらい」
 羽根? え……僕は天使か何かですか?
「ずっと見せてくれないから、何か見られたくないものでもあるのかと心配してたけど。僕が人に見せたくないくらいだ」
 ああ……。完全に恋人モードに入ってる。囁く声が凄く甘い。耳の奥が擽ったくて、顔が熱くなってしまうパターンだ。
 悠那さんは僕達があまりイチャイチャしないって言ってたけど、こうして二人っきりになると、海はわりと甘い雰囲気をすぐに作ろうとしてくる。
 僕が恥ずかしがったり、戸惑ったり、素っ気なくしてばかりだから、イチャイチャって感じはしないのかもしれないけど、これも充分イチャついてると思う。僕の中では。
「律可愛い。大好き」
「海……」
 優しく抱き締めていた腕に力が入り、ちょっとだけ強く抱き締めらた。たったそれだけのことで、僕の心臓は更に速く鼓動してしまう。
 海に抱き締められるだけでもこんなにドキドキしてしまう。僕はいつになったら海との恋人らしい雰囲気に慣れることができるんだろう。
 それだけ海が特別で、海が好きってことなんだと思うけど、僕は悠那さんのように、恋人と一つになりたいという気持ちにはまだなれなくて……。そのことで、ずっと海に我慢させているのかと思うと、申し訳ない気持ちにもなった。
『せめて恋人同士のチューくらいはしてみなよ。夏休みの間に』
 少し前に言われた悠那さんの言葉を思い出す。
 別に夏休みだからってわけじゃないけど、付き合い始めて一年以上も経っているわけだから、そろそろそういうことをしてみてもいいのかもしれない。海に我慢させるだけじゃなく、自分も何かしらの努力はするべきではないだろうか。
 海は僕が本当に嫌がることはしないから、もし、僕が嫌だと言ったらすぐにやめてくれるだろうし。恋人同士でいる以上、自分から歩み寄ってみることも時には必要だ。
 そんな風に思うのも、三人で一緒にお風呂なんかに入ったからなのかもしれない。
「海……」
「うん?」
「キス……する?」
 たった一言だけど、物凄く勇気が必要だった。
 これまで、僕が海に向かってこんなことを言うなんて一度もなかった。
「え……」
 海は突然のことにびっくりしたようで、目を丸くして僕を見下ろしてきた。
 そんな信じられないものを見るような目で見ないで欲しい。僕だって恥ずかしいんだから。
 でも、悠那さんの10分の……いや、100分の1でもいいから、少しは積極的になってみるのもいいんじゃないかと思った。
「どうしたの? 律」
「べっ……別にっ! ちょっと言ってみただけだよっ! 嫌なら別にしなくていいしっ!」
 海に戸惑われたら僕の方が恥ずかしくてしょうがなくなってしまう。慌てて海から顔を背けると、海の腕の中から逃げ出そうとした。
 だけど、それを海の腕は許さない。
「嫌なわけないでしょ? 律」
「だって……びっくりしてるじゃんっ。僕が変なこと言ったと思ってるでしょっ」
「そりゃびっくりするよ。びっくりするけど、変なこと言っただなんて思ってないよ」
「僕は失敗したと思ったっ」
 自分から言い出しておいてなんだし、積極的になろうと思った矢先ではあるけれど。僕、今物凄く恥ずかしい。やっぱり慣れないことはするもんじゃないな。
「律。こっち向いて」
 わたわたと逃げようとする僕は、海の腕にしっかり抱き締められたまま、腰をグッと引き寄せられた。そして、耳元で熱っぽく囁かれた。
 耳元で囁かれるのは苦手だ。そんなつもりはないのに、その通りにしてしまうから。
「顔真っ赤だね。可愛い」
「うるさい……」
 嬉しそうな海とは対照的に、僕は恥ずかしさから泣きそうになっている。
 改めて思うけど、悠那さんって毎日司さんとこんなことして恥ずかしくならないのかな。僕なんて、海と至近距離で見詰め合うだけでも、消えてしまいたくなるくらい恥ずかしいのに。
 自由奔放に育ってきた人間と、モラルや節度を重視して育ってきた人間とでは、ここまで大きな差ができてしまうものなのだろうか。今更どうにもできないけど。
「律……」
「んっ……」
 一瞬の隙を衝いて重ねられた唇に、どうしても身体に力が入ってしまう。ギュッと目を瞑り、海からのキスを一身に受けていた僕は、突然、歯列を割って口の中に入ってきた何かにびっくりしてしまった。
 これは……海の舌?
「んん~っ⁈」
 舌! 舌っ! 舌ぁ~っ! なんだこれはっ! なんで舌なんか入れてくるの⁈
 慌てた僕が海の背中を必死になって叩くけど、海は全く気にする様子もなく、更に僕の舌を絡め取ってきたりする。
「んぁ……っ……んんっ……」
 息の仕方もわからなくなるような深いキスに、身体の力を全部奪われてしまいそうになる。立っていることもできなくなりそうだ。
 それでも、力ない抵抗をやめないでいると、もう充分だろっ! ってくらいに僕の舌を吸い上げた海が、ようやく唇を解放してくれた。
 海の唇が離れると同時に、海からも離れた僕は、その場にぺたんとへたり込み、ジンジンする唇を押さえて項垂れた。
 今のは一体なんだったんだ……。
 びっくりしたし、物凄い衝撃ではあったけど、身体が蕩けてしまいそうな甘さもあって……。
(嫌じゃなかった……)
 と思ってしまう僕がいた。
「もう……せっかく初めての恋人同士のキスなのに。律ってばムードも何もないね」
「恋人同士のキス……?」
 いつものキスとは全然違うと思ったけど、これが恋人同士のキスなんだ。つまり、ベロチューというやつ?
 なるほど。舌とか入れてくるからベロチューなのか。
「普通のキスすると思ったのにっ!」
 キスする? とは言ったけど、こんなキスをされると思っていなかった僕が抗議すると
「え~? 律から言ってきてくれたから、してもいいのかと思ったのに」
 海は不満そうだった。
 まあ……そういう意味が込められていたのは認める。僕自身、海に我慢させてばかりは良くないって思ったし。
 でも、恋人同士のキスがこんなものだとは思っていなかったし、ここまでの衝撃があるとも思っていなかったから、僕としては動揺を隠せなくもあった。
「嫌だった?」
 いつまでも立ち上がれない僕に、心配そうな顔になって聞いてくる海。
 心配そうな顔の奥には、不安や悲しみに似た表情も隠れている。
「別に……嫌とかじゃない。びっくりしただけ……」
 勢い任せに
『嫌だった!』
 と、心にもないことを言いそうになる自分をグッと抑え、呟くようにそう答えると、海は一瞬で嬉しそうな顔になった。
 そんな顔をされると、いつも我慢させてばかりの自分が悪いと、反省せずにはいられなくなってしまう。
「良かった。律が嫌がって、二度とさせてくれなかったらどうしようかと思った」
 にこにこと機嫌良さそうな海だけど、もし僕が
『もう二度としないで』
 って言ったら、我慢するつもりだったんだろうか。どんだけ耐えるつもり? 僕に対して献身的過ぎる。
 昔からそうだけど、海って本当に僕を大事にしてくれる。いつだって僕を最優先にするし、僕の言葉にも驚くほど素直に従う。僕のことを、まるで宝物か何かのように扱ってくれる。
 最近では、悠那さんに唆されそうになったりもするけれど。
「またしようね」
 やっぱり座り込んだままの僕の前に、海もしゃがみ込んできてそう言うと、おでこにチュッ、ってキスされた。
「……たまになら……いい……」
 僕はふて腐れたように答えた。
 陽平さんと司さんがいなくなった初日からこんなことに……。
 あと二日。悠那さん、僕、海の三人で過ごさなければならない夏休みに、僕はどう対処していこうかと真剣に悩んだ。
 やっぱり……悠那さんは危険だ。





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