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Season 2
第3話 3Days(1)
しおりを挟む今から約12時間前のこと。
「陽平はともかく、司まで三日間もいないなんてやだ~っ! 寂しいよ~っ!」
と、散々駄々を捏ねていた悠那さん。
“陽平はともかく”とか。よくもまあ本人の目の前で言えるな。なんて思った僕だけど、自分の感情や欲望に頗る素直な悠那さんなら、そんな失礼極まりない発言も平気でするだろうと、すぐに思い直したりもした。
陽平さんの誕生日から二日後の8月12日。うちの年長組の陽平さんと司さんは、二時間ドラマの撮影ロケのため、二人揃って地方に泊まり込みだった。朝早くにマネージャーが二人を迎えに来て、司さんから離れたがらない悠那さんから引き剥がすように司さんを。そんな悠那さんを呆れた顔で眺める陽平さんを、共に連れて行ってしまった。
今日から三日間。我が家は悠那さん、僕、海の三人になってしまう。
これには僕も不安……というか、身の危険を感じなくもないので、二人には一刻も早く戻ってきて欲しいと、切実に願ったりもする。
だって、悠那さん、僕、海の三人だよ? もし、悠那さんが暴走したら、一体誰が悠那さんを止めるっていうんだ。誰も止められないじゃないか。なんなら、見学と称して悠那さんも一緒に連れて行って欲しかった。悠那さんだって司さんと離れたくないわけだし。
司さんが連れていかれた後の悠那さんはすっかりふて腐れてしまい、部屋に引き籠り、ふて寝を決め込んでいたけれど、夕方には諦めもついたのか、リビングで夏休みの宿題に取り組む僕と海のところへやって来た。
「司がいないと暇~」
悠那さんは僕の隣りに腰を下ろすと、司さんがいない寂しさからか、僕の腕にギュッとしがみついてきた。
そりゃまあ……あんだけ毎日飽きもせずイチャイチャベタベタしていれば、司さんがいなくなったら暇で仕方ないだろう。家の中ではここぞとばかりにイチャつきまくってるもんな。ここの二人。
全然関係ないけど、最近海は悠那さんが僕にくっ付いてくる時に限り、慌てて騒ぎ立てるようなことはしなくなった。
なんでも
『悠那君なら安心安全だから』
ということらしい。
僕にとっては悠那さんが一番危険で恐ろしいんだけど。
「たまには我慢してください。たった三日間でしょ?」
「たったじゃないよっ! 三日間は長いもんっ!」
寂しがる悠那さんを慰めるというよりは、窘めるようなことを言ってしまう僕に対し、悠那さんは不満全開で抗議してきた。
確かに、僕にとってもこの三日間は決して短いものではないと思う。
「悠那君は宿題終わったんですか?」
「ううん。まだ」
「だったら宿題でもしたらどうですか? この三日間のうちに終わらせておけば、残りの夏休みの間は好きなだけ司さんとイチャつけますよ?」
素っ気ない僕の代わりに、海が悠那さんに優しい言葉をかけてあげる。
「ここで一緒にやりましょう。それなら寂しくないでしょ?」
「……そうする」
海に促され、悠那さんも少しは機嫌を良くしたのか、部屋に戻ると、夏休みの宿題らしきものの数々を持ってきて、再び僕の隣りに腰を下ろした。
今年が最終学年だからか、悠那さんの宿題の量は僕達より多いように見える。
「そろそろ手を付けなきゃいけないとは思ってたんだけど。三日で終わるかな?」
一番上の問題集に手を伸ばしながら、呑気にそんなことを言う悠那さんに耳を疑った。
もしかして、この人、今の今まで全く宿題に手を付けていなかったというわけでは……ないよね?
いや、でも、宿題しているような気配は無かった。全く無かったと言ってもいい。宿題をするより、司さんとイチャつくことに忙しそうだったけど……。
「え? まだ全然手を付けてないとか……言います?」
海も不安に感じたのか、呑気な悠那さんに恐る恐る聞いてみれば
「うん。今からやる」
悠那さんはあっけらかんとして答えるのだった。
舐めてる。この人は人生そのものを舐めているのでは? なんで今の今まで全く手を付けていない夏休みの宿題が、たった三日間で終わると思うんだ。
そりゃ、やる気次第では終わるかもしれないけど、悠那さんにそこまでのやる気があるとは思えないし、そんな集中力があるとも思えない。
とは言え
「三日後に帰ってくる司とイチャイチャするためにも頑張ろ~っと!」
恋人とイチャイチャするためならやり遂げるかもしれない。そういうところのやる気や集中力はあると思う。
悠那さんって、明確な目標や目的があれば、物凄いやる気と集中力を発揮するんだよね。三日後に帰ってくる司さんと思う存分イチャつくため。という目的は、悠那さんのやる気と集中力をさぞかし高めてくれることだろう。
薄々感じてはいたんだけど、悠那さんってかなりの恋愛体質だよね。僕とは大違いだ。
「あ~……今頃司は撮影中なんだろうなぁ……。女の子と一緒っていうのが気に入らないっ!」
「仕事なんだから仕方ないですよ。司さんが浮気するとは思えないし。陽平さんも一緒なんだから、心配するようなことはないですよ」
「確かに。そういう面での陽平は頼りになると思うけどさ。向こうが司を好きになるかもしれないじゃん」
「それはまあ……可能性としてはあるかもしれないですけど。でも、一緒に撮影したからって、そんなすぐに恋に落ちたりしないんじゃないですか? 司さんってちょっとぼんやりしてるところがあるし。女性としては、司さんより陽平さんに惹かれそうな感じがしますよ?」
「司はあのぽやっとしてるところが可愛いんじゃん」
宿題に取り掛かるものの、悠那さんは司さんのことが気になって仕方ない様子だった。
今回、陽平さんと司さんが出演することになった二時間ドラマは、大学生男女六人の夏の恋物語を描いたもので、撮影自体は夏休みに入る前から始まっている。放送日も夏休みの最後と決まっていて、撮影も編集もほとんど終わっているそうだけど、出演者のスケジュールや気温の関係で、海辺のシーンだけがまだ撮れていないらしい。つまり、今回の地方ロケが、そのままクランクアップに繋がるということ。
男女六人の恋物語ということは、当然女の子も一緒にいるわけで、悠那さんはそれが最初から気に入らないのである。しかも、司さんの相手役が、ランキング番組でも一緒の橋本ありすさんということが、益々気に入らないんだとか。
ありすさんと出会った後に、司さんは悠那さんと付き合っているわけだから、そこは心配しなくてもいいのでは? と思う。そもそも、司さんは最初からありすさんに興味を持っていない様子だったし。
しかし、悠那さん曰く
『メディア的にあの二人が“お似合い”みたいにされるのが嫌なのっ!』
ということらしい。なるほど。
そうは言っても、メディア的に司さんと悠那さんを“お似合い”という風にはなかなかできないので、そこは我慢するしかないと思う。
ファンの間では、年下の悠那さんが年上の司さんに我儘言って甘える姿が可愛いと喜ばれているわけだから、それで良しとするしかないだろう。
「大体、なんで恋愛ドラマなの? アイドルに恋愛はご法度でしょ? キャストミスじゃん」
同じグループ内で絶賛恋愛中なうえ、ヤることはしっかりヤっている人間が言うべきセリフではない。
「でも、お互いアイドルやってるから、キスシーンは上手く誤魔化す……みたいなことは言ってましたよね?」
「キスシーンがあること自体、俺は嫌。実際しなくてもしてるようには見えるんでしょ? なんで恋人の人とのキスシーンなんか見なきゃいけないの?」
「そんなこと言ったら、司さんは今後恋愛ドラマに出られないじゃないですか」
「出なくていいよっ! ドラマは恋愛ものだけじゃないもんっ!」
初出演ドラマが可愛いメイド役だった悠那さんからしてみれば、年相応かつ、極々自然な役を与えられた司さんにも不満があるのかもしれない。
それは仕方ない。普通、男にメイド役は回ってこない。コメディーなら有り得るけど。
それに、悠那さんのメイド役はハマリ役だったとも思う。
他にいた数人のメイドの中でも一番可愛かったし、違和感も全くなかった。こんなメイドさんがいるなら、一度メイド喫茶というものに行ってみたいとさえ思えるくらいだった。
本人は物凄く恥ずかしがっていたけれど、あの姿を見て、悠那さんのファンになったという人も沢山いたし、反響も凄かった。
更に、共演者がAbyssの朔夜さんというところがまた……。悠那さんの可愛さを引き出す結果を生んでいたと思う。本人に自覚があるかどうかは知らないけど、朔夜さんファンの悠那さんは、朔夜さんの前では自然と可愛いこぶるからな。表情とか仕草とか。
僕は詳しいことまで知らないけど、司さんと付き合う前、悠那さんと朔夜さんって何かしらあったらしい。
そんな相手に向かってよく可愛いこぶれるな……とも、ちょっと思ってしまう。
憧れと恋愛は違うってことなんだろうけど。
「あ~ん……司に会いたいよ~……」
片時も頭から離れないらしい司さんを思い出すと、思ったように宿題が捗らないらしい悠那さんだった。
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