僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Season 1

第16話 奪われたファーストキス

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 日本で最も有名で、誰よりも、どこのグループよりも圧倒的な人気を誇る唯一無二の存在Abyss。
 その名前はあまり芸能人に詳しくない俺も知っていたし、唯一好きな芸能人と言える存在だった。
 俺の最推しはAbyss最年少かつグループ一の人気を誇る月城朔夜さん。甘いマスクとは裏腹に、鍛えられた肉体が男らしくて惚れ惚れする。圧倒的な歌唱力とパフォーマンス力。常にセンターを務め多くのファンを魅了する。俺は《朔夜さんになら抱かれてもいい》と思えるほどの朔夜さんファンだった。
 もちろん、他のメンバーも甲乙つけがたいくらいに素晴らしいし、ほんと全員憧れ。箱推しってやつ。
 俺は自分がアイドルになった時、いつかはAbyssと共演したいってずっと願っていた。
 それがこんなに早く共演できることになったうえ――。
「悠那。唐揚げ好き?」
「はいっ。好きですっ」
「じゃあほら、あ~ん」
「えぇっ⁈」
「口開けて? 食べさせてあげる」
「あぅ……そんな……恥ずかしいですよぉ……」
「かっわいいぃ~っ! お持ち帰りしたいっ!」
 まさか一緒にご飯とか……。もうこれ夢? 夢なの? 俺、凄い自分に都合のいい夢見てる?
 しかも、俺が一番憧れている朔夜さんに唐揚げあ~んって……お持ち帰りしたいって……。嬉しすぎて死ねる勢い。尊い。無理。好き。もうお持ち帰りしてくださいってなる。
「朔夜? 悠那君が可愛いのはわかるけど、ちょっとデレデレし過ぎじゃない? 悠那君困ってるじゃない」
「だって可愛いんだもん。俺のドストライクなんだよね。悠那の顔。そのへんの女の子より悠那の方が全然可愛いんだもん」
「ごめんね~。この子ほんとに悠那君が可愛くて仕方ないみたい。Five Sのデビュー特番見た時から“何この子っ! めちゃくちゃ可愛くない⁈ モロ好みなんだけどっ!”って煩くて」
「デビュー特番見てくれたんですか?」
「もちろん。その日はスケジュール空けてもらってみんなで見たよ。陽平の記念すべきデビュー姿だもん。仕事なんか入れられないよ」
 それもこれも、昔Zeusの養成所に通っていた陽平のおかげってことなんだろうけど。元事務所の後輩である陽平にならまだしも、今日が初対面の俺達にも優しくて、気さくに話し掛けてくれるAbyssってマジ神。ますます好きになっちゃうよ。
 Abyssって実力はもちろんだけど人柄の良さでも有名なんだよね。共演者だけじゃなく、スタッフにも凄く優しいって聞くし。
「あんまそいつに甘くしないでくださいよ、朔夜さん。そいつ、チョロいから甘やかすととんでもなく懐いてきますよ?」
「マジで? 全力で甘やかそ」
「懐かれたら大変ですけど?」
「そしたら家に連れて帰る。連れて帰ってもっとでろでろに甘やかす」
「あの……うちの悠那をどうしたいんですか?」
「秘密♡」
「言っときますけど、そいつまだ高校生ですからね? 初恋もまだのお子様ですからね? 変なこと教えたりしないでくださいよ?」
「それはもう……調教したくなっちゃうね」
「だから……ダメですって」
 もう……。陽平ってばすぐ余計なこと言う。初恋もまだとか、こんなところで言わなくてもいいじゃん。
 ま、実際まだだから何も言い返せないんだけどさ。
 でも、最初はAbyssのメンバーとギクシャクしてた陽平が、元事務所の先輩とまた仲良くできるようになって良かった。陽平って自分の話はあんまりしないから、Zeus養成所からLightsプロモーションの養成所に移った後もそれまでいた事務所のことを気にしていたなんて思わなかった。そんな態度も素振りも見せなかったし。
 だけど、こうしてAbyssのメンバーと再会して、陽平の気持ちも少し楽になったのなら本当に良かったと思う。
 だって、陽平の過去のことは俺達にはどうにもしてあげられないっていうか、どうしてあげればいいのかわからないし。俺達は出逢ってからの陽平しか知らないから。
 そう言えばあの時の司、ちょっと格好良かったよね。Abyssに向かって“ありがとうございます”って言った時。リーダーって感じが凄くしたし、俺達のことを大事に想ってくれてるのが伝わってきた。
 普段はぼんやりしてるし怖がりで頼りない時もあるけど、いざって時は頼りになるんだよね。司って。
 親睦会ということもあって、グループ同士で交互に座っているから司とは席が離れてしまっている。朔夜さんの隣りからちょっと顔を突き出して司を見ると、すぐさま司と目が合った。
 あれ? 司ってずっとこっち見てた?
「あ……」
 目を逸らされちゃった。なんで?
「ねえ悠那」
「はい?」
「初恋もまだってことはキスもしたことないの?」
「ふぁっ⁈」
 俺達はまだ未成年だからお酒は一滴も飲んでないけど、Abyssのメンバーは全員成人済みだ。当然お酒も飲むからテンションがちょっと高くなってるのかもしれない。
 そして、お酒の席での定番トークといえば恋愛ネタ……という話を聞いたことがある。
「顔真っ赤。可愛い」
「いや……だって……」
 お酒が入って少しほろ酔いなのか、ちょっとだけ力が抜けたように見える朔夜さんが凄く色っぽい。
 これが成人済み男性の大人の色気なのか。
 俺は今まで陽平や司でさえ、俺に比べれば大人っぽくて色気があると思っていた。でも……。
 これはもうレベチだよ。色気が凄い。目が合うだけでも堕とされそう。
「俺とシてみる?」
「え……」
「ファーストキス」
「えぇっ⁈」
「俺はシたいな。可愛い悠那とキス」
 俺の腰に朔夜さんの腕が伸びてくる。鍛えられたその腕は物凄く男らしくて逞しい。
「ぁ……」
 そして、俺の身体に触れた手はとっても優しくて、全てを委ねてしまいたくなる。
 朔夜さんの作り出す甘い雰囲気にあっという間に呑まれてしまった俺は、このままキスされてもいいかも……なんて思ってしまった。
 ファーストキスは好きな人と。って思ってたけど、朔夜さんは俺の憧れの人だし、憧れの人ならいいよねって気分にもなる。絶対忘れられないファーストキスになるだろうし。
 っていうか、“キスしてください”ってなるでしょ。普通。
「ちょーっ! 何やってんの⁈ そこっ! ちょっと目を離した隙にっ! やめてくださいっ! うちの子にっ!」
 でも、そうは問屋が卸さないらしい。
 うちはセキュリティーがしっかりしているみたい。陽平というキス感知センサーでも付いているかのような万全のセキュリティーが。
「痛っ……」
「ったく! なんでみんな悠那とキスしようとしたがんの? ってか、お前もいつもウェルカムモードなのどういうことよ」
「ウェルカムモード……って! 違うからっ!」
 陽平からの突っ込みに慌てて反論した俺だけど、今回に関してはウェルカムモードだったと認める。あくまでも心の中で。
 だって朔夜さんだよ? Abyssだよ? そんなもん奪われたっていいじゃん。記念すべきファーストキス。ある意味好きな人なんだから。
「え? みんな? 悠那ってFive Sのメンバーからも狙われてたりするの?」
 慌てた陽平からおしぼりを投げつけられた朔夜さんは、おしぼりが命中したおでこを押さえながら聞いてきた。
「違いますっ! 違いますっ! 狙われたりなんかしてないですっ! ちょっと未遂があっただけですからっ!」
「へー……誰と?」
「はぅっ⁈」
 しまった。俺はまた余計なことを……。どうして自分で自分の首を絞めるようなっこと言っちゃうかなぁ。この前だって、絶対言わないって約束した律と海の秘密をあっさりうっかり口にしちゃって、律にめちゃくちゃ怒られたばっかりなのに。
 ま、そのおかげで今のグループ内には秘密がなくなったわけだから、結果オーライとも言えるんだけどね。
「誰と未遂があったのかな? 悠那」
「えっと……それは……その……」
「言わないとほんとにキスしちゃうよ?」
「……………………」
 だったら言わないでおこうかな……とか。思っちゃうよ? 俺。
「俺です」
 誰とキスをしそうになったのかを話すのと、朔夜さんにキスされるのとを天秤に掛けた時、朔夜さんにキスされる方を選びたい俺は、少し離れたところから飛んできた司の声にびっくりした。
 当然、全員の視線は声の主である司に集まった。
「おっと……これは意外。でもないのかな?」
「えー? なんでそんなことになったの? ひょっとして二人はいい感じなのかな?」
「やるな、少年。勇気の印にこの枝豆をあげよう」
「そういえば、二人はルームメイトなんだっけ? こんな可愛い子と一緒の部屋にいたら、そりゃキスもしたくなるかもね」
「でも、未遂っていうのはどういうことだ? 邪魔が入ったってことか?」
 早速興味を抱く先輩達に
「ええまあ。一回目はインターフォン。二回目は陽平ですね」
 司はびっくりするほど落ち着いた態度で答えた。
 なんだろう……司らしくない。なんか怒ってるみたい。
「おい陽平~。邪魔してやんなよ」
「俺⁈ 俺が悪いんですか⁈ だって俺、家に帰って来たら二人がキスしようとする場面に直面してびっくりしたんですよ⁈ そりゃ止めに入っちゃうじゃないですかっ!」
「確かに。いきなりそんな場面に出くわしたらびっくりしちゃうよな」
「そうですよっ!」
 違う。これ、多分笑い話とかじゃない。司はなんか怒ってる。その証拠に、さっきから司は全然笑ってないもん。
 陽平は気付いてる。だから、あえて大袈裟なリアクションを取って司からみんなの視線を逸らそうとしている。律と海もちょっと困惑した顔になってるし。
 そして
「で? 未遂に終わったままなの? 二回もそんなことになったのに。やろうと思えばできるよね? いくらでも」
 朔夜さんも多分気付いてる。司が怒っていることに。
 煽るようなことを言う朔夜さんと、何を考えているのかわからない司の視線が交差する。
「……別に。シたいと思わないからシないだけです。未遂に終わった時は悠那がシて欲しそうな顔をしてたんで」
「はあ⁈」
 ふいっと朔夜さんから視線を逸らした司は信じられないくらいつれない声でそう言った。
 これにはさすがに俺も黙っていられない。
 俺がいつ、司にキスして欲しそうな顔したって言うの? 自惚れないでよねっ!
「そんな顔してないもんっ! 司ってば自意識過剰なんじゃないの?」
「悠那こそ自覚無いじゃん。お前、自分がどんな顔して男見てるか知ってんの? 一回鏡見てみろよ」
「なっ……! どういう意味っ⁈」
 ムカつく~っ! 俺がどういう顔して男見てるって言うんだよっ! 別に変な目で見てるつもりなんかないよっ!
 っていうか、なんでいきなり怒ってんの? 意味わかんないんだけどっ!
「あらあら。ヤキモチかな? 俺が悠那にベタベタしたのが気に入らなかったみたいだね」
「そんなんじゃないです」
「そうだよっ! 司が勝手に一人で怒ってるだけだよねっ! 朔夜さんが悪いわけじゃないですっ!」
「じゃあさ……」
 グイッと腰を抱き寄せられて、気付けば俺は朔夜さんの腕の中にいた。
「俺が奪ってもいいの? 悠那のファーストキス」
 そう言うなり、朔夜さんの両手が俺の顔を挟んできて俺の顔を上向きに傾ける。
(キスされちゃう……)
 そう思った瞬間、思わず目をギュッと閉じてしまった俺は、ダンッ、と床を踏み鳴らす足音に気付かなかった。
 朔夜さんの吐息を感じながら、こんなみんなの見てる前で奪われちゃうのかなって思った俺は、突然乱暴に顔の向きを変えられて、その次の瞬間、唇に柔らかい物を押し付けられている感触を感じた。
「なんだ……やっぱりシたいんじゃん」
 俺とキスしているはずの朔夜さんの声に驚いてパッと目を開けた俺は
「司っ⁈」
 俺にキスしたのは司だとわかってもっとびっくりした。
 これ……一体ほんとにどういうこと? 意味わかんなすぎてもう泣きたい。
 俺のファーストキスは過去二回の未遂に終わった相手、蘇芳司に奪われた。


 
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