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Season 1
第9話 キスはお預け⁈
しおりを挟む「あぁ~、そのリップ可愛いぃ~。どこで買ったのぉ~?」
「どこって……普通の薬局。仕事行く前に寄ってもらった薬局に置いてあって、気に入ったから買っただけだけど?」
新しく通うことになった学校は可もなく不可もなく。芸能科ということもあって、クラスにはテレビで見る顔なんかもいたりするから、あんまり学校って感じはしない。授業もそんなに難しくないし。こんなのだったら、俺も司みたいに学校には行かず、高卒認定試験を受ける選択をすれば良かった。なんて、ちょっと思ったりもする。
ま、楽しくないわけでもないんだけど。
「やっぱりぃ~、可愛い悠那君は持ち物も可愛いんだねぇ~。そのリップ色付きぃ~?」
「ちょっとだけ付いてる」
「私も同じの買おうかなぁ~。ちょうど新しいリップ買おうと思ってたんだぁ~」
「ぃ、いいんじゃない?」
授業の合間の休憩時間。少し唇に潤いが足りないと感じた俺が、ポケットから取り出したリップクリームを塗った直後、隣りの席の花井未来に声を掛けられた。
未来は俺と同じアイドルでCandy Lipsという女性アイドルグループのメンバーだ。人気はそこそこあるグループだから学校には来たり来なかったり。未来の少し甘ったるい話し方が俺はちょっと苦手だった。
「そぉ~そぉ~。この前SNSに司君の撮った悠那君の写真載ってたよねぇ~。あのパジャマ凄く可愛いし似合ってたんだけどぉ~、悠那君っていつも家であんな可愛い格好してるのぉ~?」
「可愛いかどうかはわかんないけど。肌触りいいし、着心地良くて楽だから着てるだけなんだけど」
「でもぉ~、うさちゃんのお耳付いてて可愛いじゃ~ん」
「うさちゃん……お耳……」
「あ、くまさんもあるんだっけぇ~?」
「……………………」
“うさちゃん”とか“くまさん”とか“お耳”とか。高校生にもなってそんなメルヘン色強い言い方ってどうなの? お花畑感凄いんだけど。
ま、向こうは可愛いことが絶対条件みたいな立場の人間だから、普段から可愛いを常に意識してるのかもしれないけど。
でもなぁ……どうも俺はこういうのを可愛いとは思えない。なんか背中のあたりが嫌な感じにゾクゾクしちゃう。
先日、高校生にもなって初恋もまだ経験していないことで不愉快な思いをしたばかりの俺だけど、この様子じゃ初恋なんてまだまだ先って感じがするな。
「司君のコメントも面白かったぁ~。悠那君ってメンバーから愛されてるんだねぇ~」
「あのコメントのどこが面白いの」
満面の笑みの未来と違い、司のコメントを思い出した俺はムッとした顔になる。
Five Sには公式のSNSアカウントが存在する。メンバーがそれぞれ好きに写真や動画をあげたり、コメントを書き込めるようになっているけれど、管理しているのはマネージャーだった。SNSに何かあげたい時はマネージャーに写真やコメントを送り、マネージャーが問題ないと判断したらそれをそのままSNSにあげるシステムになっている。
で、ちょっと前に司があげたSNSの内容がいつ撮ったのかわからない俺の写真で、お兄ちゃんから貰ったパジャマを着ている姿の写真だった。
うさぎの耳が付いている方の写真には『うちの巨大うさぎ』、くまの耳が付いている方の写真には『うちの小熊』と、それぞれコメントが添えられていた。
ほんと、勝手なことしないで欲しい。誰も許可してないのに。マネージャーも俺になんの断りもなくあげないでよね。
「あれぇ、いいねの数凄かったよねぇ~。私も思わず押しちゃったよぉ~。だってほんとに可愛かったんだも~ん」
「ああそう……」
さっきから俺のこと可愛い可愛いって……一体何回“可愛い”って言うんだろう。仮にもアイドルだよね? 可愛いって言われる立場の人間だよね? そんなに“可愛い”って言って大丈夫なの? それも男の俺に向かって。なんかちょっと引くんだけど。
「おーい、悠那ー。律と海が呼んでるぞー」
「あ、うん。今行く」
未来と話すのも面倒臭くなってきた俺は、タイミング良く俺を訪ねてきた律と海に心から感謝した。
今日は二人が食べたいもの作ってあげよう。
今日の食事当番は俺だった。
自分の顔が可愛いという自覚はある。小さい頃から散々言われてきたし、鏡で見る自分の顔にも特に気に入らない部分はない。
でも、だからって可愛いを武器にしようとか、利用してやろうってことは考えてなくて、ただ普通に、自分らしく毎日を送っているだけだった。
それでも事ある毎に「可愛い」とは言われるし、場合によっては冗談交じりに「可愛いからってなんでも許されると思うな」みたいなことを言われることもあった。
俺は自分が可愛いからって特別だなんて思ってないのに。
「今日の夕飯はハンバーグと餃子? なんでそんな豪華なの?」
「律と海が食べたいもの作ってあげる約束だから。暇なら司も手伝ってよ」
「別にいいけど……」
学校から帰って来るなり制服を着替えた俺がキッチンに立つと、部屋の中に一人でいるのがつまらないのか、司が俺のところにやって来た。
作業台に材料を並べ、まずはハンバーグから作り始めていた俺は、手伝ってくれるという司に餃子の材料を渡した。
俺から材料を受け取った司は早速餃子作りに取り掛かってくれる。
共同生活も半年が過ぎれば料理の腕もかなり上がったし、今では得意料理と呼べるものもいくつかできた。海は相変わらずだけど。
「どうしたの? 悠那があの二人の食べたいものを作ってあげるなんて珍しいね」
「今日学校で助けてもらったから」
「学校で何かあったの?」
俺が律と海に助けてもらったと聞いた途端、司は急に心配そうな顔になって聞いてくる。
こういう時はちゃんと心配してくれるんだよね。司のそういうところが好き。
「全然たいしたことじゃないんだけどね。俺がちょっと面倒臭いな~って思ってたところに二人が来てくれたから助かったっていうか」
「何それ。誰かに絡まれてたってこと?」
「ううん。普通に話してただけ。でも、それがちょっと面倒臭くて。未来っているじゃん? Candy Lipsの。俺、同じクラスで隣りの席なんだけど、あの子の喋り方がちょっと苦手でさ。話してると面倒臭くなっちゃうんだよね」
「お前……アイドルやってる女の子に対して喋り方が面倒臭いって……」
「だって嫌いなんだもん。あの喋り方」
「俺もあんまり好きじゃないけどさ。でも、世間一般には可愛いって言われてるじゃん。あの喋り方。まぁ、あの子がやるから可愛いのかもしれないけど」
「そう? 司君はぁ~、目の前でこんな喋り方されたら嬉しいかなぁ~? 可愛いって思うかなぁ~? かなかなぁ~?」
「……やめなさい。あと、やりすぎだから」
裏声を使い、更に上目遣いというオプションまで加えて未来の真似をしたら怒られた。
やっぱり嫌だよね。こんな喋り方。
「悠那がやるとなんか可愛い」
「え……」
嫌じゃなかったんだっ! そこはちゃんと嫌がってよっ! やった俺が逆に恥ずかしくなるじゃんっ!
「司ってメルヘン好き? お花畑好きなの?」
「何? メルヘンとかお花畑とか。別にどっちも好きじゃないけど?」
「そう……」
精一杯気持ち悪く演じてみたつもりなのに。思うような感想が返ってこなかった俺としてはがっかりだよ。
「でも、女の子に“面倒臭い”とか言ってるようじゃ、悠那もまだまだだね」
「そんなの俺だってわかってるよ……」
痛いところを突かれてグッとなる。でも、事実だからしょうがない。言い返す言葉も思いつかなかった。
ちゅん、と唇を尖らせて不貞腐れると
「拗ねない拗ねない。俺はいいと思うよ? 悠那らしくて」
おでこに頭でコツンってされた。
司がたまに出してくるこの彼氏感みたいなのってなんなの? こんなのされたらちょっとドキッとしちゃうじゃん。恋愛未経験者の俺には不意打ちもいいところ。反則技みたいなものだよ。
「司ってさぁ……彼女にもこういうことしてたの?」
「うん?」
「なっ……なんでもないっ! そりゃしてたよねっ! してたに決まってるよねっ! だから俺にもこうやって自然にやるんだろうしっ!」
「?」
なんで動揺なんかしてるんだろう。別に動揺するところじゃないじゃん。司ももう18歳なんだし彼女とイチャイチャしまくったことだってあるよね。それって普通。全然普通なんだから。
それに比べて俺ときたら……ちょっとおでこにコツンってされたくらいでドキドキしちゃってほんと情けない。格好悪いにもほどがあるよ。
「こういうことっていうのがどういうことなのかはよくわかんないけど。彼女と悠那とじゃ全然接し方が違ったと思うけど?」
「で……ですよね……」
そりゃ彼女さんですもん。俺なんかよりもっとベタベタしてただろうな。俺の扱いなんて言ってみれば手が掛かるけどたまに可愛がりたくなるペットみたいなもんだよね。なんてったってほら、俺は『うちの巨大うさぎ』であり『うちの小熊』ですから。
なんだよそれ。もうほんとペット扱いじゃん。
「彼女にはそんなに気安く触れなかったっていうか、よくわからなくて手が出せなかったんだよね。女の子って変なところで怒るじゃん。だから、正直どう接していいかわかんなかったんだよね」
「そうなの?」
「うん。だって、手を繋ごうとしたら嫌がったりする時あるし、キスしようとしたら逃げる時とかあるし。そうかと思うと、いきなり腕組んできたりキスとかしてくるからほんと謎」
「それ、ほんとに彼女? 彼氏が手を繋ごうとするのに嫌がったり、キスしようとしたら逃げるなんてことがあるの?」
「だからわからないんだって。いつだったらいいのか」
「それは確かに触れなくなっちゃうね」
なんだ。言うほどラブラブってわけでもなかったのかな? って言うか、そんな話を聞いちゃったら益々恋愛に興味が持てなくなりそう。なんなの? そのよくわからない思考回路。付き合いきれないじゃん。
俺だったら好きな人とはいつでもイチャイチャしたいと思うし、いつでもどこでも触れ合いたいと思うけどな。
でも、今頃司を振った彼女は後悔してるよね、絶対。だってアイドルだもん。今となってはよりを戻したくても戻せない相手だよ?
そもそも、こんなに背が高くて顔も格好いい司を振るっていう神経がわからない。司がアイドルになっていなくたって振るには惜しい逸材じゃない?
「それに比べれば悠那の方がずっと触りやすい。悠那ってすぐ怒るし拗ねるけどわかりやすいじゃん」
「俺は自分の感情に素直だからね」
「単純って意味なんだけど。そこは怒らないんだ」
「別に。わかりやすい方がいいでしょ? 俺、人に気を遣わせたりするの好きじゃないんだよね」
「我儘は言うのに?」
「我儘は性格。これも素直さ故だもん」
「天真爛漫で何よりだね」
威張るように胸を張ると、司は子供みたいな笑顔になって笑った。
司って普通にしてると大人っぽく見えるけど、笑うと急に幼くなって可愛いんだよね。俺、司の笑顔も好き。
「あ……でも一つわからないことがあった」
会話をしながら夕飯作りを着々と進めていく俺達。餃子を包み始めた司が突然思い出したように俺に聞いてくる。
「前に……ほら、バンジージャンプした日の夜なんだけど……」
「あ……」
言われて俺も“あ……”ってなる。
バンジージャンプをした日の夜。それは、俺の中でも忘れようとしてもなかなか忘れられない夜だった。
「あの時、なんで悠那は目を閉じたの?」
「えっとぉ……それは……」
なんでって聞かれても……。俺だってよくわからないのに答えられないよ。
司の手に頭を撫でられるのが凄く心地好くて、うっとりしちゃった自分がいたのは認める。でも、目を閉じてしまった理由はわからない。
あの時、俺と目が合った司が俺の腰を抱いてきたことにも問題があるように思う。
「それを言うなら、司こそなんで俺の腰を抱いてきたの?」
「抱いてきたって……。他に言い方あるでしょ」
「腰を……抱き寄せてきた。ん? 腰に腕を絡ませてきた? いや、巻き付けてきた……かな? 俺の腰を……ロックオン?」
「もういい。悪かった」
あの夜のことは俺も気まずく感じていたけれど、司も気まずかったんだと知った。
あの後はなんか変な感じになっちゃったもんね。ずっと気になってたんだけどどう説明していいかわからなかったから、ついほったらかしにしちゃってた。
「あの時は身体が勝手に動いたっていうか。そうするのが凄く自然に思えたんだよね」
「俺もそんな感じかも。俺、あの時司に頭を撫でられるのが凄く気持ち良くて。司にくっ付いちゃいたいなって思ってた」
その時の自分達の感情を素直に報告し合うと、如何に俺達が異常な空気に包まれていたのかを改めて実感した。
一体何がいけなかったんだろう。何が原因でそんな風になっちゃったんだろう。人生初のバンジージャンプを飛んだことにより、Highにでもなってたのかな。
もし、あの時頼んでいた宅配が届かなかったら、俺と司ってキスしてたのかな。流れ的にはそんな感じだったけど。
司もそう思っていたようで
「俺、あの時インターフォンが鳴ってなかったら、多分悠那にキスしてたと思うんだけど」
あの時の自分の行動をあっさり告白した。
「うん。俺もそう思う」
俺もそれを認める。
「なんで? なんでそんな感じになったんだろう」
「さあ……俺もよくわかんない」
うーん……と二人で首を傾げてみるけれど答えなんて出てこなかった。
「俺、悠那のことは可愛いと思ってるし好きだけど、恋愛的な意味で好きって感情はないんだよ。でも、めちゃくちゃ可愛いと思う時はある」
「俺も司のことは好きだし、格好いいとも可愛いとも思うけど、そういう意味で好きなわけじゃない」
どこまで行っても平行線なまま答えを出すことができない俺達は、この問題にどうやって収拾をつけるべきかに悩まされた。
『あの時はお互いどうかしてたんだよね!』
と言って、強引に収めるしかないのかな。スッキリはしないけど。
「いっそのこと実際にしてみる? キス」
なんかもう、色々とわからなすぎて投げやりにさえなってしまう俺が提案すると
「悠那が嫌じゃないならいいよ?」
司もあっさり乗ってきた。
え……マジ?
急展開を見せる事態に俺はちょっと焦ってしまう。
いや……だって俺、初めてだし。このままほんとにキスしちゃったら、俺のファーストキスが司になっちゃうんだけど……。
「どうする? 悠那が嫌ならしないけど」
「嫌っていうか……自分で言っておいてなんだけど、心の準備が……」
急にもじもじしてしまう俺に司の顔がゆっくり近づいてくる。
わ……司……本気? 本気で俺とキスしようとしてる? 俺、一体どうしたらいいの?
「嫌ならちゃんと言って」
「ぉ……俺……」
「俺が嫌だ」
「っ⁈」
直視できないくらいに司の顔が近づいて、俺がギュっと目を閉じた瞬間だった。すぐ耳元で陽平の声が聞こえてきたから、俺はびっくりして飛び上がった。
「よっ……陽平っ⁈」
「何やってんの? お前ら。共有スペースでやめてくんない?」
「ぃ、い、いつ帰って来たの⁈」
「今。たった今。帰って来たらいきなりお前らがキスしようとしてたから、ちょっと待てと」
「べっ……別にキスしようとしてたわけじゃ……」
「しようとしてたじゃん。キスする寸前だったじゃん。なあ? 司。お前はする気満々だっただろ?」
「満々っていうか……あわよくばというか……」
「おい。あわよくばはダメじゃん。最低か?」
突然の陽平の乱入に俺と司は決まりが悪いことこの上なしだ。
俺と司のキスが邪魔されるのはこれで二回目だ。“なんとなく”とか“してみよう”って感じでするなってこと?
実際、司とキスしなくて済んでホッとしている俺がいる。
「もーさー。なんでそんなことになんの? 何? 好きなの? お前ら付き合ってんの? それはそれで問題だけど」
「そんなんじゃないよ。好きとか付き合ってるとかじゃないから」
「じゃあなんでキスしようってなんの? お兄さんにわかるように説明してくれる?」
「これはまあ……実験というか、手掛かり探しっていうか……」
「ごめん。全然意味わかんない」
「ですよね……」
俺達の曖昧すぎる説明では陽平にちっとも伝わらなくて、陽平は痛そうにこめかみを押さえた。
前にもこんなことがあったって言ったらどう思われちゃうだろう。俺達がおかしいって思われちゃうよね?
「とりあえず、さっさと飯作っちまおう。話はそれから」
たった今帰って来たばかりの陽平はそう言うなり腕捲りをし、俺達の夕飯作りに加わった。
まさかとは思うけど、夕飯の席で話題にするつもりじゃないよね? それはちょっとやめて欲しいんだけど……。
「ただいまより、第一回Five Sメンバー会議を始めたいと思います」
夕飯ができあがり、全員がテーブルに着いたところで陽平がいきなり厳粛ぶった口調で切り出した。
やっぱり……。絶対こうなると思ったんだよね。陽平ってほんと意地悪。
「どうしたんですか?」
「何か話し合わなきゃいけない重大なことでもあるんですか?」
何も知らない律と海は、至極真面目な顔をした陽平にちょっとだけ姿勢を正したりする。
いやいや。陽平なんかに釣られないで。この人、今から物凄くどうでもいいこと話し合おうとしてるから。
「その通り。重大も重大。今後の俺達の活動に関わってくるほどの重大事項だ」
またもう……いいってば。そんな大袈裟にしなくても。陽平ってば演技過剰。
「一体なんですか? そんな重大な問題があるんですか?」
陽平にまんまと釣られた海が不安そうな顔になって息を呑む。
俺と司はこの作られた重苦しい空気が逆に居たたまれない。
「んー……つまりね、俺と悠那がちゅーしようとしてるところを陽平に見られちゃって。これは一体どういうこと? ってなったわけ」
放っておくといつまでも引っ張りそうな陽平にうんざりしたのか、横から司が口を挟んだ。
「え?」
司の言葉に律と海の驚いた声が見事に重なる。
そして
「それは……確かにどういうことなのでしょうか」
「え? え? 司さんと悠那君ってそういう関係? え? いつの間に?」
物凄く動揺し始めた。
「ちなみに、俺と悠那は付き合ってるわけじゃないし、お互い好きって感情を持ってるわけでもないよ」
「んん?」
更に説明を加える司に海は益々混乱した。
そりゃまあ混乱するよね。
しきりに首を傾げる海の隣りで、律はジッと考え込んでいる素振りを見せていたけれど
「つまり……お互い好きではないけどキスはしてみたいと。そういうことですか?」
少ない情報を元に、簡潔に要約してみせた。
うーん……“してみたい”って言っちゃうとちょっと語弊がある気がするけど、間違ってはいないと思う。
「してみたいっていうか……したらどうなるのかな? って感じだと思う」
律の要約に修正を加えてみる俺。
「興味本位ってことですか?」
「興味本位って言われると、なんか軽いノリみたいに思われるから嫌だけど」
律に鋭い目で問い詰められ、ちょっとたじろいでしまう。
律ってそういうことが許せなさそうなタイプだもんね。
「でも、実際にキスしたら悠那さんのファーストキスの相手は司さんになるわけですよね? それはいいんですか?」
「うぅ……それはちょっと……良くないかもしれないんだけど……」
「良くなくても、キスしようとしたんですよね?」
「しようとしたっていうか……されそうになったというか……」
「好きなんですか? 司さんのこと」
「好きは好きだけど……そういう意味で好きなのかって言われると……」
鋭い視線と鋭い言葉に追い詰められ、どんどん肩身が狭くなる。
次々に浴びせられる質問にしどろもどろになりながら答えていると
「好きでもない相手とキスしようだなんてありえないです。僕は二人にそんな軽薄なことをして欲しくないですね」
とどめの一撃みたいなのを喰らわされ、物凄いダメージを受けた。
「軽薄……軽薄って言われた……」
これ、律に言われるからこそダメージが大きいんだと思う。
「うんうん。良く言った、律。俺もそう思うんだよ」
なんか一人だけもりもり夕飯を食べ始めている陽平は、称賛するみたいに律の肩をポンポン叩く。
余計なことをしてくれた張本人は随分と呑気だよね。
一方
「でも律。もしかしたら気付いてないだけで好きなのかもしれないよ? だから“キスしよう”って気持ちになったのかもしれないし」
少しは俺達を擁護する気があるらしい海が、眉毛の吊り上がった律を宥めにかかってくれたけど――。
「仮にそうだとしても、司さんがファーストキスの相手になることに迷いがある時点で問題だよ。この際、経験済みの司さんはどうでもいいとして、恋愛経験のない悠那さんにはもっとしっかりしてもらわなくちゃ困ると思う」
律はやっぱり厳しかった。仰る通りではあるんだけど。
「そうかもしれないけど……」
海も返す言葉が見つからなかったようだ。
「いい? 海。悠那さんは乗せられやすいし流されやすいところがある。一言で言ったらチョロいんだよ? ハッキリとした自分の意思を持って行動、決断できるようにならなくちゃ、そのうち痛い目見る羽目になるよ? 芸能界は怖いところだって言うし。最初に“キスしてみようか”ってノリでキスなんかしちゃったら、“しよう”って言われたら誰とでもするようになっちゃうかもしれないんだよ? そうなると、言葉巧みに口説いてくる相手に簡単に堕とされる人間になっちゃうかもしれないでしょ?」
「確かに……。悠那君ってそういうところあるかも。スタッフに煽てられるとすぐ機嫌が良くなるし、甘い言葉にもふらふらするし」
「でしょ? こういうタイプは最初が肝心だと思う。最初にいい加減なことをしたらただの尻軽ビッチになりかねないよ」
「それは大問題だね。陽平さんの言う通り、僕達の今後の活動に影響してきそう」
更に畳みかけるように海を説き伏せていく律は饒舌で、こんなにたくさん喋る律は珍しいとも思ったけど……。
俺、この子達の中で一体どういうイメージ? チョロいって……尻軽ビッチって酷くない? そもそも、“尻軽”も“ビッチ”も男に遣う言葉じゃないよね?
と言うより、そんな言葉が律の口から出てくるなんて思わなかったから驚きを隠せないんだけど?
「大体、恋愛経験がないわりにはそういう風に見えないあたり、既にビッチ臭を感じるんだよな。悠那ってさ、なんかエロいこと好きそうに見えるんだよ」
「陽平は黙ってて!」
でもって、陽平の俺に対するイメージも最悪なんだけど。
え? 俺ってそんな風に見えるの? 見られてるの? 全然考えたことなかったんだけど。
ということは、もしかして司も……。
「あー……そうか。そういうことか」
しばらく黙ってみんなのやり取りを聞いていた司が急に閃いたような顔になる。
これはもう嫌な予感しかしない。
「そう。そうなんだよね。悠那ってなんかエロいんだよね。男のツボを刺激してくるっていうか。こういう顔されると……みたいな」
「~……」
やっぱり。
律と海はまだ許せるとしても、司と陽平はなんなの? どういうこと? どういう思考なんだよ。
「それな。だから俺も意地が悪いと思いつつ、ついつい悠那にエロいこと言わせたくなるんだよね。恥ずかしそうにしてるの可愛いし」
「ねぇっ! それ最低なんだけどっ!」
思い当たる節がある俺は、そんな理由で陽平に意地悪されていたことを初めて知って泣きたい気分。
もうやだ。俺、今すぐ実家に帰りたい。
「でもそっか。つまり俺、悠那のそういう表情とか仕草に誘惑されてたってことか。だからキスしようとしちゃったんだ。うん。納得」
そして、これまでに二回あったキス未遂は、俺に原因があるということで納得してしまった司。
ほんと、未遂に終わって良かったと心底思う。良かった。こんな奴が俺のファーストキスの相手にならなくて。
「欲に塗れた男の思考なんてそんなものです。これからは気をつけてくださいね。悠那さん」
「そうする」
散々俺に厳しいことを言ってきた律だけど、この状況にはさすがに同情するらしく、俺ににこりと微笑んでくれた。
そんな律が俺には天使に見える。
そうだよ。やっぱりキスは好きな人とするものだよね。
俺はもう、司に流されたりなんかしないんだからねっ!
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