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Season 1
第8話 可愛いは凶器
しおりを挟む女の子が嫌いというわけではないし苦手というわけでもないけれど……。
よくわからないところが多過ぎて面倒臭い、というのが正直なところだった。
「おはようっ! 司君っ! 今日もイケメンさんだねっ!」
「おはようございます、ありすさん。今日も元気ですね」
「もちろんだよっ!」
今日は4月から放送が始まったランキング番組、《Now Ranking》の収録日。MCを務める俺は楽屋でメイクをしてもらってからスタジオに入ると、既にスタジオ入りしていたありすさんに元気よく挨拶された。
先輩に先を越されてしまった。今度はもう少し早く来よう。
GPエンターテイメント所属の女性アイドルグループDolphinは、Five Sより二年早くデビューした先輩アイドルグループで、男性ファンはもちろん、同年代の女の子からも多く支持されている人気アイドルグループだ。
その中でも一番人気を誇るとされるリーダーのありすさんは、ふわふわと柔らかいイメージで笑顔が魅力的な女性だった。男なら誰でも可愛いと思うに違いない容姿は俺だってもちろん可愛いとは思うけど……。
「今日もよろしくねっ!」
「こちらこそよろしくお願いします」
「も~。硬いよ~。歳だって一つしか違わないんだから、敬語じゃなくていいって言ったのに」
「そういうわけにはいきませんよ。俺からしてみれば先輩なわけですから」
「司君って真面目だね。そういうところが可愛いんだけど」
なんだろう。うちの悠那の方が可愛いと思ってしまう俺の脳味噌は。男として間違ってるだろ。しっかりしてくれ。
でもあいつ、4月になってから
『お兄ちゃんからって、新しいパジャマ二つも送られてきた~。あ、可愛いっ! 早速着よ~っと』
とか言って、無駄に二次元色の強い可愛いパジャマを着てうろうろしてるんだけど、どういうつもり? 似合い過ぎてて軽く引く勢いなんだけど。
そもそも、誕生日でもないのに、定期的に何かしら送り付けてくる──実際は悠那の母親が兄に頼まれて送ってきている──悠那の兄ちゃんもどうなんだ。ほんと怖い。弟愛が強すぎる。溺愛しすぎだろ。恐怖。
しかも、うさ耳とかくま耳とか短パンとかさぁ……。自分の弟をなんだと思ってんの? ひょっとして弟が妹にでも見えてるの? そのうちスカートでも送ってくるんじゃないかって心配になる。
とは言え、実際似合ってしまっているわけだし、悠那も気に入っているようだから兄のチョイスは間違っていないということなんだろう。
そんなわけで、4月に入ってから悠那の可愛さが一段とパワーアップしたように感じている俺だった。
大体、あのもこもこした生地もなんだ。もこもこというかもふもふというか。あんな格好でうろうろされたら思わず抱き締めたくなるじゃん。
「今回はどんなランキングなのか楽しみだね。この前の初放送見て、うちのメンバーも凄く楽しみにしてくれてるの」
「うちもです。毎週みんなで見ようって話になりましたよ」
「そっか。Five Sのみんなは一緒に住んでるんだよね。いいなぁ。楽しそう」
「楽しいですよ。それなりに」
俺達がメンバー全員で同じ所に住んでいるという情報は、デビュー当初から公開されている公式情報で、その点については既にいろんな所で話題にされてきた。事務所側はメンバー全員が高校を卒業するまで今の環境を維持する方向で、俺達もそれに従うつもりだった。
この春、高校生組は無事進学を果たしたから、メンバーとの共同生活は最低でもあと二年。その後のことは考えていないけど、俺はずっと一緒に暮らすでもいいと思っている。
「ありすちゃん。司君。打ち合わせ始めるよ」
「は~い」
「はい」
一緒に暮らしていることで関係性が少しずつ変化していくかもしれない……と思いながらも……。
恋愛経験があまり豊富ではない俺にも、彼女と呼ぶ存在がいたことが二度ほどある。
一度目は中学三年生の時。二度目は高校二年生の時。どちらも向こうから告白されて付き合う形になったけど、どっちも二、三ヶ月で振られた。
理由は
《何考えてるかわからない。私のことが好きなのかどうかもわからない》
だった。それも、二人揃って。
それはこっちのセリフだと言いたい。
『好きだから付き合って欲しい』
と言っておきながら「何考えてるかわからない」って理由で振られるのって何? 何事なの? 「私のことが好きかどうかもわからない」っていうのも意味がわからない。いいなと思ったから付き合ったんじゃん。
俺の数少ない歴代彼女は一体俺の何が良くて告白なんかしてきたの? 俺に何を求めたんだろう。
彼女のことはそれなりに好きだったし大事にしたつもりだった。デートもしたし、手も繋いだし、キスもした。でも、それより先に進む前に振られてしまった。何がいけなかったのかは未だにさっぱりわからない。
故に、女の子に対して面倒臭さを感じるようになってしまった。
それはさておき
「みなさん。理想のキスシーンってありますか?」
夕飯時。唐突にそんな質問を投げかける俺に、メンバー全員が一瞬目を丸くした。
「え……どうしたの? 急に」
「珍しいですね。司さんがそんな質問」
「っていうか、こういう話が出るのって初めてですよね?」
やや間があってから、陽平、律、海の三人が順番に口を開いたけど、悠那だけがそっぽを向き素知らぬ顔をした。
あれ? 悠那の性格なら一番騒ぎ出しそうだと思ったのに。この手の話は苦手か?
「今日の収録で理想のキスシーンランキングっていうのがあってさ。俺にはちょっとよくわからなかったから気になって」
質問の意図を素直に伝えると、一同は納得した様子であったけど、だからと言って、どう答えるべきかは悩むところっぽかった。
そもそも、こいつらにキスの経験なんてあるんだろうか。
陽平は疑っていないけど、あとの三人は経験なさそう。特に、悠那や律は絶対ないだろう。
律は見るからに興味なさそうだし、ひょっとしたら初恋もまだかもしれない印象さえ受ける。そして悠那はこの顔だ。どこの世界に自分より断然顔の可愛い男と付き合う勇気ある女子がいるっていうんだ。俺がもし女なら絶対無理。女として負けている感に日々苛まれるに違いない。
いや…でもちょっと待てよ? そう言えば少し前、俺に向かって目を閉じた悠那の顔は明らかにキス顔だったような……。もしかして、キスの経験はあるのか? 全然想像がつかないけど。
あの時、どうして悠那が目を閉じたのかがわからなかったし、俺も悠那の唇に誘われてる気持ちになって、悠那にキスしようとしそうになったんだけど……。
あれって一体なんだったんだろう。なんであんなことになったんだっけ?
悠那に聞こうにも、俺もうっかり悠那にキスしそうになった後ろめたさがあるから聞けなくて、結局有耶無耶にしてしまった。あの時は、俺を見上げる悠那の目が俺に何か求めてるように見えてしまったんだよね。
それが、そもそも俺の勘違いだったら恥ずかしすぎる話。
「へー。そんなランキングまで調べるんですか。僕にも理解できなさそうですけど」
最初に口を開いたのは律だった。発言からして、律が恋愛方面に全く興味がないことは確定のようだ。
そうだろうとは思ってたけど。
律って冷静で知的なイメージが強いけど、同時に少し冷めているようにも見えるから、恋愛方面で浮かれたり、妄想しているイメージがまるでない。それはもう将来が心配になるくらい。
せっかく華の高校生なんだから、もうちょっと恋愛に興味津々でも良さそうなのに。
「えー? 僕は気になるけどな。理想のキスシーン。是非参考にしたいしやってみたいよ?」
せめて海の半分くらいには。
「どうせあれだろ? 観覧車の中でてっぺんチューとか、デートの別れ際とか。不意打ちキスとか、強引なキスとかなんだろ?」
そして、唯一経験者を感じさせる陽平はポイントもしっかり押さえているらしい。
「さすが陽平。全部入ってるよ。順位までは言わないけど」
「鉄板っつーか定番じゃん。ランキングにするようなものでもなさそうだけど」
「じゃあ、全部経験済みだったりします?」
「ん? まあ……一応」
「司さんは?」
「え? 俺? 俺も二つくらいなら……」
「へー。やっぱり二人は彼女がいたことあるんですね」
「そりゃお前らよりは長く生きてるし。彼女がいたことくらいあるよ」
「そういう海は? 彼女いたことないの? モテそうだけど」
「彼女はちょっと……ないですね」
ん? 今何か強調した? なんで強調した? 彼女はないけど他ならあるの? 他って?
律が口を開いたのをきっかけに、俺、陽平、海の三人で会話が弾む中、最初に口を開いた律は既に興味を失ったのか黙々と箸を進めているし、悠那はさっきから一言も言葉を発さないまま、しかめっ面になって箸を進めている。
今日の悠那はやけにおとなしいな。なんか機嫌も悪そうだし。何かあったのか?
あまりにも静かな悠那が逆に心配になってくる。
「ところでさぁ、悠那はなんでさっきから黙ってんの?」
俺は静かすぎる悠那を心配するけど、陽平は単純に疑問を抱いたらしい。
「え? 別に……。俺も律と一緒であんまり興味ないかなぁ~って」
それまで知らんぷりをしていた悠那も、話を振られると黙っているわけにもいかず、渋々といった感じで口を開いた。
控えめな声で答える悠那の目が頼りなく揺れている。
「意外だな。顔はそんなでも恋愛に興味がなさそうには見えなかったんだけど?」
「興味がないわけじゃないよ。興味はあるけど……」
「けど?」
更に追求してくる陽平に、悠那はどう答えていいかわからない顔になる。
ちょっと悩んだ末に
「したことないからわからないだけ」
物凄く小さな声でぽそっと呟いた。
それを聞いた瞬間、俺は思わず飲みかけていた味噌汁を吹き出してしまった。
「ちょっ……! なんですか⁈ 司さんっ!」
俺の吹いた味噌汁がちょっと掛ったのか、俺の正面に座っている律が慌てて椅子から立ち上がった。
「ごめん……」
俺は口を押えると、テーブルの上のティッシュに手を伸ばして口の周りを拭いた。律も律でティッシュに手を伸ばし、飛び散った味噌汁の後始末を始める。
ちょっと待って。したことないって何? まさか、悠那って初恋もまだなの?
律ならわかる。律がそうなら驚かない。でも、律じゃなくて悠那の方がそうなの? そんなことってある? だってもう高校生だぞ? 高校三年生になったんだよね? 高校三年生で初恋もまだってありえるの?
「えっと……失礼ですけど悠那君。もしかして、初恋もまだということは……」
海も俺と同じ思いなのか、恐る恐る悠那に聞いてみる。
「まだだけど?」
白状して開き直ったのか、やや上からというか、偉そうな態度で答える悠那だった。
いやいや待て待て。なんでそこでドヤ顔とかするの? ドヤ顔するところ間違ってるから。
「あー……そうなんだぁ……」
最早どういう顔をしていいかわからない海と
「別にいいんじゃないの?」
そんな海の態度に批判的な律。
「いや……さすがにちょっと……」
海と同じ気持ちらしい陽平は、まるで不味いことでも聞いてしまったという顔つきだった。
「やっぱあれですかね。なまじやたらと可愛い顔に生まれちゃったら、女の子を可愛いと思えないんじゃないですか?」
「毎日あの顔を鏡で見てたら、そりゃそのへんの女に惹かれないか」
「だとしたら、可愛すぎる顔に生まれてくるのも問題ですね」
「実際、悠那に“彼女”とか言われてもね。どっちがどうなの? ってなるよね」
悠那が全くの恋愛未経験者だと知った俺達が、顔を寄せ合ってその原因を話し合っていると
「そういう反応、ほんとやめて欲しいんだけど」
一人だけ輪に入れない悠那がムッとした顔で俺達を睨み付けてくる。
じゃあどういう反応しろっていうんだ。健全な男子である俺達にはちょっと理解ができないっていうのに。
でも、それでさっきからずっとおとなしかったのか。理解した。
「いや、だって……さすがに驚くっつーか、理解できなくなるだろ? だってさぁ……って、あれ? ちょっと待って? だったらあれはどうなるんだ?」
「あれ? あれって?」
「だから、一人でスる時だよ。どういうこと思い浮かべてヤってんの?」
とても夕飯時にするような話ではなさそうな話題を急に振る陽平に、今度は律が味噌汁を吹き出した。
「わっ! 律~っ!」
「すみません……」
今度は俺が椅子から立ち上がる番だった。
全く。何をやってるんだよ、俺達は。味噌汁だってもったいないじゃん。
「そっ……そんなのっ! 今ここで言うようなことじゃないじゃんっ!」
至極プライベートなことへの追求を、悠那は真っ赤な顔になって拒絶した。
陽平のこういう所はちょっとデリカシーに欠けると思うし、学習能力もないと思う。こういうことを聞くと悠那が怒るのは身をもって知ったんじゃなかったの? 確かに気になるところではあるけれど。
「だってさぁ、普通は色々想定するじゃん。妄想するじゃん。相手の顔とか、表情とか、シチュエーションとか。でも、初恋もまだってことは今まで好みの女の子に会ったことがないってことだろ? じゃあどういう相手を想い浮かべてスるの? って話になるじゃん」
「別にそんなの思い浮かべなくたってできるもんっ!」
「どうやって?」
「そっ……それは……」
陽平にはデリカシーの欠片も無く、学習能力もないわけだけど、悠那も悠那ですぐムキになって墓穴掘るよね。陽平に突っ込まれる材料を与えてるっていうか。
「ほら。言ってみろよ。悠那は何を考えて気持ち良くなっちゃうんだよ」
「~っ……」
これは陽平の悪い癖なのか、S気質ということなのかはわからないけれど、悠那がムキになればなるほど陽平って悠那に絡むよね。ちょっと意地悪な感じで。
で
「陽平の馬鹿っ! 嫌いっ!」
「痛っ!」
結局、怒った悠那に手痛い仕返しをされて終わるんだよね。
テーブルの端に置いてあったテレビのリモコンを陽平に投げつけた悠那は、怒ってそのまま部屋に引っ込んでしまった。
「んだよー。何もあんなに怒らなくても良くない?」
「今のは陽平さんが悪いです」
「同感」
「いくらなんでもデリカシー無さ過ぎです」
「ちぇ~……」
自分は悪くないと主張したい陽平だったけど誰も味方はしなかった。
俺は空席になった隣りの悠那の椅子を見下ろし
「はぁ……」
怒った悠那をどうやって宥めてやればいいのかを考えた。
「だから嫌なのっ! 恋愛の話なんてっ!」
夕飯を済ませ、後片付けを終わらせた俺が部屋に戻ると、先に部屋に戻っていた悠那は布団の中に包まって完全に拗ねていた。
そんな悠那を宥めすかし、なんとか布団の中から引き摺り出すことには成功したけれど、悠那の機嫌が直ったわけではなかった。俺と向かい合って座る悠那の眉毛は吊り上がったままで、腹の虫が収まっていないのは明らかだった。
「司がいけないんだからねっ!」
「えー? なんで俺?」
「司が理想のキスシーンとか言い出すから、こんなことになったんじゃんっ!」
「それはそうかもしれないけどさぁ……」
俺だってこんな展開になるなんて思っていなかった。俺はだた、理想のキスシーンとはなんぞや? ということを聞いてみたかっただけなのに。
「そんなもの聞いてどうしたかったわけ? 誰か堕としたい子でもいるの? 橋本ありすとかっ!」
「そんなんじゃないって」
機嫌の悪い悠那はやたらと喧嘩腰だった。喧嘩腰で俺に絡んでくる。
そりゃ確かに、俺の発言がきっかけになって悠那の機嫌がこんなことになっているわけだから、恨み言の一つや二つは甘んじて受ける気持ちにもなるけど……。
実際、悠那を怒らせたのは陽平だよね? なんで俺がこんなに悠那から責められなきゃいけないの? 理不尽なんだけど。
「ただ、理想のキスシーンってなんの意味があるのかと思って。だって、そんなものしたって振られるもんは振られるし。理想のキスシーンって言っても、結局はその一瞬しか盛り上がらないじゃん」
そもそも、今日の収録でそのランキングを見た時、俺はそこが気になった。このランキングにはなんの意味があるんだ? と思ってしまったのである。
共演者のありすさんが凄く盛り上がっていたから俺もなんとかテンションを合わせてみたけれど、ランキングの上位にランクインしたキスを実践したにも拘らず、僅か二、三ヶ月で振られてしまった俺は、このランキングに対して頗る冷めた感情しか抱けなかった。
理想のキスシーンとか言うけど、そんな重要視なんてされてないじゃん。と。
そりゃ確かに“こういうのにときめく”とか“こういうキスが理想的”っていうのはあってもいいと思う。俺だって彼女ができた時はそういうこと考えてたし。
でも、実際そんなキスをしたところで盛り上がるのはその後数日くらいのことで、俺としては重要性を感じられなかった。
俺としては、もっとスムーズにことが運ぶ流れを作ってくれるものだと思ってたのに。
理想のキスをしたからって童貞を卒業できるわけでもなかった。
「それは司のキスが下手だからじゃないの?」
「は?」
昔を思い出してほろ苦い気持ちになっていた俺に対し、悠那は辛辣な一言を浴びせてきた。
今なんつった?
「司のキスが下手だから、女の子ががっかりして振られたんじゃないの?」
「はあ⁈ そんなことないしっ! ってか、初恋もまだの奴にキスが下手とか言われたくないんですけどっ⁈」
「別にいいじゃん。事実かもしれないんだから。俺はただ、そういう可能性もあるんじゃないの? ってことを言っただけだもん」
「こいつ……」
なんて生意気で可愛げがないんだ。顔は可愛いのに。
大体、人が下手に出てみれば悠那はいつも人を舐め腐った態度を取るのもどうかと思う。可愛いからって何しても許されると思うなよ?
「そんなに言うなら証明しようか? 俺が下手か下手じゃないか」
「やれるもんならやってみれば?」
言うが早いか、俺は悠那の身体を押し倒し、悠那の身体を組み敷いた。
こうなると強気モードになるらしい悠那も、挑むような目で俺を見上げてくる。が、俺に捕まれた手首が小さく震えていた。
「……やっぱやらない」
小さく震える悠那の身体にハッと我に返った俺は、悠那の上から静かに身を引いた。
カッとなるあまりとんでもないことをするところだった。いくら悠那が可愛い顔をしてるからって、さすがに男とキスなんてしないだろ。どうしてもやれって言うならできなくもないけど、悠那はしたことないわけだし。悠那のファーストキスがこんな形で俺になったら可哀想だ。
それに、自信があるわけでもないんだよな。キスが上手いっていう自信。もしかしたら、悠那の言う通り、俺のキスがイマイチだからその先に進めなかったのかもしれないし。
それが事実だとしたら物凄く凹むし、立ち直れそうにないけど。
悠那も我に返ったと同時に怒りが収まったのか
「ごめん……」
しゅんとなって謝ってきた。
「別にいいよ。怒ってないから」
俺は快く許してやると
「俺の方こそごめん。思いっきり押し倒したよね? 痛くなかった?」
俺に押し倒された悠那の身体を起こしてやった。
「ちょっと背中が痛かった」
「悪かった」
ちょっとだけ不満そうに唇を尖らせる悠那に、俺もついつい苦笑いになってしまう。
「機嫌直った? もう怒ってない?」
「うん。でも、陽平はやっぱりムカつく」
俺と一悶着起こしたことで、悠那の機嫌もようやく直ってくれたらしい。
もうちょっと穏やかに機嫌を直して欲しかったものだけど。
「あんな風に言わなくてもいいじゃん。俺だってなんで好きな子ができないのかって気にしてるのに」
「気にするなって。悠那には悠那のペースっていうか、タイミングがあるんだよ。そのうち悠那にも好きな子ができるって」
「だといいんだけど……」
一番最初にあからさまに驚いた俺が偉そうに言えることでもない。
でも、考えてみれば別に変なことでもないよね。こういうのは人それぞれだし。もしかしたら、悠那にはこれまで出会えなかったぶん、物凄く運命的な出会いが待っているのかもしれないし。
「それでさ……」
「うん」
悠那の機嫌も直ったし、何か楽しくなる話でもしてやろうと思った俺だけど
「結局どうしてるの? 一人でスる時」
やっぱり気になるから聞いてしまった。これじゃ陽平と変わらないし陽平の二の舞だ。
「っ!」
俺からの質問を聞いた途端、悠那はキッと俺を睨み付けてきたけど、俺に「キスが下手」と言ったことに若干の罪悪感があったのか
「どうもしないよ。だって、触ってると普通に気持ち良くなるじゃん」
と答えてくれた。
ふーん……普通に……ねぇ。
「触ってるだけで?」
「うん」
「特にエッチなことは考えてないの?」
「そうだけど?」
「……………………」
それはつまり、自分の手だけで気持ち良くなってるってことなのか。自分の手にされてるから気持ちいいと……そういうことなんだよね?
それってなんとも受け身的というか、攻められて感じているということになるのでは?
「っ⁈」
「どうしたの?」
「え? あ、うん。ちょっと……トイレ……」
「?」
俺は急に立ち上がると、不思議そうに首を傾げる悠那を部屋に残し、そそくさと部屋を出て行った。
「マジか……勘弁して……」
トイレのドアを閉めた俺は、ズボンの上からでもわかる明らかな膨らみに、ガックリと肩を落としてしまう。
なんでこうなる。相手は悠那だぞ? 男だぞ? 顔は可愛いけど生意気で俺の手を焼かせる天才だぞ?
「はぁ……」
あまりの情けなさにもう泣きたい。俺、そんなに見境ない性欲の持ち主じゃなかったと思うんだけど。
「あの顔がいけないのか?」
一瞬想像してしまった悠那の感じている顔に、自分の手でそういう顔をさせてみたいと思ってしまった俺は、悠那の兄ちゃんをとやかく言えない。相当ヤバい思考の持ち主なのかもしれない。俺、このまま悠那と同じ部屋で生活してて大丈夫なんだろうか。
俺はこの時になって初めて
『あんた……こんな可愛い子と一緒の部屋で大丈夫なの?』
という、姉ちゃんの言葉の意味を理解した。
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