僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Season 1

第7話 君の怖いもの

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 4月になり、僕達は進級した。
 学校と仕事の両立は大変だし疲れるけど、この頃は少し慣れてきて、前ほど学校に行くのが苦じゃなくなったのは、僕もちょっとは成長した証だろう。
 先日放送された僕達のバラエティー番組は初回からまずまずの視聴率をキープ。反響もかなりあったことは嬉しかったけど……。
「やっぱり、悠那君と律が全く怖がる素振りを見せなかったことが、視聴者には意外だったみたいだね」
 高所恐怖症の僕が死を覚悟する思いで飛んだバンジージャンプ。あの時のことを思い出すと今でも身体が震えてきそう。改めて思うけど、よく飛んだなって自分でも思う。
 正直、途中から記憶というか意識が曖昧になっていたようにも思うけど。
「怖いと思っていないのにどうやって怖がれと? 僕が絶叫系を怖がらないのは知ってるでしょ?」
「うん」
 一体何が意外なんだろう。って顔に書いてある。
 うーん……イメージ?
「うちは可愛い担当の方が男前な性格なのかな?」
「可愛い担当?」
「悠那君と律はうちのグループで言ったら可愛い担当でしょ?」
「海達は?」
「格好いい担当」
「……………………」
 別にふざけてるつもりはなかったのに。物凄く冷めた目で一瞥された。どうやら可愛い担当はお気に召さないらしい。
「何が格好いい担当だよ。司さんなんて、バンジージャンプ飛ぶ前に怖がってる姿が可愛すぎるって大反響だったじゃん。陽平さんも。海はまあ……あんなに怖がってたのに、誰よりも躊躇わずに飛んだから格好いいって言われてるけど……。でも、怖がってる時の姿はやっぱり可愛いって言われたでしょ? みんな可愛い担当要素は持ってるじゃない」
「そうだね。律が格好いいって意見も多かったもんね」
「うちで何しても可愛いとしか言われないのは悠那さんくらいだよ」
「ほんとにね」
 可愛い担当は悠那君一人で充分。とでも言いたげな律に、僕はあっさり同意しておいた。
 律の可愛さは僕だけが知っていればそれでいい。
 人一倍大きな瞳を持つ律だけど、悠那君とは違って女の子みたいな顔をしているわけではない。だから、律は“可愛い”と言われることも多いけど、“格好いい”と言われることも多かった。
 キャラクター的にも、元気いっぱいな悠那君はどうしても可愛いイメージが強い反面、物静かで知的な律はクールで格好いいイメージが強いし。
「海ー。お風呂開いたよ?」
 噂をすれば何とやら。ノックも無しに部屋のドアが開いたかと思うと、悠那君がひょっこり顔を出してきた。
 さすが可愛い担当。着ているパジャマも可愛かった。
 もこもこした生地のパジャマはフード付き。フードにはうさぎの耳まで付いている。おまけに色は真っ白。ズボンの丈も膝上で、おそらく男物ではないと思われる。
 確か、くまの耳が付いてるバージョンも持ってたよね? これ、悠那君が自分で買ってるんだろうか。こんなパジャマでうろうろされたら、どう見たって女の子にしか見えないと思うんだけど。
 司さんはこんな格好をした悠那君と同じ部屋にいてなんとも思わないのかな。もし、律がこんなパジャマを着てうろうろしていたら、僕は絶対無理。絶対襲う。
「はーい」
 首を傾げたくなるような悠那君のパジャマ姿に疑問を抱きながら立ち上がると、ベッドの上に用意しておいた着替え一式を手に取った。
 そんな僕を律の目が追ってくる。
「一緒に入る?」
 ちょっとした冗談のつもりで聞いたけど
「入らない」
 律からのつれない返事が反射的に返ってきた。
 でも、僕が部屋から出て行くのがちょっと落ち着かない様子ではあるから
「リビングでテレビでも見てたら?」
 と提案すると
「そうする」
 律はこくんと頷いた。
 いつもはこんなやり取りなんてしないけど、今日はちょっと事情が違う。
 律と一緒に部屋を出ると、リビングには陽平さん、司さん、悠那君の三人がテレビの前に座っていた。
 そうか。今日は司さんが出るランキング番組の初放送日だ。番組名はなんだったっけ? ちょっと忘れちゃったけど。
 テレビの前の三人は全員お風呂上がりのパジャマ姿だった。
「ランキング番組ってどんなの?」
「俺も始まったばかりだからよくわかってないんだけど。若者の間で流行ってるものとか、売れてるものとか、気になるもののランキングを紹介する番組みたい」
「司の役目は?」
「ランクインしたものの紹介かな? 何に使うものなのかとか、どう使うものなのかとか。実際に使ってみて感想言うとか」
「ふーん……。あ、始まった。って……え? これ、Dolphinドルフィンの橋本ありすじゃんっ! 司、女の子と一緒に番組やってるの⁈」
「あれ? 言わなかったっけ?」
「聞いてないよっ!」
 番組が始まったと同時に画面に映った司さんと、女性人気アイドルグループDolphinの橋本ありすちゃんとのツーショットにいきなり騒ぎ出す悠那君。
 司さんとありすちゃんが共演するのはみんな知ってると思ってたんだけど。悠那君って時々人の話を聞いてない時があるんだよね。
「多分お前以外全員知ってるぞ? お前、また人の話を適当に聞いてたんだろ」
 案の定、陽平さんから突っ込まれている。
「そんなことない……と思うけど……」
 否定しつつ、自信なさ気な悠那君だった。
「Dolphinのありすってグループ一の番人気だよな。やっぱ可愛いの?」
 人の話を聞いていなかった悠那君をよそに、ややからかうように司さんの顔を覗き込む陽平さん。そんな陽平さんに
「うーん……可愛い……のかなぁ? よくわかんない」
 なんとも気のない返事を返す司さん。先輩売れっ子アイドルを捕まえて、可愛いかどうかわからないとは失礼にもほどがある話。司さんってどういう子がタイプなんだろう。彼女いたこととかあるのかな?
 共同生活を始めて以来、考えてみたらそういう話をメンバー同士でしたことがない。今度してみようかな。
 あ、でも、そんなことしたら自分の話もしなきゃいけなくなるよね。そうなったら僕と律のことがバレちゃうかもしれない。それは不味いかな。
 正直、僕は別にバレてもいいと思っているけど、律はバレたくないと思っているから。
 ちょこんとソファーの端に腰を下ろし、みんなの中に混ざった律を確認すると、僕はお風呂場に向かうことにした。
 本当は僕も司さんの番組をみんなと一緒に見たいけど、ここで僕がお風呂に行かなかったら、僕の後にお風呂に入る律が遅くなってしまう。番組は録画されてるみたいだし後で見ることにしよう。
「あー? これが可愛いかどうかわからないってどうよ。司、どんな子がタイプなわけ?」
「タイプ? タイプねぇ……」
「可愛い系? 美人系?」
「それなら可愛い系かな」
「可愛いじゃん。ありす」
「そうなんだけど……なんかちょっと違う」
「お前の好みはどんだけレベル高いの?」
 テレビの中で愛らしい笑顔を振り撒くありすちゃんは確かに可愛いと思うのに、司さんは全く関心が無いみたいだった。
 僕も無いけどね。
 可愛いとは思うけど律に比べれば全然。全然普通に見える。可愛いにも好みってものがあるんだよね。
 司さんとありすちゃんのツーショットに興味津々な陽平さんの隣りで、我関せず顔で画面を凝視している律。そして、司さんの隣りで何やら面白くなさそうな顔の悠那君。
 僕は司さんとありすちゃんより、司さんと悠那君の方が気になる。この二人、妙にいい感じの時があるんだよね。今後がちょっと楽しみ。





 僕がお風呂から出てきた時、ちょうど番組が終わったらしい。
「なかなか面白かった。勉強にもなるし毎週見よう」
「今ってあんなものが流行ってるんですね。知らなかった」
「律は現役高校生だろ? 高校生の流行りには詳しいんじゃないの?」
「流行りものに興味がなくて。勉強しなくちゃダメですね」
「そうだぞ。この業界、流行りものに敏感であることも必要だからさ」
「肝に銘じます」
 もう11時前だ。テレビも見終わったし、みんなそろそろ部屋に戻って寝る準備をする頃だ。
「じゃあ俺、部屋戻るわ。戻って寝る」
「おやすみなさい」
「俺達も戻る?」
「うん。今日はなんか眠い」
「最近そればっかじゃん。夜更かししないのはいいことだけど」
「夜更かしする元気がない。夜更かしはしたいのに」
「しなくていいって」
 陽平さんが部屋に戻り、司さんと悠那君が部屋に戻り……。
「律。お待たせ」
 残った律に声を掛けると、律はちょっとだけ周りを気にしてから
「海。お願いがあるんだけど……」
 とても言い出しにくそうに切り出した。
「うん。わかってるよ」
 僕はにっこり微笑むと、僕を上目遣いで見上げてくる律の頭をぽんぽんと撫でた。
 絶叫系は平気だし、あまり驚くことがない律にも一つだけどうしようもなく怖いものがある。今日は少し前からそれが頻繁に起こり、律はさっきから落ち着かないのだ。落ち着かなくて、チラチラと僕に視線を投げてくる。可愛い。
 律の怖いもの。それは、窓の外で不規則な間隔で鳴り続けている雷だった。





「え? 司さんと悠那さん?」
「うん」
「あんまり気にしたことない。確かに、悠那さんは司さんに懐いてるし、司さんも悠那さんを可愛がってるみたいだけど。それって単純に悠那さんが可愛いからでしょ? あの二人に恋愛的要素というか、恋愛感情みたいなものは感じたことないけど」
「今のところはそうなんだけどね。そのうちそういうことにもなりそうな予感がしなくもないんだよね」
「そうかなぁ……。海の考え過ぎじゃないの?」
「そんなことないよ。さっきだって司さんがありすちゃんと共演してるのが面白くなさそうな顔したじゃん。あれって絶対ヤキモチだと思うんだけど」
「ヤキモチねぇ……」
 律がお風呂に入っている間、僕は浴室のドアの前に座って律の話し相手になってあげていた。雷が怖い律は一人でお風呂に入るのも怖いのだ。
 だから「一緒に入る?」って聞いたのに。
 あれは冗談のつもりで言ったものではあるけれど、あわよくば……という思いもあった。どうせこうなると思っていたから、一人でお風呂に入るのが怖いなら、僕と一緒に入ってしまえば良かったのに。
 いくら恋人同士になったからと言っても、頗るガードの高い律が僕と一緒にお風呂に入ってくれるとは思えないけど。
 律と恋人同士になったのはオーディションに受かった少し後。メンバーとの共同生活が始まる前日だった。
 その前から、お互いがお互いにとって特別な存在だということには気付いていたけれど、その想いを口にする機会はなかった。当たり前過ぎて今更って感じがしなくもなかったし、もう少し今のままでもいいと思っていたからなのかもしれない。
 でも、オーディションに合格して、これからはアイドルとしての生活が始まると思うと、万が一にも律が心変わりしてしまったら……と不安になり、自分の気持ちを伝えることにした僕だった。芸能界には危険がいっぱいって言うし。
 幸い、それを言うタイミングは律が与えてくれた。僕からの告白に律は特に驚かなかったし、自分も僕と同じ気持ちであることをあっさり認めたから、少し拍子抜けした感はあった。
 ぶっちゃけると、友達から恋人同士になった感動があまりなかった。
 でも、恋人同士になった以上、今までできなかったあれやこれができるようになる、と思っていた僕。
 現実はそんなに甘くなかったんだよね。
 恋人同士になってから半年以上経つっていうのに、律ってば未だにキスしかさせてくれない。それも、しょっちゅうというわけではなく、ほんと時々。これって付き合ってるって言えるんだろうか。せっかく部屋も同じでもっと色々できると思ってたのに。律のガードは鉄壁で、なかなか僕を受け入れてくれようとはしなかった。
 まあいいさ。僕は何も律の身体が目当てってわけじゃないし。昔に比べれば律も素直に僕に甘えてくるようになったあたり、ちょっとは進歩してるって思えるし。
 そりゃ僕も男だから、好きな子と肉体的な繋がりが欲しいという願望はある。あるけど、それで律を傷つけるようなことはしたくない。
 僕と触れ合うことにもまだ慣れていない律だから、僕は律の心の準備ができるまで待つつもりだ。
 もしかしたら、男同士ということもあって、律がそっちの関係を求めていないという可能性もあるけど……。そうなると、僕もちょっと考えなくちゃいけないというか、作戦を練る必要が出てくるかな。
「ただ単に、お気に入りの司さんが自分以外の人と親しくなるのが気に入らないだけなんじゃないの? ほら、悠那さんって我儘だから」
 それにしても、この状況もなかなか辛いものがあるよね。だって、ドア一枚隔てた向こうには一糸纏わぬ律がいるってことだもん。そんなの、どうしたってムラムラしちゃうよね。
「それをヤキモチって言うんでしょ? 悠那君には自覚が無いんだろうけど」
「悠那さんにしても司さんにしても、そういうことには疎そう……っていうか、鈍そうだよね」
「だから、今後の展開が気になるんじゃん」
「どれはどうかな。普通に考えたら僕達みたいな関係になる方が稀だと思うけど」
 水面が乱れる音がして、律がお風呂から上がる気配を感じた。
「海。出る」
「はいはい」
 僕は浴室のドアの前から腰を上げると一度お風呂場から外に出た。
 着脱中は入れてもらえないのである。ほんと手厳しい。
 今度は廊下で待っていると、5分後くらいにパジャマに着替えて髪の毛もちゃんと乾かした律が出てきた。
「ありがとう。海」
「どういたしまして」
 お風呂上がりの律はなんだかつやつやしてるし幼く見えて可愛い。
 お風呂場の電気を消し、律と一緒に部屋に戻る道で点いている電気を一つずつ消して歩いた。
 部屋の中が真っ暗になると、降りしきる雨の音が強くなったように感じるし、雷の音も近くに感じる。
「……………………」
 律の手が無言で僕の手を握ってくる。そんな律を僕は堪らなく愛しいと思ってしまう。
 部屋に戻ると、律が布団の中に潜り込んだのを確認してから
「電気消す? それとも付けたままにする?」
 律の希望を伺った。
 律は布団の中から顔だけ出して、困ったように僕を見詰めてくる。
「電気点いてたら寝れない。でも、電気消したら怖い」
 それは予想していた通りの答えで、そんな予想通りの返事を返す律に僕は口元が緩まずにはいられなかった。
 僕の恋人は本当に可愛い。
「だから…………今日は一緒に寝てもいいよ」
 っと。これはちょっと予想外。まさか律からそう言ってくるなんて。
 自分から言おうと思っていたことを、律の方から言ってきたことに僕のテンションは爆上がりだ。
「じゃあそうしてあげる」
 本当なら、勢い任せに律に飛びついてしまいたい衝動を抑えつつ、僕は優しく微笑んで見せると電気のスイッチを切った。そして、真っ暗な部屋の中、律のいるベッドに向かった。
 僕のためにベッドの半分を開けてくれた律の隣りに身体を滑り込ませると、律の方を向いて身体を横にした。
「ぎゅってしていい?」
 僕と同じベッドを使うことに緊張している律に聞けば
「変なことしてこないならいい」
 という返事。
 この場合でいう“変なこと”には、多分キスも含まれるだろう。つくづくガードの固い恋人である。
 でも、抱き締めていい許可は貰ったから、そこは遠慮なく抱き締めさせてもらう。
 僕の腕が律の身体を包み込むと、律は少しだけ身体を捩ったりもしたけれど、僕のパジャマの裾を握ってくることで落ち着いた。
 窓の外で鳴り続けている雷が怖い癖に。僕に抱き付いてくるでもなく、控えめにパジャマの裾を握るだけだなんて。
 これが律の精一杯だと思うと控えめ過ぎるというか、初々し過ぎる律に悶絶したくなる。
 ほんとにもう……可愛過ぎませんか? 僕の恋人。
「おやすみ。海」
「うん。おやすみ。律」
 そっと目を閉じる律の瞼にチュッとキスを落とす僕を、律は責めてこなかった。
 雷万歳。


                    
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