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Season 1
第4話 お前のせいだ
しおりを挟むデビュー直後の撮影ラッシュを終え、ちょこちょこオフをもらえるようになった。
だからと言って、せっかくの休みをのんびりダラダラと過ごすつもりのない俺は、いつもと同じ時間に目を覚まし、朝のランニングをし、学校に向かう高校生達を見送り、静かになった家の掃除をしたりなんかする。
一応、家事は当番制にしているけど、学校がある高校生のため、掃除や洗濯はなるべく俺と司が受け持つことにしている。
その司も今日は疲れているのか、ルームメイトの悠那を起こした後、再び布団の中に潜り込んでしまった。
デビューしてからは本当に忙しかったから仕方ない。
掃除が終わると最後は窓を開けて空気の入れ替え。
今日はいい天気だ。
冬の気配は過ぎ去りつつあり春はもうすぐそこだ。アイドルになる! という子供の頃からの夢を叶えることができた俺は、更なる目標に向かって気合い充分だった。
「つかぬことをお伺いしますが……」
昼過ぎになってようやく起きてきた司。俺は自分の昼飯を作るついでに司の昼飯も一緒に作ってやった。
昼飯は基本的に各自で用意することになっている。
俺の作ったオムライスを綺麗に平らげた司は、食後の紅茶まで出してやる俺に至極改まった態度で尋ねてきた。
結成当時こそ俺に対しては敬語を遣っていた司も、同じ時間を共有するうちに段々と敬語が抜けてきた傾向にある。
それは悠那にも言えることで、むしろ司より悠那の方が俺に対して馴れ馴れしい喋り方をする。
ま、別にいいんだけど。
「陽平はあっちの処理ってどうしてる?」
「ぶっ……」
口に含んだばかりの紅茶を思わず吹きそうになった。いや、実際ちょっと吹いた。
は? いきなり何を言い出すの?
「は? え? いきなりどうした?」
動揺を隠せず思いきり狼狽えてしまう俺だけど、司は至って真剣な顔である。
どうやらこれは真面目な話らしい。
「えっとぉ……そりゃまあ適当に? それなりにヤってるけど?」
ちゃんと答えてやろうと思うものの、具体的なことは言いたくなくて暈してしまう。
そのへんは大目に見て欲しい。
「どれくらいのペース?」
「~……」
どうやら根掘り葉掘り聞きたいらしい。参った。
「週に三回くらい……か? 疲れてる時はちょっと減るけど」
「意外と多い」
「そうか? 普通だと思うけど?」
「どこでするの?」
「部屋だろ。幸い俺は一人部屋だし」
「そっかぁ……」
うーん……、と腕を組む司。こいつは一体何に悩んでいるんだ。
確かに、一人部屋の俺と違って他のメンバーは相部屋だからな。そういうことをしようにも、相手に気を遣ってなかなかできないのかもしれない。
でも司の場合、高校生組と違って学校に行っていないわけだから、高校生がいない間にそういうこともできると思うけど。
「なんでそんなこと聞いてきた?」
聞きたいことは聞き終わったのか、悩まし気な顔で黙ってしまう司に聞けば
「いや……俺は元々そういう欲が少なめって言うか、あんまり抜きたいってならないんだけど、やっぱりそういうのってちゃんとシた方がいいのかと思って」
と答える。
そんなもん完全に個人の自由だろ。やりたきゃやりゃいいし、やりたくないならやらなくてもいい。結局は気分の問題だろ。溜まってくれば普通に出したくなるもんだし。
「でも、俺もたまには処理してるんだよ。なんだけどさぁ……」
「ん?」
「悠那が全然そういうのシてる気配がないんだけど」
「……………………は?」
え? 自分の話じゃなくて悠那の話? 悠那がシてるかシてないかで悩んでんの? こいつ。
「そりゃ悠那は全然男らしくないし、最早付いてるか付いてないかさえ怪しいんだけどさ。全くそういうのを感じさせないってどうなの? 男同士で同じ部屋を使ってるわけだから、一回くらいはそういう話が出てもおかしくないし、むしろそういう話が出るのが普通だと思うんだよね」
「……………………」
ちょっと待て、ちょっと待て。どこに話が向かってんの? え? 俺、なんの話聞かされてる?
あと、付いてるか付いてないかさえ怪しいって。男なんだから付いてるに決まってるだろ。馬鹿なの? いくら悠那が女みたいに可愛い顔してるからって、そこを疑われたらさすがにキレると思うけど?
「悠那に全く男らしさが無くて困るんだよね。なんであんなに女子なの?」
「お前は一体何に頭悩ませてんの? ってか、女子じゃねーから」
背は高くて顔も格好いいのに。こいつには結構抜けているところがある。
ハッキリ言えばちょっと馬鹿。
そこが可愛さとなり、格好いいと可愛いの黄金比率と言われるのかもしれないけど、こんな馬鹿げた悩みを聞かされる俺の方はただただ呆れるしかない。
「悠那だって男なんだからシてるだろ。風呂とかトイレとかで」
「えー。想像できない」
「知るかっ! 気になるなら本人に直接聞けよっ!」
「それは無理。悠那にそんな話できない」
「お前は悠那をなんだと思ってんの? あんなナリでも一応は男だぞ? 間違っても女子じゃないからな?」
「もったいないよね」
「何が?」
こいつ大丈夫?
メンバーとの共同生活も半年が過ぎ、それなりに上手くいっていると思っていたが……。俺の知らないところで変なことになってたりする?
そう言えば、最近司はやたらと悠那を可愛がっている気がする。
まさかとは思うけど……好きなのか? 司は悠那のことが好きなのか?
でもなぁ……そういう感じにもちょっと見えないんだよな。ただ可愛いから構ってるって感じで。
実際、悠那は男目に見ても可愛い顔をしているのは事実だから、甘くなってしまうのは否めない。俺もわりと甘やかしてしまいがちだ。
でも、騒がしいし我儘だからムカつくこともあるんだけどな。
「気になるなら俺が聞いてやろうか?」
「え⁈ 陽平勇者⁈」
「俺からすれば最年少組に聞く方が無理だわ。あいつら如何にも純粋そうだし。そういう話を振っちゃいけない気がする」
「海なら聞けると思う。律は確かに無理」
悠那は確かに可愛いけど、純粋そうかと言われればそうは思わない。むしろ、なまじ顔が可愛いぶんビッチ臭すら感じることもある。
なんかエロいこと好きそうって言うか、好きであって欲しいって感じ?
それに比べて、律と海の二人は本当に可愛い高校生男子って感じで、あの二人からは生々しい性の気配というものを一切感じない。
これは所詮俺のイメージでしかないから、実際のところはどうか知らないけど。
「でもま、あいつらも男なんだから適当にシてるだろ。それが普通なんだし」
「あー……考えたくない」
「お前はどの立場からものを言ってるわけ?」
可愛い三人の高校生に対してついつい過保護になってしまうのは年上の性なんだろうけど。
「んなことより、お前の部屋に掃除機掛けとけよ? お前が寝てたからお前らの部屋だけ掃除機掛けてないんだから」
「はーい」
食べ終わった食器を片付けながら言う俺に向かって、司は気の抜けた返事を返した。
「悠那」
夕方になり高校生組が帰って来るとレッスン場に行き、二時間ほどダンスレッスンをした。
それが終わって家に帰って来た俺は、冷蔵庫から飲み物を取り出し、自分の部屋に戻ろうとする悠那を呼び止めた。
「何?」
着ているパーカーが大きいらしく、いわゆる萌え袖というやつになっている悠那が振り向く姿は普通に可愛い。可愛いと思ってしまう。
「ちょっと」
「?」
不思議そうな悠那を手招きし、自分の部屋に連れ込んだ俺は
「悠那ってオナニーしてんの?」
単刀直入に聞いてみた。
「ふわぁっ⁈」
驚きのあまりなのか変な声を上げる悠那。どっから声出してんだ。
「何⁈ いきなり何⁈」
「だって、司が気になるみたいだから」
「はあ⁈ 信じられないっ! 二人でなんの話してるの⁈」
ここで司の名前を出したのは不味かったかもしれないが、実際気にしているのは俺じゃなくて司だし。馬鹿げた悩みを聞かされた俺からの仕返しだ。後で悠那に怒られろ。
「で? どうなの?」
「~……」
にやにやした顔で問い詰めると、悠那は悔しそうに唇を噛みしめ
「…………シてない」
と答えた。
その顔は絶対嘘だとわかった。
「ん~? ほんとにシてないのか? 悠那だってちゃんと付いてるだろ? それとも、悠那には付いてないのかな~?」
あえて意地悪な聞き方をすれば
「だって! シてるって言ったらまた二人でそういう話するんでしょっ!」
とか言ってくる。
速攻で前言撤回するじゃん。シてるって認めるじゃん。可愛いな。
「しないしない。報告はするだろうけど。悠那もちゃんとヤってるらしいぞって」
「最悪……」
「別にいいじゃん。それって普通なんだから」
「普通でも俺がいないところで二人がそういう話するのは嫌っ!」
「じゃあ一緒にいればいいのか?」
「そういう問題じゃ……でもまぁ、いないところでされるよりはマシ」
「ふーん……」
心底不快に思っていそうな悠那の顔を見て、俺はあることを思いついた。
「ちょっと待ってろ」
言いながら部屋を出ると真っ直ぐ司の部屋に向かい
「司~。ちょっとおいで」
司を連れて部屋に戻ってきた。
「何? あれ? 悠那? 痛いっ!」
訳もわからず俺の部屋に連れてこられた司は、部屋に入るなりいきなり悠那に腹を殴られていた。ざまーみろ。
「何⁈ なんで殴るの⁈」
「司が悪いんじゃんっ!」
「えー?」
痛いと言いつつも実際はそんなに痛くなかったらしい。司は案外ケロッとしていた。
もう少し強く殴ってやればいいのに。
「あ……もしかして陽平、もう聞いたの?」
「うん」
「マジ勇者」
腹を立てている悠那とは裏腹に、俺に尊敬の眼差しを向けてくる司の馬鹿さ加減。
こいつ、絶対反省とかしてないし、悠那が怒ってるとも思ってないだろ。
「心配しなくても、悠那もちゃんとシてるってさ」
「嘘。わ~……なんかショック」
「だから……どうしてそこでショックとか受けるんだよ」
「ってか、いつシてるの? 全然気付かないんだけど」
「なんで気付かれるようにシなきゃいけないの。そんなバレバレにしないよ。司がいないところでスるに決まってるでしょ」
急な展開ではあるけれど、ちょっとは男同士らしい会話が始まり俺は内心ホッとした。
悠那にも男子の一面があるとわかれば、司も馬鹿なことで悩まなくなるだろう。
「俺がいないところ……お風呂とか?」
「まあ……とか……」
「だから悠那のお風呂が長いんだ」
「それは関係ないからっ! 俺は元々お風呂が長いのっ! お風呂の中でゆっくりしたいのっ!」
「週に何回ヤってるの?」
「そこまで言いたくないよっ! お風呂に入るたびにヤってるとか思われたくないしっ!」
俺の時同様、色々と知りたがる司だった。
こいつは変なところで好奇心旺盛だな。
「そういう司はどうなんだよっ! 俺に聞いたんなら司も答えてっ!」
「そりゃシてるよ」
「どこで?」
「部屋が多い」
「え……」
司と同室の悠那は司が自分と同じ部屋でそんな行為を行っているとは思っていなかったらしい。あからさまに衝撃を受けている。
「え……部屋でヤってるの? いつ?」
「んー……悠那がいない時とか悠那が寝てる時とか。悠那って寝たらなかなか起きないし」
「俺が同じ部屋にいる時もシてるの⁈」
「うん」
「信じられない……俺だったら絶対無理……」
「お風呂でスるのってなんか嫌なんだよね。間抜けっぽくて」
「間抜けで悪かったなっ! 他にスるとこなんてないんだから仕方ないじゃんっ!」
「部屋でスればいいじゃん」
「司と一緒にしないでっ!」
「俺は気にしないのに」
「俺が気にするよっ!」
んん~? 違う。なんかちょっと違う。普通、男同士でこういう話をする時ってもっと楽しい感じに盛り上がるもんじゃないの? 誰をオカズにしたとか、何回ヤったとか。なんでこの二人はこんな痴話喧嘩みたいになんの?
「でもなぁ……悠那の口からそんな話を聞いても、いまいち信じられない。悠那ってほんとに付いてるの?」
「はあ⁈ 付いてるよっ! ってか、人の股間見ながら言ってこないでっ!」
司と悠那を部屋に連れてきたのは俺自身だけど…………もう帰れ。
「陽平っ! 司って頭おかしいっ! なんとかしてっ!」
「なんとかできるものなら俺もなんとかしたいよ」
次第に頭が痛くなってきた俺は、司の視線から逃げるようにして俺にしがみ付く悠那にも少し腹が立った。
大体、こいつももうちょっと男らしさとか見せろよ。なんでさっきから恥ずかしがってばっかなの? 性欲処理なんて男として当然の習慣なんだからもっと堂々としてりゃいいのに。
「司……」
俺にしがみ付く悠那の華奢な肩を掴み司の正面に悠那を立たせると、俺は躊躇いなく悠那の股間に手を伸ばした。
「見てみろ。悠那は間違いなく男だし、ちゃんと付いてるから」
司に向かってきっぱり言い放つ俺の手には、女には絶対に無い物体の感触がちゃんとあった。
そして次の瞬間、俺は手加減無しの平手打ちを左の頬に受けていた。
「え~っ⁈ ちょっとどうしたの⁈ 陽平君っ! 左のほっぺた真っ赤じゃないっ!」
「ちょっと……」
「ん? 手形? よく見ると手形付いてる? 誰かにぶたれた?」
「…………悠那」
「なんで⁈ 喧嘩した⁈」
「喧嘩したっていうか……俺が悪ノリしたっていうか……」
「もーっ! 今日は今度出ることになったドラマの初顔合わせって言ったじゃないっ! なんでそんな日にそんな顔になってるのよっ!」
「ごめんなさい……」
翌日。昼前に俺を迎えにきたマネージャーは、赤く腫れた俺の左頬を見るなり大騒ぎだった。
手加減無しに引っ叩かれた悠那の平手打ちは痛かったし、当然腫れた。一応、ちゃんとタオルで冷やして寝たけど、それでもうっすら手形は残っているし、腫れも全然引かなかった。
「メイクで隠せるかしら? でも、腫れまでは隠せないよね……。あ、湿布! とりあえず湿布貼っとこ! 匂いの無いやつ! 行きに薬局で買ってあげるからっ!」
「すみません……」
「あと、転んでぶつけたってことにするのよっ! 悠那君にぶたれたとか言わないでねっ!」
「はい……」
デビューして間もなく、俺に単独の仕事が入った。連続ドラマの出演で、メインの役ではないけれどレギュラー出演ではある。で、今日はその初顔合わせだった。
忘れていたわけじゃないけど、俺だってこんなことになるとは思っていなかったんだから仕方ない。
デビューしていきなり仕事が入ってくるものなのかと驚いたけど、そこは事務所が事前に色々動いていたみたいだ。俺達のビジュアル公開はメディア的にはされていなくても、業界内にはされていたらしいし。
各方面への売り込みの際、たまたまドラマに使う役探しをしていた監督の目に俺が止まり、出演が決まったそうだ。
他にも、4月からはFive Sのバラエティー番組が始まるし、司は新しく始まるランキング番組のMCに抜擢されている。ラジオ番組も始まるみたいだから忙しくなりそうだった。
「全くもう。悠那君も後で叱っておかなきゃ。顔はダメよって」
顔じゃなきゃいいのかよ。と言いたい。
でも、昨日の件は俺が悪かったと思うから、それで怒られる悠那を思うと可哀想な気もする。
どうせ悠那のことだから、マネージャーに怒られたところで素直に反省しないだろうが。
俺の顔を見るなり喋りっぱなしのマネージャーと、そんなマネージャーに肩を竦めるしかない俺の姿を、部屋の隅から司がジッと見詰めていた。
ったく……全部お前のせいだっつーのっ!
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