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プロローグ編
橘海のプロローグ
しおりを挟む可愛いもの、綺麗なものが大好きだ。
ずっと見ていても飽きない。いつまでも永遠に見ていたいと思う。
触れることができるものなら触れたいし、愛でることができるならこれでもかってくらいに愛でたい。
そして、結城律という存在は僕の中で一番の宝物だった。
デビューが前提から始まった僕達だから、レッスンを受けている間にも仕事と呼ばれるものはあった。
レッスン風景の撮影はもちろん、共同生活の様子を撮影されたこともある。デビュー前の宣伝に使う写真撮影や、ちょっとしたインタビュー等。
本格的なビジュアルの解禁はデビューと同時に行うらしいから、僕達の顔がメディアに出ることはまだないけど、シルエットや顔の一部、名前は公開された。
ちなみに、僕達の芸名は苗字抜きの名前がローマ字表記されたものになり、慣れない呼び名で違和感を覚えることもなかった。
控えめな情報提供は逆に世間の興味を引いたらしく、Five Sへの関心はそれなりに高くなりつつある。
デビュー曲の収録も終わっていて、あとはデビュー当日に向けての準備に万全を期すのみとなっていた。
「ここの振りがいつもちょっと合わないよな」
「足の運びが上手くないのかも。なんかバタバタしちゃう」
「一歩目がワンテンポ遅れてる気がする。もっかいやってみよう」
ここしばらくの間、デビュー当日の特番で披露する曲の振り付けを時間が許す限り練習する日々で、体力的には結構きつかったりする。
僕達のデビューは新曲五曲を収録したミニアルバムデビューとなり、そのぶん覚えるべき振り付けも多かった。
今までダンスなんかしたことなかった僕達が、いきなり五曲分の振りを完璧にマスターするには相当な努力と根気、気合いが必要で、僕は今、人生の中で一番一生懸命になっていると思う。
中でも
「なるべくパートの多い律に負担が掛からないように動こう」
ソロパートが一番多い律は、歌とダンスの両立も人一倍大変そうだった。
律の歌唱力は僕が見込んだ通りのものだったようで、初めてその歌声をメンバーの前で披露した時の反応は今思い出しても誇らしく思う。
もちろん、他のメンバーの歌声も凄く魅力的だったし、歌も抜群に上手かった。でも、律の歌声はちょっと別格というか……群を抜いていたと思う。パートの振り分けで律のパートが一番多くなっても誰も文句は言わなかったし、むしろ当然と思っているようでもあった。
僕は律の歌声をたくさんの人に聴いて欲しい。
「デビューまであと二週間切ってる。できることは全部しておこう」
少し前まで全くの赤の他人だった僕達も、五ヶ月の共同生活が過ぎた頃にはかなり結束力も高まったと思う。
「もうちょっと体力が欲しい」
お風呂から出て、お風呂上がりのストレッチを一通り終えた律は、ベッドの上に仰向けに寝転がると、天井を見詰めたまま心底恨めしそうにそうぼやいた。
小柄な自分の体型を気にしていた頃に比べると少し背が伸びたし、身体付きも逞しくはなったけど、元々の体型が華奢な律はそのぶん体力も控えめだった。
まあ、一番体力が無いのは律以上に小柄で華奢な悠那君なんだけどね。
もちろん、二人とも日々体力作りは欠かさずに行っている。が、五ヶ月では求めるぶんの体力をまだ手に入れられず、悔しい思いをすることもあるみたい。
「陽平さん以外はスタミナ不足が否めないよね。僕も全然足りてない」
「やっぱり経験者だけあってダンスもずば抜けて上手いし魅せ方も知ってるよね。陽平さんは凄いよ」
「暇を見つけてはしょっちゅうランニングしたり筋トレしてるもんね。僕達も見習わなくちゃ」
「学校がなければ、自分の身体にもう少し無理させてもいいのに」
「無理はダメ。無理しない程度が一番いいの」
律はやや完璧主義でストイックなところがある。ちゃんと見張っていないとすぐ無茶や無理をしようとするから注意が必要だ。
「それに、最初から完璧なんて不可能なんだから。司さんも言ってたでしょ? できることは全部しておこうって。今の僕達にできる範囲で全力を出せたらいいんだよ」
僕は律が寝そべるベッドの脇に腰を掛けると、不満そうに天井を見上げる律の髪を優しく撫でてあげた。
「…………うん」
律は一瞬困ったような顔をしたけれど、小さく頷いて僕の膝の上に頭を乗せてきた。
甘えているような自分の行動が恥ずかしいのか、あえて僕の顔を見ようとしない律。そういうところが凄く可愛く思えてしまう。
目を閉じ、僕に頭を撫でられるがままになっている律を、僕は慈しみを込めた瞳で見詰めていた。
出会った頃と全然変わらない顔立ち。律は小さい頃からとても整った顔をしている。
大きくて澄んだ瞳。形が良く、筋が通った綺麗な鼻。薄いけどふっくらしてて柔らかそうな唇。
僕は初めて律を見た時、なんて可愛くて綺麗な子なんだろうと感動した。そして、その時から律のことが大好きになった。
最初は一目惚れみたいなものだったけど、律と一緒にいるうちにその内面にも惹かれていった。
律は自分のことを“面白味がなくてつまらない人間”だと思っているようだけど、僕は全然そうは思わない。
確かに少し不器用ではあるし、口下手なところもあるけれど、その不器用さが可愛いし、今時の子にしては真面目すぎる性格も自分と違った考え方、感性を知ることができて飽きることがない。どんなことにも真剣に取り組む姿は尊敬できるし、学ぶことも多かった。
僕は律と過ごす時間が一番好きだ。
「今更ながらに実感がいまいち湧かない」
「ん?」
「僕と海が同じアイドルグループのメンバーになって、もうすぐデビューするなんて」
「確かにね」
律にオーディションを受けるよう勧めたのは僕だけど、そのオーディションを僕も受けることになった挙げ句、二人揃って合格しただなんて夢みたいな話ではある。律はともかく、僕が合格したのは自分でも驚きだった。
でも、そのおかげでこうして律と一緒にいられる。一緒にいられて、今まで以上に濃厚で濃密な時間を過ごせるようになった。
それは、僕が望んでいた以上の未来だったから、どんなに忙しい毎日でも浮かれずにはいられないのが現状だった。
僕は今、毎日が物凄く楽しい。
「でも、海が一緒で良かったって本当に思う」
閉じていた瞼をスッと開け、真っ直ぐ僕を見上げてくる律に僕の心臓はドクンッ、と大きく脈打った。
口下手な癖に。こういう言葉を躊躇いなくストレートに伝えてくるところは僕を喜ばせる天才だよね。こんなこと言われて浮かれずにいる方が難しい。
「僕も。こうして律と一緒にいられて凄く嬉しいよ。嬉しいし幸せ」
急に身体を起こそうとする律を手伝いながら言うと、身体を起こした律は僕と向き合う形でベッドの上に行儀よく座った。
そして
「改めて、これからもよろしくね。海」
僕に向かってペコリと頭を下げてきたりする。
真面目を通り越してただただ可愛い律に僕は軽く眩暈を覚えたほどだ。
「こちらこそ」
平静を装いながら僕も律に向かって頭を下げたところまでは良かった。でも、顔を上げた瞬間、僕をジッと見詰める律の大きな瞳と目が合ってしまい……。
僕はそのまま律の唇に自分の唇を寄せていった。
そして迎えた2月5日。
僕達のデビューはテレビで特番を組み大々的にお披露目され、Five Sという名を世間に広く知らしめるものとなった。
僕と律の物語はここからまた新しく始まっていく。
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