僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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プロローグ編

結城律のプロローグ

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 もし
『あなたの人生を変えた人は誰ですか?』
 という質問をされたら、僕はきっとこう答える。
『橘海です』
 と。
 僕が今こうしているのは全部海のおかげというか、海がいたからこそだと思う。
 もちろん、これからもいろんな人と出会い、様々な影響を受けていくとは思う。特に同じFive Sのメンバーは、これからの僕にとってどんどん大きくて大切な存在になっていく……とも思っている。
 それでも、やっぱり海が一番僕に影響を与えた人物には変わりなくて、僕はそんな海に一生頭が上がらないんだろうと思う。





「レッスンや仕事は大変でも楽しく思えるんだけど……」
 デビューを来月に控えたある日。僕と海は自分達の部屋のテーブルに向かい合って座り、一枚のプリントを広げていた。
 いくら芸能科とは言っても学校であることには変わりがないから、宿題なんかもちゃんと出る。
「勉強は楽しいと思えないっ! 辛いっ! やりたくないっ!」
 そう言うなりペンを放り出し、床の上に転がる海を僕はやや呆れ気味の顔で見下ろした。
「始めて15分しか経ってないんだけど」
 ちらりと見た海の宿題はまだ三分の一しか終わっていない。
 僕、もう終わりそうなんだけど。
「勉強だけはどうしても苦手~。これが将来の役に立つとも思えない~」
「そんなこと言わずに頑張って。手伝ってあげるから」
「律ぅ~」
 うるうるとした目で僕を見上げてくる海に、僕はちょっとだけ困った顔になってしまう。
 全く。身体は大きくなっても中身は子供のままだ。
 身体を起こした海はプリントを持ってそそくさと僕の隣りに移動してきた。そして、僕のプリントを覗き込み、僕の書いた答えを丸写ししようとしてくる。
「丸写ししていいとは言ってない。ちゃんと自分で考えて」
 すぐズルをしようとする海にピシャリと言ってやると、海はまた悲しそうな顔で僕を見てきたりなんかする。
 もう。すぐ甘えてこようとするんだから。
「どこがわからないの? 解き方教えてあげるから」
「……全部」
「え……それはちょっと引く」
 芸能科の僕達に出される宿題はそんなに難しいものじゃない。むしろ、教科書に載っている問題とほとんど変わらない易しい問題ばかりなのに。
「海。ちゃんと授業聞いてる?」
「聞いてるけど全然頭に入ってこないんだよね。やっぱり人間の脳って興味がないものに対しては働かないみたい」
 至極正論みたいな顔で言ってるけど、それってただの言い訳でしかないと思う。いくら興味がなくたって、真面目に授業を聞いていれば嫌でも頭に入ってくるものもあると思う。
「律は昔から勉強得意だよね。尊敬する」
「できないよりもできた方が何事もいいから。何かを学ぶってことも楽しいと思う」
「そう思えることが凄いよ」
 自分で言うのもなんだけど、僕は面白くない人間だと思う。あまり愛想がいいとは言えないし、大騒ぎするのも苦手。変に真面目なところがあるし、人付き合いも下手。不器用で冗談とかも言えない。
 でも、そんな僕のことを海は好きだと言ってくれる。好きだと言って、一緒にいてくれる。
 僕なんかと一緒にいて何が楽しいんだろう。
 静かで穏やかなのが好きだ。休日は友達と遊びに行くより家でのんびり本を読んだり、音楽を聴いたりする方が好きだった。
 それにピアノ。僕の家にはいつも音楽が溢れていた。
 僕の父は有名とまではいかなくてもそこそこ名のある作曲家で、母はピアノの先生をしていた。家の中には当たり前のように音楽が流れていたし、僕自身、小さい頃から母にピアノを習っていた。
 ピアノを弾くのは好きだったし、練習すればするほど上達していくのも楽しかった。
 でも、中学に上った時、僕がピアノを弾いていることで同級生から酷くからかわれたことがある。
『男の癖にピアノなんか弾いてるから、そんな女みたいな華奢な身体つきになるんじゃねーの? ピアノなんか弾いてる暇があるなら、もっと運動した方がいいんじゃね?』
 自分の身体付きが周りの人間より一回り小さいという自覚はあったし気にしていた。だけど、成長期がくれば同じくらいになるだろうと思っていた。
 それなのに、僕の身体が小さいのはピアノを弾いているせいだと言われたのは、正直物凄くショックだった。
 僕の身体が小さいのとピアノは全然関係ないだろ。
 今思うと、そういうことを言ってくる奴は絶対に何人かいるし、気にすることなんか全然なかったと思うけど、その時の僕はショックのあまりピアノを弾くことを辞めてしまった。ピアノを辞めて、代わりに身体を鍛え始めたのだった。
 ピアノはまたいつか弾けばいい。とりあえず、今は文句を言われない身体作りをしようとしたのだ。
 僕がピアノを弾かなくなっても家族は何も言わなかった。もともと強制されてやっていたわけではないし、他にやりたいことがあればそっちを優先すればいいと思われていたのだろう。
 ただ、海は残念がった。
 僕と海は幼稚園からの付き合いで、何故か僕を気に入ったらしい海は僕の家にしょっちゅう遊びに来ては、僕の弾くピアノを聴いたりしていた。
『律の弾くピアノって凄く綺麗な音がするね。僕、律のピアノ大好き』
 と、よく言ってくれていたから、僕が弾くピアノを聴けなくなって残念がるのはわかる。
 僕が音楽から少し離れ、肉体改造に精を出していたある日のこと。何を思ったのか、海からいきなり「カラオケに行こう」と誘われた。
 僕は最初断った。カラオケなんて行ったことないし、行きたいとも思ったことがなかったから。
 でも
『考えたら律と一緒にカラオケ行ったことないから行きたい。一回でいいから行こうよ』
 と、散々駄々を捏ねられて、渋々付き合うことになった。
 そして、それが僕のターニングポイントになったのだ。
 流行りの曲は知らない。でも、好きな曲は沢山あった。
 リモコンの操作方法を海に教えてもらいながら、初めて人前で歌声を披露した僕は、歌い終わった後、これまで感じたことのない高揚感や爽快感を味わった。
 思いっきり大きな声で歌を歌うことが、こんなに気持ちいいだなんて思わなかった。
 歌い終わってマイクを置くと、海は物凄く驚いた顔をして僕を見上げ
『律っ! 絶対歌手になった方がいいよっ!』
 なんて、いきなり言い出したからびっくりした。
『ピアノも凄く上手だと思ってたけど歌声の方が凄いっ! 鳥肌立つくらい感動しちゃったよっ! どうやったらそんな風に歌えるの?』
 興奮冷めやらぬ海にどう答えていいのかわからなかった。自分の歌声が他人にどう聴こえるのかなんて考えたことなかったし、何か特別な努力をしてきたわけでもない。ただ、一音一音を大切に、自分の好きな曲を好きなように歌っただけだった。
 それからというもの、海はことあるごとに僕をカラオケに誘うようになり、僕も素直に付き合った。
 そんな日々を送っていた中――。
『律。このオーディション受けてみたら?』
 と、海が持ってきた話が、今回僕達が受けたLightsプロモーションが開催する新人アイドル発掘オーディションだった。
 歌を歌うのは好きだけど自分にアイドルなんて無理だと思った。それに、僕がこうして歌を歌う楽しさを知ったのは海が一緒にいてくれるからだ。
 僕はまだ、自分一人では何がしたいとか、どうしていいのかがわからない。海が一緒にいるからこそ、したいこともやりたいことも見えてくるように思っていた。
『律の歌声なら審査員の目に止まること間違いなしだよ。絶対受けるべき』
 何故か自信満々の海に、僕が返した返事は
『海も一緒じゃなきゃ受けない』
 だった。
 そして、その結果は今こうしていることからもわかるように、僕も海も二人揃ってメンバーに選ばれ、Five Sのメンバーとして共同生活を送るようになっている。
 物凄い倍率の中、二人揃ってメンバーに選ばれるなんて奇跡としか言いようがない。
 海は僕のことばかり褒めるけど、海は海で人目を惹く魅力の持ち主だし、凄い才能の持ち主でもあると思う。
 昔から海の周りには自然と人が集まるし、海は人を楽しませる天才でもあった。海がいる場所はいつも明るかった。
 それに、アイドルのイメージに海ほどぴったりな人間もいないと思う。
 少し日本人離れした顔立ち。色が白くて鼻筋がスッと通って彫りの深い整った顔なんて、女の子が大好きな王子様そのものって感じだし。
 外見、内面共に、僕なんかより海の方がずっとアイドル向きなのは間違いない。歌声だってとても綺麗で僕の耳には心地好かった。
 オーディションに合格し、メンバーとの共同生活が始まる前日。僕はずっと前から気になっていたことを、勇気を出して海に聞いてみた。
『海はさ、どうして僕と一緒にいてくれるの? 自分で言うのもなんだけど、僕と一緒にいても楽しくないと思うんだけど』
 海の答えはこうだった。
『僕が律のこと大好きだからだよ。好きな子とはやっぱり一緒にいたいでしょ?』
 海の言う“好き”の意味がどういう意味の“好き”なのか。僕はすぐに察しがついたけど、不思議と嫌ではなかった。
 むしろホッとしたというか、安心したというか……。
 そして、それと同時に僕は自分の気持ちにも気付いた。
 その日を境に僕と海の関係は特別なものへと変わり、今現在もそうである。





 来月。僕達はFive Sとしてデビューをするわけだけど、僕は
(海と一緒なら大丈夫)
 そう思っている。


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