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プロローグ編
蘇芳司のプロローグ
しおりを挟む数々の俳優、女優、タレントを世に多く輩出してきた大手芸能プロダクション、Lightsプロモーション。その事務所が事務所初となる男性アイドルグループを結成するという話は、それなりに世間の話題となった。
そして、一切の妥協を許さない厳しい審査のもと五人の少年が選ばれ、Five Sという名のグループが結成されてデビューを目指すこととなった。
俺はそのメンバーの中の一人、蘇芳司。年齢は17歳。身長186cm、体重64kg。誕生日は12月24日。血液型はA。
アイドルになりたかったのかと聞かれれば、なりたかったのかもしれないし、単なる興味本位という気持ちもあったかもしれない。芸能界というものに漠然とした憧れを持っていたのは事実で、オーディションを受けてはみたものの自分が選ばれるとは正直思っていなかった。
ただ、オーディションを受けに来た中で自分が一番背が高く、目立っていたのだけは憶えている。
人生何があるかわからないものだ。
オーディションに合格した後は他のメンバーとの初めての顔合わせがあり、その後の流れ等の説明を受けた。
あと引っ越し。
メンバーが決まり、グループが結成され、デビューに向けての準備に取り掛かることになった俺達が一番最初にしたのが引っ越しだった。
これまで、歌もダンスもまともに習ったことのない俺達は、これから毎日ダンスレッスンや歌のレッスンを受けることになる。事務所に決められたスケジュールを無駄なく熟すためにも、事務所の用意したマンションでメンバーとの共同生活を送ることになったのだ。
正直戸惑った。出会ってまだ一日、二日しか経っていない相手と共同生活なんてして大丈夫なのか? と。
しかも、事務所が用意してくれたとは言え、俺達専用に作られた部屋というわけではない。部屋数も三つしかないから、一人を除いて後は他のメンバーとの相部屋になる。
部屋割りは本人たちの希望もあったが、結局、年功序列を重視して最年長の八神陽平が一人部屋。最年少の同級生かつ幼馴染みの二人、結城律と橘海が同室。俺は一つ年下の如月悠那と同室になった。
期待よりも不安の方が大きい新生活が始まった。
ちなみに、グループのリーダーは何故か俺になった。
俺は当然、最年長の陽平がなるものだと思っていたし、事務所もそのつもりでいたらしい。それなのに、陽平が
「俺、あんまりリーダー向きじゃないと思うから、司がリーダーの方がいいと思う」
なんて言い出して……。
冗談じゃないっ! と思い、他のメンバーを慌てて見渡したけど、俺が断ると自分達にその役目が回って来るんじゃないかと危惧した悠那、律、海の三人は、揃って俺から顔を背けた。
「みんな異存は無いみたいだから決まりっ。よろしくな、司」
陽平のあまりの強引さに俺は絶句するしかなかった。
こんな調子で大丈夫なんだろうか。果たして、この五人で上手くやっていけるのだろうか。
ただでさえ不安しかないのに益々不安が募る瞬間だった。
そんな俺達ではあったけど……。
「起きろ悠那っ! 学校に遅刻するよっ! 起ーきーろぉーっ!」
共同生活も三ヶ月を過ぎる頃には、それなりに上手くやっていけるようになっていた。
「んん~……もうちょっと……あと10分……5分……」
「それ、5分前にも言ったじゃんっ! 律と海に置いていかれるよっ!」
「じゃあ今日休むぅ~……」
「馬鹿っ! 怒られるって! 早く起きろっ!」
大変なのは大変だけど。
とりあえず、俺と同室になった悠那の世話が一番大変である。朝は起きないし、部屋は散らかすし、夜更かしするし。
おまけに言うことを聞かないうえに生意気でもある。
「わかった。じゃあ陽平呼んでくる」
「待って! 起きるっ! 今すぐ起きるっ!」
ただし陽平には従順である。おそらく、最初の頃に結構きつく怒られたから、この人の言うことは聞かなきゃいけないと認識したんだろう。
俺と悠那は一つしか変わらないけど、俺と陽平も一つ違いなんだけど? この差は一体なんだ。
やっぱり最年長だからか? だったら、俺より陽平がリーダーやった方が絶対良かったじゃん。そしたら、悠那ももうちょっと素直に言うこと聞く奴になってたと思う。
「陽平の名前出すなんて卑怯じゃん」
「起きない悠那がいけないんじゃん」
「だって眠いんだもんっ!」
「夜更かしするからでしょ。なんでさっさと寝ないの? 次の日早いってわかってるのに」
「眠くないしゲームしたい」
「とりあえずゲームはやめな」
ようやくベッドから抜け出し、ブツブツ文句を零す悠那の背中を押して部屋から追い出すと、悠那は渋々洗面台へと向かった。
テーブルには五人分の朝食が用意されており、律と海の二人は既に制服に着替えている。
「毎朝大変ですね」
「悠那君ってほんと起きないですよね」
グループの最年少二人は礼儀正しく、俺の言うことにも素直に従ってくれる優等生だ。
この二人を少しは見習って欲しい。悠那とこの二人も年齢差は一つだけなのに。
「いっそのこと水でもぶっかけてやろうかと思う」
「それは後片付けが大変だからやめた方がいいと思います」
朝っぱらから体力を消耗させられてへとへとになった俺のぼやきに、至極まともな律の意見が返ってくる。
冗談だってば。
「陽平は?」
「ご飯の前に走って来るって出て行きました。あの人はあの人で朝から元気ですよね」
「ほんとにね」
よいしょ、と席に着くと、お皿の上の歪な卵焼きに箸を伸ばした。
今日の食事当番は誰だっけ?
「いただきまー…………すっ⁈」
卵焼きを口に入れて数秒。俺は目を丸くして海を見た。
「今日の食事当番って……」
「僕ですっ!」
「やっぱり……」
見た目の歪さで気付くべきだったか? いや、この中で卵焼きを綺麗に焼けるのは陽平くらいだ。卵焼きの見た目だけでは今日の食事当番が海だなんて気付かない。
「ちなみに何入れた? この卵焼き」
「え? えっとぉ……砂糖と塩とタバスコと……ナンプラー?」
「~……」
なんでその組み合わせにした。
「あ、あと賞味期限切れそうだったんでチーズも入れました」
更に余計なものまで入れてるっ!
「陽平さんが辛いの好きじゃないですか。なのでちょっと辛くしたんです。あと、卵焼きって出汁とか入れたら美味しくなると思って」
「出汁?」
「あれ? ナンプラーって出汁じゃないんですか?」
「うん……違うね。ってか、律はなんでそんな普通に食べてるの?」
「僕はもう慣れました」
「あっそ……」
メンバー五人での共同生活を始めるにあたり、一番心配していたのが家事問題だった。
女の子ならまだしも、男はあんまり家事をする機会が無いし、やろうとも思わない。料理はもちろん、洗濯機の回し方さえ俺は知らなかったくらいだ。
それでも、家事全般を自分達でしなくちゃいけなくなったわけだから、みんなそれなりに奮闘し、努力もした。なんとか日常生活に支障なく熟せるようになるには一ヶ月くらい掛ったと思う。
ただ、人には向き不向きというものがあって、料理にはセンスも必要。そして、残念ながら海には料理のセンスがまるで無い。センスがないうえレシピ通りに作ることすらままならなかった。
「陽平さんは結構楽しみにしてくれてますよ。僕じゃないと作れない味だって褒めてくれます」
それは果たして褒めているのか。あの人はあの人で結構変わっているところがあるから、実際海の料理を楽しみにしてそうではあるけど。
「もー。そろそろ髪の毛なんとかしなきゃ。根元がプリンになってきたー」
顔を洗い、パジャマから制服に着替えた悠那が、そんなことを言いながら席に着く。
出会った時は綺麗な黒髪だった悠那は、五人での共同生活が始まるその日、いきなり髪を金髪に近い茶髪に染めてきた。
本人曰く、今まで茶髪にしたかったけど学校の決まりでダメだったから、ということらしいが、何もそこまで派手な色にしなくても……と思ったりもした。
まあ、似合ってるから別にいいと思うけど。
メンバー全員が未成年のFive Sは、年下三人がまだ高校に通っている。引っ越しすると同時に、それまで通っていた学校から芸能科のある学校に転校をしている。髪の色はもちろん、ピアスをする、しないも自由な学校だった。
俺も本来ならまだ高校に通う歳ではあるが、高校三年生の途中から転校するのも面倒臭くて高校は中退してしまった。でも、高校卒業認定資格は取ろうと思い、下の三人が学校に行っている間、俺は俺で家の中で勉強をしている。
「デビューする時は目立つ髪の色にしようと思ってるけど、そのうち黒に戻そ。いちいち抜いたり染めたりするの面倒だし。いただきまーす」
目が覚めるなりよく喋る奴である。
悠那は大体いつもこんな感じだ。メンバーの中で一番お喋りだし騒がしい。
顔だけ見ると美少年というよりは美少女と言った方がいいほどの可愛い顔をしているのに。
Five Sのメンバーは五人中三人がオーディションで選ばれた。陽平は元々事務所が併設しているタレント養成所に通っていて、そこからメンバーに選ばれた。そして、悠那が唯一スカウトされて入ってきたメンバーだ。
オーディションを受けに来た人数はかなりの数で、その中には悠那よりも強い意志を持ってアイドルを目指していた人間もいたと思う。それでも、事務所がメンバーに選んだのは悠那だった。それほど、悠那の容姿は事務所側から求められたということだ。
俺も初めて悠那に会った時は息を呑んだ。びっくりするくらい可愛い子だと思った。それが、まさか自分と同じグループのメンバーになるとは思わなかったけど。
俺は初めて悠那を見た時、悠那を完全に女の子と勘違いしたのだった。
「んっ! ゎっ……海ーっ! これ何入れたの⁈」
「砂糖と塩とタバスコとナンプラーにチーズですっ!」
「なんで卵焼きがそうなるの⁈ せめてどれか一つにしてよーっ!」
朝は無理矢理起こされ、染めた髪はそろそろ手入れが必要になり、極めつけは本日最初に口にしたのが海の作った卵焼き。
これは毎朝俺の手を煩わせている罰に違いない。ありがとう、神様。
「そうだ。今日のレッスンは社長が様子見に来るってさ」
「へー。わざわざ社長自ら様子を見に来るなんて珍しいね」
「進捗状況が気になるんでしょう。少しは歌もダンスも上達してればいいんですけど」
「上達はしてるでしょ? 毎日学校終わってから夜遅くまでみっちりレッスンしてるし」
「歌はともかく、ダンスはまだ微妙だと思いますけど」
「う……確かに……」
「経験が足りないから仕方ないよ。俺達の中でダンス経験があるのは陽平だけだし。今はできることをやるしかないよ」
「それもそうですね」
アイドルとしてのデビューに向けたレッスンは過酷だった。高校生組が帰宅すると同時に、マンションから徒歩10分の事務所が所有するレッスン場へ行き、夜の10時まで歌とダンスのレッスンが行われる。それもほぼ毎日だ。
休みは隔週一日のみで、悠那が美容院に行けず、根元がプリンになってしまうのも仕方のない話ではあった。
事務所初のアイドルグループということもあり、気合いが入るのは仕方ないのだろうけど、ここまでハードなスケジュールを組まれるとは思っていなかった。
これまでとはまるで違う生活。まるで異なる環境。ホームシックに掛かっている暇もないって感じだ。
「というわけだから、今日はいつもより早く帰って来てね。レッスン場に着くのがレッスン開始時間のギリギリになるのも良くないから」
「はーい」
ちょっとはリーダーっぽいところを見せようとする俺に、制服姿の高校生三人は素直ないい返事を返してくれた。
そして、その日の夕方。俺達Five Sの正式なデビュー日が発表された。
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