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After Story

   Winter Vacation(10)

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 夕飯を早めに食べたものだから、夕飯を食べ終わり、使った食器を片付けたところで、時計の針は午後七時半にもなっていなかった。
「たまには早めの夕飯もいいね。夕飯を食べ終わっても時間がたっぷりあるって感じで」
「言っても、冬休み中は特に早寝早起きをしなくてもいいわけだから、毎日時間はたっぷりあるって感じだけどな」
「確かに」
 日中はひたすら勉強を頑張った俺達だから、夕食後はのんびりまったり過ごすつもりでいる。
 せっかくだから「映画でも見る?」って二人を誘おうと思った俺は
「今日は稔さんと母さんがいないからね。深雪といっぱい愛し合えちゃうよね」
 という雪音の言葉に
「え」
 ってなった。
 夕飯が終わった直後にもうそういう流れ? ムードもへったくれもないじゃん。
「んだよ、その顔。雪音に何も言われてねーの? 俺、昨日雪音に〈深雪との姫始は明日でいいよね?〉って言われたんだけど」
「は⁉」
 一体いつの間に⁉ いつどこでそういう話とかしてたんだよっ!
(ああ……そう言えば、昨日二人で何かこそこそ内緒話をしていたっけ?)
 俺が聞いたら絶対に後悔するだろうと思ってスルーしていた二人の内緒話。まさかその内緒話の内容が俺との姫始をいつにするかって話だとは思わなかったよね。
 でもまあ、何となくそんな気がしていたっちゃしていた。だからこそ、俺も直感的に聞かない方がいいと思ったんだろうな。
 だって、今日は父さんと宏美さんが名古屋に行ってて留守なんだもん。
 いつも親がいる、いない、に関係なく、俺に手を出してくる二人だけれど、俺とセックスするのであれば、親がいないに越したことはないもんね。
 この二人のことだから、隙を見て新年早々……という不安もあったけど、昨日はおとなしくしていたのも怪しかったし。
「いや……俺抜きで勝手にそんな話をされても……」
「雪音が〈深雪にも後で言っとく〉って言ったんだけどな」
「聞いてないよっ!」
「ごめんごめん。その話をした後にいろんな話をしちゃったから、深雪に伝えるのをすっかり忘れてたよ」
「忘れないでもらえるっ⁉」
 ついついノリで怒ってしまう俺だけど、事前に「明日はまた三人でシようね」と言われたところで、俺がただ困るだけではある。
「そんな事より頼斗、例のものは持って来てくれた?」
「え? ああ、一応」
「……………………」
 そんな事より? 例のもの?
 そんな事よりって言葉で片付けて欲しくないし、〈例のもの〉っていうのも気になる。雪音は一体頼斗に何を持って来させたんだろう。
 もう何度目になるかわからない嫌な予感というものが俺の胸よぎった。
「見せて見せて」
「ちょっと待ってろ。今取って来てやっから」
 俺の嫌な予感を余所に雪音は頼斗を急かし、頼斗は雪音にせがまれるまま、〈例のもの〉とやらを二階にある俺の部屋まで取りに行った。
 今日は俺と勉強をするため、頼斗は勉強道具を詰めた鞄を持って来ているんだけど、あの中に勉強道具以外の何かが入っていたというわけか。
「ねぇ、雪音。例のものって?」
 頼斗が二階に〈例のもの〉を取りに行っている間、それが何なのかが気になる俺は雪音に聞いてみたんだけど、雪音からは
「見てのお楽しみだよ」
 という返事しか返ってこなかった。
 おそらく、それは俺にとってお楽しみでも何でもないんじゃないか……という確信はあったけれど、雪音にとっては物凄く楽しみであることだけはわかった。
(頼斗が持っているもので、雪音が喜ぶものって何だろう……)
 そんなものが果たして存在するのかどうかは謎だけど、きっとその〈例のもの〉のことも、昨日の内緒話の中に含まれていたんだろうな。
 もしかしたら、その〈例のもの〉の話はそれ以前から出ていたことで、昨日はその確認だけだったのかもしれないけれど。
 どちらにしても、その〈例のもの〉の話を頼斗が俺にしていない時点で、俺にはあまり知られたくないものであることは確かだと思う。
「……………………」
 頼斗を待つこと一分強。手ぶらでリビングを出て行った頼斗は、中が見えない水色のビニール袋を持って戻って来た。
「ん」
「わーい、ありがと~」
 そして、たった今自分の鞄の中から取って来たビニール袋を雪音に差し出すと、雪音は嬉しそうな顔で頼斗の手からビニール袋を受け取っていた。
「……………………」
 一体何が入っているのかが気になる俺が、首を伸ばして袋の中を覗き込むと、袋の中には白い布みたいなものが入っているのが見えた。
(白い布?)
 布と雪音が喜びそうなものが結びつかない俺は、ただただひたすら首を傾げるしかない。
 でも、その謎はあっという間に解決することになる。
 何故ならば、袋の中身を俺の目の前で雪音が取り出してくれたからだ。
「っ⁉」
 袋の中身は白い布だけじゃなかった。白い布の他に、赤い布も入っていた。
 赤と白の組み合わせなんて、めでたい感じで如何にもお正月らしいと思うけど、頼斗は何か縁起物でも持ってきてくれたんだろうか。
 何かこの組み合わせ、物凄く最近見た気がするんだけど。
「とりあえず、うちにあったもので一番正月に相応しいものをチョイスしてみた」
「グッジョブ頼斗。タイムリーっていうか、今の時期にぴったりじゃん」
「だろ?」
 いやいや。二人で勝手に話を進めないで欲しいし、盛り上がらないで欲しいんだけど。まずはそれが何なのかを俺にちゃんと説明してよ。さっきから俺一人が完全に置いてけぼりになっちゃってるんだけど。
「じゃあ早速深雪に着てもらおうか」
「そうだな」
「は⁉」
 ちょっと待って! 着る⁉ 今、俺に着てもらおうって言った⁉
 ってことは、それってもしかしなくても服なの? つまり、新年早々俺にコスプレをしろって言ってる⁉
「…………………」
 そんな馬鹿な……。頼斗はまたしても光さんが実家に置いていったコスプレ衣装を引っ張り出してきて、俺に着せようとしてるってことなの?
(どうしてそんな事に⁉ っていうか、光さんってまだ実家にいるんじゃないの⁉)
 突然の出来事に頭が混乱する。まさか、頼斗が雪音に頼まれた〈例のもの〉っていうのが、コスプレ衣装だとは思わなかったよ。
(もしや、これが前に二人が言っていた〈打ち合わせ〉ってやつなの?)
 新年が明けて最初にするセックスは三人で……みたいな話は出ていたし、俺もそういう事になるんだろうという心の準備はできているところが正直あった。
 でも、今年に入って最初にする恋人とのセックスが、コスプレありきになるとは普通思わないよね? その心の準備は全くできていないんですけど?
「去年着てもらったメイド服姿も死ぬほど可愛かったけど、深雪は巫女さんみたいな和装も似合うと思うんだよね」
「昨日神社にいた巫女より、深雪の方が絶対可愛いに決まってる」
 ああ、なるほど。赤と白の組み合わせって、昨日初詣に行った神社でいっぱい見たんだ。神社でお守りを売っている巫女さん達も、白衣に緋袴姿だったし。
(って……巫女?)
 そこで俺はふと気が付いた。この二人は今から俺に巫女さんのコスプレ衣装を着せて、俺の巫女さん姿を楽しもうとしてるってことなのだ――と。
(嫌なんですけどっ!)
 何で新年早々コスプレとかさせられなくちゃいけないんだよっ! いくらお正月だからって、男の俺が家の中で巫女さんの格好なんかしていたらおかしいじゃんっ!
「はい、深雪。そういうわけだから、ちゃっちゃとこれに着替えてくれる?」
「断るっ!」
 待て待て。何で最初から俺が着る前提で話が進められているわけ? 俺に拒否権ってないの?
 そもそも、巫女さんの服なんか着たことないのに、一人でどうやって着替えろっていうんだよ。
「え。着てくれないの?」
「どうして俺が素直に着てくれるものだと思ってるの?」
 コスプレ拒否の姿勢を見せる俺に雪音は驚いた顔だったけど、雪音のその反応の方が俺はびっくりだよ。
 メイド服を着る時だって散々嫌がっていたはずなのに。どうして巫女さんの服は素直に着ると思うんだよ。
「ねぇ、聞いた? 頼斗。せっかく頼斗が持って来てくれたのに、深雪は着ないって言ってるよ?」
「そうか……。それは残念だな」
「僕達、深雪の巫女さん姿をずっと楽しみにしてたのにね」
 嘘つけぇぇぇ~っ! 頼斗が今日、どんなコスプレ衣装を持って来るかを知らなかった癖にっ!
 それなのに、「ずっと楽しみにしてた」は絶対に嘘じゃんっ!
「クリスマスにあれだけ俺達を喜ばせてくれた深雪だから、年明けも俺達をいっぱい喜ばせてくれるものだと思っていたんだけどな」
「そっかぁ……。深雪は僕達のお願いを聞いてくれないのかぁ……」
「ちょっと! あからさまにがっかりするのやめてよっ! 二人してしょんぼりしないでっ!」
 くぅっ! なんて卑怯な手をっ! 二人揃ってしょんぼりと悲し気な顔なんかされたら、俺が悪者みたいになっちゃうじゃんかっ!
 俺に内緒で二人が勝手に計画したことなのに、俺が悪者にされるのって理不尽だよねっ⁉
(ダメダメ……。ここで二人の悲し気な顔に流されちゃったら、新年早々俺は二人の思い通りになっちゃうし、そうなったら、今年一年間ずっと……)
 悲し気な顔で俺を見てくる雪音と頼斗に俺の心はかなり揺れていた。
 だがしかし、〈ここで流されてはいけない〉と心を鬼にして、二人からの要求を突っ撥ねようと試みる俺は
「なぁ、ダメか? 深雪」
「ダメなの? 深雪」
「~っ‼」
 わざとらしいとわかっていても、悲し気な顔でジッと俺を見詰めてくる二人の姿にはどうしても弱くて――。
「あーっ! もうっ! わかったよっ! 着替えればいいんでしょっ! 着替えればっ!」
 結局、二人からの要求を飲む羽目になってしまうのであった。
 これも惚れた弱味ってやつなのかな。
 どうやら俺は、今年も二人の思い通りになってしまう人間のようだ。


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