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After Story

   ご主人様には逆らえない⁉(3)

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「なぁ、深雪」
「何?」
「俺達、本当に学園祭当日にはあんな格好しなくちゃなんねーの?」
「……みたいだね」
 メイド服から制服に着替え、メイクもしっかり落とした後の俺と頼斗は、何だか大事なものを失ってしまった気分に落ち込みながら、のろのろとした足取りで帰り道を歩いていた。
 まさか衣装合わせであそこまでの盛り上がりを見せるとは思わなかった。男子の女装って女子的には盛り上がるものなの?
 女の子の心理はよくわからないけれど、もし、雪音の学校で雪音が女装をしたら、それを見た女の子達は歓喜で大騒ぎしちゃいそうだから、女の子とはそういうものなのかもしれない。
「百歩譲ってメイド服は我慢するにしても、メイクやカツラはやり過ぎだろ。俺、自分が気持ち悪くてしょうがなかったんだけど」
 自分のメイド姿を思い出すと不快なのか、頼斗の顔は苦虫を嚙み潰したようだった。
 でも、俺は頼斗のメイド姿を全然変だと思わなかったし、気持ち悪いとも思わなかったから
「そう? 頼斗のメイド姿、光さんにちょっと似てて美人だったと思うけど?」
 そんな言葉で頼斗を慰めようとした。
 しかし、頼斗的にはそこで光さんの名前を出されることも嫌だったようで
「姉貴に似てるとか益々嬉しくねーし」
 もっと面白くなさそうな顔になってそう返してきた。
 うーん……。こういう時、俺はどんな言葉で頼斗を慰めてあげたらいいんだろう。一応、自分の女装姿に打ちひしがれているのは俺も同じなんだけどな。
「でも、深雪はマジで可愛かった」
「へ?」
 このまま家に着くまで頼斗の機嫌が悪かったらどうしよう……と思っていた俺は、落ち込んだ様子のまま、ぽつりと呟く頼斗の声にきょとんとなった。
「マジでめちゃくちゃ可愛くて、あの場で思わずキスしそうになった」
「え⁉」
 そ……それは大ピンチ。もしかして、更衣室の中で頼斗が俺に言い掛けた言葉って、「キスしてもいい?」だったりする?
 だったらめちゃくちゃ危ないところだったじゃん。良かった。あの時衣装係の子が邪魔に入ってくれて。
「っていうか、あんなにメイド服が似合うなんて反則だろ。似合うだろうとは思ってたけど可愛過ぎんだよ。あそこまで可愛くなるとか何事なの?」
「え。いや……えっと……」
 何か俺、責められてる……のかな? そんなところで責められても、俺には全く悪気がなかったし、自分にメイド服が似合っていたとも思わないのに。
「俺はお前のメイド姿が可愛過ぎるあまり、興奮して勃ちそうだったわ。あんな可愛いお前の姿をクラスの連中に見られたこともめちゃくちゃ悔しい」
「ちょっ……! あぅ~……」
 自分のメイド姿に落ち込んでいるんじゃなかったの? 何でいきなりヤキモチなんだよ。
 あと、外で「興奮して勃ちそう」はダメでしょ。頼斗にはもう少し屋外での発言に気を付けてもらわなくちゃ。
「あー……お前のメイド姿、雪音にも見せたくないって思っちまう。心が狭いってことはわかってるけど、あんなに可愛いお前の姿は俺だけが独占したいって思っちまうよ」
「頼斗……」
 そ……そんなに可愛かったのかな? 俺のメイド姿。俺自身は自分の女装した姿を頼斗と同じように気持ち悪いって思っていたんだけどな。
(ああ、でも、頼斗は俺のウェディングドレス姿を見たいって言っていたっけ?)
 きっと俺の目から見る俺の姿と、頼斗の目から見る俺の姿は違うんだ。おそらく、頼斗は俺の女装した姿に何の違和感も抱かない。その違いは、これまでにも何度か感じたことがある。
 俺が今日、頼斗のメイド姿を見ても全然変じゃないと思った気持ちと一緒なんだろうな。自分から見た自分の姿と、人から見た自分の姿は違うって言うし。
「深雪。今日うちに寄ってこ」
「え?」
「あんな可愛いお前を見た後じゃ、お前に何もしないわけにはいかねーから」
「……………………」
 ど……どういう言い分だっ! 何? 頼斗は俺の女装した姿を見たら、俺とセックスしたくなっちゃうってこと⁉ 何かそれ、物凄く複雑な気分なんですけどっ!
「もちろん、お前が女だったら良かったってことじゃねーんだけどさ。ただ、男のお前が女装した姿ってやっぱ特別っつーか、コスプレになるわけじゃん? そういうのってどうしても興奮しちまうんだよな。男として」
「へ……へぇー……そういうものなんだぁ……」
 コスプレっ! そういう事なのかよっ!
 確かに、恋人同士の間でのコスプレって鉄板っちゃ鉄板だよね。マンネリ防止とも言うし。
 でもさ、俺だって好きで女装したわけじゃないのに、そこに興奮されましても……なんですけど?
「だからさ、今日はすげーお前とシたい」
 もうメイド服はとっくに脱いでメイクも落としている俺は、いつも通りの俺なのに。俺のメイド姿は頼斗の脳裏に強く焼き付いてしまっているらしい。
「べ……別にいいけど……」
 俺としてはやや複雑な心境である。でも、今週はまだ頼斗と週一のセックスをしていないし、頼斗も今日はちょっと落ち込んでいるだろうから、頼斗が元気になるのであれば、俺も頼斗とセックスしてもいいと思っていた。
 俺が頼斗の家に寄って帰ると帰りが遅くなるから、雪音が拗ねちゃうこともあるんだけど、雪音の学校も今は学園祭の準備で忙しくしているみたいなんだよね。
 雪音に任された学園祭の準備は、中間テストが始まる前に終わらせているらしいんだけど、雪音はクラスの女子から人気だから。時々自分の役割以外の仕事を手伝うように頼まれることもあるみたいだった。
 中学生活も終わりに近付けば近付くほど、雪音との思い出を作りたがっている女子も多そうだから、中間テストが終わった後の雪音は帰りが遅くなることも多かった。今日もそうであることを祈ろう。
「っていうか、頼斗の誘いっていつも唐突だよね」
「そうか? 今日はそうなるってわかるだろ」
「わかんない。だって頼斗、さっきまで落ち込んでたし、不機嫌だったじゃん」
「そりゃ人前であんな格好をさせられたらな。落ち込むし不機嫌にもなるわ」
「それなのに、急に立ち直るんだもん。びっくりしちゃうよ」
「お前のメイド姿を思い出したら元気になった。マジで死ぬほど可愛かったから」
「そうかなぁ……」
 学校を出た時は、俺も頼斗もすっかり意気消沈って感じだったから、この展開はちょっと予想外だった。
 でも、俺のメイド姿が頼斗を元気にしてあげられたのであれば、俺も女装した甲斐があったってことなのかな?
 本当なら、ここはお互いにお互いを慰め合って、憂鬱な気分にしかならない学園祭をどうやって乗り切るか、ってことを話し合っても良さそうな場面ではあるんだけれど。
「先に部屋行ってて」
「え? あ、うん」
 誰もいない自宅に帰って来た頼斗は、俺を先に自分の部屋に行っておくように促してから、自分は光さんの部屋に入って行った。
(光さんの部屋に何の用があるんだろう……)
 現在実家を出て一人暮らしをしている光さんではあるけれど、自分の部屋に弟の頼斗が勝手に入っていることを知ったら怒りそうである。
 でも、俺が知る限り、頼斗は日常的に光さんの部屋に出入りしているわけでもないと思う。俺の記憶が正しければ、頼斗が光さんの部屋に無断で入るのは今回が初めてなんじゃないかな?
 まあ、俺がいない時に頼斗が光さんの部屋に勝手に入り、光さんが実家に残して行った私物を物色するようなことをしていれば話は別だけど。
 しかし、それも俺の中ではあり得ない話のような気もする。頼斗の性格や人柄をよく知っている俺には、頼斗がそんな事をしているとは思えなかった。
「あ……」
 頼斗が光さんの部屋に行っている間、する事がない俺は頼斗の部屋の中を何気なく見渡して、机の上に置いてある写真立てに目を止めた。
 この前ここに来た時は机の上に写真立てなんか飾っていなかったのに。
「この写真……」
 写真は先月行われた父さんと宏美さんの結婚式の時に撮られたもので、俺を真ん中にして、右と左に雪音と頼斗が写っているものだった。
(この写真って、確か頼斗のお母さんが撮ってくれた写真だったよね?)
 撮った写真をプリントアウトした母親に、自分が写っている写真を何枚か貰ったのだろう。
 でも、頼斗がこうして写真を机の上に飾るとは思わなかった。
 そりゃ頼斗も自分の写真くらい持っているだろうし、自分の思い出が詰まったアルバムだって持っているだろう。たまにはアルバムを開き、昔を懐かしく思うことだってあるのかもしれない。
 だけど、こうして常に自分の目に入る場所に写真を飾るようなことはしないと思っていた。
 しかも、俺とのツーショット写真ではなく、雪音も一緒に写っている写真というあたりが益々意外ではあるよね。
「っていうか、この写真の俺の顔って微妙……。何で俺、こんなに恥ずかしそうな顔をしているんだろう」
 普段自分の写真を見ることなんてない俺は、写真の中で照れ臭そうにはにかんでいる自分の顔を見て、余計に照れ臭い気分になった。
 でも、元々写真に撮られることが苦手な俺だから、写真に写る俺の顔が微妙なのはいつものことだったりもする。
「この時の雪音と頼斗、スーツが似合ってて本当に格好良かったよねぇ……」
 写真の真ん中で微妙な笑顔を浮かべている俺はさておき、俺の両サイドに立っている雪音と頼斗の姿は、写真の中でも堪らなく格好良かった。
 二人とも着慣れないはずのフォーマルスーツを難なく着こなしている感じだし、年齢のわりにはスーツが凄く似合っている。いつもは無造作な髪の毛をちゃんとセットしている頼斗は、写真で見てもドキッとしてしまうものがあった。
「ああ、なるほど。これがいつもと違う特別感ってやつなのか……」
 今日、俺のメイド姿を見て興奮したという頼斗のことを、「そういうもの?」と思っていた俺は、日常的に見ることがない恋人の姿にテンションが上がってしまう気持ちを、少しは理解した気分だった。
 だって、俺も二人のスーツ姿にはめちゃくちゃテンションが上がっちゃったもん。
 結婚式で正装をするのはマナーだから、コスプレでも何でもないんだけれど、いつもと違う服装という点ではコスプレに近いものがあるよね。
 おそらく、コスプレに興奮してしまう人間は、こういう非日常的な服装という部分にテンションが上がっちゃうってことなんだ。
「深雪」
「あ、頼斗」
 机の上に飾られていた写真を見て、この時の雪音と頼斗の格好良さにニヤついていた俺は、部屋に戻って来た頼斗の声にハッとなり、手にしていた写真立てを慌てて机の上に戻した。
 勝手に机の上の写真を見ていたことを誤魔化すように、愛想のいい笑顔で頼斗を振り返った俺は、頼斗が手に持っている布の塊に首を傾げた。
「頼斗。何持ってるの?」
 ハッキリとはわからないけれど、黒と白の布の塊は、おそらく服なんじゃないかと思われる。
 そして、その色の組み合わせの忌まわしい服を少し前に見たばかりの俺は、何だか物凄く嫌な予感がして堪らなかった。
「ん? ああ、これな。前に姉貴が洗濯して干してんの見て、まだ家にあんのかと思って。姉貴の部屋を探してみたらあったんだよ。深雪に着せたいから持ってきた」
「……………………」
 多分、俺の物凄く嫌な予感は当たっていると思う。そもそも、光さんの私物という点で既に怪しい。
「頼斗。それってもしかして……」
 頼斗がわざわざ光さんの部屋の中を物色して、俺に着せようと思って持ってきた服。それは――。
「一回だけでいいから着てみて」
「なっ……! やっぱりぃぃぃ~っ!」
 紛れもなく、俺と頼斗を堪らなく憂鬱な気分にさせたメイド服に間違いなかった。


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