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After Story

二話 ご主人様には逆らえない⁉(1)

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 秋――と言えば学園祭のシーズンでもある。
 俺が通う白鈴高等学校でも、毎年十一月には学園祭が開催されることになっていて、二学期に入ってから間もなく
「それでは、今日は十一月に行われる学園祭で、うちのクラスが何をするかを話し合いたいと思います」
 教室では学園祭でのクラスの出し物について話し合う時間が設けられた。
 今はまだ九月。学園祭は十一月だというのに、もうそんな話し合いを? とは思ったけれど、学園祭って準備に結構時間が掛かって大変だったりもするよね。
 おまけに、学園祭の前に中間テストなんてものも入ってくるから、早めに何をするかを決め、準備に取り掛かっておいた方が生徒への負担も少なくて済むという、学校側の配慮があるのかもしれない。
 正直、俺は自分のクラスが学園祭で何をしようが構わないと言えば構わない。クラスのみんなが楽しめるものであれば、俺はクラスの決定に従うつもりだった。
 ただ、一つだけ主張したいことは、俺はその中でも裏方に回りたいということくらいかな。
 目立つことは苦手だし、人前で何かするなんて恥ずかしくて死にそうだもん。
 だから、クラスで何をやることになっても、俺はできる限り人目につかない裏方に徹したい。そして、みんなが楽しんでいる姿を密かに眺め、自分もこっそりと学園祭を楽しんでいたい。
 それが叶うのであれば、俺は何の不満もなかった。それなのに――。
「多数決の結果、うちのクラスは男女逆転執事&メイド喫茶をすることに決定します」
 クラスの出し物が執事&メイド喫茶って何だよ。しかも、男女逆転って? そこ、男女逆転にする必要がある? 普通に執事&メイド喫茶でいいじゃん。
 でもまあ、だからって俺がメイドをすると決まったわけじゃないよね。
 男子が女装している姿なんか見たくない気もするけど、要は俺がメイド役を押し付けられなければ問題はない。
 今年の学園祭は高校生になって初めての学園祭だから、様子見程度に平穏無事で過ごしたいし、学園祭には俺の弟兼恋人になった雪音も絶対に来る。
 そして、おそらく雪音と仲良しな伊織君も一緒に来るだろうし、伊織君に誘われた伊澄さんも来てしまうかもしれない。その三人に俺のメイド姿なんて絶対に見られたくない。
 そう思っているのに
「というわけで、次は接客を担当する時間や、当日までに誰が何の準備をするかを話し合いましょう」
 この流れは全員参加型……だよね? 接客しなくてもいい役割ってあるのかな?
 もしあるのであれば、俺は何が何でもその役割に収まりたい。
「部活に入っている人は、部活の出し物なんかもあると思うので、担当時間がクラスの出し物と被らないように注意してください。では、まず――」
 テキパキと進行を続けていくクラス委員の声に、俺は内心気が気じゃなかった。
(どうか俺にメイド役が回ってきませんように。俺がメイド服を着て、人前で接客するなんてことは絶対に起こりませんように……)
 そんな祈りを何度も心の中で唱える俺に関係なく、クラスの話し合いはどんどんと進んでいき、それぞれの役割というものもどんどん決まっていった。
 そこに俺が口を挟める余地などなく、結局――。



「はぁぁぁ~……最悪なんだけど」
 高校生になってから初めての学園祭でメイド服を着なくてはいけなくなった俺は、まだ九月の段階で物凄く憂鬱になってしまった。
 放課後になり、自分達のクラスが出した決定事項にガックリと肩を落とす俺の隣りで
「同感……」
 頼斗も俺と同じくガックリと肩を落とし、この世の終わりみたいな顔をしていた。
 頼斗も俺と同じで人前で何かをするのは苦手だし、ましてや女装なんて死んでも嫌だと思っているタイプの人間だもんね。頼斗の落ち込みようは俺とほぼ同レベル――いや、もしかしたら、頼斗の絶望感の方が俺の絶望感よりも遥かに大きいかもしれなかった。
「普通の執事&メイド喫茶ならまだしも、何で男女逆転にするんだよ。そこ、男女逆転にする意味ある? 誰得なんだよ」
「全くもってその通りだよね。可愛い女の子の男装姿を見て喜ぶ男子はいるかもしれないけど、男の女装姿を見て喜ぶ人っている? 芸能人ならともかく、一般人男子の女装なんて誰も見たくないよね?」
「まあ、深雪のメイド姿なら俺は見たいけど」
「は⁉」
 せっかく同じ気持ちで落ち込めているかと思ったのに。頼斗の発言はとんでもない裏切り行為のように思えてしまった俺は、頼斗をキッと睨み付けてやった。
 しかし、頼斗は
「だって、ぜってー可愛いじゃん。お前、普通にしてても可愛いんだから、女装なんかしたら間違いなく可愛いじゃん。そりゃ見てみたいって思うだろ」
 全く悪びれた様子もなく、俺に向かって「可愛い」を連発してきた。
「~……」
 自分の彼氏に「可愛い」を連発されると怒るに怒れなくなっちゃうし、ちょっとだけ嬉しくなってしまう自分が単純すぎると思った。
「でもま、同時にそんな深雪を他の人間に見られたくないって気持ちもあるけどな。お前には俺だけの可愛い深雪でいて欲しい」
「はぅっ!」
 でもって、物凄く普通の顔をして、こういう殺し文句をさらりと言ってくる頼斗にもめちゃくちゃドキッとしちゃうよね。
 頼斗にはちょっとぶっきら棒で不愛想なところがあるから、恋人への愛情表現は薄いというか、苦手なんじゃないかと思っていた。
 でも、実際に付き合ってみたら何のその。頼斗の俺に対する愛情表現は直球過ぎるドストレートだし、俺が思わず赤面しちゃうような言葉も平気で言ってくる。
 もちろん、頼斗からちゃんと愛情表現をしてもらえる俺は嬉しいし、自分が頼斗に愛されていることを実感できて胸がキュンとしたりもするんだけれど、頼斗にそんな一面があったことにまだ慣れていない俺は、頼斗の殺し文句にいちいち驚いてしまったりもする。
「んだよ。その反応」
「だっ……だって……。頼斗にそういうこと言われるの、まだちょっと慣れてないから……」
「はあ? 何でだよ。俺、お前に告白して以降、お前のことは飽きるくらい可愛いって言ってるし、好きだって言ってんじゃん。いい加減に慣れろよ」
「って言われてもぉ……」
 確かに、俺に告白してからというもの、頼斗は俺に何度となく「可愛い」も「好き」も沢山言ってくれている。
 だけど、そういう言葉って「慣れろ」と言われてもなかなか慣れないものがあるし、嬉しく思う反面、どうしても恥ずかしい気持ちにもなっちゃうんだよね。
 おそらく、今までの俺に全く恋愛経験がないものだから、そういう事に慣れるまでに時間が掛かるんだと思う。
 もしくは、元々引っ込み思案で恥ずかしがり屋の俺には、一生慣れることのない照れ臭い言葉なのかもしれない。
「深雪可愛い。深雪大好き。深雪愛してる」
「なっ……!」
「深雪が俺の彼女でマジ幸せ。死んでもいいくらいに嬉しい。一生深雪と一緒にいたいし、何なら死ぬ時も一緒がいい」
「ちょっとぉぉぉ~っ! いきなり何⁉ 何なの⁉ 恥ずかしくて死にそうだからやめてよっ!」
 どうしていきなり愛情の垂れ流しなのか。俺が頼斗からの愛情表現に慣れていないって言ったから、これみよがしにそういう言葉を浴びせてきて、無理矢理にでも俺に慣れさせようっていう魂胆なの?
 だからって、外ではやめて欲しい。万が一誰かに聞かれでもしたら……って思うと気が気じゃないし、こういう言葉は二人っきりの時に言って欲しいものだよね。
 いや。二人っきりの時に言われても恥ずかしいものは恥ずかしいんだけど。
 とにかく、どこで誰が聞いているかもわからない場所で、俺への愛情を垂れ流しにするのはやめていただきたかった。
 それなのに
「かわい」
 頼斗は顔を真っ赤にして恥ずかしがる俺に向かって、トドメと言わんばかりの甘い囁き声と、最近日増しに大人びていく格好いい笑みを浮かべながらそう言ってくると、俺の頭を優しく撫でてきたりする。
「~……」
 くそぅ……。彼氏がイケメンだと、ちょっとした表情や仕草にすぐドキドキしちゃうし、「格好いい」って思っちゃうから悔しい。怒るよりも胸キュンしちゃって、怒りの感情がすぐどこかに行っちゃうんだよね。
「それはそうと、うちの学校の学園祭には当然雪音も来るんだよな?」
「へ? あ……うん。多分……」
「ってことは、うちのクラスにも絶対顔を出すよな。俺、あいつにメイド姿を見られるとかマジ無理なんだけど」
 うぅ……。人を散々ドキドキさせておいて、いきなり素に戻るのはどうかと思う。
(今の会話は何だったんだよっ!)
 ってなるじゃん。
 でも、元々の会話は学園祭での俺達のクラスの出し物についてだった。だから、急に話題を変えられたわけじゃなくて、話が戻っただけだったりする。
「お……俺も雪音にメイド姿を見られるのはちょっと……。だって雪音、俺のメイド姿なんか見たら絶対に笑いそうなんだもん」
 とりあえず、恋人同士の会話から通常の会話に戻ってくれたのであれば、俺もひとまずは安心だ。まだ心臓はちょっとドキドキしているけれど、そのまま頼斗に話を合わせることにした。
「別に笑わねーだろ。むしろ大喜びして写真撮りまくるんじゃね? 俺は確実に笑われるだろうけど」
「えー……」
 自分の恋人に女装した姿を喜ばれるのもどうなんだろう。それってちょっと複雑。
「とにかく、あいつには学園祭で俺達が何をするかは黙っとこうな。でもって、その間に俺達のメイド姿を雪音に見られなくても済む方法を考える」
「そ……そうだね……」
 そう提案してくる頼斗に頷く俺だが、果たしてそんなに上手くいくだろうか。
 でも、雪音だけに限らず、俺は自分の女装した姿を人に見られたくない。だから、そのための対策というか、どうにかして俺達がメイド役から逃れられる方法を考える必要はあった。
 九月になってもまだまだ暑い日が続く中、頼斗と一緒に帰り道を歩く俺は、自分のメイド姿を想像したくないと思う反面、頼斗のメイド姿にはちょっとだけ興味があったりもした。


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