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二章 笠原兄弟の恋愛事情 後編 ~笠原伊織視点~
僕とお兄ちゃんの結末(12)
しおりを挟む「と、言うわけで、この度お兄ちゃんは晴れて僕の専属彼氏になりました♡」
二学期を締め括る終業式が終わった後。僕は学校帰りにお兄ちゃんと待ち合わせをして、七緒家に顔を出す運びとなった。
既に雪ちゃんから聞いているだろうとは思うけれど、深雪や頼斗にも自分の口から直接お兄ちゃんとの顛末を報告したかったからね。
それに、お兄ちゃんにも深雪と頼斗の期末テストの結果を確認するという役目がある。
二学期最後にはなってしまったけれど、お兄ちゃん的には冬休みに入ってしまう前に、一度七緒家に顔を出しておきたかったところだと思う。
「いや、もうほんと……。まさか伊澄さんが本当に伊織を選ぶとは思わなかった。結局彼女とは切れないまま、今の関係をズルズル続けて行くんじゃないかと思っていたのに」
「そう? 俺は伊織君にも充分勝算があると思ってたよ? だって、最近の伊澄さんと伊織君っていい感じだったし」
やっぱり雪ちゃんから僕達の話を聞いていた深雪と頼斗は、僕とお兄ちゃんが正式な恋人同士になったことで驚きはしなかった。
だけど
「ま、良かったな。大好きな兄ちゃんをものにできて」
「本当におめでとう、伊織君」
二人とも僕がお兄ちゃんの本命彼女になれたことは祝福してくれた。
「うん♡ 二人ともありがとう♡」
僕がお兄ちゃんと望み通りの形で幸せな結末を迎えられたことに関して、深雪や頼斗は直接的に何かをしたというわけではない。
だけど、ずっと僕の応援をしてくれていたし、僕とお兄ちゃんの行く末を温かい目で見守ってくれていた。
たまにちょっとしたアドバイスをしてくれることもあったし、頼斗はお兄ちゃんの相談に乗ってくれたこともある。
雪ちゃんを含めた二人の会話が、僕にとってプラスに作用することもあったから、二人は僕にとって物凄く心強い味方だったんだよね。
だから、二人に僕とお兄ちゃんをくっつけようとする直接的な動きがなかったとしても、僕とお兄ちゃんがこうして望んだ形で恋人同士になれたことは、深雪や頼斗のおかげだと思っている。
もちろん、あからさまに僕とお兄ちゃんをくっつけようとしていた雪ちゃんは言うまでもない。
そんな雪ちゃんだけど
「それにしても、美沙さんには結局伊織との関係を教えないまま別れちゃうあたりが、ちょっと卑怯っちゃ卑怯だよね。まあ、美沙さんに疑いを持たれた時点で格好悪いんだろうとも思うけど」
お兄ちゃんの前では素直に祝福することができないのか――僕の前では満面の笑みで「おめでとう」って言ってくれた――、そんな憎まれ口を叩いていた。
雪ちゃんがそんな事を言い出すものだから
「ちょっと雪音っ! 失礼な事言わないのっ!」
深雪が慌てて雪ちゃんを窘めていたし
「同じ別れるなら傷はより浅い方がいいだろ。それに、お前ら来年からは伊澄さんと同じ八重塚高校に通うんだろ? だったら、二人の関係は八重塚に通う人間に知られていない方がいいんじゃね?」
頼斗もお兄ちゃんの選択には肯定的な意見を述べた。
雪ちゃんの言い方が言い方だから、二人がお兄ちゃんの肩を持ちたくなる気持ちもわかるけど、雪ちゃんはお兄ちゃんに対して意地悪したい願望があるだけだ。お兄ちゃんを怒らせたいわけでも、お兄ちゃんを馬鹿にしているわけでもないんだよね。
雪ちゃんのお兄ちゃんに対する無礼な発言は、むしろお兄ちゃんへの愛情表現。雪ちゃんなりにお兄ちゃんを祝福している証拠だったりもするんだよね。
お兄ちゃんにもそれがわかっているから
「お前は素直に〈おめでとう〉が言えない奴だな」
と呆れ顔であった。
そんなお兄ちゃんに対して雪ちゃんは
「いやいや。僕としては伊澄さんの伊織に対する本気度をちゃんと示して欲しかった、って気持ちがあるわけだよ」
何やら強気な態度だった。
(お兄ちゃんの僕に対する本気度……)
そんな事を言われてしまうと、僕も何だかそれを見たかったという気分になってしまう。
でも、実際に美沙ちゃんが僕とお兄ちゃんの兄弟にあるまじき関係を知ってしまったら、来年の春から八重塚生になる予定の僕としては困るものもあるわけで……。
(いや、でも……)
そうは言っても、美沙ちゃんに向かって
『悪い、美沙。俺、お前より伊織のことが好きになっちまったんだ』
と言うお兄ちゃんを想像すると、全身が震えるほどにゾクゾクしちゃう。
「雪ちゃんっ!」
脳内妄想の末、テンションが上がってしまった僕が、まるで神様でも崇めるかのような顔で雪ちゃんを見上げると
「おい、こら伊織。雪音の言葉にまんまと惑わされるな。こいつは人前で如何に俺がお前のことを好きなのかを言わせたいだけだ」
お兄ちゃんから優しい手刀を頭に食らわせられてしまった。
「あぅ……」
優しい手刀だから全然痛くなかったけれど、お兄ちゃんが人前で堂々と僕への気持ちを認める姿というものに、僕が憧れを抱いてしまうのは無理もないと思う。
「そうそう。雪音ってすぐ人に恥ずかしいことを言わせようとするんだよね。そういうところ、ちょっと意地悪だよ」
お兄ちゃんの言葉には身に覚えがあるらしい深雪は、溜息交じりにお兄ちゃんに同意したけれど、次の瞬間には
「恥ずかしいことって何だよ。お前、雪音にいつもどんな事を言わされてるわけ?」
頼斗からすぐに厳しい顔で突っ込みが入ってしまうし
「え~? 僕、そんなに恥ずかしいことなんか言わせてなくない? そう思うのは、深雪が極端に恥ずかしがり屋だからだよ」
雪ちゃんからは軽く反論を返されてしまっていた。
「いや……うぅ……そんな事ない……もん……」
二人からほぼ同時に突っ込みと反論を返されてしまった深雪は、その対応に狼狽えてしまう様子だった。
全くもう……。二人とも意地が悪いんだから。二人同時にそんな事を言ったら、深雪が困っちゃうのなんてわかりきっているのにさ。二人とも好きな子はついつい虐めたくなっちゃうっていう、子供っぽい一面があるってことだよね。
なんてまあ、僕が偉そうに言えることでもない。僕だってまだまだ全然子供なんだから。
「んな事より、お前ら。期末テストはどうだったんだよ。もうとっくに結果は出てんだろ?」
「え」
「あ……」
さてさて。僕とお兄ちゃんは今日、幸せな報告をするために七緒家を訪れているわけだけど、深雪から頼斗共々「勉強を見て欲しい」と頼まれているお兄ちゃんにとっては、既に知られてしまっている僕達の結末より、まだ聞かされていない深雪と頼斗の期末テストの結果の方が重要で、気になっていることなんだと思う。
「確か、お前らの学校もテストの結果を纏めた成績表が返ってくるんだよな? 全教科の点数と順位が載ってるやつ」
「えっと……はい……」
「見せてみろ」
「ぅえっ⁉」
学校は明日から冬休み。まだ高校一年生の深雪や頼斗にとって、明日からは束の間の休息ってやつになるはずだから、二人とも完全に気を抜いていたんだと思われる。
しかし、お兄ちゃんに勉強を見てもらったうえに、「今回の期末テストで学年五十位以内に入れ」と言いつけられている二人は、お兄ちゃんにテストの結果を見せないわけにもいかず……。
「ど……どうぞ……」
渋々といった感じで、二人揃って期末テストの成績表をお兄ちゃんに提示していた。
深雪が自分のテスト結果を持っているのはわかるけれど、頼斗も持っているということは、お兄ちゃんに見せるために持ち歩いていたということなんだろう。
「んー……。頼斗が四三位で深雪が四九位か。ギリギリだな」
「でっ……でもっ! ちゃんと五十位以内には入りましたよっ!」
「おう。そこはよくやったって褒めてやる」
へー。二人ともちゃんとお兄ちゃんに言われた通り、今回の期末テストで学年五十位以内に入っているんだ。それはそれで凄いし、二人の努力がちゃんと報われた結果だよね。
確か、二学期の中間テストの成績だと、深雪の総合順位は一三八位。頼斗は一三五位だったと思う。
それから考えれば、二人とも今回のテストで百位近く順位を上げていることになるから、ある意味快挙だよね。
「二人とも凄ぉ~い♡ ちゃんと学年五十位以内に入っちゃうなんて♡」
「そりゃ頑張ったもん」
「伊澄さんスパルタだからな。もし、言いつけ通りにできなかったら、後で何を言われるかわかんねーし」
「あはは♡ それもそうだね♡」
二人の頑張りの裏には、雪ちゃんと同じ大学に通いたいという強い意志と、二人に対してスパルタな指導をするお兄ちゃんへのちょっとした恐怖心、というものがあったのだろう。
だけど、どんな感情に突き動かされたとしても、こうしてちゃんと結果を出せているわけだから、また一つ、明るい未来への道が開けたんじゃないかと思う。
「いやね、僕も正直二人が本当に今回のテストで学年五十位以内に入るとは思わなかったんだけどさ。蓋を開けてみればギリギリ入っちゃってるからびっくりしたよ」
深雪と頼斗が勉強している姿は、僕達兄弟なんかよりずっと近くで見ている雪ちゃんも、今回二人が見せた成果には驚いたらしい。
でも、驚くと同時に嬉しくもあったようだから、その時の驚きを語る雪ちゃんの顔は満面の笑みだった。
全員がホッとした和やかな雰囲気に包まれる中
「後でテスト問題と答案用紙も見せろよ。どこをどう間違えたのかを確認すっから」
お兄ちゃんだけが更にその先を見ていた。
「はぁーい」
二人にとっては厳しい先生ではあるみたいだけど、自分達の成績を飛躍的に向上させてくれるお兄ちゃんの腕は確かだから、お兄ちゃんの言葉に深雪と頼斗は従順だった。
僕とお兄ちゃんのおめでたい結末。深雪と頼斗の爆発的な学力アップ。
この調子でいけば、僕達五人が数年後、同じ大学のキャンパス内で楽しく大学生活を送る姿も現実味を帯びてくる。
今思えば、雪ちゃんが深雪と出逢ったことから全てが始まったんだと思う。
雪ちゃんと深雪の出逢いが僕達五人を結び付けて、五人が五人とも幸せになる未来へと導いてくれたんじゃないかと思っちゃうんだよね。
(という事は、やっぱり雪ちゃんと深雪の出逢いは運命だったのかも♡)
運命なんてものを信じていなかった僕も、雪ちゃんと深雪が出逢ったことで自分の未来が変わったのだと実感すると、二人の出会いに感謝すると同時に、運命というやつを少しだけ信じてみたくなる気分だった。
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