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二章 笠原兄弟の恋愛事情 後編 ~笠原伊織視点~
僕とお兄ちゃんの結末(9)
しおりを挟む僕のこれまでの恋愛経験を知っているのは雪ちゃんと、先日僕から全てを聞かせてもらったお兄ちゃんのみ。
深雪や頼斗は僕の過去を全く知らなかったから、これまでの僕の恋愛経験を知った時は、驚きのあまり唖然としてしまっていた。
「マジかよ。お前、たった三年間で……いや、三年弱の間に十人もの男と付き合っていたのかよ」
「恋愛経験はそれなりに豊富なんだろうとは思ってたけど、そんなにいっぱい元カレがいるとは思わなかった。だって、伊織君の恋愛対象って男の人に限定されてるって話だったじゃん。相手を見つけるのも大変なんじゃないかと思っていたのに……」
「だろ? 俺もこいつの元カレが二桁に乗ってるとは思わなかったからマジでビビった。しかも、小学校の頃からネットで相手を探してたっていうんだから、末恐ろしいものだと思ったな」
「全くだな。俺なんて、親にスマホを買ってもらったのは中学になってからだぞ。まあ、その前から子供携帯は持たせてもらってたけど、電話とメールしかできないやつだったぞ」
「俺もー」
「普通はそういうものなんじゃない? 僕も中学に入るまではガラケータイプのキッズ携帯だったもん。ガラケータイプだとネットに繋がらなかったりして、SNSとかが見れなかったりもするもんね」
へー、そういうものなんだ。確かに、中学生になるまでの雪ちゃんがネットに繋がらないタイプのキッズ携帯を持たされていたことは知っていたけれど、小学校の高学年にもなると、子供に普通のスマホを持たせる親は多いんじゃないかと思っていた。
でも、深雪と頼斗も雪ちゃんと同じタイプのキッズ携帯を持たされていたんだ。
まあ、僕の場合はお兄ちゃんが中学生になったタイミングで、兄弟揃ってキッズ携帯からスマホに買い替えてもらえたから、比較的早い段階でキッズ携帯を卒業できたのかもしれないんだけどね。
お兄ちゃんがスマホを持つようになったら、絶対に僕もスマホを持ちたがるようになると思ったお父さん達が、僕を甘やかした結果でもある。
実際、僕が小学生でスマホを与えてもらったことについて、お兄ちゃんには
『何でお前までスマホにすんの? 俺は小学校卒業するまで子供携帯だったのに』
と文句を言われたこともあった。
「にしても、デート中に元カレに会うのって気まず。僕だったらちょっと勘弁して欲しいかな」
「幸い、深雪にはその心配がねーけどな。深雪に元カレや元カノなんていねーから」
「確かに」
ちょっと話は脱線してしまったけれど、話題は再び僕とお兄ちゃんのデートの話、及び、僕の元カレの話になった。
「最初に付き合ってた彼氏って、伊織が一番長く付き合ってた人だよね? 言っても、伊織の交際期間は最長が半年だったりもするけれど」
「うん、まあ……。僕の中では唯一まともに付き合った彼氏って感じでもあったかな」
うーん……。またしてもお兄ちゃんの前で元カレの話をする羽目になってしまった僕はやや複雑な思いでもある。
しかし、全てをお兄ちゃんに話してしまった後だから、今更元カレのことで知られて不味いことはないし、元カレの話をすることに対する気まずさや、後ろめたさというものもない。
「でもさ、何でその人、わざわざデート中の伊織君に声を掛けてきたんだろうね。伊澄さんの話だと、その人も今の恋人とデート中だったんでしょ? 普通、彼女とデートしてる最中に元カノと遭遇しても、声は掛けないものじゃない?」
「さあ? 偶然見掛けた懐かしい顔に、思わず声を掛けちゃっただけって感じだったけどね。別れてからは一度も会ってなかったし。何となく、反射的に声を掛けちゃっただけなんじゃないかな」
「それってさ、つまりは伊織君に未練があるってことなんじゃないの?」
「まさか。それはないと思う。別れてからもう二年が経ってるし、今は新しい彼女を作って仲良くやってるみたいだったしさ」
彼がどうしてデート中にも関わらず僕に声を掛けてきたのかは謎のままだけど、本人も「懐かしくなっちゃって」って言っていたから、本当にただ懐かしかっただけなんだと思う。
「もう会うこともないかもしれない」とも言っていたから、この先二度と僕に会えなくても、それはそれで構わないと思っているんじゃないだろうか。
僕としても、別れた相手とはたとえ偶然であったとしても、二度と会わない方がいいような気がする。
「いや。案外お前に未練があったのかもよ? あいつが連れてた女、お前にちょっと似てた気がするし」
「え~? そうだった? 僕は全然そう思わなかったけど」
「顔が似てたわけじゃなくて雰囲気? 雰囲気が似てる気がしたんだけど」
「そうかなぁ?」
自分もデート中だったというのに、僕に声を掛けてきた彼に対して、僕も一瞬は「僕にまだ未練が?」という気持ちがしなくもなかった。
でも、彼の隣りには新しい恋人がいて、僕も今はずっと片想いし続けてきたお兄ちゃんと付き合っている。
彼と付き合う前、僕の良き理解者であり相談相手として、僕が彼に相談していた〈僕の好きな人〉というのが、まさにあの時僕の隣りに立っていたお兄ちゃんであるだなんて、彼は思ってもいなかっただろうな。
散々お兄ちゃんのことで恋愛相談をしていた相手と――もちろん、僕の好きな人が自分のお兄ちゃんであることは伏せていた――、僕が付き合うのもおかしい気はするけれど、そこはまあ、僕も彼にはそれなりの好意を感じたからで……。お兄ちゃんから彼に心変わりした体を装った。
実際は全然心変わりなんかしていなかったし、彼をお兄ちゃんの代わりにしただけなんだけどね。
だけど、僕にお兄ちゃんの代わりにされてしまった彼が、今は僕の面影を追って恋人を選んでいるのだとしたら、それもまた皮肉な話って感じがするな。
僕は自分と彼が連れていた女の子が似ているとは全く思わなかったんだけど、ずっと僕と一緒にいるお兄ちゃんが「似てる」って言うなら、多少似ている何かがあるのかもしれない。
「それにしても、伊織の元カレと遭遇しただけじゃなくて、伊織のこれまでの恋愛経験を知っても尚、伊澄さんの伊織に対する気持ちに変化がなかったことにはちょっとびっくりだな。正直、俺は今こいつの過去を聞いて、軽く引いてるところがあるっていうのに」
くっ……! 余計な事を言わないでいただきたいっ!
確かに、僕だってお兄ちゃんに過去の恋愛経験を話して聞かせた時は「引かれちゃったらどうしよう」って不安になっちゃったし、お兄ちゃんも僕の恋愛遍歴についてはショックを受けているみたいだったけどさ。
でも、お兄ちゃんは別に引いたりなんかしていなかったもん。引くどころか、僕の過去を知って安心したみたいな顔をしていたもんね。
「まあ、数に違いはあれど、俺にも元カノくらいいるし。恋愛経験が豊富ってだけじゃ引かねーよ。別に悪い事をしているわけでもねーし」
ふふん。ここが僕のお兄ちゃんの器の大きいところなんだよね。格好いい。
「伊澄さんって大人……」
しかしまあ、これまで全く恋愛経験がなく、元カレや元カノという存在がいない深雪や頼斗からしてみれば、恋愛経験が豊富な恋人は複雑に思えるものなのかもしれないよね。
そこは僕達兄弟と二人の恋愛経験値の差ってやつだから、仕方がないと言えば仕方がない。
一方
「深雪と頼斗はまだまだ純粋で初心だからそう思うだけだよ。年を重ねるにつれ、元カレや元カノの存在は増えていくのが当然なんだから。相手の過去をいちいち気にしても仕方がないってものだよ」
元カノの存在はいなくても、セックス経験はそれなりにある雪ちゃんはちょっとドヤ顔だった。
別に雪ちゃんは自分が二人よりも経験豊富であることを誇りたいわけじゃないんだとは思うけれど、深雪と出逢う前に好きでもない女の子と関係を持ってしまったことがある手前、そうでも言っておかないと自分に不利な状況になると思ったのかも。
雪ちゃんは深雪に自分の過去を気にして欲しくないだろうから。
「そりゃまあ、そうなんだけど……」
「何で俺達が年下のお前にそんな事を言われなくちゃいけないんだよ、って感じではある」
「同感」
雪ちゃんの言葉に納得するものの、年下の雪ちゃんにそう言われたことは気に食わない感じの二人だった。
相変わらず可愛い関係性の三人である。
「だって、僕の方が二人よりは経験豊富なんだもん。もっとも、深雪も僕の過去は受けいれてくれているみたいだから、僕も安心はしてるけどね」
そう言えば、雪ちゃんも深雪と付き合う前に自分の過去は深雪に話してるって言ってたよね。
もちろん、深雪は付き合ってもいない女の子とセックス経験がある雪ちゃんに恟恟としていたみたいだけど、それを知ったうえで雪ちゃんと付き合っているわけだから、深雪もそれなりに器の大きい人間だと言える。
「だって、過去は変えられないし……。俺と出逢う前の話だから、気にしてもしょうがないかなって……」
「深雪のそういう心が広くて潔いところ、僕は大好きだよ」
「深雪は気が弱くておどおどすることも多いけど、時々妙に潔くて男前なところがあるよな」
「そうそう。ギャップ萌えっていうか、ギャップ惚れって感じだよね」
そして始まる深雪賛美。ほんと、この二人って隙あらば深雪を褒め称えようとするし、ヤキモチの焼き合いを始めたりで忙しそうなんだから。
「でも、今まで話してこなかった過去を明かした方が、伊織君もスッキリして良かったんじゃない?」
このまま話題が自分のことになってしまっては大変……とばかりに、深雪はあえて雪ちゃんと頼斗の発言をスルーして、僕に話を振ってきた。
「うん♡ 実はそうなんだよね♡ 今までは何となく言い辛かったし、言いたくないと思っていた話だけど、話した後は〈話して良かった〉って思うんだよね♡」
このまま放っておくと、雪ちゃんと頼斗の間でどんな深雪の称賛大会が始まるのかも見てみたかったけれど、深雪に話し掛けられて無視できる僕ではなかった。
深雪が自分達の会話に全く興味を持ってくれないとわかるなり
「何事も知らないよりは知っている方が安心ってものだもんね。伊織も伊澄さんの話が聞けて良かったじゃん」
あっという間に僕達の会話に混ざってくる雪ちゃんであった。
「俺としては、伊澄さんから元カノの話なんか聞かされたら、伊織がヤキモチ焼きまくって大変になるんじゃないかと思ったんだけどな」
雪ちゃんが僕と深雪の会話に混ざってくると、当然頼斗もそれに倣った。
僕も最初は自分が頼斗の言った通りになるような気がしていたんだけれど、あの時は不思議とヤキモチを焼かずに済んだんだよね。
そりゃまあ、ちょっとくらいはヤキモチ焼いちゃったけどさ。自分の過去を話した後だったのと、ラブホテルという特別な場所のせいもあって、謎のイチャイチャ感というか、全てが愛のある時間のように思えたっていうか……。
そのおかげで、僕はお兄ちゃんの昔話にもあまりヤキモチを焼かずに済んだんじゃないかと思っている。
「きっと僕も一度はお兄ちゃんの恋愛経験をじっくり聞いてみたいって気持ちがあったから、あの時はヤキモチもそんなに焼かなかったんじゃないかと思う」
あの場所での流れや雰囲気でヤキモチを焼かなかったというのであれば、今ならヤキモチを焼くのか? という疑問が湧いてきたけれど、何だかあの日以来、僕はお兄ちゃんとの関係にすっかり安心しきってしまっているような気がする。
今なら、お兄ちゃんからどんな話を聞かされても、僕はあんまりヤキモチを焼かないんじゃないかと思う。
お兄ちゃんにはまだ美沙ちゃんっていう彼女がいるっていうのに。
「そういえば、最近美沙さんとはどうなの? 伊織の口から全然美沙さんの名前が出なくなったんだけど、もしかして別れた?」
ちょぉぉぉ~っ! タイミングっ! どうして今このタイミングで美沙ちゃんの名前なんか出したの⁉ 雪ちゃんってエスパー⁉ 僕の心が読めちゃうの⁉
「ん? いや……別に別れてはいねーけど」
「何だ。そうなんだ。最近は伊織とばっかりいい感じに思えたから、美沙さんとはもう終わりにしたのかと思ったのに」
「ちょっ……ちょっと雪ちゃんっ!」
僕とのことでお兄ちゃんを冷やかしているのか――それとも、僕のために「さっさと美沙さんと別れろ」って言ってくれているのかはよくわからないけれど、今ここで美沙ちゃんの名前を出すのはさすがに間が悪いんじゃないかと思っちゃう。
雪ちゃんのとんでもない発言にあたふたしてしまう僕の隣りで
「うーん……」
お兄ちゃんは何やら難しい顔になって考え込んでいる様子だった。
「……………………」
一体何を考えているのかは想像もつかないけれど、お兄ちゃんが僕と美沙ちゃんの二人と付き合い始めてからもうすぐ四ヶ月。そろそろお兄ちゃんもこの三角関係を終わりにしようと思っているんじゃないだろうか。
(僕を取るか、美沙ちゃんを取るか……)
お兄ちゃんの出す結論は予想できない僕だけど、何故か僕がお兄ちゃんに振られる未来は全く見えない僕だった。
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