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一章 笠原兄弟の恋愛事情 前編 ~笠原伊澄視点~
兄の苦悩(6)
しおりを挟む「え? 進路?」
「おう。お前、高校は深雪と同じ学校に進学するつもりなのか?」
七月二十四日。夏休みが始まってから四日目になる午前十一時三十分。俺は馬鹿デカいウォータースライダーがあるだけでなく、商業施設も豊富な遊泳施設に遊びに来ていた。
プールそのものの大きさも相当なものだが、いろんな店や遊技場なんてものまであるから敷地面積が半端ない。
このプールは俺が最後にプライベートで遊びに来た時のプールでもあるのだが、俺がしばらく来ていない間に、かなり拡張されているようである。
確かに、俺が小学生の時に来た時も、まだプールの周りに何か作ろうとしている感じだったもんな。
十時過ぎに遊泳施設に到着した俺達は真っ先に水着を買いに行き、それぞれ勝ったばかりの水着に着替え、早速だだっ広いプールに入水したわけだが……。
元々俺に泳ぎたい願望はなく、主に荷物番をしながら時々交代してもらってプールに浸かるくらいのものだった。
かれこれ一時間くらい水遊びをしたところで、伊織が
『喉渇いちゃった。深雪、一緒にジュース買いに行こ♡』
と深雪を誘ってプールから上がると、雪音と頼斗も釣られるようにプールから一度上がった。
二人が荷物番をしている俺のところへやって来たところで、俺は雪音に今後の進路について尋ねてみたのである。
俺からの雪音に対する質問に、深雪の隣りで髪を拭いている頼斗も反応した。
まあ、頼斗的にも気になるところだよな。同じ深雪の恋人という立場でも、同じ学校にもう一人の深雪の彼氏が入学してくるのは気掛かりってものだろう。
「うーん……。僕はそうしたいんだけどさ。この前その話をちょっとだけ深雪にしたら、〈せっかく勉強ができるのにもったいないよ〉って言われちゃったんだよね。〈もっといい高校に行ける学力があるのに、俺と一緒の学校に通いたいって理由で進路を決めちゃダメだよ〉ってさ。だから、どうしようか悩んでるんだよね」
「ふーん……そうなんだ」
へー。意外とそういうところはしっかりしてるっていうか、「好きな人とはいつも一緒にいたい」っていう、盲目的な考え方をする人間というわけでもないんだな。
まあ、既に同じ学校にもう一人の恋人である頼斗がいるから、来年雪音が自分の後輩として同じ高校に入学してきたら、学校でも二人の恋人の相手をしなくちゃいけなくなることを深雪自身が避けたいのかもしれない。
それに、深雪は父親の再婚で雪音と兄弟になっているわけだから、雪音が同じ学校に入学してくることで、それを話題にされてしまうのが嫌なのかもしれない。
「深雪とは家で一緒にいられるから、僕にはもっと将来のことをしっかり考えて、自分の身の丈に合った進路を選ぶべきだってさ。そういうとこ、深雪も結構しっかりしてるっていうか、お母さんみたいなんだよね」
「ま、俺は深雪の言っていることが正しいと思うけどな」
俺が伊織に言おうと思ってもなかなか言えないことを、深雪は雪音にちゃんと伝えているのかと思うと、何だか自分が少し情けないようにも思えるが、伊織は何も俺が修正してやらなくてはいけない道を歩んでいるわけではないからな。今のところ、俺が伊織に説教じみたことを言う必要はないのである。
強いて言うなら
『俺のことを好きになるのはやめるべきだ』
ってことくらいだが、恋愛ばかりは俺が口出しするところではないし、「それも伊織の自由だ」と認めてしまった後だから、俺が今更伊織の方向性に口出しする権利はないって感じだ。
「ふーん……。お前、深雪とそういう真面目な話とかもしてんのか。意外」
雪音と深雪の間でそんな会話がなされているとは思わなかった頼斗は、本当に意外そうな顔だった。
「まあ、時期が時期だしね。期末が終わった後に〈高校はどこを受けるの?〉って聞かれてさ。深雪と同じ高校に行きたいって言ったら、やんわりと反対されたって感じかな」
「同じ学校に通ったからって、学年が違えばそんなに接点なんか無いしな。好きな奴と一緒の学校に通いたいお前の気持ちはすげーよくわかるけど、俺も深雪の意見に賛成だな」
「頼斗はずっと深雪と同じ学校に通っているから、そんな余裕ぶっこいたことが言えるんだよ。実際に深雪と同じ学校に通ったことがない僕の気持ちなんかわかんないよ」
「んな事ねーよ。俺だって去年の今頃は〈もし、深雪と高校が別になったら〉って考えると、それだけでテンションだだ下がりになったし、鬱になりそうだったわ。深雪と同じ高校に通うために、受験勉強も必死で頑張ったんだぞ」
「でもさ、それは深雪と頼斗の学力に差がなかったから〈同じ高校に行こう〉って話になるわけじゃん。もし、頼斗が深雪よりずっと勉強ができて、深雪に〈もっといい高校を受験しなよ〉って言われたら、頼斗はその言葉に従えるの?」
「う……そ……それは……」
小・中・高を通してずっと深雪と同じ学校に通っている頼斗は、まだ一度も深雪と同じ学校に通ったことがない雪音に恨みがましそうな顔で尋ねられるとたじろいでしまうようだった。
おそらく、小学校から深雪とずっと一緒にいる頼斗は、〈もし、深雪と離れ離れになってしまったら……〉という不安を感じることはあっても、本気で自分が深雪と離れ離れになる可能性は考えていないような気がする。
自分でも自覚がない無意識のうちに、自分は深雪と一緒にいるのが当たり前だと思っているに違いない。
そして、それは深雪にも言えることなんじゃないかと思う。
まだ今日で会うのは二回目だが、深雪はあまり社交的なタイプの人間ではないし、学校ではおとなしくて、あまり目立たない人間なんじゃないかと思う。
そういう人間は仲のいい友達が一人できてしまうと満足してしまいがちだし、その一人に依存してしまう可能性も高いように思う。
深雪の中でも自分と頼斗はいつも一緒にいるのが当たり前になっているんじゃないか。
だから、雪音には申し訳ないが、仮に深雪と頼斗の間に大きな学力の差があったとしても、深雪は頼斗に自分と違う学校に進学することを薦めないような気がする。
頼斗から深雪と別の学校に行きたいと言い出したなら、深雪がその意思を尊重することはあっても、深雪から頼斗に「もっといい学校に行きなよ」とは言わないと思う。
まあ、これはただの推測でしかないが。
その点、雪音は出逢った時から既に学校が違うし学年も違う。今や一緒に暮らしている家族で恋人だ。
深雪本人も言っている通り、家の中ではいつも自分と一緒にいられる雪音には、雪音の身の丈に合った高校を選んで欲しいと思うのだろう。
それは何も〈雪音よりも頼斗の方が好き〉ということではなく、習慣みたいなものだ。
そして、雪音のことを思うからこその判断でもある。
だから、何も雪音がふて腐れる必要はないし、頼斗を恨めしく思う必要はない。
そりゃまあ、好きな奴と同じ学校に通いたいっていう、雪音の気持ちもわからないではないけどな。
「ほら。頼斗だってそこで悩むじゃん。深雪が僕のためを思って言ってくれていることは僕もわかってるんだけどさ。それだけじゃ割り切れないものがあるんだよ。志望校の確定はもう少し先でもいいから、もう少し僕なりに考えてみるつもりではあるけど」
「そりゃお前の人生だからな。俺も口出しするつもりはねーよ」
深雪が雪音に自分と同じ高校に通うよりも、もっとレベルの高い高校に進学するよう薦めているから、頼斗もここぞとばかりにその意見に便乗し、もっと雪音を説得しようとするのかと思った。
が、頼斗は意外にもすんなり雪音の意思に任せてしまう。
多分、自分には耐えられないことを雪音に強いるのは心苦しかったのだろう。
しかし
「とか言いながら、本当は僕に深雪と違う高校に行って欲しいと思ってるんでしょ?」
雪音の方はやや卑屈になってしまっているようだ。
あまり受験のプレッシャーは感じていなさそうな雪音だが、一応受験生ではあるからな。少しナーバスになっているところもあるのかもしれない。
もしくは、せっかく「深雪と同じ高校に行きたい」と言ったのに、深雪から「もったいないからもっとレベルの高い高校に進学した方がいい」と言われて拗ねているのかもしれない。
「んな事ねーよ。お前が同じ高校に入学して来ようが、違う高校に進学しようが、俺の中で何かが変わるわけでもねーし。だから、お前の好きな道を選べばいいって本気で思ってるよ」
「むぅ……」
拗ねてふて腐れ気味になっていた雪音の顔も、頼斗のなかなか大人な発言には自分の態度を改めざるを得なかったのか、それ以上は卑屈な発言をすることもなかった。
その代わりと言っては何だけど
「それはそうと、深雪と伊織遅くない? 飲み物ってすぐ近くで売ってたよね?」
かれこれプールから出て十五分は経過しているのに、まだ帰って来ない深雪と伊織の心配をし始めた。
「店が混んでるんじゃね? それか、どっか寄り道してるのかもな。ほら、伊織ってうろちょろしそうな感じじゃん」
「その可能性もあるけどさ。もしかしたら、どこぞの害虫にナンパとかされてるのかもしれない」
「ナンパって……。水着姿のあいつらをか?」
「よくよく考えてみたら、何であの二人だけで飲み物を買いに行かせちゃったんだろうって思うよね。そこは僕達のうちの誰か一人がついて行くべきじゃなかった?」
深雪のことになると心配性になるのか、たった十五分深雪の姿が見えないだけでも、雪音は深雪のことが心配で堪らなくなってしまうらしい。
(雪音も好きな相手には過保護なんだな……)
そこがちょっと意外ではあったが、数人の女を使い捨てにしてきた過去を持つ雪音に、人を大切に思う気持ちがあって良かったと思う。
「そんなに言うなら、今からでも二人を迎えに行くか?」
「そうするべきだと思う」
「んじゃま、二人のお姫様を迎えに行ってやるか」
雪音に比べると頼斗はあまり深雪のことを心配している様子ではなかったが、深雪が気になることは気になるらしい。
雪音と一緒に腰を上げると
「伊澄さんも行きますよ」
日除けのパラソルの下でまったりと荷物番をしていた俺まで誘ってくるから
「え? 俺も行くの?」
「当然でしょ」
「お……おう……」
俺も荷物を持って立ち上がる羽目になった。
まあ、荷物と言ってもみんなの財布が入ったバッグ一つだけだし、バッグと一緒に置かれていたパーカーは全員着用している。小ぶりなバッグ一つ持って立ち上がるのはそんなに面倒なことでもなかった。
ただまあ、何で俺まで一緒に行くのが当然なのかはわからない。
「伊織は薄いピンクのパーカー着てるから目立つと思うんだけど」
「深雪は水色のパーカーだったよな」
「あの二人、何でチョイスする色が女子寄りなの?」
「深雪はそうでもないだろ。伊織は女子寄りなんだろうけど」
プールサイドに並んだパラソル付きのテーブルから離れた俺達三人は、伊織や深雪が向かったであろう店に向かった。
プールサイドの周りにはいくつもの飲食店が並んでいたし、出店のようにドリンクだけを売っている店もあった。
少し前に伊織と深雪の背中を見送った俺が思うに、伊織と深雪はドリンクだけを売っている出店に向かったんじゃないかと思う。
「あ。いた」
「ほらっ! やっぱ複数の男に囲まれてるじゃんっ!」
伊織や深雪が思いの外にあっさり見つかったのはいいが、二人は雪音が心配していた通り、何やらナンパをされているような雰囲気だった。
(えー……。水着姿の男が男にナンパされるものなの?)
雪音はその可能性を最初から危惧していたが、俺はちょっと信じられない光景だった。
複数──正確には四人の男に囲まれている伊織と深雪を見て、深雪は即座に眉毛を吊り上げたが
「そうだけど……あれって……」
頼斗は逆に訝しそうな顔をしていた。
「伊澄さんっ! 深雪と伊織がピンチだよっ! 助けに行こうっ!」
「えっ⁉」
少し離れたところから深雪達の様子を窺う頼斗をよそに、雪音が俺の手を掴んでくる。
雪音に手を引かれるまま、伊織達に向かってずんずん突き進む形になってしまった俺は
「にしても、マジで本当に可愛いな、この子」
「俺、最初は女の子だと信じて疑わなかったよ」
「こんな可愛い子なら、性別関係なく付き合えちゃいそ」
話題の中心は伊織になっていて、その伊織が四人の男からジロジロと眺められている現場を目撃してしまった。
過去に付き合っていた相手は全員男だという伊織が、同じ男からどういう目で見られるのかを目の当たりにしてしまった俺は、雪音の手を払い除け、自分の足で伊織に群がる男に近付いて行った。
そして
「おい。俺の弟に何の用だ」
一番伊織に馴れ馴れしそうにしている男の肩を掴むと、そいつの身体をグイっと引っ張り、伊織から引き剥がしてやった。
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